ハーフ・ブリッジ・ドライバでGaNパワー・トランジスタを駆動する




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■問題
【 LT8418 】

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,ハーフ・ブリッジ・ドライバIC(LT8418)(1)で,GaNパワー・トランジスタ(EPC2204)(2)を駆動する,降圧DC-DCコンバータの出力段回路です.2つのGaNパワー・トランジスタを使用し,降圧DC-DCコンバータを構成しています.一般的なGaNパワー・トランジスタの説明として,誤っているのは(a)~(d)のどれでしょうか.



図1 ハーフ・ブリッジ・ドライバとGaNパワー・トランジスタで構成した降圧DC-DCコンバータの出力段回路
GaNパワー・トランジスタの説明として,誤っているのは?

(a) MOSトランジスタよりも高速にスイッチングすることができる
(b) 理論上,同じ耐圧とオン抵抗のMOSトランジスタよりも,チップサイズが小さい
(c) 半導体チップとパッケージ間の熱抵抗が小さく,放熱特性がよい
(d) 駆動に必要なゲート電圧がMOSトランジスタよりも高いため,ノイズによる誤動作が少ない

■ヒント

 化合物半導体の中には,現在広く使用されているシリコン半導体よりも物性値が優れたものがあります.GaNパワー・トランジスタは,化合物半導体のGaN(Gallium Nitride:窒化ガリウム)を使用したパワー・トランジスタです.MOSトランジスタ(シリコンMOSトランジスタ)よりも高性能なため,近年,小型・高効率なUSB電源等への採用が進んでいます.

■解答


(d) 駆動に必要なゲート電圧がMOSトランジスタよりも高いため,ノイズによる誤動作が少ない

 GaNパワー・トランジスタは,MOSトランジスタよりも遅延が少なく,高速にスイッチングできます.また,GaN半導体は導電率が高いため,同じオン抵抗のMOSトランジスタよりもチップサイズが小さくなります.そして,GaN半導体はシリコン半導体よりも熱伝導率が高く,放熱特性が優れています.このように,(a)~(c)は正しい内容です.
 一方,GaNパワー・トランジスタは,比較的低いゲート電圧でも,十分小さなオン抵抗が得られます.そのため,ゲート駆動に必要な電圧は,MOSトランジスタよりも低くなっていますが,ノイズに弱いという欠点もあります.つまり,内容が誤っているのは(d)になります.

■解説

●GaNパワー・トランジスタの電気的特性
 初期のGaNパワー・トランジスタは,ゲート電圧0VでONし,OFFさせるためには,ゲートに負電圧を印加する必要がある,ノ―マリー・オン型でした.ただし,ノ―マリー・オン型は,スイッチング電源などに使用するのは,安全性の面で難しいという問題がありました.
 その後,素子構造を工夫することで,MOSトランジスタと同様,ゲート電圧0VでOFFする,ノ―マリー・オフ型(エンハンスメント型)が開発されました.
 図2は,GaNパワー・トランジスタの静特性をシミュレーションする回路です.使用しているGaNパワー・トランジスタはLTspiceに標準で登録されている,EPC社の「EPC2204」です.EPC2204は,LTspiceコンポーネント選択画面の,[SpecialFunctions]フォルダの中にあります.EPC2204のドレイン・ソース最大電圧は100Vで,ゲート・ソース電圧5V時のオン抵抗標準値は4.7mΩとなっています(3)


図2 GaNパワー・トランジスタの静特性をシミュレーションする回路
GaNパワー・トランジスタ(EPC社のEPC2204)の仕様は,最大電圧100V,オン抵抗4.7mΩ

 図3は,図2のシミュレーション結果です.静特性のグラフの形はMOSパワー・トランジスタとよく似ています.


図3 図2のシミュレーション結果
GaNパワー・トランジスタ(EPC2204)の静特性はMOSパワー・トランジスタの静特性とよく似ている.

 図4は,EPC2204のオン抵抗を表示したものです.図3の表示項目を[1/d(Ix(U1:drainin))]に書き換え,ドレイン電流をドレイン電圧で微分して逆数を取ることで,オン抵抗を計算しています.ゲート電圧5Vの時のオン抵抗は4.5mΩとなっており,データシートの値と一致しています.


図4 GaNパワー・トランジスタ(EPC2204)のオン抵抗
ゲート電圧5Vの時のオン抵抗は4.5mΩとなっている.

 図5は,耐圧とオン抵抗の特性がEPC2204に近い,MOSパワー・トランジスタのBSC060N10NS3のオン抵抗のグラフです.このMOSトランジスタの場合は,ゲート電圧が10Vの時にオン抵抗が5.3mΩとなっています.このようにGaNパワー・トランジスタは,MOSパワー・トランジスタよりも低いゲート電圧で,定格値のオン抵抗が得られます(4)

図5 MOSパワー・トランジスタ(BSC060N10NS3)のオン抵抗
ゲート電圧10Vの時のオン抵抗は5.3mΩとなっている.

●GaNパワー・トランジスタのスイッチング特性
 図6は,MOSパワー・トランジスタとGaNパワー・トランジスタのスイッチング速度を比較する回路です.それぞれのドレインには1Ωの負荷抵抗が接続されており,電源(Vcc)の電圧は20Vとなっています,MOSパワー・トランジスタのゲートには,10V.10MHzのパルス波を加え,GaNパワー・トランジスタのゲートには5V,10MHzのパルス波を加えます.


図6 MOSとGaNパワー・トランジスタのスイッチング速度を比較する回路
それぞれのゲートには,10Vおよび5Vで10MHzのパルス波を加える.

 図7は,図6のシミュレーション結果で,MOSパワー・トランジスタとGaNパワー・トランジスタのゲート電圧が立ち下がると,それぞれのトランジスタはOFFし,ドレイン電圧が立ち上がります.MOSパワー・トランジスタの場合,ゲート電圧が立ち下がってから10ns程度遅れてドレイン電圧が立ち上がっています.
 一方.GaNパワー・トランジスタの場合は,ゲート電圧の立下りから,ドレイン電圧の立ち上がりまでの遅延時間は1ns程度となっています.
 このように,GaNパワー・トランジスタは,MOSパワー・トランジスタよりも高速にスイッチングできることが分かります.


図7 図6のシミュレーション結果
GaNパワー・トランジスタは,MOSパワー・トランジスタよりも高速にスイッチングできる.

●ハーフ・ブリッジ・ドライバICの動作を確認する回路
 図8は,ハーフ・ブリッジ・ドライバIC(LT8418)で,GaNパワー・トランジスタ(EPC2204)を駆動したときの,動作を確認する回路です.IN端子を入力とし,OUT端子を出力とした降圧DC-DCコンバータを構成しています.


図8 LT8418で,EPC2204を駆動したときの,動作をシミュレーションする回路
IN端子を入力とし,OUT端子を出力とした 降圧DC-DCコンバータを構成している.

 LT8418は,ハーフ・ブリッジ・ドライバで,上側と下側のGaNパワー・トランジスタを駆動する,2系統のゲート・ドライブ回路を内蔵しています.上側のゲート・ドライブ回路は,ブート・ストラップ機能に対応しているため,下側と同様にNchの GaNパワー・トランジスタが使用できます.INT端子が上側ドライブ回路用の入力端子で,INB端子が下側ドライブ回路用の入力端子です.
 図8の回路では,それぞれの入力端子に,同時にハイ・レベルとならない,1MHzのパルス波を加えています.パルスのオン・デューディ比は50%となっているため,この降圧DC-DCコンバータの降圧比は0.5となり,OUT端子の電圧は48Vの1/2の24Vになります.
 2つの入力が同時にハイ・レベルとならないようにする時間間隔(デッド・タイム)は,「.param」コマンドを使用して,変数DTで指定できるようになっています.図7でデッド・タイムは,10nsに設定しています.また,降圧DC-DCコンバータの効率を「.meas」コマンドで計算して,変数efに代入するようにしています.

●LT8418でEPC2204を駆動した降圧DC-DCコンバータの効率
 図9図8のシミュレーション結果で,OUT端子の電圧を表示しています.OUT端子の電圧は24Vとなっており,入力パルス波のオン・デューディ比で計算した電圧と同じになっています.


図9 GaNパワー・トランジスタとLT8418を使用したDC-DCコンバータのシミュレーション結果
OUT端子の電圧は入力パルス波のオン・デューディ比で計算した電圧と同じ24V.

 図10は,入力端子(INT,INB)と,GaNパワー・トランジスタのゲート端子(GT,GB)を,時間軸を拡大して表示したものです.


図10入力端子(INT,INB)と,GaNパワー・トランジスタのゲート端子(GT,GB)電圧
側ゲート端子(GT)の電圧は,ブート・ストラップにより,0Vから55Vまで変化している.

 図10の上段は,INT端子とINB端子に入力したパルス信号です.振幅は5Vでデッド・タイムは10nsとなっています.
 図10の下段は,GaNパワー・トランジスタのゲート端子電圧です.上側ゲート端子(GT)の電圧は,ブート・ストラップにより,0Vから55Vまで変化しています.
 そして,上側ゲート端子電圧と,下側ゲート端子電圧は,どちらも入力端子電圧から若干遅延していますが,遅延時間が同じため,同時にハイ・レベルになることはありません.
 図11は「.meas」コマンドで計算した効率です.効率(ef)は99%と非常に高効率であることが分かります.


図11 「.meas」コマンドで計算した降圧DC-DCコンバータの効率

 以上,ハーフ・ブリッジ・ドライバIC(LT8418)とGaNパワー・トランジスタについて解説しました.LT8418の詳しい使用方法に関しては,データシートを参照してください.


◆参考・引用*文献
(1)アナログデバイセズ:LT8418のデータシート
(2)EPC:なぜGaN:窒化ガリウムの利点
(3)EPC:EPC2204のデータシート
(4)インフィニオン:BSC060N10NS3の製品概要

■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice11_015.zip

●データ・ファイル内容
GaN_VD_VG_Id.asc:図2の回路
GaN_VD_VG_Id.plt:図3のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
GaN_VG_Ron.asc:図4をシミュレーションするための回路
GaN_VG_Ron.plt:図4のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
MOS_VG_Ron.asc:図5をシミュレーションするための回路
MOS_VG_Ron.plt:図5のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
MOS_GAN_SW.asc:図6の回路
MOS_GAN_SW.plt:図7のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
LT8418.asc:図8の回路
LT8418.plt:図9のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル

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