USBケーブルの電圧降下を補償する電源IC

図1は,電圧降下を補償する電源IC(LT8698)を使用した車載用のUSB電源回路です.LT8698は,USBケーブルの電圧降下を補償し,出力電圧を一定にする機能が内蔵されています.
図1の電源回路とUSBソケットは,3mのUSBケーブルで接続されています.そして,そのUSBケーブルは,電源線とGND線の両方に,1mあたりの直流抵抗が50mΩの線材を使用しているとします.
図1の回路で,負荷電流(IL)が変化しても,USBソケットのVBUS-GND間電圧を一定にするには,補償電流を設定する抵抗(RCBL)の値は(a)~(d)のどれにすればよいでしょうか.

LT8698の内部ブロック図(1)は,ケーブル電圧降下補償回路だけを記載し簡略化している.
(a) 1.5kΩ (b) 3.1kΩ (c) 4.6kΩ (d) 6.2kΩ

LT8698は,「USB5V」端子の電圧が5Vとなるよう,SW端子に接続された,内蔵スイッチのオン・デューティ比をコントロールします.そして,RCDCに負荷電流に比例した電流を流すことで,USBケーブルの電圧降下を補償します.RCDCに流れる電流は,RCBLの値で設定することができます.VBUS-GND間電圧が負荷電流によらず,一定になるような,RCBLの値を計算して下さい.
図1の回路では,RSENで負荷電流(IL)を検出し,R3にILに比例した電圧を発生させます.そして,RCBLにもR3と同じ電圧が発生します.その結果,M2にはILに比例した電流が流れ,RCDCにはILに比例した電圧(VRCDC)が発生します.
VBUS-GND間電圧が負荷電流によらず,一定となるためには,VRCDCと「ケーブル抵抗(RCABEL)で発生する電圧」が等しくなるように設定する必要があります.これらの関係から式を立てて解くと,RCBLの値を求める式は次式となります.
RCBL=RCDC*RSEN*46/RCABLE
また,3mのUSBケーブルは,1mあたりの直流抵抗が50mΩの線材を使用しているため,電源線とGND線の抵抗の合計は次式になります.
3*50mΩ+3*50mΩ=300mΩ
これらの定数を使用すると次式となり,RCBLの値は3.1kΩとすればよいことになります.
RCBL=RCDC*RSEN*46/RCABLE=2k*10m*46/300m=3.1k
●ケーブル抵抗による電圧降下の補償方法
最近の自動車には,USBソケットを利用した充電ポートが,標準装備されていることが多くなっています.USBソケットの取り付け位置と電源回路までの距離が遠い場合,両者を接続するUSBケーブルによる電圧降下が問題となります.
図2は,負荷両端電圧検出用の配線を追加して,ケーブル抵抗による電圧降下を補償するシステムの一例です.この方法は,ケーブル抵抗による電圧降下を精度よく補償することができますが,専用の配線の追加が必要になるという問題があります.
専用の配線の追加が必要になる
図3は,ケーブルに流れる電流を検出し,補償電圧を発生させることで,ケーブル抵抗による電圧降下を補償するシステムです.

このシステムは使用するケーブルの抵抗値がいくつか,把握しておく必要がある.
図3では,A点の電圧が5Vになるように,スイッチ・ロジック回路が制御します.そしてB点の電圧は,A点の電圧よりもRCDC*Icompだけ高くなります.そのため,RCDC*Icompをケーブル抵抗*負荷電流と等しくすることで,VBUS-GND間電圧を一定にすることができます.ただし,このシステムが正しく動作するためには,使用するケーブルの抵抗値がいくつか,把握しておく必要があります.
●電圧降下の補償回路の定数設定方法
図4は,LT8698を使用した車載用のUSB電源回路で,図1と同じものです.この回路を使用して,ケーブル抵抗による電圧降下を補償するための,定数設定方法を考えてみます.
ケーブルの電圧降下を補償するための定数設定方法を考える.
RSENは,負荷電流(IL)を検出するための抵抗で,ILに比例した電圧(VRSEN)が発生します.OPアンプ(OP2)は,R1の電圧降下がVRSENと等しくなるように,M1の電流をコントロールします.そのため,M1の電流(IM1)は式1で表すことができます.

OPアンプ(OP3)は,R3の電圧とRCBLの電圧が等しくなるように,M2の電流をコントロールします.M2の電流は式2で表すことができます.

LT8698はA点の電圧が5Vになるように,SW端子に接続されたスイッチ素子のオン・デューティ比をコントロールします.そのため,B点の電圧は5VにRCDCの電圧降下(VRCDC)を足したものになります.また,ケーブルの電源線とGND線,両方の抵抗を足したものをRCABLEとすると,ケーブルの電圧降下(VCABLE)は,式3で表されます.

VBUS-GND間の電圧を5Vとするためには,VRCDCとVCABLEを等しくする必要があります.つまり,式4が成立するように定数設定をすればよいことになります.

式4からRCBLを求めると,式5になります.

式5に,IC内部の定数のR1,R3を代入すると,式6になり,これが外部定数を決定するための式になります.

問題文では,USBケーブルは1mあたり50mΩの線材を使用しているため,3mのケーブルの電源線とGND線の抵抗の合計は「3*50mΩ+3*50mΩ=300mΩ」になります.これを式6に代入すると,RCBLは式7のように3.1kΩになります.

●ケーブル電圧降下補償回路の動作を確認する
図5は,ケーブル電圧降下補償回路の動作を,シミュレーションで確認するための回路です.スイッチング電源の部分は,リニア・モデルに置き換え,DC解析でILを0.1Aから2Aまで変化させたときの動作を確認します.
スイッチング電源の部分は,リニア・モデルに置き換え,DC解析で動作を確認する.
図6は,図5のシミュレーション結果です.横軸が負荷電流(IL)ですが,VBUS-G間電圧は,ILが変化してもほとんど変わっていません.一方,B点の電圧はILが増加すると上昇しています.B点の電圧が上昇することによって,ケーブル抵抗による電圧降下を補償していることが分かります.

VBUS-G間電圧はILが変化してもほとんど変わっていない.
●USB電源回路をシミュレーションする
図7は,LT8698を使用したUSB電源回路をシミュレーションするための回路です.図1の回路と同じ定数となっています.ここでは,負荷抵抗に並列接続された電流源(IL)の大きさを,0から1Aに急激に変化させ,VBUS-G間の電圧を観察します.
電流源(IL)の大きさを,0から1Aに急激に変化させ,VBUS-G間の電圧を観察する.
図8は,図7のシミュレーション結果です.VBUS-G電圧はILの立ち上がりどきと立下りどきに,若干変化していますが,それ以外は一定の電圧となっていることが分かります.

VBUS-G電圧はILが変化してもほぼ一定の電圧となっている.
以上,LT8698を使用したUSB電源回路について解説しました.LT8698にはUSBのデータ線を保護する機能などもあります.詳しい使用方法はLT8698の仕様書を参照して下さい.
◆参考・引用*文献
(1)LT8698S仕様書,P14 BLOCK DIAGRAM:アナログデバイセズ
(2)5V出力のUSB 2.0 Type-Cに対応する車載向けソリューション,充電機能とデータ・ラインの保護機能を実現:アナログデバイセズ
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice11_031.zip
●データ・ファイル内容
Cable_Drop_Compensation.asc:図5の回路
Cable_Drop_Compensation.plt:図6のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
LT8698S_USB.asc:図7の回路
LT8698S_USB.plt:図8のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
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