高速動作する差動出力の計装アンプ

図1は,プリアンプと2つの差動アンプから構成された計装アンプです.OPアンプに,高速で低ノイズの「LTC6227」と抵抗に整合した抵抗ネットワークの「LT5401」を使用しています.図1の回路定数の場合,out+とout-の振幅は(a)~(d)のどれでしょうか.

out+とout-の振幅は何Vでしょうか.
(a) 2V (b) 3V (c) 4V (d) 5V

図1の計装アンプは,プリアンプと2つの差動アンプで構成しています.プリアンプのゲインと2つの差動アンプのゲインを別々に求めます.次にトータルのゲインを求め,out+とout-間の振幅を検討します.ここでLT5401の抵抗ネットワークは,検討しやすいようにRa,Rb,Rc,Rd,Reの記号で考えます.
- プリアンプ内の合成抵抗は,「Ra=(R1+R2)||(R3+R4)」,「Rb=R5+R6」,「Rc=R7+R8」
- 差動アンプ内の抵抗は2種の抵抗値なので,「Rd=R9=R11=R13=R15」,「Re=R10=R12=R14=R16」
▼プリアンプのゲイン
- in+の電圧をVin+,in-の電圧をVin-,A点の電圧をVA,B点の電圧をVBとする
- プリアンプ内の2つのOPアンプの非反転端子と反転端子はバーチャル・ショートになる
- OPアンプの入力バイアス電流を無視すると,プリアンプのRaとRbとRcの電流は等しい
- この条件より,プリアンプのゲインは「G1=(VA-VB)/(Vin+-Vin-)=(Ra+Rb+Rc)/Ra=5倍」になる
▼差動アンプのゲイン
- out+の電圧をVout+,out-の電圧をVout-とする
- 2つの差動アンプのゲインはReとRdの抵抗比で決まる
- out+側の差動アンプのゲインは,「G2=Vout+/(VA-VB)=Re/Rd=2倍」になる
- out-側の差動アンプのゲインは「G2=Vout-/(VA-VB)=-Re/Rd=-2倍」になる.マイナス(-)の記号は位相が逆相を表す
- 2つの差動アンプのゲインは同じ「G2=2倍」で逆相の信号となる
▼トータルのゲインとout+とout-の振幅
- トータルのゲインは,G1とG2の積なので「G=G1*G2=10倍」になる
- 入力のV1とV2は逆相の信号なので,in+とin-間の入力振幅は「Vin+-Vin-=0.2V」である
- トータルゲインと入力振幅より,out+とout-の振幅は「Vout+=Vout-=10×0.2V=2V」になり,out+とout-の位相は逆相の差動出力になる
●高速動作する差動出力の計装アンプについて
図1の計装アンプは,LTC6226のデータシートのP21にあるアプリケーション回路になります.高速OPアンプを使うことにより計装アンプは,高速で動作します.具体的には,図1はin+とin-間の差動入力信号の周波数が1MHzの信号を増幅し,out+とout-から出力します.また,計装アンプのゲインや同相信号除去比は,抵抗比で決まるので,整合の取れた抵抗ネットワークのLT5401を使うことにより性能が向上します.図1のC1,C2,C3,C4は,負帰還を安定にする補償コンデンサになります.
次に,図1に示す計装アンプのゲインを机上計算します.その後,ac解析とtran解析のシミュレーションで動作を確認します.
●ゲインの机上計算
図2は,図1を分かりやすく書き直した回路図です.LT5401の抵抗ネットワークをRa,Rb,Rc,Rd,Reの記号で表しました.ここでは図2を用いてゲインの机上計算をします.
図2のプリアンプのOPアンプは,バーチャル・ショートによりU1側の反転端子はVin+,U2側の反転端子はVin-になり,Raの両端に加わります.これより,Raの電流(IRa)は式1になります.

U1のOPアンプの入力バイアス電流を無視すると,VAの電圧は式1の電流とRbの電圧降下にVin+を加えた電圧になり,式2になります.

同様に,U2のOPアンプの入力バイアス電流を無視すると,VBの電圧は式1の電流とRCの電圧降下にVin-を加えた電圧になり,式3となります.

プリアンプの差動出力信号は「VA-VB」なので,式2から式3を減算すると式4になります.

式4より,プリアンプのゲインは式5になり,Ra,Rb,Rcの抵抗で決まります.式5へ図2の抵抗値を入れるとゲインは5倍になります.

次に,図2の差動アンプ1と差動アンプ2のゲインを机上計算します.差動アンプ1と差動アンプ2は同じ回路で,2つの差動アンプに加わる「VA-VB」の極性が逆になっています.差動アンプ1は,ReとRdの抵抗比でゲインが決まり,Vout+の電圧は式6になります.

同様に,差動アンプ2もReとRdの抵抗比でゲインが決まり,Vout-の電圧は式7になります.式7右辺のRe/Rdの前にあるマイナス(-)の記号は,位相が逆相になるのを表しています.

式6と式7のゲインは,式8になります.式8へ図2の抵抗値を入れるとゲインは2倍になります.

式5のプリアンプのゲインと式8の差動アンプのゲインより,トータルのゲインは式9になり,10倍になります.

式9のトータルゲインの10倍と入力振幅「Vin+-Vin-=0.2V」より,out+とout-の振幅は,式10の2Vになります.よって問題の解答は,(a) 2Vが正解になります.

●整合した抵抗ネットワーク
図1の抵抗は,LT5401の抵抗ネットワークを使います.抵抗ネットワークは優れたマッチング特性なので,抵抗比で決まるゲイン精度と同相信号除去比が高くなります.
図1で使用している抵抗をLT5401で表すと図3(a)と図3(b)になります.図3(a)はXとY間で2.1kΩの抵抗です.この抵抗をプリアンプのRa,Rb,Rcの抵抗として使用します.図3(b)はXとYの間にZを設け,抵抗分圧を作ります.この抵抗を差動アンプのRd,Reの抵抗として使用します.図3(b)のZのタップ点を変えることにより分圧比を変え,式8で決まる差動アンプのゲインを変えることもできます.
●周波数特性のシミュレーション
図4は,図1のゲイン周波数特性を調べる計装アンプの回路になります.OPアンプはLTC6227,抵抗ネットワークはLT5401を使用しています.シミュレーションはac解析を用い,1kHzから100MHz間を2倍の周波数あたり30ポイントでスイープして,ゲイン周波数特性を調べます.
OPアンプはLTC6227,抵抗ネットワークはLT5401を使用.
図5は,図4のシミュレーション結果になります.図5は,プリアンプ出力のA点とB点間の電圧差をとったゲイン周波数特性と,out+とout-のゲイン周波数特性をプロットしました.図5より,周波数が1MHzにおけるA点とB点間の電圧差をとったゲインは5倍であり,式5で机上計算した値と一致します.そして1MHzにおけるout+とout-のゲインは10倍であり,式9で机上計算した値と一致するのが確認できます.

入力からA点とB点間の電圧差をとったゲインは5倍.
入力からout+とout-のゲインは10倍.
●過渡応答のシミュレーション
図6は,図1の過渡応答をシミュレーションする回路になります.入力信号は,図1と同じで,V1とV2は周波数が1MHzで振幅が100mV,V1とV2の位相は逆相の関係です.シミュレーションはtran解析を用い,0μsから2μsの時間応答を調べます.
図7は,図6のシミュレーション結果になります.図7の上段はin+とin-間の差動入力信号のプロットで振幅は0.2Vになります.
図7の中段は,プリアンプ出力となるA点とB点間の電圧差の信号で,図7の上段の信号を,式5の5倍のゲインで増幅した1Vになるのが分かります.
図7の下段は,out+とout-の信号で,図7の上段の信号を,式10の10倍のゲインで増幅した2Vになり,解答の(a) 2Vになるのが分かります.そしてout+とout-の位相は,逆相の差動出力信号になります.

上段はin+とin-間の差動入力電圧をプロット.振幅は0.2V.
中段はA点とB点間の電圧差をプロット.振幅は1V.
下段はout+とout-の電圧をプロット.振幅は2Vで差動出力になる.
以上,高速動作する差動出力の計装アンプについて解説しました.図1は,差動出力の計装アンプですが,out-側の差動アンプを削除することにより,out+が出力となるシングル・エンドの計装アンプとして使用することもできます.
◆参考・引用*文献
(1)LTC6227データシート(P21のアプリケーション回路):アナログデバイセズ
(2)LT5401のデータシート:アナログデバイセズ
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice11_022.zip
●データ・ファイル内容
High Speed High CMRR Instrumentation Amplifier ac.asc:図4の回路
High Speed High CMRR Instrumentation Amplifier ac.plt:図4のプロットを指定するファイル
High Speed High CMRR Instrumentation Amplifier tran.asc:図6の回路
High Speed High CMRR Instrumentation Amplifier tran.plt:図6のプロットを指定するファイル
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