電流帰還型バイアス回路でゲインを100倍にする抵抗値は何Ω?




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■問題

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,電流帰還バイアス回路を使用したエミッタ接地増幅回路です.電源電圧は5Vで,R1とR2によってバイアス電圧が作られています.入力信号は,カップリング・コンデンサC1を介してA点に加わっています.また,エミッタ抵抗R3には,バイパス・コンデンサ(C2)が接続されており,負荷抵抗(RL)は10kΩになっています.
 図1において,A点の電圧を1.25V,トランジスタの直流電流増幅率(hFE)を200,ベース・エミッタ間電圧(VBE)を0.65Vとし,入力信号周波数を1kHzとします.この条件で増幅回路のゲインを約100倍(40dB)に設定する場合,R3の抵抗値としてもっとも適切なのは(A)~(D)のどれでしょうか.

(A)100Ω (B)560Ω (C)2.4kΩ (D)10kΩ

図1 電流帰還バイアス型エミッタ接地増幅回路
ゲインを100倍(40dB)に設定する場合,R3の抵抗値は?

■ヒント

 図1において,A点の電圧を1.25Vとし,トランジスタのVBEを0.65Vとした場合,トランジスタのエミッタ電流は「(1.25-0.65)/R3」となります.トランジスタのエミッタ電流がわかれば,相互コンダクタンス(gm)を計算することができます.また,gmがわかればゲインも簡単に計算できます.LTspiceアナログ電子回路入門 005 「トランジスタの相互コンダクタンスが10mSになるコレクタ電流は?」も参照してみてください.

 バイアス回路とは,トランジスタが適切な電流や電圧で動作するようにするための回路です.図1で使用しているバイアス回路は,エミッタ接地増幅回路としては最も一般的な回路です.エミッタ抵抗(R3)によってトランジスタの電流を安定化することができる利点があり,電流帰還型バイアス回路と呼ばれます.

■解答


(C)2.4kΩ

 まず,負荷抵抗(RL)の値が10kΩでゲインが100倍という条件から必要なgmの値を求めます.「gm=ゲイン/負荷抵抗値」なので値を代入すると「gm=100/10k=10mS」です.図1の回路のgmとコレクタ電流(IC)の関係は式1で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 式1に値を代入すると「IC=10m*26m=260μA」になります.つまり,(A)~(D)の中で,コレクタ電流が260μAとなっているものが正解ということになります.hFEが200あるので,コレクタ電流とエミッタ電流(IE)は,ほぼ等しく「IC≒IE」とみなすことができます.そのため,ICは式1で求めることができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 (A)~(D)のR3の値を式1に代入してそれぞれのICを求めると「(A)100Ωが6mA」,「(B)560Ωが1.1mA」,「(C)2.4kΩが250μA」,「(D)10kΩが60μA」となります. (A)~(D)の条件の中でコレクタ電流が,260μAに最も近いのは(C)です.つまり,正解は(C)ということになります.

■解説

●基本となるエミッタ接地増幅回路のゲイン
 図1の回路には,いろいろな抵抗やコンデンサがついていますが,元になっているのは図2のエミッタ接地増幅回路です.そこでまず,図2の回路のゲインについて解説します.


図2 基本となるエミッタ接地増幅回路
Vinの直流電圧を0.6198Vと0.6018Vに変化させてゲインをシミュレーションする.

 トランジスタのコレクタ電流(IC)とgmの関係は式3のようになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

ただし,K:ボルツマン定数,T:絶対温度,g:電子電荷

 また,負荷抵抗の値をRLとすると,ゲイン(G)は式4で表せます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 図2の回路でゲインを100倍(40dB)とするgmは,式4を変形した式5から10mSと求まります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 gmが10mSとなるコレクタ電流は式3を変形し,式6のように260μAになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 そのため,図2の回路でコレクタ電流を260μAとすれば,ゲイン100倍のアンプとなるはずです.図2の回路でVinの直流電圧を0.6198と指定していますが,これは,あらかじめ「DC sweepコマンド」でVinを変化させ,コレクタ電流が260μAとなるVinの直流電圧を調べた結果を反映させたものです.図2では「.stepコマンド」を使用し,Vinの直流電圧を0.6198Vと0.6018に変えてシミュレーションを行います.図3図2のシミュレーション結果です.Vinの直流電圧が0.6198Vの時のゲインは計算通りほぼ100倍(40dB)となっています.


図3 図2の回路のシミュレーション結果
「VDC=0.6198」の時のゲインは理論式通り,ほぼ100倍(40dB)となっている

 図2の回路はシミュレータでは動作しますが,Vinの直流電圧に対する感度が高いため実際の回路として組み立てることはできません.トランジスタのコレクタ電流とVBEの関係式は式7となり,コレクタ電流は,VBEの値によって指数関数的に増加します.そのため,Vinの直流電圧は非常に精密に設定する必要があります.もし仮に18mVずれたとすると,電流は2倍あるいは1/2になってしまいます.図2ではVinの直流電圧を0.6198Vと0.6018Vに18mV変化させてシミュレーションしています.Vinの直流電圧が18mV低い0.6018Vの時は,電流が半分になるため,ゲインも半分の50倍(34dB)になってしまいます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

●電流帰還型バイアス回路
 図2の回路は,実際の回路として動作しないため,図1の電流帰還型バイアス回路が考えられました.図4は,図1の回路をシミュレーションするための回路です.


図4 シミュレーション用の電流帰還バイアス回路型エミッタ接地回路
回路図上に主要なノード電圧とQ1のコレクタ電流を表示.

 R3は(C)の条件の2.4kΩとし,主要なノードの電圧とQ1のコレクタ電流を回路図上に表示しています.この回路ではR1とR2の抵抗分割により,A点の電圧を決めています.A点の電圧(VA)は式8で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)

 シミュレーション結果は,約1.24Vと計算よりもやや小さくなっていますが,これはQ1のベース電流がR1に流れるためです.R3に加わる電圧はA点の電圧からQ1のVBEを引いたものなので,Q1のエミッタ電流は式9で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・(9)

 シミュレーションでも,ほぼ同等の256.6uAとなっています.この回路ではA点の電圧が多少変わっても,図2の回路のように極端にエミッタ電流が変動することは無く,ゲイン変動も少なくなっています.ただし,A点の電圧変化によるエミッタ電流変化が小さいということは,この回路のgmが小さくなったことになり,そのままでは増幅回路としてのゲインが小さくなってしまいます.そこで,コンデンサC2をR3と並列に接続しています.コンデンサは周波数が高くなるとインピーダンスが小さくなる性質があります.たとえば,100uFのコンデンサの1kHzでのインピーダンスは1.6Ωと小さいので,R3をショートしたとみなすことができます.そのため,この回路のgmの計算には,図2と同じ式3を使用することができます.
 図5図4のシミュレーション結果です.R3の値を(C)の条件の2.4KΩとすることで,ほぼ100倍(40dB)のゲインとなることが確認できます.


図5 図4のシミュレーション結果
計算通り,ゲインはほぼ100倍(40dB)となっている.

●LTspiceで回路図上に動作点を表示させる方法
 LTspiceでは回路図上にノード電圧やコレクタ電流を表示させることができます.ノード電圧などを表示させる操作は,波形ビューアのウインドウを閉じた状態で行います.表示したいノード上にカーソルを置き,マウス左ボタンをクリックすると動作点表示ラベルが現れます.位置を調整してもう一度左ボタンを押しすことで配置されます.この動作点表示ラベルをコピーして画面上に配置し,マウス右ボタンをクリックすると図6のようなウィンドウが現れます.ここで,表示したい電流等を選択することで,トランジスタの電流なども回路図上に表示させることができます.


図6 回路図上にトランジスタの電流等を表示するための設定画面
動作点表示ラベルを右クリックすると現れる.

■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice2_007.zip

●データ・ファイル内容
CE_amp1.asc:図2の回路
CE_amp2.asc:図4の回路

■LTspice関連リンク先


(1) LTspice ダウンロード先
(2) LTspice Users Club
(3) トランジスタ技術公式サイト LTspiceの部屋はこちら
(4) LTspice電子回路マラソン・アーカイブs
(5) LTspiceアナログ電子回路入門・アーカイブs

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