オーディオ用パワー・アンプの負荷短絡保護




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■問題
【 増幅回路 】

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,負荷短絡保護機能付きのオーディオ用AB級パワーアンプの回路図です.ゲインは20dBに設定されています.このパワー・アンプには,負荷抵抗をショートしたとき,パワー・アンプが破損しないよう出力電流を制限するための,負荷短絡保護機能が付いています.この回路の抵抗R4とR6の役割の説明として,正しいのは(a)~(d)のどれでしょうか.



図1 負荷短絡保護機能付きのオーディオ用AB級パワーアンプ
R4とR6の役割の説明として,正しいのは?


(a) 電源電圧が変化したとき,出力電流の制限値が変化しないようにする
(b) 出力電流の制限値を,トランジスタのコレクタ・エミッタ間電圧に応じて変化させる
(c) 温度が変化したとき,出力電流の制限値が変化しないようにする
(d) 温度が変化したとき,アイドリング電流が変化しないようにする
■ヒント

 図1の回路で,出力電流の検出は,RE1とRE2で行い,過大な電流が流れると,Q9とQ10がONして電流を制限します.この動作を考えれば,R4とR6の役割は簡単に分かります.

■解答


(b) 出力電流の制限値を,トランジスタのコレクタ・エミッタ間電圧に応じて変化させる

 Q1とQ2に流れる出力電流は,RE1とRE2にも流れます.そのため,RE1とRE2には出力電流に比例した電圧が発生します.そして,Q9またはQ10のベース・エミッタ間電圧が約0.75Vよりも大きくなると,Q9またはQ10がONし,Q1またはQ2のベース電流を制限することで,出力電流を制限します.
 R4とR6に流れる電流は,パワー・トランジスタ(Q1,Q2)のコレクタ・エミッタ電圧に比例します.そのため,R5とR7には,Q1とQ2のコレクタ・エミッタ電圧に比例した電圧が発生します.
 そのため,Q1とQ2のコレクタ・エミッタ電圧が大きいほど,小さな出力電流でQ9とQ10がONし,出力電流を制限します.つまり,R4とR6の役割は,出力電流の制限値を,トランジスタのコレクタ・エミッタ間電圧に応じて変化させる,ということになります.

■解説

●トランジスタのSOAとは
 トランジスタに過大な電流を流すと破損してしまいますが,破損に至る電流値は,トランジスタのコレクタ・エミッタ間に印加される電圧によって変化します.
 そこで,トランジスタの仕様書には,トランジスタを破損せず使用できる電圧・電流の範囲が,SOA(Safe Operating Area:安全動作領域)として記載されています.
 図2は,トランジスタのSOAグラフの一例です.青線は直流電圧と電流を印加したときの特性で,黄色線は100mSのパルス状の電圧と電流を印加したときの特性です.トランジスタはSOAの内側(青色もしくは黄色の領域)で動作させる必要があります.


図2 トランジスタのSOAの一例
トランジスタはSOAの内側(青色もしくは黄色の領域)で動作させる必要がある

 図2のようなSOA特性のトランジスタの場合,直流では,コレクタ・エミッタ間電圧が1.5V以下の場合は7Aのコレクタ電流を流すことができますが,コレクタ・エミッタ間電圧が10Vになると,コレクタ電流は1.2A以下にする必要があります.

●負荷短絡保護のために必要な特性
 オーディオ用パワー・アンプでは,スピーカの配線をショートさせた場合もアンプが破損しないよう,負荷短絡保護機能が必要です.負荷短絡保護回路は,トランジスタの電流を検出して,設定値以上の電流が流れないように制限します.ただし,コレクタ・エミッタ電圧に関係なく,一定の電流値で制限すると,かなり小さい電流値で制限する必要があります.すると,出力振幅が大きいときに誤動作してしまいます.
 出力振幅が大きい場合,トランジスタのコレクタ・エミッタ間電圧は小さくなっているため,SOAの範囲内でも大きな電流を流すことができます.そこで,コレクタ・エミッタ間電圧の大きさに応じて,制限電流値が変化するような回路が必要になります.図1の回路で,パワー・トランジスタ(Q1)に流れるコレクタ電流(ICQ1)は,出力電圧のピーク値をVOUTとすると,式1で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 また,パワー・トランジスタ(Q1)のコレクタ・エミッタ間電圧(VCE)は,RE1の電圧降下を無視すると,式2で計算できます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 図1の回路で出力が20WとなるVOUTのピーク値は12.6Vです.このときのICQ1は3.15Aで,VCEは1.4Vになります.また,VOUTのピーク値が1VのときのICQ1は0.25Aで,VCEは13Vになります.オーディオ用パワー・アンプの負荷短絡保護特性は,これらの条件で誤動作せず,図2のASOの範囲外にならないように制限できる特性とする必要があります.

●オーディオ用パワー・アンプの負荷短絡保護回路
 図3は,図1のオーディオ用パワー・アンプの,NPN側の負荷短絡保護回路を取り出したものです.


図3 パワー・アンプの負荷短絡保護回路の部分を取り出したもの
RE1でパワー・トランジスタに流れる電流を検出し,Q8がONして電流を制限する

 RE1でパワー・トランジスタに流れる電流を検出し,Out端子を基準としたB点の電圧が約0.75V以上になると,Q9がONして,パワー・トランジスタ(Q1)のベース電流を制限することで,出力電流を制限します.この回路は,トランジスタのベース・エミッタ間電圧がスレッショルド電圧となるため,温度が高くなるほどスレッショルド電圧は小さくなり,出力制限電流の値が小さくなります.
 抵抗(R4)に流れる電流は,パワー・トランジスタ(Q1)のコレクタ・エミッタ間電圧(VCE)に比例します.R4の電流はR5にも流れます.そのため,VCEが大きいほどR5に発生する電圧が大きくなり,B点の電圧が高くなります.すると,VCEが小さなときよりも,小さな出力電流でQ9がONし,出力電流を制限することになります.ここで,出力電圧が大きく,VCEが小さなときは,6AでQ1の電流を制限するようなRE1の値を計算してみます.R4の電流を無視し,制限電流値をIlim1とすると,RE1は式3で計算することができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 ここでは,RE1の値を0.12Ωとします.R5の値は比較的自由に設定できますが,今回は100Ωとします.次に,出力(VOUT)が1Vのときに,制限電流値(Ilim2)が1.6Aとなるよう,R4の値を設定してみます.このとき,VCEは「VCE=VCC-VOUT=14-1=13V」となります.
 VCEが13Vのときに,R5に発生する電圧が(0.75-Ilim2*RE1)となるようにすればよいため,R4の値は式4で計算することができ,2.2kΩになります.

・・・・・・・・・・・・(4)

●負荷短絡保護回路の動作を確認する
 図4は,負荷短絡保護回路の動作をシミュレーションする回路です.図1の回路に対し,出力電流を制限するトランジスタQ9,Q10のコレクタに,電流の逆流を防止するためのダイオードD1とD2を追加してあります.


図4 負荷短絡保護回路の動作をシミュレーションで確認するための回路
Out端子に電流源を接続し,.DCコマンドで0Aから8Aまで変化させる.

 Out端子に電流源を接続し「.DCコマンド」で0Aから8Aまで変化させます.また,入力直流電圧を「.stepコマンド」で0.1v,0.6V,1.2Vと変化させ,OUT端子の電圧を1V,6V,12Vと変化させます.さらに,「.measコマンド」で,OUT端子が0.5Vになったときの出力電流をIlimという変数に格納するようにしています.

●出力電圧が正側のときの負荷短絡保護回路の動作を確認する
 図5は,図4の出力電圧が正側のときの保護特性のシミュレーション結果です.上段がQ9のベース・エミッタ間電圧で,下段がOUT端子の電圧です.

図5 負荷短絡保護回路のシミュレーション結果
OUT端子の電圧が高いほど,制限される出力電流の値は大きくなっている.

 出力電流の増加に伴って,Q9のベース・エミッタ間電圧が大きくなっていき,0.75Vを超えると負荷短絡保護回路が動作し,電流制限により,OUT端子の電圧が低下し,保護回路が動作していることが分かります.
 図5に示すように,出力電圧が1Vのとき,出力電流1.8Aで保護回路が動作し,出力電圧が6Vのときは3.6A、出力電圧が12Vの時は5.6Aで保護回路が動作しています.このように,OUT端子の電圧が高いほど,制限される出力電流の値は大きくなっていることが分かります.

▼出力電圧が正側のときのトランジスタの動作範囲
 図6は,図4の「.measコマンド」で取得した,Q1のコレクタ・エミッタ間電圧と制限電流の関係を表すグラフとなっています.


図6 図4の「.measコマンド」で取得した,出力電圧が0.5Vに低下したときの出力電流値のグラフ
コレクタ・エミッタ間電圧が大きいほど,制限電流の値は小さくなっていることが分かる.

 「Ctrl+L」キーを押してログ情報を表示した後,マウス右ボタンをクリックして表示されたメニューから,[Plot .step'ed .meas data]を選択すると表示されます.横軸は「14-Vin*10」として,Q1のコレクタ・エミッタ間電圧を表すようにしています.縦軸は制限される出力電流値を表しています.図6より,コレクタ・エミッタ間電圧が大きいほど,制限電流の値は小さくなっています.
 図2のSOAグラフを見ると分かるように,コレクタ・エミッタ間電圧が大きいほど,トランジスタに流すことのできるコレクタ電流は小さくなります.図4の負荷短絡保護回路は,このSOAの範囲内でトランジスタが動作するように,コレクタ・エミッタ間電圧に応じて,制限電流の値が変化していることが分かります.

●出力電圧が負側のときの負荷短絡保護回路の動作を確認する
 図7は,図4の出力電圧が負側のときの保護特性のシミュレーション結果です.


図7 出力電圧が負側のときの,負荷短絡保護回路のシミュレーション結果
OUT端子の電圧の絶対値が大きいほど,制限される出力電流の絶対値は大きくなっている.

 図4の回路の,負荷電流の向きと,入力電圧の符号を変えてシミュレーションしています.図7は出力電圧が負側の場合も,OUT端子の電圧の絶対値が大きいほど,制限される出力電流の絶対値は大きくなっています.

▼出力電圧が負側のときのトランジスタの動作範囲
 図8は「.measコマンド」で取得した,出力電圧が-0.5Vになったときの出力電流値のグラフです.


図8 出力電圧が負側のときに,出力電圧が0.5Vになったときの出力電流値のグラフ
コレクタ・エミッタ間電圧の絶対値が大きいほど,制限電流の絶対値は小さくなっている.

 横軸は「-14-Vin*10」として,Q2のコレクタ・エミッタ間電圧を表すようにしています.符号が反転していますが,コレクタ・エミッタ間電圧の絶対値が大きいほど,制限電流の絶対値は小さくなっていることが分かります.また,出力電圧が負側のときも,SOAの範囲内でトランジスタが動作しています.

●負荷短絡保護回路が誤動作しないことを確認する
 最後に,通常動作のときに負荷短絡保護回路が誤動作しないことをシミュレーションで確認します.図9図4の回路で,負荷抵抗を4Ωとし,入力を1kHzでピーク電圧1.26Vの正弦波にしたときのシミュレーション結果です.上段がOUT端子の電圧波形で,下段が負荷抵抗に流れる電流です.3A以上の負荷電流が流れていますが,波形は正常で負荷短絡保護回路は誤動作していないことが分かります.


図9 負荷抵抗4Ωで1kHz,ピーク電圧1.26Vの正弦波を入力したときのシミュレーション結果
上段がOUT端子の電圧波形で,下段が負荷抵抗に流れる電流

 以上,オーディオ用パワー・アンプの負荷短絡保護回路について解説しました. パワートランジスタのエミッタ抵抗RE1,RE2は,アイドリング電流の熱暴走を防止する機能があります.詳細は「AB級パワー・アンプのエミッタ抵抗値の選び方」を参照してください.熱暴走を防止するために設定したRE1,RE2の値では,制限電流が小さくなりすぎてしまう場合は,図1のQ9,Q10のベースとOUT端子の間に抵抗を挿入することで,制限電流を調整することができます.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice9_039.zip

●データ・ファイル内容
AudioPWamp_p.asc:図4の回路
AudioPWamp_p.plt:図5のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
AudioPWamp_p.log.plt:図6のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
AudioPWamp_m.asc:図7をシミュレーションするための回路
AudioPWamp_m.plt:図7のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
AudioPWamp_m.log.plt:図8のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
AudioPWamp.asc:図9をシミュレーションするための回路
AudioPWamp.plt:図8のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル

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