MEMSマイクの増幅アンプの雑音を低くする方法
図1は,MEMSマイクの信号を,ゲインが2倍の非反転アンプで増幅する回路です.図1のMEMSマイクのノイズ・フロアは,20kHz帯域幅で-104dBVの性能です.非反転アンプの入力雑音(図1の赤矢印より右側)の影響を低くするには,非反転アンプの入力雑音を(a)~(d)のどの値にするのが適切でしょうか.
MEMSマイクのノイズ・フロアは-104dBV.
(a) 15nV/√Hz以下 (b) 55nV/√Hz以下 (c) 95nV/√Hz以下 (d) 135nV/√Hz以下
MEMSマイクのノイズ・フロアである-104dBVをnV/√Hzの単位に換算します.換算したMEMSマイクのノイズ・フロアより,非反転アンプの入力雑音を低くすると,非反転アンプの入力雑音は埋もれて見えなくなります.
dBVの単位は1Vを基準にした電圧の表し方で,オーディオではよく使われます.具体的な関係式は,yの電圧をx[dBV]で表すと「xdBV=20log10(y/1V)」になります.この関係より,MEMSマイクのノイズ・フロアになる「20kHzの帯域幅で-104dBV」は,「20kHzの帯域幅で6.3μV」になります.この雑音電圧を√Hzあたりにすると,「6.3μV/√20kHz=45nV/√Hz」になり,これがMEMSマイクの√Hzあたりのノイズ・フロアです.
次に非反転アンプの入力雑音の影響を低くするには,MEMSマイクのノイズ・フロアの1/3倍以下にします.45nV/√Hzの1/3倍以下は15nV/√Hz以下となり,(a)が正解になります.
●MEMSマイクについて
MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)は微小電気機械システムのことで,半導体集積回路の微細加工技術を利用して作られる機械的な部品になります.近年ではMEMS技術を使った部品としてMEMSマイクがあります.MEMSマイクは小型のマイクで,スマートフォンやタブレットのマイク,イヤフォンマイク等に使われています.
●MEMSマイクの構造
図2はMEMSマイクの構造を表したイメージ図になります.MEMSマイクには小さな穴があり,外部と繋がっています.この穴から入力音が入り,MEMSチップの可動ダイヤフラムを連続的に振動させます.振動は可動ダイヤフラムと固定プレート間の連続的な容量変化になります.この容量変化を専用の集積回路で電気信号に変えて出力しています.
入力音は可動ダイヤフラムで連続的な容量変化になる.
その容量変化を専用の集積回路で電気的な信号に変えて出力する.
TDKのMEMSマイク(ICS‐40212)のデータ・シート(1)を例にすると,MEMSマイクのノイズ・フロアは-104dBV,出力インピーダンスは190Ω,出力同相電圧は1.0Vになっています.図1の非反転アンプとの接続は,C1でMEMSマイクの出力同相電圧を直流カットし,MEMSマイクの信号を非反転アンプへ伝えて増幅します.MEMSマイクの出力インピーダンスは190Ωなので,それより十分大きなR3にして,MEMSマイクの信号が減衰しないようにしています.
●MEMSマイクのノイズ・フロアより非反転アンプの入力雑音を低くする検討
ここでは,MEMSマイクのノイズ・フロアより低くする非反転アンプの入力雑音の目標値を机上計算で検討します.MEMSマイクのノイズ・フロアはdBVの単位で表されています.具体的には,yの電圧をx[dBV]で表すと式1になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
式1をyで整理すると式2になります.式2より,MEMSマイクのノイズ・フロアになる「20kHzの帯域幅で-104dBV」は,「20kHzの帯域幅で6.3μV」に換算できます.dBVから電圧への相互変換はアナログ・デバイセズ社の計算ツールでも簡単に求めることができます.操作はdBVのところへ-104を入れてCalculateを押します.計算結果はVRMSのところに表示されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
次に20kHz帯域幅の6.3μVを√Hzあたりにすると式3になります.式3より,45nV/√HzがMEMSマイクの√Hzあたりのノイズ・フロアになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
図1の接続箇所ではMEMSマイクの√Hzあたりのノイズ・フロアの雑音と,非反転アンプの入力雑音が直列に繋がります.前者をvn1,後者をvn2とすると,2つの雑音の加算は式4になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
式4の関係より,vn1を支配的にして,vn2を埋もれさせるには,vn1=1,vn2=1/3以下の大小関係にするとvn2はほぼ埋もれて見えなくなります.1/3倍以下はおおよそ-10dB以下です.これより「MEMSマイクのノイズ・フロアより,非反転アンプの入力雑音は-10dB以下にする」の表現も使われます.式4を使った2つの雑音の大小関係より,非反転アンプの入力雑音をMEMSマイクのノイズ・フロアより1/3倍すると式5になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
この検討より,4択の解答は(a)の15nV/√Hz以下になります.
●CMOS OPアンプの入力雑音シミュレーション
ここからは,図1の非反転アンプの入力雑音の目標が15nV/√Hz以下であることから,図1のAD8605(2)を使った2倍の非反転アンプの入力雑音がその要求を満たしているかをシミュレーションで検討します.
まず先にAD8605の入力雑音について図3を用いて調べます.図3ではAD8605をユニティ・ゲイン・バッファにして,入力雑音を調べています.ノイズ解析のコマンドは「.noise V(out) V1 oct 30 1 1meg」で,1Hzから1MHz間を周波数が2倍あたり30ポイントで入力雑音の周波数特性を調べます.
図4は,図3のシミュレーション結果になります.このプロットより1kHzでの入力雑音は「Vn(AD8605)=7.3nV/√Hz」になるのが分かります.
AD8605の1kHzでの入力雑音は7.3nV/√Hzであるのが分かる.
●非反転アンプの入力雑音シミュレーション
次にAD8605を使った2倍のゲインの非反転アンプの入力雑音を,図5を使って調べます.
雑音を調べるコマンドは図3と同じになります.ここで図4のプロットで調べた「Vn(AD8605)=7.3nV/√Hz」と「R1=R2=2kΩ」を使うと,机上計算で求まる図5の入力雑音は,式6の8.4nV/√Hzになります.
・・・・・(6)
OPアンプを使った負帰還アンプの雑音については,過去のメルマガ「負帰還アンプの雑音が小さい抵抗値の決め方」で詳しく解説していますのでご参考になさってください.
図6は,図5のシミュレーション結果になります.図6のプロットには,MEMSマイクのノイズ・フロアの45nV/√Hzと,ノイズ・フロアから1/3倍の15nV/√Hzのラインも加えました.
非反転アンプの入力雑音は15nV/√Hz以下になっている.
図6のプロットより,1kHzでの雑音は先ほどの式6と一致します.100Hz以下の1/f雑音の領域を除くと,非反転アンプの入力雑音は15nV/√Hz以下になっており,非反転アンプの入力雑音の目標を満たしているのが分かります.
◆参考文献
(1) TDK MEMSマイク ICS‐40212のデータ・シート
(2) アナログ・デバイセズ AD8605のデータ・シート
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice9_044.zip
●データ・ファイル内容
OPAmp Input referred noise.asc:図3の回路
OPAmp Input referred noise.plt:図3のプロットを指定するファイル
Non Inverting Amplifier Input referred noise.asc:図5の回路
Non Inverting Amplifier Input referred noise.plt:図5のプロットを指定するファイル
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