反転アンプと反転加算アンプで差動アンプを作る




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■問題
【 LT5400,ADA4000 】

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は,抵抗(R1,R2,R3,R4)の特性が揃ったIC(LT5400)を使用し,反転アンプ(R1,R2,U1)と,反転加算アンプ(R3,R4,R5,U2)で構成した差動アンプです. 入力信号がV1とV2の差動信号で,同相入力電圧はV3の-13Vです.図1において,outに現れる信号振幅は(a)~(d)のどれでしょうか.



図1 反転アンプと反転加算アンプで作った差動アンプ outの振幅は(a)~(d)のどれでしょうか.


(a) 0.5V (b) 1V (c) 2V (d) 4V


■ヒント

 V1をR1,R2,U1の反転アンプで増幅した信号をVAとすると,VAはR3の左側に加わります.その後,VAとV2の信号を,R3,R4,R5,U2の反転加算アンプで増幅しています.これをヒントにゲインを検討すると分かります.

■解答


(c) 2V

 図1の回路動作は以下になります.

  • R1,R2,U1は,反転アンプになり,R1,R2が等しい抵抗(10kΩ)なので,ゲインが-1倍になる
  • 反転アンプの入力信号がV1,出力信号をVAとすると,VAはV1の位相が反転した信号なので,V2と同じ信号になる
  • R3,R4,R5,U2は,反転加算アンプになり,VAとV2を加算した信号を増幅する.VAとV2は位相が同じで,信号振幅が100mVなので,加算した信号振幅は200mVになる
  • 反転加算アンプのゲインは,R3,R4が等しく10kΩで,R5が100kΩなので「100kΩ/10kΩ」で10倍になる
  • 反転加算アンプ出力振幅は,VAとV2を加えた200mVの信号振幅を10倍で増幅したものなので,「200mV×10倍」で2Vになる

 これより,(c) 2Vが正解になります.

■解説

●同相入力電圧範囲の広い差動アンプ
 差動アンプは,1個のOPアンプで作れる回路ですが,OPアンプの非反転端子と反転端子はバーチャル・ショートになるので,両端子には同相入力電圧が加わります.OPアンプは,正常に動作する同相入力電圧範囲があり,これを超えると回路は動作しません.
 一方,図1の反転アンプと反転加算アンプを使った差動アンプは,OPアンプの非反転端子はGND,反転端子はバーチャル・グラウンドになるので,同相入力電圧がGNDになり一定です.このため1個のOPアンプで作る差動アンプより広い同相入力電圧が扱える利点があります.
 ここでは,1個のOPアンプで作った差動アンプでは動作しない同相入力電圧でも,反転アンプと反転加算アンプで作った差動アンプでは動作することを解説します.

●1個のOPアンプで作る差動アンプ
 図2は,1個のOPアンプで作った差動アンプになります.入力信号のV1とV2の差動信号は図1と同じです.そして回路のゲインも図1と同じ10倍にしています.同相入力電圧はV3になり,「.step」コマンドで-11Vと-13Vの2種類でシミュレーションします.
 OPアンプは,ADA4000のJFET入力OPアンプを例にしました.ADA4000の同相入力電圧範囲は,データシート(1)のCMRR(同相信号除去比)から分かります.データシートには,CMRR規格として,電源電圧±15V,測定条件「-11V≦VCM≦+15V」の範囲でCMRRが最小値で「80dB」,標準値で「100dB」と記載されています.
 ここで,VCMは同相入力電圧です.言い換えると,CMRR規格を満たすためには,測定条件の範囲が同相入力電圧範囲ということになります.図2の回路では,V3が-11Vの条件は,OPアンプのin+とin-の電圧が-10Vになり「-11V≦VCM≦+15V」の範囲内のときをシミュレーションします.そしてV3が-13Vの条件は,OPアンプのin+とin-の電圧が-11.8Vになり「-11V≦VCM≦+15V」の範囲外のときをシミュレーションします.


図2 1個のOPアンプで作る差動アンプ
差動アンプのゲインは10倍.
同相入力電圧はV3の-11Vと-13Vの2つの電圧でシミュレーションする.

 図3は,図2のシミュレーション結果になります.図3の上段がoutの電圧をプロット,図3の中段が,OPアンプの非反転端子の電圧をin+のラベルでプロット,図3の下段がOPアンプの反転端子電圧をin-のラベルでプロットしました.


図3 図2のシミュレーション結果
上段はoutの電圧をプロット.V3が-11Vでは動作するが,-13Vでは動作しない.
中段はin+の電圧.V3が-11Vでは同相入力電圧範囲内,-13Vでは同相入力電圧範囲外が分かる.
下段はin-の電圧.V3が-11Vでは同相入力電圧範囲内,-13Vでは同相入力電圧範囲外が分かる.

 図3の上段より,V3が-11Vのときのoutの波形は,差動信号200mVをゲインが10倍で増幅した2Vの信号になっています.しかしV3が-13Vのときは-14V付近で飽和して一定となり,回路は差動アンプとして動作していません.
 動作しない原因は,図3の中段のin+の電圧と図3の下段in-の電圧のプロットから分かります.具体的には,V3が-11Vのときin+とin-の電圧がOPアンプの同相入力電圧範囲内になり,OPアンプのバーチャル・ショートが成り立つので回路は動作します.一方,V3が-13Vのときin+とin-の電圧がOPアンプの同相入力電圧範囲外になり,OPアンプのバーチャル・ショートが成り立たないので回路は動作しません.
 このように1個のOPアンプで作る差動アンプは,OPアンプの同相入力電圧範囲の制限を受けます.

●反転アンプと反転加算アンプで作った差動アンプの動作
 図4は,図1の配線を分かりやすく書き直した回路です.書き直すと反転アンプ(R1,R2,U1)と反転加算アンプ(R3,R4,R5,U2)が分かりやすくなります.ここでは,図4を使って,反転アンプと反転加算アンプで作った差動アンプについて机上計算で動作を確かめます.


図4 図1の配線を分かりやすくした回路

 図4の反転アンプの出力をVAとすると,VAは,V1を反転アンプのゲインで増幅したものなので,式1になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 次に,反転加算アンプについて解析します.反転加算アンプの入力は,VAとV2なので重ね合わせの理を用います.具体的には,図5(a)のV2をGNDとショートして,VAを信号源にした回路のVo1と,図5(b)のVAをGNDとショートしてV2を信号源にした回路のVo2を重ね(加算する)ます.


図5 反転加算アンプを重ね合わせの理で解析する図
(a)は,V2をGNDとショートした回路.
(b)は,VAをGNDとショートした回路.

 図5(a)のVo1は,式1のVAを使うと式2になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 図5(b)のVo2は,式3になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 式2と式3を重ねる(加える)と,反転加算アンプのVoutは式4になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 式4を変形して,差動入力信号(V1-V2)と同相入力信号V2の項に整理すると式5になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 式5の差動入力信号のゲインの項と同相入力信号のゲインの項より,回路のCMRRが分かります.具体的には,CMRRは「CMRR=差動利得/同相利得」なので式6になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 式6のCMRRを高くするためには,式7の条件にすれば良いことになります.具体的にはR1,R2,R3,R4は,LT5400(2)の特性の揃った抵抗を使うことにより,CMRRを高く設定できます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

 最後に,式5を式7の関係を使って分かりやすくします.式7をR2で解くと「R2=R1R3/R4」です.これを式5に入れると式8になります.

・・・・・・・・・(8)

 式8の出力電圧は,CMRRを高くするために式7の関係になるようにR1,R2,R3,R4をLT5400の特性の揃った抵抗を使います.このとき差動アンプのゲインは,R5とR4の抵抗比で決まります.R5はCMRRに関係ない抵抗ですので,CMRRを悪化させずにR5でゲイン調整できることが分かります.式8へ「R4=10kΩ」,「R5=100kΩ」,「V1-V2=200mV」を入れるとVoutの振幅は「Vout=2V」になり,解答の(c) 2Vが正解であるのが分かります.この回路の注意点は,OPアンプの出力が飽和しないような回路の条件にすることです.

●反転アンプと反転加算アンプで作った差動アンプの確認
 図6は,図1をシミュレーションする回路になります.R5でゲイン調整をする目的で,「.step」コマンドを用い,R5を100kΩ,200kΩ,470kΩに変えてシミュレーションします.

図6 図1をシミュレーションする回路
R5はゲイン調整するため100kΩ,200kΩ,470kΩの3種類.

 図7は,図6のシミュレーション結果になります.図2の同相入力電圧が-13Vの動かない条件でも,図6では動作することが分かります.outの振幅は,R5が100kΩのとき差動ゲインは10倍なので出力振幅は2Vになるのが分かり,前出の式8を使った計算と一致します.そしてR5が200kΩのとき差動ゲインは20倍なので出力振幅は4V,R5が470kΩのとき差動ゲインは47倍なので出力振幅は9.4Vになるのが分かります.


図7 図6のシミュレーション結果
同相入力電圧が-13Vで動作している.回路のゲインはR5で調整できる.

 以上,反転アンプと反転加算アンプで作る差動アンプについて解説しました.反転アンプと非反転アンプで作る差動アンプは同相入力電圧範囲を広くすることができます.回路のCMRRは抵抗比の精度で決まるので,LT5400の特性の揃った抵抗を使うと良い特性になります.

◆参考・引用*文献
(1)アナログデバイセズ:ADA4000のデータシート
(2)アナログデバイセズ:LT5400のデータシート


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice11_012.zip

●データ・ファイル内容
Differential amplifier.asc:図2の回路
Differential amplifier.plt:図2のプロットを指定するファイル
Differential amplifier using inverting amplifier.asc:図6の回路
Differential amplifier using inverting amplifier.plt:図6のプロットを指定するファイル

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