同相入力電圧範囲の広い差動アンプを使ったモータ電流検出回路
図1は,正常に動作する同相入力電圧範囲の広い差動アンプ(LT1990)を使用した,モータ電流測定回路です.この差動アンプは,内蔵されたOPアンプと高精度抵抗で差動アンプを構成しています.差動アンプの電源電圧は,5Vで,Vrefの電圧は1.5Vとなっています.
この回路でモータ電流が5Aだった場合,OUT端子の電圧は(a)~(d)のどれになるでしょうか.
モータ電流が5Aだった場合,OUT端子の電圧はいくつ?
(a) 2V (b) 2.5V (c) 3V (d) 3.5V
モータ用の電源電圧は,50Vで,S1~S4のスイッチで回転方向をコントロールします.図1では,S1とS4がONしています.そして,モータに流れる電流は20mΩの抵抗RSで検出します.
図1の差動アンプは,基本的な差動アンプに,同相入力電圧範囲を広げる分圧回路と,ゲインを大きくする回路が追加されています.複雑な構成ですが,丁寧に計算すれば,差動アンプのゲインが分かります.そして,RSの電圧降下をゲイン倍し,Vrefの電圧を加算することで,OUT端子の電圧が求められます.
図1の回路は,40kΩの抵抗R3,R4があることで,同相電圧が1/27に分圧されます.そのため,+IN端子と-IN端子に50Vの同相電圧が印加されても正常に動作することができます.また,R5,R6,R7からなる帰還抵抗によって,+IN端子と-IN端子の差動ゲインが10倍に設定されています.5Aのモータ電流が20mΩのRSに流れると,RSには100mVの電圧降下が発生します.その電圧を10倍すると1Vになります.そのため,OUT端子の電圧は,Vrefの1.5Vに1Vを足した2.5Vになります.
●OPアンプと抵抗で差動アンプを構成する
差動アンプは,2つの入力端子の差電圧を増幅するもので,OPアンプと抵抗を組み合わせて構成します.ここでは,「基本的な差動アンプ」と,「同相入力電圧範囲を広くした差動アンプ」,「ゲインを大きくした差動アンプ」の3つを解説します.
▼基本的な差動アンプ
図2は,OPアンプと抵抗で構成した最も基本的な差動アンプです.
抵抗値はR4/R2=R3/R1とする.
抵抗値が「R4/R2=R3/R1」とすると,OUT端子の電圧(VOUT)は,式1で表せられます.ここで,式1に同相電圧(VCM)の項が無いため,出力(VOUT)にVCMは現れません.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
図2の基本的な差動アンプは,一般的に「R1=R3,R2=R4」として,差動ゲインを1として使用します.その場合,同相電圧(VCM)の分圧比(N)は2となります.そのため,VCMがVccの2倍以上になると,OPアンプの入力端子電圧がVccを越えてしまい,OPアンプが正常に動作しなくなります.
▼同相圧入力電圧範囲を広くした差動アンプ
そこで,図2の回路に,2本の抵抗を追加し,同相入力電圧範囲を拡大したものが,図3の回路です.
抵抗R5,R6を追加して,同相電圧に対する分圧比を大きくしている.
この回路は,図1の回路の,「GAIN1,GAIN2」端子をオープンにしたときと同じ構成です.図2のR4に抵抗R5を並列接続し,反転入力端子とGND間に,R5と同じ値のR6を追加しています.同相電圧に対する分圧比(N)は,式2で計算することができます.
・・・・・(2)
同相電圧に対する分圧比を大きくすることで,同相電圧入力範囲を広くすることができます.図3の回路のOUT端子の電圧は,3つの信号源(V1,V2,VCM)がそれぞれ単独で存在するときのOUT端子の電圧を求め,それらを足し合わせることで求めることができます.
・V1のみが存在するときのOUT端子の電圧
図4は,V1のみが存在するときの回路です.V2とVCMは0Vと見なして,ショートしています.
V2とVCMは0Vとみなし,ショートしている.
この回路は反転増幅回路として動作します.OPアンプの反転入力端子は,非反転入力端子の電圧と同じとみなすことができます.図4では非反転入力端子はGNDとなっているため,R6には電流が流れないため,無視して考えることができます.そのため「R1=R3」とすると,図4のOUT端子の電圧は,式3で表すことができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
・V2のみが存在するときのOUT端子の電圧
図5は,V2のみが存在するときの回路です.V1とVCMは0Vとみなして,ショートしています.
V1とVCMは0Vとみなし,ショートしている.
この回路は,V2を抵抗分圧した後に,非反転増幅回路で増幅しています.非反転増幅回路のゲインは,R1,R3,R6で決まります.この回路のOUT端子の電圧は「R1=R2=R3=R4=R1M」,「R5=R6=R40k」とすると,式4のようにV2と同じになります.
・・・・・(4)
V1とV2が同時に存在するときのOUT端子の電圧は,式3と式4を足し合わせた,式5で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
・VCMのみが存在するときのOUT端子の電圧
図6は,VCMのみが存在するときの回路です.R1とR2にVCMが入力されています.
式5のV1とV2を,VCMに置き換えると,OUT端子の電圧は式6のように0になります.つまり,VCMは出力には現れないことが分かります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
▼ゲインを大きくした差動アンプ
図7は図2の回路のゲインを大きくした差動アンプです.図2の回路でゲインを大きくするには,R1,R2を小さくするか,R3,R4を大きくする必要があります.R1,R2を小さくすると,入力インピーダンスが下がってしまい,R3,R4を精度よく大きくするのは難しい,という問題があります.
OPアンプの帰還抵抗を2つに分割し,分割点とGND間に抵抗を追加している.
そこで,図7の回路では,OPアンプの帰還抵抗を2つに分割し,分割点とGND間に抵抗を追加することで,等価的な負荷抵抗の値を大きくすることで,ゲインを大きくしています.図3の回路と同様に,まず,V1とV2が単独で存在するときのOUT端子の電圧を求め,次に両者が存在するときのOUT端子の電圧を求めます.
・V1のみが存在するときのOUT端子の電圧
図8は,図7の回路でV1のみが存在するときのOUT端子の電圧を計算する回路です.この回路は反転増幅回路として動作します.
OPアンプの反転入力端子は,GNDと見なせるため,I1は式7のように表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
a点の電圧は「-R3*I1」となるため,I3は式8の計算できます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
I2はI1とI3を足したものになるため,式で9で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)
OUT端子の電圧は,a点の電圧から,R8の電圧降下を引いたものなので,式10で表されます.
・・・・・・・・・(10)
式10に図8の定数を代入すると,式11のように,VOUTはV1の10倍になります.
・・・・(11)
・V2のみが存在するときのOUT端子の電圧
図9は,V2のみが存在するときのOUT端子の電圧を計算する回路です.この回路は非反転増幅回路として動作します.
この回路で,OPアンプの反転入力端子の電圧は,非反転入力端子(b点)の電圧と等しくなります.b点の電圧は入力電圧(V2)を抵抗で分圧したものになります.最初に,b点の電圧(Vb)に対する,OUT端子の電圧を求めます.
電流I1は式12のように,b点の電圧をR1で割ったものです.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)
a点の電圧は,b点の電圧にR3の電圧降下を足したもので,式13で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・(13)
I3はa点の電圧をR7で割ったものなので,式14で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(14)
I2は,I1とI3を足したものなので,式15になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(15)
OUT端子の電圧はa点の電圧と,R8の電圧降下を足したものなので,式16のように計算できます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(16)
式16に図9の定数を代入すると,式17のように,VOUTはVbの21倍になります.
・・・・・・・・・(17)
次にb点の電圧を計算します.b点の電圧はV2を抵抗分割したもので,式18のように計算できます.
・・・・・・・・・・(18)
式18に図9の定数を代入すると,式19のような計算結果になります.
・・・・・・・・・・・(19)
式17と式19より,VOUTは式20のように求められます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(20)
V1とV2がともに存在するときのVOUTは式11と式20から,式21のように求められます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(21)
式21より,図7の回路の差動ゲインは10倍であることが分かります.
図1の回路は,図3の同相電圧入力範囲拡大と,図7のゲイン増大の両方を含んだものになっています.そのため,同相電圧は1/27に減衰され,差動ゲインは10倍となっています.
●モータ電流検出回路の動作を確認する
図10は,図1のモータ電流検出回路をシミュレーションする回路です.モータは抵抗(RM)に置き換えています.RMの抵抗値は,抵抗値はRSとスイッチのオン抵抗を含めて,10Ωとなるように9.97Ωとしています.そのため,スイッチS1とS4がONしている時,5Aのモータ電流(IM)がRMの左から右に向かって流れます.
スイッチS1,S4を10秒間ONさせ,その後スイッチS3,S2をONさせる.
このとき,抵抗RSに発生する電圧(VRS)は,式22のように,100mVとなります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(22)
LT1990の差動ゲインは10倍となっているため,OUT端子の電圧(VOUT)は,式23のように2.5Vになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・(23)
スイッチS3とS2がONしているときは,電流の向きが逆転します.そのため,VOUTは,式24のように0.5Vになります.これにより,図10の回路ではスイッチS1,S4を10秒間ONさせ,その後スイッチS3,S2をONさせています.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・(24)
図11が図10のシミュレーション結果です.
OUT端子の電圧は,2.5Vと0.5Vに変化している.
上段は,+IN端子と-IN端子の電圧です.+IN端子と-IN端子には50Vの電圧が印加されていることが分かります.中段は,抵抗(RM)の電流です.+5Aと-5Aの電流が流れていることが分かります.下段は,OUT端子とVref電圧です.OUT端子の電圧は,2.5Vと0.5Vに変化しており,式22,式23の計算結果と一致しています.
このように,図10の回路は,+IN端子と-IN端子に50Vの同相電圧が印加されても正常に動作し,差動ゲインは10倍となっていることが確認できます.
以上,同相入力電圧範囲の広い差動アンプについて解説しました.基本的な差動アンプの動作に関しては,「IoT時代のLTspiceアナログ回路入門:1つのOPアンプで構成する差動増幅回路」を参照してください.
◆参考・引用*文献
アナログデバイセズ:LT1990データシート
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice11_011.zip
●データ・ファイル内容
LT1990_MCD.asc:図10の回路
LT1990_MCD.plt:図11のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
■LTspice関連リンク先
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