シングル・エンドの信号を差動出力するドライバ

図1は,V1のシングル・エンドの信号を,out+から正相,out-から逆相の差動出力するA-Dコンバータ(ADC)のドライバ回路です.図2は,out+とout-の波形をプロットしました.図1の回路定数のとき,out+とout-の波形として正しいのは図2の(a)~(d)のどの波形でしょうか.

out+とout-間の信号は,図2の(a)~(d)のどの波形でしょうか.

(a)の波形 (b)の波形 (c)の波形 (d)の波形

out+側のOPアンプ(U1)とR1,R2,R3,R4は非反転アンプです.また,out-側のOPアンプ(U2)とR6,R7,R8,R9は反転アンプになります.out+とout-の信号の中点電圧はV2に関係します.これをヒントに検討すると分かります.
図1のout+側の動作は次になります.
- out+側の非反転アンプの入力となるA点の電圧はR1とR2が等しいので,直流が1V,振幅はV1と同相で0.5Vになる
- 非反転アンプのR3とR4の抵抗が等しいので,ゲインは2倍になる
- out+はA点の信号を2倍した信号になり,直流が2V,振幅はV1と同相で1Vになる
図1のout-側の動作は次になります.
- out-側の反転アンプのB点の電圧はR8とR9が等しいので,直流1Vになる
- OPアンプのバーチャル・ショートにより,U2の反転端子は直流1Vになる
- out-の信号はU2の反転端子の電圧からR6の電流とR7で発生する電圧降下を減じた信号になり,直流が2V,振幅はV1と逆相の1Vになる
上記より,out+は直流が2V,振幅はV1と同相で1V,そしてout-は直流が2V,振幅はV1と逆相の1Vなので,(d)の波形が正解になります.
●差動出力するドライバは差動入力のADCに使われる
図1は,1つのシングル・エンドの信号から差動出力の信号を生成するドライバ回路になります.この回路の用途はADC(Analog to Digital Converter)の差動入力に対応するため,シングル・エンドの信号を差動出力するドライバ回路になります.out+側のR5,C1とout-側のR10,C2は,ロー・パス・フィルタで,高域の雑音を除去する目的です.
ADCは,シングル・エンド入力もありますが,差動信号にするタイプが多くなってきています.差動信号にする利点は同相ノイズを除去できるためです.なお,参考文献(1)のOPアンプはAD8058(広帯域G=1で-3dBバンド幅325MHz,スルーレート1000V/μs,低雑音7nV√Hz)ですが,このOPアンプはLTspiceの部品にありません.ここでは特性が近いOPアンプとしてAD8066(2)(広帯域G=1で-3dBバンド幅145MHz,スルーレート180V/μs,低雑音7nV/√Hz)を用いています.
●差動出力信号の机上計算
図1のシングル・エンドの信号を差動出力するドライバ回路について,out+側とout-側を分けて机上計算します.信号の表し方は,信号の中点電圧となる直流電圧と,信号の最大振幅の電圧という表現で,後述する式2のように「直流 V±振幅 V」と示します.また,出力信号の位相が入力信号の位相から逆相になるときは,後述する式9のように「±の記号」を逆の「∓の記号」で表します.
▼out+側の机上計算
図3は,out+側の回路を抜き出したものになります.図3を用いてシングル・エンドのV1が入力のとき,out+の信号を求めます.
図3のOPアンプの非反転端子の電圧をVAとすると,VAが入力でout+が出力となる非反転アンプになります.入力となるVAは,V1とV2が印加されたとき式1になります.

式1のV2が直流2V,V1の振幅が±1Vのとき,VAは式2になります.

図3の非反転アンプのゲインは式3になり,「R3=R4」なので「G=2倍」になります.

out+はVAを2倍した信号になり,式4になります.

式4より,out+は直流が2V,振幅はV1と同相の1Vになります.
▼out-側の机上計算
図4はout-側の回路を抜き出したものになります.図4を用いてシングル・エンドのV1が入力のとき,out-の信号を求めます.

図4は,V1が入力でout-が出力となる反転アンプになります.OPアンプの非反転端子の電圧をVBとすると,VBはV2が直流2V,「R8=R9」なので,式5になります.

OPアンプのバーチャル・ショートにより,反転端子はVBになります.このときR6の電流は式6になります.

out-の信号は,反転端子の電圧(VB)から,式6の電流とR7で発生する電圧降下を減じた信号なので,式7になります.

式7へ式6を入れて整理すると式8になります.

式8のVBは,式5の直流1V,V1の振幅が±1Vのとき,out-の信号は式9になります.

式9より,out-は直流が2V,振幅はV1と逆相の1Vになります.
これにより,out+側とout-側を分けて机上計算した結果より,図1のout+とout-の波形は解答の(d)になり,V1のシングル・エンドの信号をout+とout-から差動出力するドライバになります.
●シングル・エンドの信号を差動出力するドライバの確認
図5は,図1をシミュレーションする回路で,V2は直流2V,V1の振幅が±1Vになります.シミュレーションは「.tran」解析を用い,0sから0.5msの時間応答をプロットします.
「.tran」解析でout+とout-の差動出力波形を調べる
図6は,図5のシミュレーション結果になります.図6の上段がA点とB点の電圧をプロット,図6の下段がout+とout-の電圧をプロットしました.

上段はA点とB点の電圧をプロット.
下段はout+とout-の差動出力信号をプロット.
図6の上段のA点の電圧は「直流1V±振幅0.5V」であり,机上計算した式2と同じになります.図6の上段のB点の電圧は「直流1V」であり,机上計算した式5と同じになります.
図6の下段のout+は「直流2V±振幅1V」となり,机上計算した式4と同じになります.図6の下段のout-は「直流2V∓振幅1V」となり,机上計算した式9と同じになります.
●ADCとの接続例
図7は,シングル・エンドの信号を差動出力するドライバとADCの接続例になります.
AD9225データシート p14にある接続例(Figure 12)を引用.
図7は,12ビットADC(AD9225)(3)のデータシートp14に記載されている接続例を引用しました.シングル・エンドの信号を差動出力するドライバは図7のような接続で使います.図1と異なるところはシングル・エンドの信号を差動出力するドライバ回路の抵抗値は全て500Ωですが,同じ値の抵抗なので図1と同じ動作になります.
図1のV2に相当する直流電圧は,図7ではCML(Common Mode Level)の基準電圧を用いています.これよりVINAとVINBの直流電圧は,ADC内部のCMLが基準電圧になります.そして,VINA側が「CMLの基準電圧∓入力信号振幅」,VINB側が「CMLの基準電圧±入力信号振幅」の差動信号となり,ADCの入力をドライブします.
以上,シングル・エンドの信号を差動出力するドライバ回路について解説しました.図1のようなOPアンプを使ったドライバは信号が直流から動作する利点があります.2つのOPアンプはデュアルOPアンプ(1つのパッケージに特性の揃った2つのOPアンプがある)を使うと,2つのOPアンプの誤差が低くなり,差動出力するドライバの性能が向上します.
◆参考・引用*文献
(1) OPアンプ大全 第3部 p122:アナログ・デバイセズ 著,CQ出版社
(2) AD8066のデータシート:アナログデバイセズ
(3) AD9225のデータシート:アナログデバイセズ
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice11_016.zip
●データ・ファイル内容
Direct Coupled Drive Circuit.asc:図5の回路
Direct Coupled Drive Circuit.plt:図5のプロットを指定するファイル
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