デュアル・トランジスタで作るバンドギャップ・リファレンス




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■問題
【 MAT12,OP296 】

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は,特性の揃ったデュアル・トランジスタ(MAT12)と低消費電流のOPアンプ(OP296)を使い,回路全体の電流が低いため,低消費電流のバンドギャップ・リファレンスとして使用できる回路です.
 図1において,outが1.25Vに近くなるR4の抵抗値は(a)~(d)のどれでしょうか.ただし,Q2のベース・エミッタ電圧は「VBE2=0.41V」とします.



図1 デュアル・トランジスタとOPアンプを使ったバンドギャップ・リファレンス
outが1.25Vに近くなるR4の抵抗値は(a)~(d)のどれでしょうか.


(a) 130kΩ (b) 160kΩ (c) 180kΩ (d) 200kΩ


■ヒント

 トランジスタのベース・エミッタ電圧は式1で決まり,このときの熱電圧は「VT=26mV」,ICはコレクタ電流,特性の揃ったデュアル・トランジスタは同じISになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 outの電圧は,Q2のベース・エミッタ電圧とR4の電圧降下で決まります.outの電圧とQ2のベース・エミッタ電圧は「VBE2=0.41V」なので,R4の電圧降下を検討することで分かります.

■解答


(b) 160kΩ

 図1のoutの電圧は,Q2のベース・エミッタ電圧をVBE2,R4の電圧降下をVR4とすると,「Vout=VBE2+VR4」になります.「VBE2=0.41V」で「Vout=1.25V」とすると「VR4=0.84V」なので,この電圧降下に近くなるR4の抵抗値を探すことになります.
 図1が起動して安定状態のときは以下の動作になります.

  • OPアンプの非反転端子と反転端子はバーチャル・ショートになる
  • 「R1=1.5MΩ」と「R2=240kΩ」より,R1とR2の電流は「1:6.25」の割合になり,Q1とQ2のコレクタ電流になる
  • Q1とQ2のコレクタ電流の比は「1:6.25」なので,式1で決まるQ1とQ2のベース・エミッタ電圧に差が生まれる.この差電圧がR3の両端の電圧になり,具体的には「VTln(6.25)=47.6mV」になる
  • R3の電流は「IR3=47.6mV/68kΩ=0.7μA」になる
  • R4の電流は「IR4=7.25×IR3=5.075μA」になる

 上記より,R4の電圧降下と電流から「R4=0.84V/5.075μA=165kΩ」になり,これに近い抵抗は(b)の160kΩになります.

■解説

●特性の揃ったトランジスタを使う
 バンドギャップ・リファレンスは,特性が揃ったトランジスタで作る回路で,集積回路(IC)ではよく使われます.電源ICや基準リファレンスIC,また電流源ICはその例です.個別半導体では同じ品番のトランジスタでも集積回路のように特性が揃いません.しかし,MAT12のようなデュアル・トランジスタを使うとバンドギャップ・リファレンスを作ることができます.今回はMAT12と低消費電流のOPアンプを使い,低消費電流のバンドギャップ・リファレンスを作る解説になります.

●バンドギャップ・リファレンスの動作
 図2は,バンドギャップ・リファレンスの出力電圧について机上計算する回路になります.図1との違いは,R7,D1,D2,D3の起動回路を省いています.


図2 バンドギャップ・リファレンスの電圧を計算する回路

 回路が起動して安定動作を始めると,OPアンプの非反転端子と反転端子はバーチャル・ショートになり,R1とR2にかかる電圧は同じになります.R1とR2は同じ電圧がかかるので,抵抗値の違いにより電流は「1:6.25」の割合になり,Q1とQ2のコレクタ電流になります.Q1のコレクタ電流は,IR1の電流なので,式1を使ってQ1のベース・エミッタ電圧を表すと式2になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 同様にQ2のコレクタ電流は「6.25×IR1」なのでQ2のベース・エミッタ電圧は式3になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 式3と式2の差電圧(ΔVBE)がR3の両端の電圧になり,具体的には式4になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 式4の電圧がR3にかかるので電流は式5になります.このときQ1の電流増幅率が高く,コレクタ電流とエミッタ電流はほぼ等しいとすると,R3の電流はR1の電流とみなせます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 R2の電流は,R1の電流の6.25倍なので,式6になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 R4の電流は,Q1側の「IR1」とQ2側の「6.25×IR1」が合わさった電流なので式7になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

 outの電圧は,R4の電圧降下とQ2のベース・エミッタ電圧を加えた電圧なので式8になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)

「VBE2=0.41V」のとき,式8のR4が130kΩ,160kΩ,180kΩ,200kΩで計算すると次になり,
  • (a) 130kΩのとき,Vout=1.07V
  • (b) 160kΩのとき,Vout=1.222V
  • (c) 180kΩのとき,Vout=1.324V
  • (d) 200kΩのとき,Vout=1.425V

outの電圧が1.25Vに近くなるR4の抵抗は「(b) 160kΩ」であるのが分かります.

●回路の起動から安定動作までを確認
 次に図3を用いて,バンドギャップ・リファレンスの回路が起動し,その後安定するまでの動作について検討します.図3は,図1と同じ回路ですが,V1の電圧源を0s~100msかけて線形に推移させて5Vにし,回路が起動から安定動作までを調べます.R4は解答(b)の160kΩです.


図3 過渡解析でバンドギャップ・リファレンスの起動から安定動作までを調べる回路

 図4は,図3のシミュレーション結果になります.図4の上段は電源(V1)の変化をV+のラベルでプロット,そしてV1から流れる回路全体の消費電流と,OPアンプの消費電流もプロットしています.図4の中段は,R1とR2とD3の電流をプロットになります.図4の下段は,バンドギャップ・リファレンス出力電圧のプロットになります.


図4 図3の各部の電圧と電流をプロット
上段は電源となるV1の変化と消費電流をプロット.
中段はR1,R2,D3の電流をプロット. 下段はバンドギャップ・リファレンスの出力電圧をプロット.

 図4の上段のV+のラベルでプロットした電源電圧は,0msから100msにかけて線形に推移しています.30ms手前までは電源電圧が低く,回路は起動状態です.起動させるために図3のR7からD3を通って起動電流がQ1とQ2のベースに流れます.
 その起動電流が,図4の中段のD3の電流になります.30ms以降で回路が起動すると図4の下段のoutの電圧が上昇して1.25V付近になります.outはQ1とQ2のベース電圧なので,D3のアノードの電圧が高くなってD3はOFFし,起動電流が止まります.
 回路が十分安定する80ms付近では,図4の中段のR1の電流は式5で検討した0.7μAになり,R2の電流は式6で検討した4.4μAにほぼ等しい4.5μAの電流になるのが分かります.図4の上段のOPアンプ(OP296)単体の消費電流は40μAと低いので,回路全体の消費電流は55μAで動作するのが分かります.

●抵抗値を変えて出力電圧変化を確かめる
 図5は,バンドギャップ・リファレンスのR4を変化させたときのoutの電圧を調べる回路になります.この回路のR4を4択の抵抗値(130kΩ,160kΩ,180kΩ,200kΩ)へ変化させます.シミュレーションはバンドギャップ・リファレンスの温度特性をプロットし,25℃のときのoutの電圧を調べます.


図5 R4の抵抗値を変えてバンドギャップ・リファレンスの出力電圧を調べる回路
「.dc」解析で温度を-25℃~100℃間をスイープしたときの出力電圧変化をプロット.

 図6は,図5のシミュレーション結果になります.図6の上段は,R4を「130kΩ,160kΩ,180kΩ,200kΩ」にしたときの,バンドギャップリファレンスの出力電圧温度特性です.
 図6の下段は,Q2のベース・エミッタ電圧の温度特性をoutとEのラベル間の電圧差でプロット,そしてV1の電流で回路全体の消費電流の温度特性もプロットしています.
 また,図6の下段のQ2のベース・エミッタ電圧は,R2の電流で決まります.具体的には25℃のとき415mVになり,R4を変化させても同じ電圧であるのが分かります.このQ2のベース・エミッタ電圧を用い,先程の式8で4つの抵抗値のときのバンドギャップ・リファレンスの出力電圧は,シミュレーションと一致するのが分かります.
 図6の上段より,バンドギャップ・リファレンスの出力電圧が1.25Vに近くなるのは160kΩであるのが確認できます.最後に消費電流は25℃で54μA,100℃で70μA以下であり,低消費電流のバンドギャップ・リファレンスとして動作するのが分かります.


図6 図5のシミュレーション結果
上段はR4を変化させたときの出力電圧の温度特性をプロット.
下段はVBE2の電圧と消費電流をプロット.

 以上,デュアル・トランジスタで作るバンドギャップ・リファレンスを解説しました.今回のR4は固定にしていますが,例えばR4を「150kΩ+10kΩの可変抵抗」のようにすると,可変抵抗でバンドギャップ・リファレンスの電圧を微調整することができます.

◆参考・引用*文献
(1)アナログデバイセズ:MAT12の製品の詳細
(2)アナログデバイセズ:OP296の製品の詳細


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice11_010.zip

●データ・ファイル内容
Precision Bandgap Reference tran.asc:図3の回路
Precision Bandgap Reference tran.plt:図3のプロットを指定するファイル
Precision Bandgap Reference.asc:図5の回路
Precision Bandgap Reference.plt:図5のプロットを指定するファイル

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