電圧リファレンスをヘッドホン・アンプとして使う




LTspice メール・マガジン全アーカイブs

■問題
【 LT6658 】

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,電圧リファレンスIC(LT6658)を使用した,ヘッドホン・アンプの回路図です.OUT1とOUT2に32Ωのヘッドホンが接続されています.信号源(VIN)に50mVRMSの正弦波を入力したとき,32Ωのヘッドホンで発生する電力は(a)~(d)のどれになるでしょうか.ただし,ヘッドホンに加わる信号は,クリップしていない正弦波とします.



図1 電圧リファレンスIC(LT6658)(1)を使ったヘッドホン・アンプの回路図(2)
OUT1とOUT2に32Ωのヘッドホンが接続されている.

(a) 2mW (b) 7.8mW (c) 15.6mW (d) 31.2mW

■ヒント

 LT6658は,電流の「吐き出し」と「吸い込み」が可能な,高精度電圧源を2系統構成することができる製品です.出力アンプの反転入力端子が,外部ピンとして独立しているため,さまざまな用途に応用できます.図1はオーディオ・アンプに応用した事例です.ヘッドホンに加わる電圧がいくつになるかが分かれば,簡単に電力を計算することができます.

■解答


(b) 7.8mW

 図1の回路で,OUT1(下側)のアンプは反転アンプとして動作し位相が反転します.そのため,OUT1端子の電圧(VOUT1)は,次式で表されます.
 VOUT1=-VIN*R2/R1=-5*VIN
 OUT2(上側)のアンプも反転アンプとして動作し位相が反転します.ここでは,「R3=R4」となっているため,OUT2端子の電圧(VOUT2)は「VOUT2=-VOUT1」となります.
 ヘッドホン(RL)に加わる電圧(VOUT)は,OUT1端子の電圧とOUT2端子の電圧の差なので次式になります.
 VOUT=VOUT1-VOUT2=2*VOUT1
 これらの関係から,RLに発生する電力(P)を計算すると,次式のように,7.8mWになります.
 P=VOUT22/RL=(2*VOUT1)2/RL=(10*VIN)2/RL=(10*50m)2/32=7.8mW

■解説

●シングルエンド出力アンプ
 図2は,スピーカまたはヘッドホンを駆動するためのパワーアンプの回路図です.このように出力が1つのアンプは,シングルエンド出力アンプと呼ばれます.


図2 スピーカまたはヘッドホンを駆動するためのパワーアンプの回路図
OUT端子とスピーカはコンデンサ(C2)を介して接続する.

 図2のアンプも反転アンプとなっており,OUT端子の直流電圧はVrefと同じ電圧になります.
 スピーカに直流電圧を印加すると,破損する恐れがあるため,OUT端子とスピーカは,コンデンサ(C2)を介して接続します.この回路のOUT端子の出力(VOUT)はで表すことができます.「-」記号は,出力の位相が反転することを式1で表しています.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 出力がひずまない,最大出力レベルをVOUTMAXとすると,「スピーカまたはヘッドホン」(RL)で発生する最大電力(PMAX_S)は式2で表すことができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

●BTLアンプ
 図3は,2つのアンプを使用した,パワーアンプの回路図です.スピーカまたはヘッドホンは,2つのアンプの出力に接続されています.このような構成のパワーアンプは,BTL(Bridge-Tied Load)アンプと呼ばれています.


図3 スピーカまたはヘッドホンを駆動するためのBTLパワーアンプの回路図
スピーカはOUT1端子とOUT2端子に直結する.

 図3の回路では,OUT1とOUT2の直流電圧は,共にVrefと等しくなります.OUT1とOUT2の直流電圧が等しいため,コンデンサを介することなく,スピーカまたはヘッドホンを直結することができます.この回路の,OUT1端子の出力(VOUT1)は式3で表わされます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 「R3=R4」とすると,OUT2端子の出力(VOUT2)は,式4で表わされます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 スピーカまたはヘッドホンに加わる電圧(VOUT)は,OUT1端子とOUT2端子の差電圧なので,式5のように,VOUT1の2倍になります.

・・・・・・・・・(5)

 OUT1端子の出力がひずまない,最大出力レベルをVOUTMAXとすると,「スピーカまたはヘッドホン」(RL)で発生する最大電力(PMAX_BTL)は式6で表すことができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 式2と式5を比較すると,PMAX_BTLはPMAX_Sの4倍になっていることが分かります.このように,BTLアンプは,シングル出力アンプの4倍の電力を出力することができます.BTLアンプには,図3とは異なった回路形式もあります.詳細は参考資料(3)を参照してください.

●出力電力を計算する
 図1のヘッドホン・アンプの回路は,図3と同じ構成になっています.そのため,図1の定数を使用すると,OUT1端子の出力は式7のように表わされます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

 そして,VINに50mVRMSの正弦波を入力したとき,ヘッドホン(RL)で発生する電力(POUT)は,式8のように7.8mWと計算することができます.

・・・・・・・・・・・(8)

●電圧リファレンスとしての動作を確認する
 図4は,LT6658の電圧リファレンスとしての動作を確認するための回路です.Vout1_F端子とVout1_S端子及びVout2_F端子とVout2_S端子ををそれぞれ直結することで,2系統の2.5V電圧リファレンスとして動作します.


図4 LT6658の電圧リファレンスとしての動作を確認するための回路
負荷電流に対する出力電圧の変化をシミュレーションで確認する.

 この電圧リファレンスの,負荷電流に対する出力電圧の変化をシミュレーションで確認します.OUT1に負荷となる電流源(I1)を接続し,電流値を-60mAから210mAまで変化させるDC解析を行います.また,OUT2にはI1と同じ電流を流すビヘイビア電流源(B1)を接続します.
 図5図4のシミュレーション結果です.


図5 図4のシミュレーション結果
OUT1,OUT2ともに,電流の吐き出しと吸い込みが可能なことが分かる.

 OUT1側は,負荷電流が-34mAから200mAまで変化しても2.5Vを維持しています.なので,OUT1側の最大吐き出し電流が200mAで,最大吸い込み電流が34mAということが分かります.
 また,OUT2側は,-50mAから115mAまで変化しても2.5Vを維持しています.OUT1と同じように,OUT2側の最大吐き出し電流が115mAで,最大吸い込み電流が50mAということになります.
 このように,OUT1,OUT2ともに,電流の吐き出しと吸い込みが可能なことが分かります.

●オーディオ・アンプとしての動作を確認する
 図6は,LT6658をオーディオ・アンプとしての動作を確認するための回路で,図1と同じものです.信号源(VIN)は,ピーク電圧71mV(50mVRMS)で1kHzの正弦波を出力するよう設定しています.OUT1端子とOUT2端子の間にはヘッドホン相当の32Ωの負荷抵抗(RL)が接続されています.


図6 LT6658のオーディオ・アンプとしての動作を確認するための回路
OUT1端子とOUT2端子の間にはヘッドホン相当の32Ωの負荷抵抗(RL)を接続.

 図7図6のシミュレーション結果です.


図7 LT6658のオーディオ・アンプとしてのシミュレーション結果
RLに発生する電力の平均値は約7.9mWとなっており,式8の計算結果とほぼ一致.

 上から1段目がOUT1端子とOUT2端子の電圧です.互いに逆位相となっていることが分かります.2段目がOUT2とOUT1の差電圧で,負荷抵抗(RL)の両端電圧です.3段目がRLに発生する電力です.上端の文字列をCtrlキーを押しながらクリックすると,平均値が確認できます.RLに発生する電力の平均値は約7.9mWとなっており,式8の計算結果とほぼ一致しています.
 以上,電圧リファレンスをオーディオ・アンプとして使用する方法について解説しました.参考文献(2)には,オーディオ・アンプ以外にもLT6658のさまざまな使用例が記載されていますので,参考にしてください.

◆参考・引用*文献
(1) LT6658データシート:アナログデバイセズ
(2) 最大200mA出力の高精度電圧リファレンス,具体例で知るその多彩な活用法の図7:アナログデバイセズ
(3) 大きな音が出るパワー・アンプ回路はどっち?:LTspice電子回路マラソン


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice11_033.zip

●データ・ファイル内容
LT6658.asc:図4の回路
LT6658_AudioAmp.asc:図6の回路
LT6658_AudioAmp.plt:図7のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル

■LTspice関連リンク先


(01) LTspice ダウンロード先
(02) LTspice Users Club
(03) LTspice メール・マガジン全アーカイブs
(04) ◆LTspice電子回路マラソン・アーカイブs
(05) ◆LTspiceアナログ電子回路入門アーカイブs
(06) ◆LTspice電源&アナログ回路入門アーカイブs
(07) ◆IoT時代のLTspiceアナログ回路入門アーカイブs
(08) ◆オームの法則から学ぶLTspiceアナログ回路入門アーカイブs
(09) ◆LTspiceエデュケーショナル・ファイルで学ぶアナログ回路アーカイブs
(10) ◆LTspiceドット・コマンドから学ぶアナログ回路アーカイブs
(11) ◆LTspiceで始める実用電子回路入門アーカイブs

トランジスタ技術 表紙

CQ出版社オフィシャルウェブサイトはこちらからどうぞ

CQ出版の雑誌・書籍のご購入は、ウェブショップで!


CQ出版社 新刊情報


近日発売

トランジスタ技術 2025年 8月号

夏の回路製作大集合

トランジスタ技術SPECIAL

TRSP No.171 ラズパイからはじめる科学計測

Interface 2025年 8月号

[Pythonで体験!]はじめての暗号

CQ ham radio 2025年 7月号

モールス通信の魅力

トランジスタ技術 2025年 7月号

ソニーの超小型コンピュータSpresense

アナログ回路設計オンサイト&オンライン・セミナ