負帰還の効果で全高調波ひずみ率を低くする




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■問題
【 ひずみ 】

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は,V1のオーディオ信号(振幅:0.1V,周波数:100Hz)を増幅してoutに出力する反転アンプです.outからQ1ベースへR3とR4で負帰還アンプとなる回路です.
 負帰還と全高調波ひずみ率の関係を調べるため,Q1とQ2を使った差動アンプは,Q1が1個でQ2が2個並列(NPN 2)にし,故意に差動アンプのバランスを崩して高調波ひずみが発生するようにしています.図1において,R3の抵抗値を(a)~(d)に変えたとき,outの全高調波ひずみ率が最も低くなるのはどれでしょうか.



図1 V1の信号を増幅してoutに出力するアンプ
outの全高調波ひずみ率が低くなるR3はどれ?

(a) 1kΩ,(b) 2kΩ,(c) 5kΩ,(d) 10kΩ

■ヒント

 図1のR3とR4を外した負帰還が無いアンプに信号を加えると,outの波形には高調波ひずみが発生します.しかし,R3とR4を接続した負帰還アンプは,負帰還の効果により高調波ひずみを低くできます.全高調波ひずみ率は,ひずみの程度を表すもので,「全高調波ひずみの実効値÷基本波の実効値」を%で表します.

■解答


(d) 10kΩ

 図1のオープン・ループ・ゲインをA,R3とR4の帰還率をβとします.outの全高調波ひずみ率は,負帰還の効果により,オープン・ループ・ゲインと帰還率の積になるAβが高いと全高調波ひずみ率は低くなり,逆にAβが低いと全高調波ひずみ率は高くなります.
 図1のAβが最も高くなる条件を探します.オープン・ループ・ゲイン(A)の変化は,R3とR4に関係無いので,(a)~(d)のどの条件でも同じになります.帰還率(β)は「β=R3/(R3+R4)」なので,(a)~(d)の4つの抵抗のβは「(a)がβ=1/11,(b)がβ=1/6,(c)がβ=1/3,(d)がβ=1/2」になります.これより(a)~(d)の中で帰還率(β)が最も高くなるのは(d)になります.これよりAβが最も高くなるのは(d)10kΩの場合で,この条件のとき全高調波ひずみ率が低くなります.

■解説

●アンプのひずみの程度を表す全高調波ひずみ率
 オーディオ回路の高調波ひずみの評価は,全高調波ひずみ率(THD:Total Harmonic Distortion)を用います.全高調波ひずみ率は,基本波をV1,2次高調波ひずみをV2,3次高調波ひずみをV3…という具合に順次表すと,式1で求めることができます.

・・・・・(1)

 式1の結果が低いほど低ひずみのアンプになります.LTspiceでは「.four」ステートメントを用いると,フーリエ変換後の高調波ひずみを使って自動でTHDを計算してくれます.THDの詳細については,LTspiceで学ぶオーディオ回路入門 003「オーディオ用アンプの全高調波ひずみ率とは」を参照してください.

●負帰還の効果で全高調波ひずみ率が低くなる回路
 負帰還の効果で全高調波ひずみ率を低くする回路として,今回は図1の反転アンプを用います.図1の反転アンプをブロック図で表すと図2になります.図1のR3とR4以外のアンプ回路は三角形のアンプ記号の中に入っています.三角形のアンプのゲインは,オープン・ループ・ゲイン(A)になります.そして,vinを接地してvoutから反転端子までのゲインは帰還率(β)になります.ブロック図全体のvinからvoutまでのゲインは反転アンプのゲイン(G)になります.


図2 図1の反転アンプのブロック図
R3とR4以外のアンプ回路は三角形のアンプ記号内にある.

●高調波ひずみが低くなる仕組み
 図2の高調波ひずみは,三角形のアンプの入出力特性が非線形のときに発生します.入出力特性が非線形のときは,非線形の曲線に沿って伝達特性が変わるので,オープン・ループ・ゲイン(A)が変化することになります.変化するオープン・ループ・ゲイン(A)と帰還率(β)を使って反転アンプのゲイン(G)を表すと,式2になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 ここで帰還率(β)は式3になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 式2と式3より,反転アンプのゲイン(G)は,オープン・ループ・ゲインと帰還率の積(Aβ)が1より高くなるに連れてR3とR4の抵抗比で決まるゲイン(-R4/R3)に近づきます.R3とR4は一定の抵抗値なので,その抵抗比で決まるゲインに近づくと,Aの変化による反転アンプのゲイン(G)の変化が抑えられて,反転アンプの入出力特性は線形に近づくことになります.反転アンプの入出力特性が線形に近づくと,高調波ひずみは低くなります.
 まとめると,outの高調波ひずみは,Aβが高いと高調波ひずみは低くなり,逆にAβが低いと高調波ひずみは高くなります.Aβと高調波ひずみの関係を図1に当てはめます.図1のオープン・ループ・ゲイン(A)の変化は,R3とR4に関係ありません.そして(a)~(d)の4つの抵抗値でβが最も高くなるのはR3が10kΩのときになります.これより,Aβが最も高いのは(d)になり,このとき全高調波ひずみ率が低くなります.

●負帰還が無いアンプの全高調波ひずみ率
 ここでは,負帰還の有無による全高調波ひずみ率の比較をするため,まず先に負帰還が無いアンプの全高調波ひずみ率を調べます.負帰還が無いアンプとして,図1のR3とR4の負帰還を外した図3(d)を用います.図3(d)の入出力特性は,図3(a)になります.図3(c)のV1の振幅が0.1V,周波数が100Hzの入力信号を回路へ加えると,図3(a)の入出力特性により,図3(b)の出力波形になります.図3(a)の入出力特性は,非線形で入力信号の中点に対して非対称です.このような入出力特性によるoutの波形は,2次高調波ひずみ,3次高調波ひずみ…という具合に高調波ひずみが発生します.入出力特性が非線形で非対称による高調波ひずみについては,LTspiceで学ぶオーディオ回路入門 018「ひずみの基礎:2次高調波ひずみと3次高調波ひずみ」を参考にしてください.
 全高調波ひずみ率を調べるシミュレーションは,図3(d)の回路を「.tran 20m」のステートメントで0ms~20msのtran解析を実行します.そして「.four 100Hz V(out)」のステートメントで,基本波が100Hzのoutのフーリエ変換も同時に実行し,全高調波ひずみ率(THD)を調べます.「.options plotwinsize=0」のステートメントは,シミュレーションのデータ圧縮をオフにして,フーリエ変換の精度が悪化しないようにしています.


図3 負帰還が無いアンプの全高調波ひずみ率を調べる回路とその波形
図3(c)のV1の波形が図3(a)の入出力特性により図3(b)の波形になる.
図3(d)はアンプのシミュレーション回路.

 図4は「.four 100Hz V(out)」の結果となります.これはログファイル中にあるので,ショートカット・キーの「Ctrl+L」で表示します.図4のHarmonic Numberは1が基本波,2が2次高調波ひずみ,3が3次高調波ひずみ…となります.Fourier Componentがフーリエ変換の結果で,Normalized Componentが基本波のフーリエ変換の結果を1で正規化した値になります.全高調波ひずみ率(THD)はTotal Harmonic Distortionにある数字になります.この部分は赤字で表示しました.図4より,図3(d)の回路の全高調波ひずみ率(THD)は19.9%になります.


図4 図3(d)のoutについて基本波が100Hzでフーリエ変換した結果
THDは19.9%になる.

●負帰還アンプの全高調波ひずみ率
 次に負帰還が有るアンプの全高調波ひずみ率を調べます.負帰還が有るアンプとして,図1と同じ回路になる図5(d)を用います.図5(d)のR3は(a)~(d)の4択中の1kΩに設定し,この入出力特性が図5(a)になります.図5(a)の入出力特性はAβが1より高くなり,負帰還の効果により入出力特性は線形で対象に近づいています.図5(c)のV1の振幅が0.1V,周波数が100Hzの入力信号を回路へ加えると,図5(a)の入出力特性により,図5(b)の出力波形になります.


図5 負帰還が有るアンプの全高調波ひずみ率を調べる回路とその波形
図5(c)のV1の波形が図5(a)の入出力特性により図5(b)の波形になる.
図5(d)は反転アンプのシミュレーション回路.

 図6は「.four 100Hz V(out)」の結果となります.tran解析とfour解析のステートメントは図3(d)と同じです.図6より,図5(d)の回路の全高調波ひずみ率(THD)は2.4%になり,先程の図4の結果より全高調波ひずみ率(THD)が低くなるのが分かります.


図6 図5(d)のoutについて基本波が100Hzでフーリエ変換した結果
THDは2.4%になる.

●R3を変えたときの全高調波ひずみ率
 ここでは,R3の抵抗値として4択で示した(a)~(d)の4つの抵抗値の全高調波ひずみ率(THD)を確かめて,答え合わせをします.図7(d)は,図5(d)と同じ回路ですが,R3を「.step param Res LIST 1k 2k 5k 10k」のステートメントで4択の1kΩ,2kΩ,5kΩ,10kΩのときの全高調波ひずみ率(THD)を調べます.


図7 負帰還が有るアンプのR3を1kΩ,2kΩ,5kΩ,10kΩにしたときの回路と波形
図7(c)のV1の波形が図7(a)の入出力特性により図7(b)の波形になる.
図7(d)は反転アンプのシミュレーション回路.

 図8は「.four 100Hz V(out)」の結果で,R3が1kΩ,2kΩ,5kΩ,10kΩのときの全高調波ひずみ率(THD)になります.tran解析とfour解析のステートメントは図3(d)と同じです.図8より,全高調波ひずみ率(THD)はR3が1kΩのとき2.4%,2kΩのとき0.54%,5kΩのとき0.068%,10kΩのとき0.016%となります.4つの抵抗で最も全高調波ひずみ率(THD)が低いのは10kΩであるのが分かります.


図8 図7(d)のoutについて基本波が100Hzでフーリエ変換した結果
R3が1kΩ,2kΩ,5kΩ,10kΩのときの全高調波ひずみ率(THD)は次になる.
1kΩのとき2.4%
2kΩのとき0.54%
5kΩのとき0.068%
10kΩのとき0.016%


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice9_020.zip

●データ・ファイル内容
Amp_OpenLoop_Tran.asc:図3(d)の回路
Amp_OpenLoop_Tran.plt:図3(d)のプロットを指定するファイル
Amp_CloseLoop_Tran_1k.asc:図5(d)の回路
Amp_CloseLoop_Tran_1k.plt:図5(d)のプロットを指定するファイル
Amp_CloseLoop_Tran.asc:図7(d)の回路
Amp_CloseLoop_Tran.plt:図7(d)のプロットを指定するファイル
Ideal_OP.asc:40dBの理想アンプ サブサーキット
Ideal_OP.asy:40dBの理想アンプ サブサーキット シンボル

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