持ち運びできる電池駆動の基準電流源/基準電圧源
図1は,持ち運びができ,基準電圧源と基準電流源として使えるポケット・リファレンスの回路です.回路には,1.25Vの低消費電流のシャント電圧リファレンス(LT1634)と,低消費電流のOPアンプ(LT1495)を使用し,単4電池2個で駆動します.図1において,基準電圧と基準電流は(a)~(d)のどの組み合わせになるでしょうか.
基準電圧と基準電流は(a)~(d)のどの組み合わせでしょうか?
(a) 基準電圧:1.0V,基準電流:1μA
(b) 基準電圧:1.5V,基準電流:1μA
(c) 基準電圧:1.0V,基準電流:2μA
(d) 基準電圧:1.5V,基準電流:2μA
シャント電圧リファレンス(LT1634)のカソードの電圧は1.25Vです.この電圧をU2の負帰還アンプで増幅した電圧が基準電圧になります.その基準電圧とR2で電流に変換して,U2とQ1を使った負帰還回路から基準電流を流します.
図1の動作は以下になります.
- LT1634は,1.25Vのシャント電圧リファレンスなので,ツェナー・ダイオードのような動作になり,LT1634のカソードの電圧は1.25Vになる
- その1.25Vは,U2とR3とR4で構成したゲインが1.2倍の非反転アンプで増幅し,基準電圧は1.5Vになる
- 基準電圧1.5VはR2の右側に加わる.そしてU1の非反転端子と反転端子はバーチャル・ショートなので,R2の左側は1.25Vになる
- R2の両端の電圧差が0.25Vになり,R2の電流が1μAになる
- 1μAがQ1のエミッタからコレクタに流れ,基準電流が1μAになる
これより,「(b) 基準電圧:1.5V,基準電流:1μA」が正解になります.
●低消費電流デバイスで長時間電池駆動を実現
電池で駆動させる回路は,長時間駆動させるために低消費電流のデバイスを使用します.これらの回路には低消費電流を特徴とするデバイスが使われています.
図1のポケット・リファレンス(1)は,低消費電流で一定の電圧(1.25V)を出力するシャント電圧リファレンスと低消費電流のOPアンプを使った応用例です.持ち運びできて長時間駆動する基準電圧源と基準電流源になります.
●デバイスの消費電流を確認する
最初に図1で使用しているシャント電圧リファレンス(LT1634)とOPアンプ(LT1495)の消費電流をシミュレーションで確認し,LT1634(2)とLT1495(3)のデータシートと比較します.2つのデバイスのデータシートによると,LT1634は,カソード電流が10μAのとき1.25±0.05%の電圧を生成します.また,LT1495の消費電流は,電源電圧が3Vのとき標準で1μA,最大で1.5μAです.
図2は「.op解析」を用いて,回路の直流動作点をシミュレーションする回路になります.「.op解析」前は波線で囲ったエリアの直流動作点は「???」の表示ですが,「.op解析」後は図2のように直流動作点が表示されるようになります.
図2の「.op解析」より,シャント電圧リファレンス(LT1634)のカソード電流(Cathode Current)は10.4μAで,このときのカソード電圧は1.25Vになっています.そしてOPアンプ(LT1495)を使ったユニティ・ゲイン・バッファの電源電流(Supply Current)は0.9μAになります.ユニティ・ゲイン・バッファはOPアンプの非反転端子の電圧をゲインが1倍で出力するので,outの電圧は1.25Vになります.このように2つのデバイスの消費電流はデータシートと同じになり,低消費電流で動作するデバイスであるのが分かります.
LT1634は10μA,LT1495は1μAの低消費電流で動作している.
●電源起動から安定するまでの動作
次に図3を用いて,ポケット・リファレンスの電池を入れてから回路が起動し,その後,安定するまでの動作について検討します.この検討で回路が安定になったときの基準電圧と基準電流を求めて「答え」を確認します.図3は,図1と同じ回路ですが,電池の代わりにV1の電圧源を使い,V1を0s~100msかけて線形に推移させて3Vにし,その後は3Vを維持するようにしています.
図4は,図3のシミュレーション結果になります.図4の上段は,ポケット・リファレンスの電源となるV1の変化をV+のラベルでプロットしています.図4の中段は,シャント電圧リファレンス(LT1634)のカソード電圧,U2側のOPアンプ(LT1495)の非反転端子の電圧,ポケット・リファレンスの基準電圧出力をプロットしています.図4の下段はシャント電圧リファレンス(LT1634)のカソード電圧,U1側のOPアンプ(LT1495)の非反転端子の電圧,ポケット・リファレンスの基準電流出力をプロットしています.
上段は電源となるV1の変化をプロット.
中段はRefの電圧とU2の非反転端子と基準電圧出力をプロット.
下段はRefとU1の非反転端子の電圧と,基準電流出力をプロット.
▼基準電圧側の動作
OPアンプ(LT1495)が動作する最小電源電圧は,データシートより温度が25℃のとき2.2Vです.図4のシミュレーション結果では,図4の上段のV+の電圧が,OPアンプが動作する最小電源電圧2.2Vに近い2.1V付近になるとU2側のOPアンプが動作を始めます.
この様子が図4の中段のプロットになります.図4の中段では,V+の電圧が2.1V以上でOPアンプが動作し,非反転端子の電圧V(ref)と,反転端子の電圧V(u2_in-)がバーチャル・ショートになります.バーチャル・ショートのときは,U2のOPアンプとR3とR4は非反転アンプになります.非反転アンプの入力は,シャント電圧リファレンス(LT1634)のカソード電圧(1.25V)ですので,基準電圧は「R3=1MΩ」,「R4=200kΩ」より式1の1.5Vになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
式1の基準電圧は,シャント電圧リファレンスのカソードの電圧(1.25V)を非反転アンプで増幅した1.5Vであり,その1.5VがR1を介してシャント電圧リファレンスに加わります.このようなバイアスを自己バイアスといいます.
自己バイアスにすると,電池の電圧が時間の経過と共に低下しても,OPアンプの電源電圧除去比が高いので,シャント電圧リファレンスへのカソードの電圧に影響はありません.これより,基準電圧出力は安定した1.5Vになります.
▼基準電流側の動作
基準電圧側と同じように,図4の上段のV+の電圧が2.1V付近になると,基準電流を出力するU1側のOPアンプが動作を始めます.
この様子が図4の下段のプロットになります.図4の下段では,V+の電圧が2.1V以上でOPアンプが動作し,非反転端子の電圧V(ref)と,反転端子の電圧V(u1_in-)がバーチャル・ショートになります.バーチャル・ショートのとき,R2の右側が基準電圧の1.5V,R2の左側が1.25Vになり,「R2=249kΩ」より式2の1μA電流になります.式2の電流はQ1のコレクタ電流になるので,基準電流は1μAになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
これより,解答の(b)が正解になります.
●単4電池2個で使える期間を予想
図5は「.op解析」でポケット・リファレンス全体の消費電流(電池から回路側へ流れる電流)や基準電圧と基準電流を調べる回路になります.「.op解析」前の直流動作点は「???」の表示ですが,「.op解析」後は,図5のように直流動作点が表示されるようになります.図5より基準電圧(Voltage out)が1.5003V,基準電流(Current out)が1.0002μAとなり,前述の式1と式2で検討した値になるのが分かります.全体の消費電流(ICC)は14.5μAです.
単4アルカリ電池の容量は,パナソニックのWebページより(4),終止電圧が0.9Vのとき1160mAh(20mAの定電流放電で58時間)です.OPアンプ(LT1495)が動作する最小電源電圧は2.2Vなので,電池1個あたりの終止電圧は1.1V必要です.
この条件を考慮して,ここでは単4アルカリ電池の容量を終止電圧が1.1Vで1000mAhと仮定します.この電池容量で消費電流が14.5μAのポケット・リファレンスを動かすと,「1000mAh/14.5μA=69000時間」ですので,およそ7~8年動作します.ポケット・リファレンスの基準電圧に負荷が接続されると電流が流れます.このような使用が多いときは,この年数から減ることになりますが,基準電圧から流れる電流が10μA程度のときは,単4アルカリ電池2本で4~5年の動作ができると予想できます.
◆参考・引用*文献
(1)CQ出版社:アナログ計測回路設計事例集 p541
(2)アナログデバイセズ:LT1634のデータシート
(3)アナログデバイセズ:LT1495のデータシート
(4)パナソニック:乾電池の電池容量はどれ位?
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice11_008.zip
●データ・ファイル内容
micro power.asc:図2の回路
pocket reference tran.asc:図3の回路
pocket reference tran.plt:図3のプロットを指定するファイル
pocket reference op.asc:図5の回路
■LTspice関連リンク先
(01) LTspice ダウンロード先
(02) LTspice Users Club
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