AC-DCアダプタで使われる絶縁フライバック・コンバータ

図1は,トランス(L1,L2)とスイッチ(S1),ダイオード(D1),コンデンサ(C1)で構成された,絶縁フライバック・コンバータ注1の原理図です.
S1は,デューティ比50%の50kHzのパルス波でON/OFFします.OUT端子には,2Aの定電流負荷が接続されています.
この回路で,IN端子の電圧が140Vのとき,OUT端子の電圧を5Vとするには,L1のインダクタンスの値を(a)~(d)のどれにすればよいでしょうか.ただし,このフライバック・コンバータは,電流連続モードで動作しており,D1の順方向電圧は0.7Vとします.

OUT端子の電圧を5Vとするためには,L1の値をいくつにすればよいか?
(a) 1.5mH (b) 3mH (c) 6mH (d) 12mH

絶縁フライバック・コンバータの電流連続モードとは,S1がONするタイミングで,L2に電流が流れている状態のことを言います.電流連続モードでは,出力電圧はトランスの巻き数比と,S1のオン・デューティ比で決まります.また,コイルのインダクタンスの値は,巻き数の2乗に比例することを踏まえて,L1のインダクタンスの値を計算してください.
絶縁フライバック・コンバータが,電流連続モードで動作している場合,出力電圧(VOUT)は次式となります.
VOUT=VIN*D/(N*(1-D))-VD
ここで,VIN:IN端子の電圧,D:オン・デューティ比,N:トランスの巻き数比,VD:ダイオードの順方向電圧とします.
この式から巻き数比を求めると次式になります.
N=VIN*D/((VOUT+VD)*(1-D))
この式に図1の定数を代入すると次になります.
N=140*0.5/((5+0.7)*(1-0.5))≒25
インダクタンスは,巻き数の2乗に比例するため,L1のインダクタンスは次となります.
L1=L2*N2=10μ*252≒6m
●AC-DCアダプタは1次側と2次側の絶縁が必要
USB充電器をはじめ,交流電源を直流電源に変換するAC-DCアダプタは,安全のため,1次側(交流電源)と2次側(直流電源)が絶縁されている必要があります.
図2は,入出力が絶縁されていない降圧スイッチング電源を使用した,AC-DCアダプタです.このような設計は通常行われませんが,直流電源に交流電圧が重畳されてしまい,感電の危険があります.
直流電源に交流電圧が重畳されてしまい,感電の危険がある.
図3は,絶縁フライバック・コンバータを使用したAC-DCアダプタです.1次側と2次側がトランスで絶縁されるため,安全に使用することができます.

1次側と2次側がトランスで絶縁されるため,安全に使用することができる.
●絶縁フライバック・コンバータの動作
ここでは,絶縁フライバック・コンバータの動作を理解するため,S1がONのときと,OFFのときの電流の流れを考えてみます.図4は,S1がONのときの電流の流れです.S1がONすると,L1に電流が流れ,その電流の大きさは時間とともに増加します.このとき,A点の電圧は負電圧となるため,L2には電流が流れません.
S1がONすると,L1には時間とともに増加する電流が流れ,L2には電流が流れない.
図5は,S1がOFFのときの電流の流れです.S1がONからOFFに切り替わると,L1の電流は流れ続けようとしますが,電流経路が遮断されているため流れることができません.そのため,磁束に蓄えられたエネルギは,L2に電流が流れることによって放出されます.この電流がC1を充電し,負荷に電流を供給します.

S1がOFFすると,L1の電流は0になり,L2に電流が流れる.
フライバック・コンバータが電流連続モードで動作している場合,出力電圧(VOUT)は式1で表すことができます(1).

式1を変形してNを求めると,式2になります.

●インダクタンスを求める
式2に図1の条件を代入すると,式3のようにトランスの巻き数比Nは25になります.
・・・・・・・・・・・・・・(3)
コイルのインダクタンスは,巻き数の2乗に比例するため,L1の値は,式4のように,6mHと求まります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
●絶縁フライバック・コンバータの電流の流れ
図6は,絶縁フライバック・コンバータの電流の流れをシミュレーションで確認するための回路です.図1と同じ定数になっており,L1のインダクタンスは6mHとなっています.Vckは,デューティ比50%,50kHzのパルス波を出力し,スイッチ(S1)のON/OFFを制御しています.なお,VINの値は,100VRMSの交流信号を整流したときの直流電圧である,140Vとなっています.
デューティ比50%,50kHzのパルス波で,スイッチ(S1)のON/OFFを制御している.
図7が図5のOUT端子のシミュレーション結果です.OUT端子の電圧は約5Vとなっており,式4の計算結果が妥当であることを示しています.

OUT端子の電圧は約5Vとなっており,式4の計算結果が妥当であることを示している.
図8は,時間軸を拡大した,L1とL2に流れる電流のシミュレーション結果です.図8の上段がL1の電流で,図8の中段がL2の電流です.そして,図8の下段がS1をコントロールしているV(ck)の電圧です.S1がONすると,L1に電流が流れ,S1がOFFすると,L2に電流が流れていることが分かります.

S1がONすると,L1に電流が流れ,S1がOFFすると,L2に電流が流れている.
また,L2の電流は,時間とともに減少していきますが,S1がONする直前まで電流が流れています.S1がONするとL2の電流は0Aになりますが,直前まで流れていた電流はL1が引き継いで流します.この状態を「電流連続モード」と呼んでいます.
●負荷電流を変えたときの出力電圧
図9は,図5の回路の負荷電流(IL)を,5ms時点から減少させたときのシミュレーション結果です.OUT端子の電圧は,ILが1.3A程度になるまでは変わりませんが,それよりも電流が減ると,電圧が上昇していきます.これは,フライバック・コンバータの動作が「電流連続モード」から,「電流不連続モード」に変わることで,式1が成立しなくなるためです.
負荷電流が小さくなると,OUT端子の電圧が上昇している.
図10は,負荷電流が0.5Aのときの,L1とL2に流れる電流のシミュレーション結果です.図8とは異なり,L2の電流はS1がONするタイミングよりも前に,0Aになっていることが分かります.この状態を「電流不連続モード」と呼んでいます.

L2の電流はS1がONするタイミングよりも前に,0Aになっている.
●ICを使用して出力電圧を安定化
絶縁フライバック・コンバータを定電圧電源として使用するためには,出力電圧が変動しないよう,デューティ比を制御する必要があります.そのためには,2次側の電圧情報を,絶縁を維持したまま1次側に伝える必要があります.その方法として,一般的にはフォト・カプラが使用されますが,フォト・カプラを使用せずに制御するICも開発されています.
図11は,LT8315を使用した絶縁フライバック・コンバータです.LT8315はフォト・カプラの替わりにトランスの3次巻き線(L3)を使用して,2次側の電圧情報を1次側に伝える方式を採用しています.出力電圧は,L2とL3の巻き数比(NTS)及び,RFB1,RFB2で設定します.
図11では,式5によってRFB2の初期値を求め,シミュレーションにより,出力電圧が5VになるようにRFB2の抵抗値を調整しています.
・・・・・・・(5)
また,図11では負荷電流(IL)を50mAから0.8Aまで変化させています.
トランスの3次巻き線(L3)を使用して,2次側の電圧情報を1次側に伝える.
図12は,図10のシミュレーション結果です.出力電圧は5Vとなっており,負荷電流が変化しても出力電圧は一定となっていることが分かります.

負荷電流が変化しても出力電圧は一定となっている.
以上,絶縁フライバック・コンバータについて解説しました.LT8315を使用した絶縁フライバック・コンバータの詳しい設計方法は,LT8315の仕様書(2)を参照してください.
◆参考・引用*文献
(1) 電源回路設計実例集 P100 フライバック・コンバータ 式67:CQ出版社
(2) LT8315仕様書:アナログデバイセズ
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice11_027.zip
●データ・ファイル内容
flyback_C.asc:図6の回路
flyback_C_IL.asc:図9,図10をシミュレーションするための回路
LT8315_5V.asc:図11の回路
LT8315_5V.plt:12のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
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