同相入力電圧範囲の広い差動アンプを使ったモータ電流検出回路




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■問題
【 LT1990 】

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,正常に動作する同相入力電圧範囲の広い差動アンプ(LT1990)を使用した,モータ電流測定回路です.この差動アンプは,内蔵されたOPアンプと高精度抵抗で差動アンプを構成しています.差動アンプの電源電圧は,5Vで,Vrefの電圧は1.5Vとなっています.
 この回路でモータ電流が5Aだった場合,OUT端子の電圧は(a)~(d)のどれになるでしょうか.



図1 同相入力電圧範囲の広い差動アンプを使用した,モータ電流測定回路
モータ電流が5Aだった場合,OUT端子の電圧はいくつ?

(a) 2V (b) 2.5V (c) 3V (d) 3.5V

■ヒント

 モータ用の電源電圧は,50Vで,S1~S4のスイッチで回転方向をコントロールします.図1では,S1とS4がONしています.そして,モータに流れる電流は20mΩの抵抗RSで検出します.
 図1の差動アンプは,基本的な差動アンプに,同相入力電圧範囲を広げる分圧回路と,ゲインを大きくする回路が追加されています.複雑な構成ですが,丁寧に計算すれば,差動アンプのゲインが分かります.そして,RSの電圧降下をゲイン倍し,Vrefの電圧を加算することで,OUT端子の電圧が求められます.

■解答


(b) 2.5V

 図1の回路は,40kΩの抵抗R3,R4があることで,同相電圧が1/27に分圧されます.そのため,+IN端子と-IN端子に50Vの同相電圧が印加されても正常に動作することができます.また,R5,R6,R7からなる帰還抵抗によって,+IN端子と-IN端子の差動ゲインが10倍に設定されています.5Aのモータ電流が20mΩのRSに流れると,RSには100mVの電圧降下が発生します.その電圧を10倍すると1Vになります.そのため,OUT端子の電圧は,Vrefの1.5Vに1Vを足した2.5Vになります.

■解説

●OPアンプと抵抗で差動アンプを構成する
 差動アンプは,2つの入力端子の差電圧を増幅するもので,OPアンプと抵抗を組み合わせて構成します.ここでは,「基本的な差動アンプ」と,「同相入力電圧範囲を広くした差動アンプ」,「ゲインを大きくした差動アンプ」の3つを解説します.

▼基本的な差動アンプ
 図2は,OPアンプと抵抗で構成した最も基本的な差動アンプです.


図2 OPアンプと抵抗で構成した最も基本的な差動アンプ
抵抗値はR4/R2=R3/R1とする.

 抵抗値が「R4/R2=R3/R1」とすると,OUT端子の電圧(VOUT)は,式1で表せられます.ここで,式1に同相電圧(VCM)の項が無いため,出力(VOUT)にVCMは現れません.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 図2の基本的な差動アンプは,一般的に「R1=R3,R2=R4」として,差動ゲインを1として使用します.その場合,同相電圧(VCM)の分圧比(N)は2となります.そのため,VCMがVccの2倍以上になると,OPアンプの入力端子電圧がVccを越えてしまい,OPアンプが正常に動作しなくなります.

▼同相圧入力電圧範囲を広くした差動アンプ
 そこで,図2の回路に,2本の抵抗を追加し,同相入力電圧範囲を拡大したものが,図3の回路です.


図3 同相電圧入力範囲を広くした差動アンプ
抵抗R5,R6を追加して,同相電圧に対する分圧比を大きくしている.

 この回路は,図1の回路の,「GAIN1,GAIN2」端子をオープンにしたときと同じ構成です.図2のR4に抵抗R5を並列接続し,反転入力端子とGND間に,R5と同じ値のR6を追加しています.同相電圧に対する分圧比(N)は,式2で計算することができます.

・・・・・(2)

 同相電圧に対する分圧比を大きくすることで,同相電圧入力範囲を広くすることができます.図3の回路のOUT端子の電圧は,3つの信号源(V1,V2,VCM)がそれぞれ単独で存在するときのOUT端子の電圧を求め,それらを足し合わせることで求めることができます.

・V1のみが存在するときのOUT端子の電圧
 図4は,V1のみが存在するときの回路です.V2とVCMは0Vと見なして,ショートしています.


図4 V1のみが存在するときのOUT端子の電圧を計算する回路
V2とVCMは0Vとみなし,ショートしている.

 この回路は反転増幅回路として動作します.OPアンプの反転入力端子は,非反転入力端子の電圧と同じとみなすことができます.図4では非反転入力端子はGNDとなっているため,R6には電流が流れないため,無視して考えることができます.そのため「R1=R3」とすると,図4のOUT端子の電圧は,式3で表すことができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

・V2のみが存在するときのOUT端子の電圧
 図5は,V2のみが存在するときの回路です.V1とVCMは0Vとみなして,ショートしています.


図5 V2のみが存在するときのOUT端子の電圧を計算する回路
V1とVCMは0Vとみなし,ショートしている.

 この回路は,V2を抵抗分圧した後に,非反転増幅回路で増幅しています.非反転増幅回路のゲインは,R1,R3,R6で決まります.この回路のOUT端子の電圧は「R1=R2=R3=R4=R1M」,「R5=R6=R40k」とすると,式4のようにV2と同じになります.

・・・・・(4)

 V1とV2が同時に存在するときのOUT端子の電圧は,式3と式4を足し合わせた,式5で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

・VCMのみが存在するときのOUT端子の電圧
 図6は,VCMのみが存在するときの回路です.R1とR2にVCMが入力されています.


図6 VCMのみが存在するときのOUT端子の電圧を計算する回路

 式5のV1とV2を,VCMに置き換えると,OUT端子の電圧は式6のように0になります.つまり,VCMは出力には現れないことが分かります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

▼ゲインを大きくした差動アンプ
 図7図2の回路のゲインを大きくした差動アンプです.図2の回路でゲインを大きくするには,R1,R2を小さくするか,R3,R4を大きくする必要があります.R1,R2を小さくすると,入力インピーダンスが下がってしまい,R3,R4を精度よく大きくするのは難しい,という問題があります.


図7 ゲインを大きくした差動アンプ
OPアンプの帰還抵抗を2つに分割し,分割点とGND間に抵抗を追加している.

 そこで,図7の回路では,OPアンプの帰還抵抗を2つに分割し,分割点とGND間に抵抗を追加することで,等価的な負荷抵抗の値を大きくすることで,ゲインを大きくしています.図3の回路と同様に,まず,V1とV2が単独で存在するときのOUT端子の電圧を求め,次に両者が存在するときのOUT端子の電圧を求めます.

・V1のみが存在するときのOUT端子の電圧
 図8は,図7の回路でV1のみが存在するときのOUT端子の電圧を計算する回路です.この回路は反転増幅回路として動作します.


図8 V1のみが存在するときのOUT端子の電圧を計算する回路

 OPアンプの反転入力端子は,GNDと見なせるため,I1は式7のように表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

 a点の電圧は「-R3*I1」となるため,I3は式8の計算できます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)

 I2はI1とI3を足したものになるため,式で9で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)

 OUT端子の電圧は,a点の電圧から,R8の電圧降下を引いたものなので,式10で表されます.

・・・・・・・・・(10)

 式10に図8の定数を代入すると,式11のように,VOUTはV1の10倍になります.

・・・・(11)

・V2のみが存在するときのOUT端子の電圧
 図9は,V2のみが存在するときのOUT端子の電圧を計算する回路です.この回路は非反転増幅回路として動作します.


図9 V2のみが存在するときのOUT端子の電圧を計算する回路

 この回路で,OPアンプの反転入力端子の電圧は,非反転入力端子(b点)の電圧と等しくなります.b点の電圧は入力電圧(V2)を抵抗で分圧したものになります.最初に,b点の電圧(Vb)に対する,OUT端子の電圧を求めます.
 電流I1は式12のように,b点の電圧をR1で割ったものです.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)

 a点の電圧は,b点の電圧にR3の電圧降下を足したもので,式13で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・(13)

 I3はa点の電圧をR7で割ったものなので,式14で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(14)

 I2は,I1とI3を足したものなので,式15になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(15)

 OUT端子の電圧はa点の電圧と,R8の電圧降下を足したものなので,式16のように計算できます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(16)

 式16に図9の定数を代入すると,式17のように,VOUTはVbの21倍になります.

・・・・・・・・・(17)

 次にb点の電圧を計算します.b点の電圧はV2を抵抗分割したもので,式18のように計算できます.

・・・・・・・・・・(18)

 式18に図9の定数を代入すると,式19のような計算結果になります.

・・・・・・・・・・・(19)

 式17と式19より,VOUTは式20のように求められます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(20)

 V1とV2がともに存在するときのVOUTは式11と式20から,式21のように求められます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(21)

 式21より,図7の回路の差動ゲインは10倍であることが分かります.
 図1の回路は,図3の同相電圧入力範囲拡大と,図7のゲイン増大の両方を含んだものになっています.そのため,同相電圧は1/27に減衰され,差動ゲインは10倍となっています.

●モータ電流検出回路の動作を確認する
 図10は,図1のモータ電流検出回路をシミュレーションする回路です.モータは抵抗(RM)に置き換えています.RMの抵抗値は,抵抗値はRSとスイッチのオン抵抗を含めて,10Ωとなるように9.97Ωとしています.そのため,スイッチS1とS4がONしている時,5Aのモータ電流(IM)がRMの左から右に向かって流れます.


図10 モータ電流検出回路をシミュレーションする回路
スイッチS1,S4を10秒間ONさせ,その後スイッチS3,S2をONさせる.

 このとき,抵抗RSに発生する電圧(VRS)は,式22のように,100mVとなります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(22)

 LT1990の差動ゲインは10倍となっているため,OUT端子の電圧(VOUT)は,式23のように2.5Vになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・(23)

 スイッチS3とS2がONしているときは,電流の向きが逆転します.そのため,VOUTは,式24のように0.5Vになります.これにより,図10の回路ではスイッチS1,S4を10秒間ONさせ,その後スイッチS3,S2をONさせています.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・(24)

 図11図10のシミュレーション結果です.


図11 モータ電流検出回路のシミュレーション結果
OUT端子の電圧は,2.5Vと0.5Vに変化している.

 上段は,+IN端子と-IN端子の電圧です.+IN端子と-IN端子には50Vの電圧が印加されていることが分かります.中段は,抵抗(RM)の電流です.+5Aと-5Aの電流が流れていることが分かります.下段は,OUT端子とVref電圧です.OUT端子の電圧は,2.5Vと0.5Vに変化しており,式22,式23の計算結果と一致しています.
 このように,図10の回路は,+IN端子と-IN端子に50Vの同相電圧が印加されても正常に動作し,差動ゲインは10倍となっていることが確認できます.

 以上,同相入力電圧範囲の広い差動アンプについて解説しました.基本的な差動アンプの動作に関しては,「IoT時代のLTspiceアナログ回路入門:1つのOPアンプで構成する差動増幅回路」を参照してください.

◆参考・引用*文献
アナログデバイセズ:LT1990データシート


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice11_011.zip

●データ・ファイル内容
LT1990_MCD.asc:図10の回路
LT1990_MCD.plt:図11のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル

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