差電圧アンプの入力電圧範囲の計算方法




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■問題
【 LT6375 】

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は,入力電圧範囲が広い差電圧アンプ「LT6375」を使った標準的応用例(1)で,V1の電流をモニタする回路です.モニタする電流は,Rsenseの両端の差電圧を使用し,電圧換算した値をoutから出力します.
 図1の電源が「V+=2.5V,V-=-2.5V」,内部OPアンプの同相入力電圧範囲が「V-~V+-1.75V」,内部抵抗が「19kΩと23.75kΩがGND,38kΩが開放(オープン)」の場合,V1の入力電圧範囲は(a)~(d)のどれでしょうか.



図1 標準的応用例の電流モニタ回路(1)
V1の入力電圧範囲は(a)~(d)のどれでしょうか.

(a) -17.5V~5.25V (b) -25V~7.5V (c) -30V~9V (d) -50V~15V


■ヒント

 図1の差電圧アンプの特徴は,内部の19kΩ,38kΩ,23.75kΩの抵抗をGNDに接続,または開放の組み合わせでV1から印加できる電圧範囲を調整できます.効果として差電圧アンプの電源電圧を超える広い入力電圧範囲になります.
 差電圧アンプの入力電圧範囲は,抵抗分圧と内部OPアンプの同相入力電圧範囲で決まります.内部抵抗の19kΩ,23.75kΩはGNDに接続,残りの38kΩは開放の条件のときを検討します.

■解答


(d) -50V~15V

 図1のRsenseとRcをショートして,LT6375の2つの入力にかかる電圧範囲を検討します.図1の内部OPアンプの非反転端子と反転端子は,バーチャル・ショートなので同じ電圧になり,その電圧をVCMOPとします.内部OPアンプの非反転端子と反転端子の電流を無視すると,図1の内部抵抗分圧は図2になります.



図2 図1の内部抵抗分圧を表した等価回路

 図2より次のように解答を導き出します.

  • 「190kΩ」と「190kΩ||19kΩ||23.75kΩ」の並列抵抗の分圧比は「1/20」になる
  • V1をVCMOPで表すと,「V1=20×VCMOP」になる
  • VCMOPが内部OPアンプの同相入力電圧範囲「V-~V+-1.75V」なので,V1は20倍した範囲になる
  • 「V+=2.5V,V-=-2.5V」なので,V1の電圧範囲は「-50V~15V」になる

 これより,(d)が正解になります.

■解説

●入力電圧範囲が広い差電圧アンプの特徴
 図3は,LT6375のデータシートにあるブロック図(2)になります.図3を用いて差電圧アンプのゲインと入力電圧範囲について解説します.


図3 LT6375のブロック図(2)
R1とR2は同じ抵抗値なので差電圧アンプのゲインは1倍になる.
入力電圧範囲は抵抗が繋がる端子をGNDまたは開放の組み合わせで調整できる.

▼差電圧アンプのゲイン
 図3の差電圧アンプのゲインは,R1とR2が同じ抵抗値なので「ゲイン=1倍」になります.これより入出力伝達特性は,式1になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 式1の入出力伝達特性を図1に当てはめると,差電圧「V+IN-V-IN」は,V1の電流をモニタするRsenseの両端の電圧になるので,図1は,V1の電流をRsenseで電圧に換算してoutから出力する電流モニタになります.式1のREF端子の電圧(VREF)は差電圧アンプ出力の中点電圧を調整するときに使います.

▼差電圧アンプの入力電圧範囲
 差電圧アンプには「+REFAと-REFA,+REFBと-REFB,+REFCと-REFC」の端子があります.この端子をGNDに接続,または開放する7通りの組み合わせで内部抵抗分圧が変わり,+INと-IN端子が広い入力電圧範囲になるようにしています.具体的な端子の接続を表1(3)に示します.端子をGNDまたは開放することにより差電圧アンプの入力電圧範囲が変わるので,測定対象の電圧範囲に合うように調整します.図1表1の上から6つ目の「条件6」の接続になります.

表1 デュアル電源での同相電圧動作範囲(通常領域)(3)


 LT6375の入力電圧範囲は,2つの動作領域があります.1つは表1に記載がある「通常領域」と呼ばれる範囲で,この範囲は内部OPアンプの同相入力電圧範囲で動作します.
 もう1つは,内部OPアンプの同相入力電圧よりも高くなる領域で,Over-The-Top注1領域とデータシートには記されています.Over-The-Top領域では入力の保護をしながら動作するので,内部OPアンプの性能が低下します.このため内部OPアンプの性能を良い状態で使うには通常領域を用います.
 以降では表1の抵抗の接続状態のとき,通常領域での入力電圧範囲を机上計算で確かめます.
注1:「Over-The-Top」はアナログ・デバイセズの商標です.

●内部OPアンプの同相入力電圧範囲の検討
 内部OPアンプの詳しい性能は,データシートにはありません.ここでは,表1「通常領域」の入力電圧範囲を机上計算する前段階として,内部OPアンプの同相入力電圧範囲を調べます.ここで調べた範囲が問題文の内部OPアンプの同相入力電圧範囲になっています.
 まず,内部OPアンプの同相入力電圧範囲を調べるため,表1の電源が「Vs=±2.5V」,内部抵抗分圧は,表1の上から3つ目の「条件3」の入力電圧範囲から逆算します.表1の条件3での内部抵抗分圧の等価回路は図4になります.


図4 内部抵抗分圧は表1の条件3の状態を表した等価回路
VCMOPは内部OPアンプの同相入力電圧になる.

 図4のR1とR2の抵抗値は等しいので,R2をR1と置き換えて分圧比を求めると式2になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 表1の「Vs=±2.5V」で条件3のとき,入力電圧“H”は9Vです.このときの図4のVCMOPは式2の分圧比を使うと式3になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 同様に,表1の「Vs=±2.5V」で条件3のとき,入力電圧“L”は-30Vです.このときの図4のVCMOPは式2の分圧比を使うと式4になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 「Vs=±2.5V」のOPアンプと,式3と式4の値を図示すると図5になります.OPアンプの非反転端子と反転端子はバーチャル・ショートなので,図5では結線して表しています.


図5 内部OPアンプの同相入力電圧範囲を,電源(V+とV-)を基準に表した説明図
「Vs=±2.5V」,表1の条件3の内部抵抗分圧で検討.

 図5より,内部OPアンプの同相入力電圧の上限になる「VCMOP+=0.75V」は,V+を基準に書き直すと式5になります.V+とVCMOPの電圧差1.75Vは,V+が変わっても一定になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 同様に,内部OPアンプの同相入力電圧の下限になる「VCMOP-=-2.5V」は,V-を基準に書き直すと式6になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 式5と式6のように,内部OPアンプの同相入力電圧の上限と下限をV+とV-を基準にして表すと,電源が変わっても同相入力電圧の上限と下限を表すことができます.これらの検討より,問題文の内部OPアンプの同相入力電圧範囲を「V-~V+-1.75V」としています.

●差電圧アンプの入力電圧範囲の机上計算
 ここでは,データシートにある表1と机上計算した差電圧アンプの入力電圧範囲を比較します.机上計算は式5と式6を使い,差電圧アンプの入力電圧範囲の上限と下限について机上計算します.電源は表1と同じ「Vs=±2.5V」,「Vs=±15V」,「Vs=±25V」の3つになります.計算のため,内部抵抗の分圧比の逆数をDIVとします.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

 差電圧アンプの入力電圧範囲は,内部OPアンプの同相入力電圧範囲に式7のDIVを乗じた値です.具体的には,入力電圧範囲の“H”は式5の上限を使うと式8になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)

 同様に入力電圧範囲の“L”は式6の下限を使うと式9になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)

 表2は,表1と同じ全条件で入力電圧範囲を机上計算したものになります.表2より,図1と同じ電源の「Vs=±2.5V」,内部抵抗分圧は条件6において,入力電圧範囲は-50V~15Vになり,解答の(d)と一致します.また表2の色付けした箇所以外は表1と同じ入力電圧範囲になるのが分かります.

表2 表1の全条件で入力電圧範囲を机上計算した表

入力端子の絶対最大定格が±270Vなので,その電圧を超えるものは±270Vで制限がかかる.

 色付けしたところはLT6375の絶対最大定格を超えるところです.LT6375の2つの入力端子の絶対最大定格はデータシートより±270Vです.この電圧を超えると破壊することがあるので,表1では±270Vで制限がかかっています.

●電流モニタの確認
 図6は,図1の電流モニタのシミュレーションをする回路になります.開放にしている38kΩの抵抗には+REFBと-REFBのラベルを付け,このラベルで内部OPアンプの非反転端子と反転端子の電圧をモニタしています.V1は「.dc解析」で-60Vから+60Vまでを10mVステップでスイープします.このときのV1の電流をRsenseの電圧降下でモニタしてoutから出力します.


図6 図1をシミュレーションする回路

 図7は,図6のシミュレーション結果になります.図7の上段のV(+refb)とV(-refb)は内部OPアンプの非反転端子と反転端子の電圧になります.V1の電圧が-50V~15Vのとき,内部OPアンプの同相入力電圧範囲-2.5V~0.75Vで動作しています.  図7の下段はV(in+,in-)がRsenseの電圧降下,V(out)が出力になります.V1の電流をRsenseの電圧降下でモニタし,outからゲインが1倍で出力しています.このように図6の電流モニタは電源「V+=2.5V」,「V-=-2.5V」を超える広い入力電圧範囲になるのが分かります.

図7 図6のシミュレーション結果
上段は内部OPアンプの同相入力電圧を+REFBと-REFBのラベルでプロット.
下段はin+とin-の差電圧とoutの電圧をプロット.
通常領域のV1の電圧は-50V~15Vで表1の条件6と同じになる.

 以上,差電圧アンプの入力電圧範囲の計算方法と,データシートにある標準応用例の電流モニタを使って入力電圧範囲をシミュレーションで確かめました.入力電圧範囲の計算法が分かると,表1の電源以外のとき,入力電圧範囲がどれくらいになるかを調べることができます.

◆参考・引用*文献
(1)LT6375のデータシート:アナログデバイセズ
(2)LT6375のデータシートp13(ブロック図):アナログデバイセズ
(3)LT6375のデータシートp15(表2):アナログデバイセズ


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice11_018.zip

●データ・ファイル内容
LT6375 Bidirectional Current Monitor ex2.asc:図6の回路
LT6375 Bidirectional Current Monitor ex2.plt:図6のプロットを指定するファイル

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