基準電圧源ICの出力電流を大きくする方法
図1は,基準電圧源ICの,出力電流能力を拡大するための回路です.使用している基準電圧源IC(LTC6654)の出力電圧は1.25Vで,最大出力電流は10mA,消費電流は350μAとなっています.図1の(a)~(d)の中で,正しく動作し,OUT1端子の出力電圧が1.25Vになるのはどの回路でしょうか.
正しく動作してOUT1端子の電圧が1.2Vとなるのは?
(a)の回路 (b)の回路 (c)の回路 (d)の回路
図1の回路は,負荷抵抗(RL)が25Ωとなっており,OUT1端子の電圧が1.25Vの場合,RLには50mAの電流が流れます.外付けトランジスタでこの電流を供給し,出力電圧を1.25Vとすることができる回路はどれかという観点で考えれば,答えは分かります.
(a)の回路は,電流出力能力はありますが,OUT1端子の電圧が0.5V程度に低下してしまいます.
(b)の回路は,Q1がONすることで,OUT1端子の電圧がVccとほぼ同じ電圧まで上昇してしまいます.
(c)の回路は,OUT1端子の電圧がVcc-0.7Vまで上昇してしまいます.
(d)の回路は,IN端子に流れ込む電流により,Q1のベース電圧を制御し,OUT1端子が1.25Vとなるよう,Q1のコレクタ電流がコントロールされます.そのため,正しく動作する回路は(d)ということになります.
●基準電圧源IC
基準電圧ICは,ADコンバータや電源回路に使用されます.その性能は,アナログ信号をデジタルに変換する精度や,電源回路の出力電圧の精度を左右します.そのため基準電圧ICには,優れた出力電圧精度と温度安定性,低ノイズであることが求められます.また,基準電圧源ICには,シャント型基準電圧ICとシリーズ型基準電圧ICがあります.
▼シャント型基準電圧IC
シャント型基準電圧ICは,図2のように電源とICを抵抗(R1)を介して接続します.すると,OUT端子の電圧が一定となるように,ICの消費電流が自動制御されます.抵抗を介して電源と接続するため,電源電圧の制約が少なく,高い電源電圧でも動作させることができます.
取り出せる出力電流の大きさは,R1の値で決まりますが,R1の値を小さくすると,消費電流が増加するため,大きな出力電流が必要な用途には向いていません.
電源とICを抵抗を介して接続する
▼シリーズ型基準電圧IC
シリーズ型基準電圧ICは,図3のように,3端子レギュレータと同様な使い方ができます.IC内部にある,IN端子とOUT端子間の素子の抵抗値を可変することで,OUT端子の電圧が一定値になるように,制御します.
シリーズ型基準電圧ICは,小さな消費電流で,比較的大きな出力電流を取り出すことが可能です.今回は,このシリーズ型基準電圧ICについて解説します.
3端子レギュレータと同様な使い方をする
●基準電圧源ICの動作を確認する
図4は,基準電圧源IC(LT6654-1.25)をシミュレーションするための回路です.LT6654には,出力電圧の異なる製品が複数存在します.図4のLT6654-1.25の出力電圧は,1.25Vになります.
負荷電流ILの値を0mA~50mAまで変化させたときの出力電圧をシミュレーションします.
負荷電流ILの値を0mA~50mAまで変化させたときの出力電圧をシミュレーション.
図5は,図4のシミュレーション結果です.LT6654-1.25のデータシート上の出力電流最大値は10mAです.10mAを越える電流も出力できますが,出力電流40mAで過電流保護回路が動作します.図5のシミュレーション結果を見ると,負荷電流40mAまでは,出力電圧はほとんど同じですが,40mAを越えると,急激に低下し,過電流保護回路が動作していることが分かります.
負荷電流40mAで過電流保護回路が動作していることが分かる.
●基準電圧ICの出力電流能力を拡大する
LT6654-1.25の出力電流は,基準電圧ICとしては大きいですが,外付けトランジスタを追加すると,さらに大きな電流を出力できるようになります.図6は,LT6654-1.25にPNPトランジスタを追加して,出力電流能力を拡大した回路です.
IOUTが1.4mA以上になると,Q1が動作を開始し,負荷に電流を供給する.
R1にはIN端子の電流IINが流れます.IINは,LT6654-1.25の消費電流(IQ)とOUT1端子から出力される電流(IOUT)を足したものです.負荷電流が小さいときは,R1の電圧降下が小さいため,Q1のベース・エミッタ間電圧が小さく,Q1はOFFしています.そのため,ILとIOUTは同じ値になります.Q1がONするベース・エミッタ間電圧を0.7Vとすると,ILが増加し,式1のようにIOUTが1.4mA以上になると,Q1がONします.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
さらにILが増加すると,ILの大部分をQ1のコレクタ電流(IQ1)が供給するようになります.ベース電流を無視すると,IQ1と(IOUT-1.4m)の比率は,R2とR1の比率と同じになります.図6の数値を代入すると,式2のように倍率は76倍になります.しかし実際はベース電流の影響により,これよりも小さい倍率になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
図7は,図6のシミュレーション結果です.上段がQ1のコレクタ電流とLT6654の出力電流です.負荷電流(IL)のほとんどは,Q1が供給していることが分かります.下段が出力電圧ですが,ILが200mAとなっても,出力電圧は一定値を維持していることが分かります.
IL=200mAでも出力電圧は一定となっている.
●基準電圧ICの出力電流能力を,電流制限付きで拡大する
図6の回路には,電流制限機能がありません.しかし,図6の回路にLEDを1個追加するだけで,出力電流を制限することができます.図8が電流制限機能付きの,出力電流能力拡大回路です.
LEDを電圧リミッタとして使用し,Q1のベース電圧を制限する
LEDを電圧リミッタとして使用し,Q1のベース電圧を制限することで,出力電流を制限します.赤色LED(QTLP690C)の順方向電圧(VF)は1.8V程度のため.Q1のベースと電源間の電圧は1.8V程度から制限され始めます.そのため,IQ1は式3のように,110mA程度で制限されることになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
IQ1が制限されると,負荷電流の増加分は, IOUTが増加することで供給することになります.IOUTがさらに増加すると,LT6654の過電流保護回路が動作し,電流制限がかかります.電流制限値(Ilim)は,式4のように,式3の計算結果とLT6654の過電流保護回路動作電流の40mAを足したものになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
図9が図8のシミュレーション結果です.上段がQ1のコレクタ電流とLT6654の出力電流です.ILが90mAを越えるとLEDによるQ1の電流制限が開始され,LT6654の出力電流が増加しはじめます.
158mA程度で出力電流が制限されている.
下段が出力電圧ですが,さらにILが増加し,158mAを候えるとLT6654の過電流保護回路が動作し,OUT端子の電圧が低下します.このように,式4とほぼ等しい電流で,出力電流が制限されています.
以上,基準電圧ICの出力電流能力を拡大する方法について解説しました.LT6654の詳しい特性や使い方についてはデータシートを参照してください.
◆参考・引用*文献
(1)アナログデバイセズ:LT6654のデータシート:P18 出力電流を増やしたリファレンス
(2)アナログデバイセズ:LT6654のデータシート:P18 電流制限付きで出力電流を増やしたリファレンス
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice11_009.zip
●データ・ファイル内容
LT6654_1.25.asc:図4の回路
LT6654_CB.asc:図6の回路
LT6654_CB.plt:図7のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
LT6654_CB_CL.asc:図8の回路
LT6654_CB_CL.plt:図9のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
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