高速コンパレータを使用したパルス・ストレッチャ

図1は,高速コンパレータ(LTC6752)を使用したパルス・ストレッチャです.このパルス・ストレッチャは,IN端子に入力された微小な短時間パルスを,ロジック・レベルの振幅で,一定パルス幅の信号に変換してOut端子に出力します.
この回路のIN端子に「振幅:50mV,パルス幅:10ns」の信号を加えたとき,出力パルス幅は(a)~(d)のどれに近いでしょうか.なお,LTC6752は±2.5mVのヒステリシス(履歴現象)を持っており,「+入力端子」が「-入力端子」よりも2.5mV以上大きくなると,出力がハイ・レベル(VCC)になります.

振幅50mV,パルス幅10nsの信号を加えたとき,出力パルス幅は?
(a) 100ns (b) 200ns (c) 300ns (d) 400ns

出力パルス幅は,R8とC1および,B点の電圧で決まります.まず,入力信号が入ったとき,B点の電圧がいくつになるかを計算してみてください.
図1の回路のIN端子に,電圧が印加されると,Out端子および,A点がVCCと同じ電圧になります.このとき,B点の電圧(VB)は次式となり0.51Vになります.
VB=VCC*R6*/(R5//R7+R6)=3.3*2k*(22k//22k+2k)=0.51
C点の電圧は最初は0Vで,その後C1がR8で充電されていきます.C点の電圧がB点の電圧と等しくなるまで,パルスが出力されます.そのため,パルス幅(PW)は次式となり,解答は(a) 100nsとなります.
PW=ln(1/(1-VB/VCC))*C1*R8=ln(1/(1-0.51/3.3))*100p*5.6k=94n
●パルス・ストレッチャとは
パルス・ストレッチャの用途としては,レーザ光を使用した距離計などがあります.レーザ距離計では,非常に短いパルス幅のレーザ光を対象物に照射し,その反射光を検出する必要があります.このとき,光センサから得られる,微弱で幅の短い信号を,ロジック・レベルに変換するために,パルス・ストレッチャを使用します.
●高速コンパレータのヒステリシス
コンパレータの利得は非常に大きいため,+入力端子と-入力端子の電圧が近い場合,ノイズで出力がランダムに変化してしまうことがあります.そのため,今回使用するLTC6752にはヒステリシス回路が内蔵されており,ノイズによる誤動作を防いでいます.
図2は,LTC6752のヒステリスをシミュレーションで確認する回路です.+入力端子の電圧を-10mVから+10mVまで変化させ,Out端子の電圧が変化するポイントを観察します.
+入力端子の電圧を-10mVから+10mVまで変化させる.
図3は,図2のシミュレーション結果です.Out端子の電圧は,in端子の電圧が+2.5mV以上で3.3Vになり,-2.5mV以下で0Vとなっています.この回路のヒステリシス幅は5mVということになります.

ヒステリシス幅は5mVとなっている.
●パルス・ストレッチャの動作
ここからは,パルス・ストレッチャがどのように動作するのか,順番に考えていきます.
図4は,図1の回路に,入力信号(Vin)が0Vのときの各部の電圧を書き込んだものです.Vinが0Vのときは,全てのポイントの電圧が0Vとなります.
コンパレータ(U2)の+入力端子と-入力端子の電圧差は0Vですが,スレッショルド電圧が2.5mVのため,出力電圧は0Vとなります.
全てのポイントの電圧が0Vとなる.
次に図5で,Vinが50mVになったときの各部の電圧を考えます.

Out端子とA点の電圧が3.3Vになる.
D点の電圧が12.5mV以上になるため,コンパレータ(U1)の出力(Out端子)は3.3Vになります.Out端子が3.3Vになることによって,B点の電圧が上昇し,コンパレータ(U2)の出力(A点)も3.3Vになります.なお,C点にはコンデンサ(C1)が付いているため,C点の電圧はすぐには変化せず,R8により充電されることで上昇していきます.このときのB点の電圧(VB)は式1で計算することができます.

また,D点の電圧(VD)は,Vinが0Vに戻った後も,A点の電圧によって引き上げられるため,式2の値を維持します.

そのため,C点の電圧が上昇してU2が反転するまで,Out端子は3.3Vを維持することになります.
●パルス・ストレッチャのパルス幅
図5において,A点の電圧がVCCと同じ3.3Vに変化すると,C1はR8によって充電され,電圧が上昇していきます.VCの時間的変化は,経過時間をtとすると,式3で表すことができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
VCがVBよりも大きくなると,A点の電圧が0となり,Out端子の電圧も0Vとなります.つまり,VCがVBと同じ電圧になる時間が,パルス・ストレッチャのパルス幅(PW)となります.式3を変形してPWを求めると,式4になり,図5の定数を代入すると,94nsとなります.
・・・・・・・・・・(4)
●パルス・ストレッチャの検証
図6は,LTC6752を使用したパルス・ストレッチャをシミュレーションする回路です.
Vinはピーク電圧50mV,10nsのパルス波となっている.
Vinは,ピーク電圧が50mV,10nsのパルス波です.図1のVthは,VCCを抵抗分割したものに置き換えています.E点の電圧は式5になり,図1とほぼ同じ電圧になるようにしています.

図7は,図6のシミュレーション結果です.図7の上段が入力信号(V(in))で,図7の中段が出力(V(out))です.V(in))の立ち上がりに合わせてV(out)が立ち上がり,そのパルス幅は約100nsとなっています.

出力パルス幅は約100nsとなっている.
図7の下段が,B点の電圧(V(b))とC点の電圧(V(c))です.V(out)の立ち上がりに合わせてB点の電圧が立ち上がり,C点の電圧が上昇を始めています.C点の電圧がB点の電圧と等しくなったとき,V(out)が立ち下がっています.
以上,高速コンパレータを使用したパルス・ストレッチャについて解説しました.LTC6752のデータシートには,同相信号除去型ライン・レシーバなど,色々な高速コンパレータの応用回路が紹介されていますので,参考にしてください.
◆参考・引用*文献
(1)LTC6752データシート(P23,図12パルス・ストレッチャ回路):アナログデバイセズ
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice11_037.zip
●データ・ファイル内容
LTC6752_hys.asc:図2の回路
LTC6752_hys.plt:図3のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
LTC6752_PS.asc:図2の回路
LTC6752_PS.plt:図3のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
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