ヒステリシス・コンパレータで作る恒温槽温度調整回路
図1は,OPアンプ(AD8601)(1)を使用したヒステリシス・コンパレータとサーミスタおよびヒータで構成した,恒温槽温度調整回路です.
恒温槽内温度が49℃以下のときにMOSトランジスタ(M1)をONさせてヒータで加熱し,恒温槽内温度が51℃以上になると,M1をOFFさせるように制御して,恒温槽内平均温度が50℃となるようにします.
恒温槽内温度は,サーミスタで検出します.TM点の電圧は,図2のように恒温槽内温度と比例関係にあり,49℃で514mV,51℃で534mVとなっています.
この温度調整回路で,恒温槽内平均温度が50℃となるVrefとR1の抵抗値の組み合わせとして適切なのは,表1の(a)~(d)のどれでしょうか.なお,OPアンプの出力電圧(VCC)は,0Vか5Vのどちらかになります.

恒温槽内平均温度が50℃となるVrefとR1の抵抗の組み合わせは?

| Vref | R1 | |
|---|---|---|
| (a)の組み合わせ | 516mV | 20kΩ |
| (b)の組み合わせ | 516mV | 200kΩ |
| (c)の組み合わせ | 534mV | 20kΩ |
| (d)の組み合わせ | 534mV | 200kΩ |

ヒステリシス・コンパレータは,「入力信号が上がるとき」と,「入力信号が下がるとき」で異なる,2つのしきい値(スレッショルド電圧)を持った比較器です.入力信号の大小を判定するために使用します.
2つのスレッショルド電圧を,図2の値とするためには,どのような定数にすればよいか,ということを考えてください.
| Vref | R1 | |
|---|---|---|
| (a)の組み合わせ | 516mV | 20kΩ |
図1のOPアンプ(U1)で構成されるヒステリシス・コンパレータの「TM点の電圧が上がるとき」のスレッショルド電圧(VthH)は,OPアンプの電源電圧をVCCとすると,次式で表されます.
VthH=Vref+(VCC-Vref)*R1/(R1+R2)
同様に「TM点の電圧が下がるとき」のスレッショルド電圧(VthL)は次式で表されます.
VthL=Vref*R2/(R1+R2)
この2つの式を連立方程式として,VrefとR1について解くと,次の2つの式が得られます.
Vref=VCC*VthL/(VCC+VthL-VthH)
R1=R2*(VthH-VthL)/(VCC+VthL-VthH)
ここで,図1の定数である「VCC=5V,R2=5Meg」と図2から読み取れる値「VthH=534mV,VthL=514mV」を代入すると次式のように「Vrefが516mV,R1が20kΩ」となります.
Vref=5*0.514/(5+0.514-0.534)=0.516
R1=5Meg*(0.534-0.514)/(5+0.514-0.534)=20k
●OPアンプとコンパレータの違い
OPアンプとコンパレータは,回路記号が同じで構造も似ていますが,使い方が大きく異なっています.OPアンプは,負帰還をかけて使用し,アナログ信号を入力してアナログ信号を出力します.一方,コンパレータは,負帰還はかけず,アナログ信号を入力してHigh/Lowのデジタル信号を出力します.
OPアンプとコンパレータは,最適な性能が出せるよう,それぞれ専用のICを使用するのが原則です.ただし,高速応答が必要無い用途では,OPアンプをコンパレータの代用として使用することもできます.その場合,入力端子間の保護素子の有無や,最大入力可能電圧範囲等に十分注意して製品選定を行う必要があります(2).
●ヒステリシス・コンパレータとは
一般的なコンパレータは,出力が切り替わるしきい値(スレッショルド電圧)は1つだけです.それに対して,ヒステリシス・コンパレータは,2つのしきい値をもっています.
「入力信号が上がるとき」のスレッショルド電圧と「入力信号が下がるとき」のスレッショルド電圧が異なるように設定されています.この2つのスレッショルド電圧の差電圧を,ヒステリシス幅と呼びます.
しきい値が1つしかないコンパレータの場合,入力信号にわずかなノイズが乗っていると,しきい値付近で出力がHigh/Lowを激しく繰り返してしまいます.ヒステリシス・コンパレータの場合,ノイズの大きさがヒステリシス幅以下であれば,出力が変化することはなく,安定した出力が得られます.
●OPアンプを使用したヒステリシス・コンパレータの回路構成
図3は,OPアンプを使用したヒステリシス・コンパレータ回路です.抵抗(R2)によって,OPアンプの出力から,非反転入力端子に正帰還がかけられています.

抵抗(R2)によって,OPアンプの出力から,非反転入力端子に正帰還がかけられている.
図3のヒステリシス・コンパレータのスレッショルド電圧がどのように決まるかを計算します.計算を簡単にするため,OPアンプ(U1)の出力電圧は,VCCか0Vのどちらかになるものとします.図3の回路で,Vinが0Vの場合,非反転入力端子の電圧が反転入力端子よりも大きいため,U1の出力はVCCとなります.このときのA点の電圧をVthHとすると,VthHは式1で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)入力電圧が徐々に大きくなり,VthHを越えると,反転入力端子の電圧が非反転入力端子よりも大きくなるため,出力は反転し,0Vになります.U1の出力が0VになるとA点の電圧も変化し,式1の値よりも小さくなります.U1の出力が0VのときのA点の電圧をVthLとすると,VthLは式2で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)VthHが「入力信号が上がるとき」のスレッショルド電圧で,VthLが「入力信号が下がるとき」のスレッショルド電圧です.
ここで,R2を固定値として,VthHとVthLから,VrefとR1の値を求めます.式1,式2を連立方程式としてVrefとR1について解くと,Vrefは式3のように求められます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)また,R1は式4のように求められます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)ここで,図1の定数である「VCC=5V,R2=5Meg」と図2から読み取れる値「VthH=534mV,VthL=514mV」を式3,式4に代入すると,Vrefは式5のように516mVとなります.
・・・・・・・・・・・・(5)またR1の値は,式6のように20kΩとなります.
・・・・・・・・・(6)
●OPアンプを使用したヒステリシス・コンパレータを検証
図4は,OPアンプを使用したヒステリシス・コンパレータのシミュレーション回路です.回路定数は式5および式6の結果としています.入力電圧を0.5Vから0.55Vに変化させ,その後に再び0.5Vとするトランジェント解析を行います.

入力電圧を0.5Vから0.55Vに変化させ,その後に再び0.5Vとするトランジェント解析を行う.
図5は,図4のシミュレーション結果です.上段が入力電圧で,下段はOUT端子の電圧です.

514mVと534mVの2つのしきい値電圧があり,その値は設計値と一致している.
入力電圧が低いとき,OUT端子の電圧は5Vとなっており,入力電圧が534mVを越えると0Vに変化しています.そして,入力電圧が小さくなり,514mVを下回るとOUT端子の電圧はふたたび5Vに変化しています.このように,図4の回路には2つのしきい値電圧があり,その値は設計値と一致していることが分かります.
●ヒステリシス・コンパレータを使用した恒温槽温度調整回路を検証
図6は,図4のヒステリシス・コンパレータを用いた,恒温槽温度調整回路のシミュレーション回路で,図1を具体的に検証できるようにした回路です.

ヒステリシス・コンパレータのスレッショルド電圧は,VthL=514mV,VthH=534mVに設定している.
図6のOPアンプ(U1)は,ヒステリシス・コンパレータを構成しています.定数は式5および式6で求めた値となっているため,スレッショルド電圧は「VthL=514mV,VthH=534mV」となります.
TM点の電圧が514mV以下のとき,OPアンプの出力(G)は5Vになり,MOSトランジスタ(M1)がONします.すると,ヒータ(Rh)に電流が流れて発熱し,恒温槽内温度が上昇します.
恒温槽内温度が上昇すると,サーミスタ(Rt)の抵抗が小さくなり,TM点の電圧が上昇します.恒温槽内温度が51℃となり,TM点の電圧が534mVになると,G点の電圧は0Vになり,M1がOFFします.M1がOFFすると,ヒータによる加熱がなくなり,恒温槽内温度は低下していきます.
恒温槽内温度が低下すると,サーミスタ(Rt)の抵抗が大きくなり,TM点の電圧が低下します.そして,恒温槽内温度が49℃となりTM点の電圧が514mVになると,再びG点の電圧が5VになりM1がONしてヒータが発熱します.この動作を繰り返すことで,恒温槽内温度が一定値に保たれます.
▼恒温槽内温度をシミュレーションする方法
図6の右上のB1やRtr,Ctc,Venvで構成した回路が,恒温槽内温度のシミュレーション回路です.電力を電流に置き換え,温度を電圧に置き換えてシミュレーションを行います.
ヒータ(Rh)で発生する電力は,ビヘイビア電流源(B1)で電流に変換されます.その電流を熱抵抗(Rtr)に流して発生した電圧が,上昇した温度に相当します.電圧源(Venv)は環境温度を表しています.環境温度と上昇した温度を加算したものが,恒温槽内温度となります.また,Ctcは恒温槽内温度が変化する時定数を表現する容量です.
熱抵抗(Rtr)の値を計算するためには,恒温槽の特性データが必要ですが,ここでは,この恒温槽は「M1を常時ONさせ,ヒータで12Wの電力を発生させ続けたとき,恒温槽内温度が100℃となる」という特性とします.
この条件では,Rtrの値は,式7で求められ,6.25[℃/W]となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)また,Ctcの値は,Rtrとの時定数が6s程度となるよう1Fとしています.
▼サーミスタの温度特性
サーミスタには,温度が上がると抵抗値が小さくなる,NTCサーミスタ(Negative Temperature Coefficient Thermistor)と,温度が一定値以上に上がると抵抗値が急激に大きくなるPTCサーミスタ(Positive Temperature Coefficient Thermistor)があります.
温度計のような用途には,一般的にNTCサーミスタが使用されます.NTCサーミスタの抵抗値(Rt)は,温度に対して指数的に変化しますが,近似的に式8で表すことができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)ここで,R0は温度T0(一般的には25℃)のときの抵抗値で,Tは絶対温度です.そして,Bはサーミスタの温度に対する抵抗値の変化の傾きを表しており,B定数と呼ばれています.B定数自身も温度で若干変化しますが,温度範囲を限定すれば定数とみなせます.メーカのデータシートには,代表的な温度におけるB定数と,R0が記載されています.図6のサーミスタ(Rt)の抵抗値は次のように設定しています.T点の電圧を温度とみなして,抵抗値を計算するようになっています.
R=10k*exp(3380*((1/(V(T)+273))-(1/(25+273))))
図7は,図6のシミュレーション結果です.上段が恒温槽内温度に相当するT点の電圧です.下段がG点の電圧で,M1のゲート電圧を表しています.

恒温槽内平均温度が50℃となるように,制御されている
G点が5Vのとき,恒温槽内温度が上昇し,51℃に達すると,G点が0Vとなっています.そして恒温槽内温度が49℃まで下がると,再びG点の電圧が5Vになる,ということを繰り返しています.そのため,恒温槽内平均温度は,50℃で一定になっています.
以上,ヒステリシス・コンパレータを使用した恒温槽温度調整回路について解説しました.図1の回路で恒温槽内温度を可変としたい場合は,図8のように電圧源を可変抵抗に変更する方法があります.

◆参考・引用*文献
(1) AD8601 データシート:アナログ・デバイセズ
(2) OPアンプをコンパレータとして使用することは可能でしょうか?:アナログ・デバイセズ
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice12_027.zip
●データ・ファイル内容
h_Comp.asc:図4の回路
h_Comp.plt:図5のグラフを描画するためのPlot settingsファイル
h_comp_T_Cont.asc:図6の回路
h_comp_T_Cont.plt:図7のグラフを描画するためのPlot settingsファイル
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