アンチエイリアシング・フィルタと3種類の特性
図1は,A-Dコンバータ用のアンチエイリアシング・フィルタ(anti-aliasing filter)です.OPアンプ(AD8602)(1)を使用したサレンキー型フィルタを,3段縦続接続し,6次バタワース特性のフィルタを構成しています.A-Dコンバータのサンプリング周波数は50kHzで,フィルタのカットオフ周波数は20kHzとなっています.

サレンキー型フィルタを,3段縦続接続し,6次バタワース特性のフィルタを構成.
図1のフィルタ特性は「バタワース」となっていますが,フィルタ特性としては他に「チェビシェフ」や「ベッセル」があります.表1はこの3つのフィルタ特性を,遮断特性が急峻な順番に並べたものです.正しいのは,(a)~(d)のどの順番でしょうか.
| 急峻 | 中間 | 緩やか | |
|---|---|---|---|
| (a)の順番 | バタワース | ベッセル | チェビシェフ |
| (b)の順番 | ベッセル | チェビシェフ | バタワース |
| (c)の順番 | チェビシェフ | バタワース | ベッセル |
| (d)の順番 | ベッセル | バタワース | チェビシェフ |

アンチエイリアシング・フィルタは,アナログ信号をA-D変換する際に発生する,エイリアシング(折り返し雑音)を低減するためのローパス・フィルタです.図1のアンチエイリアシング・フィルタは,抵抗とコンデンサの値を変更するだけで,「バタワース」や「チェビシェフ」,「ベッセル」などの3つのフィルタ特性にすることができます.3つのフィルタ特性は,「通過帯域の平坦さ」や「遮断特性の急峻さ」,「パルス波形の再現性」でそれぞれ特徴があります.
| 急峻 | 中間 | 緩やか | |
|---|---|---|---|
| (c)の順番 | チェビシェフ | バタワース | ベッセル |
チェビシェフ特性は,通過帯域内のリップル特性を犠牲にすることで,3つの中で,一番急峻な減衰特性を実現しています.
バタワース特性は,通過帯域の平坦さに優れますが,遮断特性は3つの中の中間的な特性となっています.
ベッセル特性は,パルス波形の再現性を重視し,位相特性は優れていますが,遮断特性は3つの中で最も緩やかとなっています.そのため,遮断特性が急峻な順番に並んでいるのは「(c)の順番」ということになります.
●アンチエイリアシング・フィルタとは
アナログ信号をデジタル信号に変換(サンプリング)する場合,元の波形を正しく再現できるのは,サンプリング周波数の1/2未満の周波数の信号です.サンプリング周波数の1/2をナイキスト周波数(Nyquist frequency)と呼び,A-D変換器が扱える周波数の限界を表します.
もし,A-D変換器にナイキスト周波数以上の信号を入力すると,エイリアシング(折り返し雑音)と呼ばれる,不要な信号が発生してしまいます.サンプリング周波数をfSとし,入力周波数をfinとすると,折り返し雑音の周波数(fN)は,式1で計算することができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
例えば,サンプリング周波数50kHzのA-Dコンバータに,40kHzの信号を入力すると,式2のように,A-D変換出力には,10kHzの折り返し雑音が発生することになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
折り返し雑音を低減するためには,A-D変換器に入力する前に,ナイキスト周波数以上の信号を減衰させる必要があります.そのために使用するローパス・フィルタを,アンチエイリアシング・フィルタと呼びます.
●A-D変換器で発生する折り返し雑音の検証
図2は,A-D変換器で折り返し雑音が発生することをシミュレーションで確認するための回路です.逐次比較型A-DコンバータのAD4000(2)のモデルを使用して,A-D変換後の信号を確認します.

AD4000のLTspiceモデルはデジタル信号ではなく,DA変換したアナログ信号を出力する.
AD4000のLTspiceモデルは,実際の製品とは異なり,デジタル信号ではなく,デジタル信号を再度D-A変換したアナログ信号を出力します.この信号をローパス・フィルタ(X1)を介して観察します.なお,X1は電圧制御電圧源を使用した,5次バタワース特性のローパス・フィルタです.
サンプリング周波数を50kHzとするため,CNV端子に50kHzのパルス波を入力します.そして,IN端子にピーク電圧1Vの正弦波を入力します.正弦波の周波数は「.step」コマンドで,20kHzと40kHzに変化させます.これは,ナイキスト周波数未満の信号と,ナイキスト周波数以上の信号の,出力の違いを確認するためです.
▼20kHzの信号を入力
図3は,図2のサンプリング周波数50kHzのA-DコンバータのIN端子に,20kHzの信号を入力したときのシミュレーション結果です.上段が入力信号,中段がAD_DA端子の信号,下段がOUT端子の信号です.

OUT端子の信号は,入力信号と同じ周波数の信号となっている.
OUT端子の信号は,AD_DA端子の信号のローパス・フィルタ後の信号です.ローパス・フィルタの影響により,OUT端子の信号の振幅は若干小さくなっていますが,周波数は入力信号と同じ20kHzとなっています.
▼40kHzの信号を入力
図4は,図2のサンプリング周波数50kHzのA-DコンバータのIN端子に,40kHzの信号を入力したときのシミュレーション結果です.図3と同様,上段が入力信号,中段がAD_DA端子の信号,下段がOUT端子の信号です.

OUT端子の信号は,10kHzの折り返し雑音となっている.
OUT端子の信号は,入力信号の周波数とは異なる,10kHzの信号となっています.これがエイリアシング(折り返し雑音)です.
●代表的な3つのフィルタ特性の特徴
フィルタには,「サレンキー」,「多重帰還」,「状態変数」などの回路形式による分類とは別に,「バタワース」,「チェビシェフ」,「ベッセル」などのフィルタ特性による分類があります.
それぞれのフィルタ特性は,「通過帯域の平坦さ」,「遮断特性」,「パルス応答性」などが異なっています.表2は,代表的な3つのフィルタ特性の特徴をまとめたものです.
| 特性 | 通過帯域の平坦さ | 遮断特性 | パルス応答性 |
|---|---|---|---|
| チェビシェフ (Chebyshev) |
通過帯域にゲインの波 (リップル)がある |
遮断周波数付近で, 最も急峻に減衰する |
リンギングやオーバー・ シュートが発生 |
| バタワース (Butterworth) |
通過帯域は完全にフラット | 遮断特性は,中間的 | パルス応答は中間的 |
| ベッセル (Bessel) |
緩やかに下がる | 遮断特性は緩やか | リンギングやオーバー・ シュートなく良好 |
一般的なフィルタでは,特性バランスの良いバタワースがよく使われます.バタワースよりも急峻な遮断特性が必要な場合は,チェビシェフを選択し,パルス応答が重要な場合は,ベッセルを選択することになります.
●バタワース特性のフィルタを設計する
通常,フィルタを設計する場合は,まず,必要な通過帯域からカットオフ周波数を決め,減衰させたい周波数の減衰量の目標値を決めます.そして,フィルタの回路形式とフィルタ特性を選択します.さらに,目標減衰量から,必要な次数を計算し,選択したフィルタ特性となるよう,CRの定数を計算することになります.次数の高いフィルタを設計しようとすると,かなり煩雑な作業が必要になります.
▼フィルタ設計ツール
そこで,今回はフィルタ設計ツールを使用した設計方法を紹介します.今回使用するのは,アナログ・デバイセズの「アナログ・フィルター・ウィザード」(3)という,ウェブ・ベースのツールです.フィルタの仕様を入力すると,その仕様を満たすフィルタの回路図を提示してくれます.今回はこのツールを使用し,それぞれ6次のバタワース,チェビシェフ,ベッセルのフィルタを設計します.
▼仕様入力
アナログ・フィルター・ウィザードでは,1番最初に,[タイプ]の画面で,設計するフィルタの種類を[ローパス],[ハイパス],[バンドパス]から選択します.ここでは[ローパス]を選択します.
次に,[仕様]の画面でフィルタ仕様を入力します.図5が仕様を入力する画面です.ここでは,[パスバンド](通過帯域の仕様)の入力欄に,ゲインを「0dB」,「-3dB」となる周波数を「20kHz」と入力します.

フィルタの仕様を入力すると,その仕様を満たすフィルタの回路図が表示される.
次に[ストップバンド](阻止帯域)の仕様入力欄で,目標減衰量を「-35dB」,そのときの周波数を「40kHz」と入力します.入力すると,左下に「6次バタワース(3段)」と表示されます.画面上のグラフが,設計されたフィルタの周波数特性となっています.また,[フィルター応答](フィルタ特性選択スライダ)を操作することで,チェビシェフ特性やベッセル特性とすることもできます.
▼部品選択
次に,[部品選択]の画面を表示します.値はデフォルト値のままで「部品の公差」画面(図6)に移動します.図6に表示されている回路図が,今回設計された「6次バタワース特性ローパス・フィルタ」の回路図です.

抵抗やコンデンサの値は,選択したE系列で使用可能な値に自動的に変換される.
回路形式はサレンキー型に固定されています.抵抗やコンデンサの値は,左側の[設定した系列]で選択したE系列で使用可能な値に,自動的に変換されます.ここでは,抵抗とコンデンサ共に「E24」を選択します.
▼完成回路図
図7がアナログ・フィルタ―・ウィザードを使用して設計した,6次バタワース特性ローパスフィルタの回路図で,図1と同じものです.

アナログ・フィルタ―・ウィザードを使用して設計.
今回は,図6で表示された回路図と回路定数を手動でLTspiceに入力しましたが,[次のステップ]の画面の[ファイル取得]-[SPICEファイル]から,サブサーキット化されたLTspiceファイルをダウンロードすることができます.
●チェビシェフ特性のフィルタを設計する
次に,チェビシェフ特性のフィルタを設計します.通常,バタワース特性と同等の減衰量のチェビシェフ特性のフィルタは,バタワース特性よりも少ない次数で実現できますが,今回は仕様を変えて,図7と同じ6次のフィルタを設計します.
▼仕様変更
図8は,アナログ・フィルタ―・ウィザードの[仕様]の画面で,図5のバタワース特性の仕様を変更したものです.ストップバンドの減衰量を「-55dB」に変更し,[フィルタ応答]のスライダを左に移動させ,画面左下の表示が「6次チェビシェフ0.41dB(3段)」となるように調整します.

ストップバンドの減衰量を-55dBに変更し,「フィルタ特性選択スライダ」を左に移動する.
これで,通過帯域内のリップルが,0.41dB以内のチェビシェフ特性となるように,定数が設定されます.表示されているグラフが6次チェビシェフ特性ローパス・フィルタの周波数特性です.
▼完成回路図
図9は,アナログ・フィルタ―・ウィザードを使用して,図8の条件で設計した「6次チェビシェフ特性ローパス・フィルタ」の回路図です.

アナログ・フィルタ―・ウィザードを使用して設計.
●ベッセル特性のフィルタを設計する
▼仕様変更
次は,ベッセル特性のフィルタを設計します.ベッセル特性も,減衰特性の仕様を変えて,図7と同じ6次のフィルタとなるようにします.図10は,アナログ・フィルタ―・ウィザードの[仕様]の画面です.

[ストップバンド]の減衰量を「-14.1dB」に変更し,[フィルター応答]のスライダを右に移動させる.
[ストップバンド]の減衰量を「-14.1dB」に変更し,[フィルター応答]のスライダを右端に移動させて,画面左下の表示が「6次ベッセル(3段)」となるようにします.表示されているグラフが6次ベッセル特性ローパス・フィルタの周波数特性です.
▼完成回路図
図11は,アナログ・フィルタ―・ウィザードを使用して,図10の条件で設計した「6次ベッセル特性ローパス・フィルタ」の回路図です.

アナログ・フィルタ―・ウィザードを使用して設計.
●3種類のフィルタの周波数特性を検証する
図12は,図7,図9,図11の回路を1つにまとめたものです.この回路図を使用して,同じ次数の「チェビシェフ特性」,「バタワース特性」,「ベッセル特性」の周波数特性の違いをシミュレーションで比較します.

チェビシェフ,バタワース,ベッセルを比較する.
図13は,図12のシミュレーション結果です.遮断特性が最も急峻なのはチェビシェフで,次がバタワースとなっており,ベッセルは最も緩やかな特性となっています.

遮断特性が最も急峻なのはチェビシェフで,次がバタワース,最も緩やかな特性がベッセル.
●3種類のフィルタのパルス応答を検証する
次に,3種類のフィルタのパルス応答を検証します.図12の回路で,各フィルタの入力に,振幅が±1Vで1kHzのパルス波を加えたときの応答をシミュレーションします.
図14が,トランジェント解析結果です.チェビシェフのリンギングが最も大きく,バタワースにも小さなリンギングがありますが,ベッセル特性にはリンギングがまったくありません.

チェビシェフのリンギングが最も大きく,ベッセルにはリンギングがまったくない.
以上,折り返し雑音(エイリアシング)と3つのフィルタ特性について解説しました.A-D変換したい周波数とサンプリング周波数が近い場合は,非常に急峻なフィルタが必要になります.ただし,デルタシグマ型A-Dコンバータのように,内部のサンプリング周波数が非常に高い場合は,単純なRCフィルタをアンチエイリアシング・フィルタとして使用することができます.
◆参考・引用*文献
(1) AD8602データシート:アナログ・デバイセズ
(2) AD4000データシート:アナログ・デバイセズ
(3) アナログ・フィルタ―・ウィザード:アナログ・デバイセズ
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice12_036.zip
●データ・ファイル内容
aliasing.asc:図2の回路
5thLPF.asy:図2で使用している5次ローパス・フィルタのシンボル
5thLPF.asc:図2で使用している5次ローパス・フィルタのサブサーキット
aliasing.plt:図3のグラフを描画するためのPlot settingsファイル
LPF_Butterworth.asc:図7の回路
LPF_Chebyshev.asc:図9の回路
LPF_Bessel.asc:図11の回路
LPF_BW_BS_CS.asc:図12の回路
LPF_BW_BS_CS.plt:図13のグラフを描画するためのPlot settingsファイル
LPF_BW_BS_CS_tran.asc:図14をシミュレーションするための回路
LPF_BW_BS_CS_tran.plt:図14のグラフを描画するためのPlot settingsファイル
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