光パワー測定ができる,電流電圧対数変換回路
図1は,電流電圧対数変換IC(ADL5304)を使用した,光パワー測定回路のブロック図です.フォト・ダイオード(PD)の電流をINUM端子に入力し,電圧に変換してVLOG端子から出力します.この回路で,光量が小さく,フォト・ダイオードの電流(IPD)が100nAの場合,VLOG端子の電圧が1.5Vでした.ここで光量が増加し,IPDが10μAとなったとき,VLOG端子の電圧は,(a)~(d)のどれでしょうか.
なお,IDEN端子にはIC内部で生成した100nAの基準電流が加えられ,ADL5304内部の温度補償回路のgmが34.7μ/VT[S]で,出力段のOPアンプ(OP3)の帰還抵抗(R1)の値が2.5kΩとなっています.
IPDが10μAのときのVLOG端子の電圧は?
(a) 1.1V (b) 1.3V (c) 1.7V (d) 1.9V
トランジスタのベース・エミッタ間電圧(VBE)はコレクタ電流をICとすると「VBE=VT*ln(IC/IS)」となります.この式を使用してVNUM端子とVDEN端子の電圧を求めれば,VLOG端子の電圧を計算することができます.
ここで,IS:トランジスタの逆方向飽和電流,「VT=k*T/q」k:ボルツマン定数1.38×10-23 [J/K],q:電子電荷1.6×10-19 [C],T:絶対温度
トランジスタのベース・エミッタ間電圧(VBE)がVBE=VT*ln(IC/IS)となることを使用して,VNUM端子とVDEN端子の差電圧(VNUM-DEN)を計算すると「VNUM-DEN=VT*ln(100n/IPD)」となります.
温度補償回路の出力電流(ILOG)は「VNUM-DEN」と温度補償回路のgmの積となり「ILOG=VT*ln(100n/IPD)*34.7μ/VT=ln(100n/IPD)*34.7μ」となります.
ILOGがR1(2.5kΩ)に流れるため,VLOG端子の電圧は「1.5-ln(100n/IPD)*34.7μ*2.5k=1.9」と計算できます.
●バイポーラ・トランジスタの特性を利用した対数変換回路
光パワー測定に使用するフォト・ダイオードの電流は,最小電流5nA程度から,最大電流10mA程度まで,非常に広範囲に変化します.そのため,この電流変化は対数圧縮して測定する必要があります.このような場合,バイポーラ・トランジスタの性質を利用すると,比較的簡単な回路で対数変換を行うことができます.
図2は,図1で使用しているバイポーラ・トランジスタとOPアンプを使用した対数変換回路を取り出したものです.トランジスタのベース・エミッタ間電圧とコレクタ電流が,対数関係にあることを利用しています.
VNUM端子とVDEN端子の差電圧は,「IrefとIPDの比」の対数に比例する.
図2の回路でINUM端子に入力されたIPDは,すべてトランジスタQ1に流れます.そして,Q1のベース・エミッタ間電圧(VBEQ1)は式1で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
VNUM端子の電圧(VNUM)は,バイアス電圧(Vb)からベース・エミッタ間電圧を引いたものなので,式2で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
同様に,IDEN端子に入力されたIrefは,すべてトランジスタ(Q2)に流れ,VDEN端子の電圧(VDEN)は,式3で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
ここで,VNUM端子とVDEN端子の差電圧をVNUM-DENとすると,式4のように計算できます.
・・・・・・・(4)
このように,VNUM-DENは,「IrefとIPDの比」の対数に比例することが分かります.そして比例係数がVTです.VTは絶対温度に比例するため,VNUM-DENは温度が高くなると大きくなる,正の温度係数をもっていることになります.
●温度補償と出力回路の構成
「VNUM-DEN」は,正の温度係数があり,そのままでは光パワー出力として使用しにくいため,温度補償が必要になります.
図3が,図1の温度補償回路と出力回路を取り出したものです.ADL5304のデータシートには,温度補償回路の詳しい情報は記載されていませんが,公開されている情報から,特性を推測してみます.
温度補償回路のgmは34.7μ/VTとなっている.
温度補償回路は,入力電圧を温度補償された電流に変換して出力します.温度補償回路のgmをgmTCとすると,その出力電流ILOGは式4を使用して,式5で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
出力電流の温度補償を行うためには,gmTCは温度に反比例する必要があります.そのため,gmTCは係数をkと置いて,式6のように表すことができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
式6を式5に代入すると,式7が得られます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
データシート(2)によると,ILOGはINUM端子に入力された電流が,5ディケード(105倍)変化したときに,400μAになります.このような特性となるkを求めると,式8のように,34.7μになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
そのため,ADL5304の温度補償回路のgmは34.7μ/VTとなっていることになります.OPアンプ(OP3)と帰還抵抗R1で出力回路を構成しています.
図3ではR1は2.5kΩとなっていますが,ADL5304には3本の抵抗が内蔵されており,接続を変えることで抵抗値を切り替えることができます.出力電圧(VLOG)は式9で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・(9)
式9は底を10とした対数(log10)を使用して,式10のように表すこともできます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)
●VLOG端子の電圧を計算する
式9を使用して,図1のIPDの値を変えたときのVLOG端子の電圧を計算します.図1ではVbは1.5VでIrefは100μAとなっています.IPDが100nAのときのVLOG端子の電圧は式11のように,1.5Vになります.
・・・・・(11)
そして,IPDが10μAのときのVLOGは式12のように,1.9Vになります.
・・・・・(12)
このように,IPDが100nAから10μAに100倍変化すると,VLOG端子の電圧は0.4V変化することになります.
●光パワー測定回路をシミュレーションする
図4は,図1の光パワー測定回路をシミュレーションするための回路です.温度補償回路はB電流源を使用して,gmが34.7μ/VT[S]となるように設定しています.この回路で,IPDを1pAから10mAまで変化させ,温度を-25℃から75℃まで変化させたシミュレーションを行います.
IPDを1pAから10mAまで変化させ,温度を-25℃から75℃まで変化させてシミュレーション.
図5は,図4のシミュレーション結果です.上段が,NUM点とDEV点の差電圧で,下段がVLOG端子の電圧です.NUM点とDEN点の差電圧はVTに比例するため,高温で傾きが大きくなっています.VLOG端子の電圧は温度補償されているため,温度が変化しても傾きは一定となっています.IPDが1PAから10mA変化すると,VLOG端子の電圧は0.5Vから2.5Vまで変化しています.
VLOG端子の電圧は,温度が変化しても傾きは一定となっている.
●ADL5304の特性をシミュレーションする
図6は,LTspiceのライブラリにあるADL5304のモデルを使用した,光パワー測定回路をシミュレーションするための回路です.ADL5304は,SCL,SCL2,SCL3の3つの端子の接続のしかたを変えることで,出力OPアンプの帰還抵抗の値を変えることができます.SCL3端子をVLOG端子に接続すると,帰還抵抗に7.5kΩの抵抗が並列接続され,2.5kΩの帰還抵抗の値が,1.875kΩになります.
そこで,図6の回路で,IPDを1pAから10mAまで変化させ,「.stepコマンド」でスイッチ相当の抵抗(RSW)の値を1μΩと1GΩに変化させ,帰還抵抗の値を切り替えさせるシミュレーションを行います.なお,今回使用したADL5304のモデルには,温度補正機能が実装されていないようなので,図4で行った温度変化のシミュレーションの解説は割愛します.
IPDを1pAから10mAまで変化させたシミュレーションを行う.
図7は,図6のシミュレーション結果です.帰還抵抗が2.5kΩのときは,図5と同様に,IPDが1pAから10mAまで変化すると,VLOG端子の電圧は0.5Vから2.5Vまで変化しています.帰還抵抗を1.875kΩにしたときは,その傾きが小さくなっていることが分かります.
帰還抵抗を1.875kΩにしたときは,傾きが小さくなっている.
以上,電流電圧対数変換ICについて解説しました.ADL530の詳しい使用方法についてはデータシートを参照してください.また,対数変換回路に関しては,「IoT時代のLTspiceアナログ回路入門:対数増幅回路の入出力特性」でも解説しています.
◆参考・引用*文献
(1)アナログデバイセズ:ADL5304データシート P1:Figure 1
(2)アナログデバイセズ:ADL5304データシート P1:GENERAL DESCRIPTION
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice10_035.zip
●データ・ファイル内容
IC_VCE.asc:図3の回路
IC_VCE_VA.asc:図6をシミュレーションするための回路
IC_VCE_VA.plt:図6のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
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