最大出力がひずまずに一番大きい増幅回路はどれ?
図1の回路(A)~(D)は,いずれもゲインが20dB(10倍)になるように定数を設定したエミッタ接地増幅回路です.これらの回路の入力に1kHzの正弦波を加えた場合,出力も正弦波になります.しかし,そのレベルを徐々に大きくしていくと,やがて出力がクリップしひずみます.(A)~(D)の中で,最大出力(クリップしない出力)が一番大きい増幅回路はどれでしょうか.ただし,トランジスタのコレクタ電流(IC)は図中の値とします.
最大出力(クリップしない出力)が一番大きいアンプはどれ?
最大出力がどのような値になるかは,電源電圧と出力動作点によって変わります.出力振幅を最も大きくするためには,出力動作点は電源電圧の半分程度に設定することになります.
出力動作点とは,エミッタ接地増幅回路の場合,バイアス回路によって設定された,トランジスタのコレクタ電圧(出力端子の電圧)のことをいいます.トランジスタで増幅回路を設計する場合,ゲインだけではなく出力動作点の設定にも気をつける必要があります.
図1の回路図中に表示されたトランジスタのコレクタ電流から,(A)~(D)の回路の出力動作点(Out端子の電圧)を計算します.(A)を例にすると,コレクタ電流(IC)が26μAで,負荷抵抗(RL)が10kΩなので「10kΩ×26μA」から0.26Vの電圧降下となります.電源電圧(VCC)が5Vなので「5V-0.26V」よりOut端子の電圧は4.74Vとなります.同じように計算すると,(A)が4.74V,(B)が4.74V,(C)が0.9V,(D)が2.8Vとなります.
Out端子電圧の計算結果より,(A)と(B)は,出力動作点が高すぎるため出力波形の上側がすぐにクリップしてしまいます.(C)は,出力動作点が低すぎるため,出力波形の下側が先にクリップしてしまいます.(D)は,出力動作点が電源電圧の半分に近いため,波形の上側と下側どちらかが先にクリップすること無く,最も大きな出力電圧が得られます.したがって正解は回路(D)となります.
●回路(A)と回路(B)の動作点とゲインを確認する
最大出力を調べる前に,それぞれの回路の動作点とゲイン(10倍)を確認してみます.回路(A)と回路(B)は,基本的なエミッタ接地増幅回路で,ゲインは同じ式1で計算することができます.ただし,回路(A)のベース電圧は,電源電圧をR1とR2だけで分圧しています.そのため,電源電圧が少し変化しただけで,回路(A)のゲインは大きく変動するので,実用性が低くあまり使われることはありません.LTspiceアナログ電子回路入門 007「電流帰還型バイアス回路でゲインを100倍にする抵抗値は何Ω?」も参考にしてください.
・・・・・・・・・・・・(1)
式1を見るとわかるように,この回路のゲインは負荷抵抗の電圧降下(IC×RL)を熱電圧(VT)で除算したものになります.言い換えると,ゲインが決まると負荷抵抗の電圧降下の値も決まってしまい,出力動作点を自由に設定することはできません.この回路の出力端子の電圧(VO(A,B))は,式2で表すことができます.
・・・・・・・・・・・・・・(2)
●回路(C)の動作点とゲインを確認する
回路(C)のゲイン(10倍)は,式3で計算することができます.
・・・・・(3)
式3から分かるように,回路(C)のゲインはR3とRLの比でほぼ決まります.この回路の負荷抵抗の電圧降下も(IC×RL)となります.また,エミッタ抵抗(R3)の電圧降下(VE)はコレクタ電流(IC)とエミッタ電流(IE)がほぼ等しいと仮定すると,式4となり,これを変形すると式5になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
式4と式5から,この回路の出力端子電圧(VO(C))は式6で表されます.
・・・・・・・・(6)
式6から,この回路の動作点はエミッタ抵抗の電圧降下とRLとR3の比で決まることが分かります.つまり,この回路はゲインと動作点が共にRLとR3の比で決まることから,動作点設定の自由度は高くはありません.
●回路(D)の動作点とゲインを確認する
回路(D)のゲイン(10倍)は式7で計算することができます.
・・・・・(7)
この回路のゲインはR3とR4の並列抵抗値とRLの比でほぼ決まります.また,この回路の出力端子電圧(VO(D))は回路(C)と同様,式8で計算することができます.
・・・・・・(8)
この回路では,出力動作点はRLとR3の比で決まりますが,ゲインはR4を変えることでも変更できます.つまり,動作点とゲインを独立して設定することが可能です.そのため,まず適切な動作点となるよう,R3を設定し,その後必要なゲインが得られるようにR4を設定するという順番で設計することができます.
●回路(A)~(D)のゲインをLTspiceで確認する
図2は,図1の回路をシミュレーションするための回路です.ゲインの比較がしやすいように,四つの回路を一つの図面にまとめています.そのため,素子名の末尾に(A)~(D)を追加し,素子名が重複しないようにしてあります.また,回路図上に出力端子電圧(出力動作点)を表示しています.
四つの回路をひとつにまとめている.
図3は,図2のシミュレーション結果です.(A)~(D)の回路いずれも1kHzのとき,ゲインが20dB(10倍)となっていることが分かります.
四つの回路のゲインはいずれも20dBとなっている.
●回路(A)~(D)の最大出力を確認する
それでは,これから,図1(A)~(D)の回路に徐々に振幅が大きくなる正弦波を加え,出力の波形がどのように変化するかを調べてみたいと思います.図4がそのための回路です.信号源には任意関数が記述できるBV(Arbitrary Behavioral Voltage )を使用しています.また,正弦波の振幅をコントロールするため,もう一つの信号源Vcを使用します.BVの出力端子にはVinというノード名を付け,(A)~(D)の回路の入力端子にも同じVinというノード名を付けてあります.
BVを使用し徐々に振幅が大きくなる正弦波を作成している.
BVの記述は「V=V(c)*10m*sin(2*PI*1k*time)」となっています.これはV(c)という電圧で振幅が制御される1kHzの正弦波という意味になります.つまり,V(c)が1Vの時はピーク値10mVの1kHzの正弦波で,V(c)が25Vの時はピーク値250mVの1kHzの正弦波となります.
コントロール電圧のVcは「PWL(0 1 20m 25)」と記述されており,これは「時間0で1V,20m秒後に25Vになる」という意味です.この信号をBVのコントロール信号として使用し,0~20m秒の間に,10mVから250mVまで振幅の変化する正弦波を作っています.
図5がBVの出力電圧(増幅回路の入力)波形のシミュレーション結果です.
0~20m秒の間に,±10mVから±250mVまで振幅が変化する.
図6が回路(A),図7が回路(B)のシミュレーションによる出力波形です.出力端子電圧が4.74Vと高いため,波形の上側がすぐにクリップしていることが分かります.波形の下側振幅は入力に応じて大きくなりますが,半波整流のような波形です.
出力電圧が高いため,波形の上側がクリップする.
出力電圧が高いため,波形の上側がクリップする.
図8が回路(C)の出力波形のシミュレーション結果です.出力端子電圧が0.93Vと低いため,波形の下側がすぐにクリップしています.
出力電圧が低いため,波形の下側がクリップする.
図9が回路(D)の出力波形のシミュレーション結果です.四つの回路のなかで波形のクリップが一番遅く,大きな振幅が出力できていることが分かります.
出力動作点が適切なため,最大出力(クリップしない)が一番大きい
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice2_009.zip
●データ・ファイル内容
CE_amp_Gain.asc:図2の回路
CE_amp_Max_Out.asc:図4の回路
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