OPアンプとトランジスタで作るAB級オーディオ・パワー・アンプ
図1は,OPアンプ(ADA4620)(1)とトランジスタ(2N3906)で作った,オーディオ用パワー・アンプです.OUT端子には,8Ωのスピーカ(RL)が接続されています.
このパワー・アンプで,OUT端子から正弦波(ひずんでいない波形)が出力されている状態で,スピーカで発生する電力を10Wとするために,最低限必要な電源電圧は(a)~(d)のどれになるでしょうか.

8Ωのスピーカに発生する電力を10Wとするために,最低限必要な電圧は?
(a) ±9V (b) ±12V (c) ±15V (d) ±18V

図1の回路は,OPアンプを非反転増幅回路として使用し,トランジスタで電流出力の能力を拡大してます.まず,8Ω負荷に10Wの電力が発生するために必要な,正弦波の電圧を計算します.次にその正弦波の電圧に,回路動作上必要な電圧を加算すれば,答えが分かります.
まず,インピーダンス8Ωのスピーカに,10Wの電力を発生させるために必要な正弦波の電圧(VR)は,次のように計算し,8.94VRMSになります.
VR=√(8*10)=8.94VRMS
VRのピーク値(VP)は,次のように12.64Vになります.
VP=√2 *8.94=12.64V
このとき,RLに流れる電流(IP)は次式のように,1.58Aになります.
IP=12.64/8=1.58A
VCCとVEEの電源電圧の絶対値は同じとし,代表してVEEの値を求めます.10W出力時のR7の電圧降下(VR7)は次のように計算します.
VR7=1.58*0.36=569mV
このときのQ2のベース・エミッタ間電圧(VBEQ2)を0.75Vとし,Q7が正常に動作するコレクタ電圧(VC)を0.3Vとします.10W出力のために必要な電源(VEE)の電圧の絶対値は「VP+VR7+VBEQ2+VC」よりも大きい必要があり,数値を入れて計算すると,次式のように14.26V以上となります.
12.64+569m+0.75+0.3=14.26V
したがって,最低限必要な電源電圧に一番近いのは(C)の±15Vになります.
●オーディオ用・パワー・アンプに必要な能力
一般的なオーディオ用スピーカのインピーダンスは,8Ωもしくは4Ωと,低インピーダンスになっています.低インピーダンスのスピーカを駆動するパワー・アンプは,大電流を出力できる必要があります.
パワー・アンプが出力すべき電圧と電流は,出力可能な電力によって変わります.一例として,正弦波出力のとき,8Ωのスピーカで10Wの電力を発生させるために必要な,電流と電圧を計算してみます.
スピーカのインピーダンスをRLとし,スピーカで発生する電力をPとしたとき,印加すべき電圧の実効値(VR)は,式1で計算できます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
式1より,8Ωのスピーカで10Wの出力を発生させるために必要な電圧は8.94VRMSとなります.実効値が8.94VRMSの正弦波のピーク電圧(VP)は式2のように12.64Vとなります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
このときスピーカに流れる電流(IP)は式3のように,1.58Aになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
つまり,8Ωのスピーカに10Wの電力を発生させることのできるパワー・アンプは,ピーク電圧が12.64V以上で,1.58A以上の電流出力能力が必要となります.
●出力電流能力を拡大するB級出力回路
一般的に,OPアンプが出力することのできる電流は,20mA~60mA程度です.そのため,OPアンプを使用してスピーカを駆動するためには,トランジスタを追加して,出力電流能力を拡大する必要があります.
図2は,最も簡単な出力電流拡大回路です.OPアンプの出力にNPNトランジスタのQ1とPNPトランジスタのQ2を追加したものです.OPアンプの出力電流は,トランジスタのβ(電流増幅率)倍されます.そのため,RLを駆動する電流は,OPアンプの出力電流の,100~300倍程度とすることができます.
図2の回路は,A点の電圧が±0.7V以下のとき,OUT端子に電圧が出力されません.そのため通常は,OUT端子から負帰還をかけて使用します.負帰還がかかっている場合,出力電圧が正のとき,A点の電圧が「出力電圧+0.7V」となってQ1が動作し,出力電圧が負のとき,A点の電圧が「出力電圧-0.7V」となってQ2が動作します.無信号時にはQ1,Q2ともに,電流が流れません.この回路は,B級出力回路と呼ばれています.
B級出力回路は,出力が正負に切り替わるときに,OPアンプの出力であるA点の電圧が,大きく変化する必要があるため,特に周波数が高いときに出力波形がひずんでしまう,という問題があります.

A点の電圧が±0.7V以下のとき,OUT端子には電圧が出力されない.
●負帰還をかけないB級出力回路を確認する
図3は,負帰還をかけないB級出力回路をシミュレーションする回路です.この回路では,トランジスタのQ1,Q2は負帰還ループの外にあります.OPアンプは,ゲイン20dBの非反転増幅回路となっています.入力信号はピーク電圧20mVと100mVで1kHzの正弦波となっています.

この回路では,トランジスタのQ1,Q2は負帰還ループの外にある.
図4が図3のシミュレーション結果です.上段がA点の電圧で,下段がOUT端子の電圧です.

入力信号のピーク電圧が20mVのとき,OUT端子には信号が出力されない.
A点には入力信号の振幅を10倍した信号が出力されていますが.入力信号のピーク電圧が20mVのとき,OUT端子には信号が出力されていません.また,入力信号のピーク電圧が100mVのとき,OUT端子に波形は出力されますが,非常にひずんでいます.
●負帰還をかけたB級出力回路を確認する
図5は,負帰還をかけたB級出力回路をシミュレーションする回路です.OUT端子からR3によって負帰還がかけられており,OPアンプは非反転増幅回路を構成しています.ゲインは20dBに設定しています.入力信号はピーク電圧20mVと100mVで1kHzの正弦波となっています.

入力信号はピーク電圧20mVと100mVで1kHzの正弦波.
図6は,図5のシミュレーション結果です.上段がA点の波形で,下段がOUT端子の波形です.入力信号のピーク電圧が20mVのときもOUT端子には信号が出力されており,入力信号が100mVのときの波形にも目立ったひずみはありません.

入力信号のピーク電圧が20mVのときも,OUT端子には信号が出力されている.
B級出力回路は,負帰還ループの中に入れることで,特性が大きく改善されます.しかし,入力信号の周波数が高くなると,出力波形のひずみが無視できなくなります.
図7は,図5の回路の入力信号を,ピーク電圧10mVで10kHzの正弦波に変更したときのシミュレーション結果です.下段は,OUT端子の波形です.出力信号のゼロクロス点で波形がひずんでいることが分かります.「.four」解析の結果では,ひずみ率(THD)は8%となっています.上段は,A点の波形です.A点の波形は±700mVとなっています.A点の波形の正負が切り替わるタイミングが遅れることが,OUT端子の波形のひずみの原因となっています.

出力信号のゼロクロス点で波形がひずんでいる.
●B級出力回路の欠点を改良したAB級出力回路
図8は,B級出力回路の欠点を改良したAB級出力回路です.

NPNトランジスタのQ3と2本の抵抗(R1,R2)からなる,VBEマルチプライヤを追加
AB級出力回路は,さまざまな回路形式が考案されています.図8の回路は,図2の回路にNPNトランジスタのQ3と2本の抵抗(R1,R2)を追加したものです.追加した回路は,VBEマルチプライヤと呼ばれ,A点とB点の電圧差(VAB)は式4で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)この回路は,無信号時にもQ1とQ2に電流が流れますが,R1とR2の比を調整することで,無信号時の電流を設定することができます.なお,Q1,Q2とQ3の温度が同じ場合は問題ありませんが,Q1,Q2の温度だけが上昇したときに,無信号時電流が急激に増加する「熱暴走」と呼ばれる現象があります.この熱暴走を防止するため,Q1,Q2のエミッタに小抵抗を追加することがあります(2).
VBEマルチプライヤを追加することで,出力電圧が正負に切り替わるときも,A点の電圧が大きく変化しないため,出力波形がひずむことはありません.
●B級出力回路の欠点を改良したAB級出力回路を確認する
図9は,図1をシミュレーションする回路で,図8のAB級出力回路を使用したパワー・アンプです.Q5,Q7は,図8のI1とI2の働きをする定電流回路です.Q4とQ5およびQ6とQ7は,カレント・ミラーとして動作し,同じ電流が流れます.

8Ωのスピーカに発生する電力を10Wとするため,電源電圧は±15Vとしている.
Q1,Q2のエミッタには,熱暴走防止用に0.36Ωの抵抗(R6,R7)が追加されています.ここで,図9の回路で,8Ωのスピーカに発生する電力を10Wとするために最低限必要な電源電圧を計算してみます. まず,8Ωのスピーカに発生する電力を10Wとするために必要な出力電圧は,式2より,12.64Vです.また,このとき,スピーカに流れる電流(IOUT)は,式3より1.58Aとなります. Q2のベース・エミッタ間電圧(VBEQ2)を0.75Vとすると,図9のB点とOUT点間の電圧(VBER)は式5のように,1.32Vとなります.
・・・・・・・・・・・・(5)Q7が定電流源として正常に動作できるコレクタ電圧(VC)を0.3Vとすると,最低限必要な電源(VEE)の電圧の絶対値は式6のように14.26Vとなります.
・・・・・・・・・・(6)若干の余裕を見て,図9の電源電圧は±15Vとしています.また,図7のグラフと比較するため,入力信号はピーク電圧10mVで10kHzの正弦波としています.
図10は,図9のシミュレーション結果です.上段がA点の波形で下段がOUT端子の波形です.入力信号が10kHzでも図7のような波形のひずみはありません.「.four」解析によるひずみ率(THD)の結果は,0.015%と非常に良好な値となっています.

入力信号が10kHzでも,出力波形はひずんでいない.
図11は,図9の回路の入力信号をピーク電圧の1.3Vで1kHzの正弦波としたときのシミュレーション結果です.上段がOUT端子の波形で,下段がRLに発生する瞬時電力の波形です.電力の平均値は,10.6Wとなっています.

RLで発生する平均電力は10.6Wとなっている.
以上,OPアンプとトランジスタで作った,オーディオ用・パワー・アンプについて解説しました.今回の回路は正負電源で構成していますが,電源電圧の1/2の基準電圧を作ることで,単電源動作とすることもできます.単電源動作とする方法に関しては,「5V単一電源で作るダイナミック・マイク用アンプ」を参考にしてください.
◆参考・引用*文献
(1)ADA4620データシート:アナログデバイセズ
(2)AB級パワー・アンプのエミッタ抵抗値の選び方――LTspiceで学ぶオーディオ回路入門:CQ出版社
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice12_005.zip
●データ・ファイル内容
Class_B.asc:図3の回路
Class_B.plt:図4のグラフを描画するPlot settingsファイル
B_Power_amp.asc:図5の回路
B_Power_amp.plt:図6のグラフを描画するPlot settingsファイル
B_Power_amp_10k.asc:図7をシミュレーションする回路
B_Power_amp_10k.plt:図7のグラフを描画するPlot settingsファイル
AB_Power_amp_10k.asc:図9の回路
AB_Power_amp_10k.plt:図10のグラフを描画するPlot settingsファイル
AB_Power_amp.asc:図11をシミュレーションする回路
AB_Power_amp.plt:図11のグラフを描画するPlot settingsファイル
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