平衡変調器の出力波形
図1は,平衡型変復調器(AD630)を平衡変調器に応用した回路図です.「AMP AとAMP C」また「AMP BとAMP C」でそれぞれ1つのOPアンプとして動作します.また,コンパレータ(COMP)の出力でスイッチ(SW)が制御され,Highレベルのとき「AMP A」が選択され,Lowレベルのとき「AMP B」が選択されます.
IN1には10kHzで2VPPの正弦波が印加され,IN2には100kHzで2VPPの正弦波が印加されています.この場合,OUT端子の波形として正しいのは,図2の(a)~(d)のどれでしょうか.
IN1には10kHzで2VPP,IN2には100kHzで2VPPの正弦波が印加されている.
(a)の波形 (b)の波形 (c)の波形 (d)の波形
SWが「AMP A」側に接続されている場合と,「AMP B」側に接続されている場合で,OPアンプがどのように動作するかを考えれば,答えは分かります.
図1の回路は,IN2端子の信号が正の場合「AMP A」がゲイン1の反転増幅回路を構成します.そして,IN2端子の信号が負の場合「AMP B」がゲイン1の非反転増幅回路を構成します.そのためOUT端子の出力波形は,IN2端子の信号が負の場合,入力信号と同じになり,IN2端子の信号が正の場合,入力信号を反転したものになります.
IN1が10kHzの正弦波で,IN2が100kHzの正弦波の場合,上記動作と一致する波形は(b)の波形になります.なお,(a)の波形は振幅変調波の波形です.(c)の波形は10kHzと100kHzを単純に加算したものです.(d)の波形はIN1が100kHzの正弦波で,IN2が10kHzの正弦波の場合の波形です.
●無線通信で使用される変調方式
無線通信で,信号を伝送する場合,電波(搬送波)に送りたい信号を含ませる必要があります.搬送波に伝送信号を含ませることを変調といいます.変調方法には色々な方式がありますが.ここでは比較的理解しやすい,「振幅変調」と「搬送波抑圧振幅変調」を解説します.また,搬送波抑圧振幅変調波を発生させるための手段「スイッチング平衡変調」も解説します.
▼振幅変調
振幅変調は,搬送波の振幅の大きさを,伝送信号によって変化させる変調方式です.搬送波の周波数をfcとし,伝送信号周波数をfmとすると,変調度100%の振幅変調波(VAM)は,式1で表すことができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
▼搬送波抑圧振幅変調
振幅変調は基本的な変調方式ですが,この振幅変調を低電力に改良したものが「搬送波抑圧振幅変調」です.振幅変調の搬送波を取り除いたもので,信号を伝送するための電力を削減することができます.式1と同じ条件の,搬送波抑圧振幅変調波(VDSB)は式2で表すことができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
▼スイッチング平衡変調
搬送波抑圧振幅変調波を発生させるための手段として,スイッチング平衡変調という方法があります.これは,伝送信号に矩形波の搬送波信号を乗算するものです.スイッチング平衡変調波(VBM)は式3で表すことができます.式3で使用している「sgn関数」は,LTspice内で使用できる関数で,引数の極性により,+1と-1を返します.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
図3は,ビヘイビア電圧源(B電源)を使用して,式1,式2,式3の波形を表示するためのシミュレーション用回路です.B1,B2,B3のパラメータは,それぞれ式1,式2,式3と同じものです.搬送波周波数(fc)は,100kHzで,信号周波数(fm)は10kHzとなっています.
搬送波周波数(fc)は100kHzで,信号周波数(fm)は10kHzとなっている.
図4は,図3のシミュレーション結果です.上段が式1の波形で,振幅変調波となっています.中段が式2の波形で,搬送波抑圧振幅変調波となっています.下段が式3の波形で,中段の搬送波抑圧振幅変調波とよく似ていることが分かります.
上段が振幅変調波,中段が搬送波抑圧振幅変調波,下段がスイッチング平衡変調波.
図5は,図4の波形のFFT(高速フーリエ変換)解析結果です.上段の振幅変調波の周波数成分は,100kHzの搬送波成分と90kHz,110kHzの側波帯となっています.中段の搬送波抑圧振幅変調波は,100kHzの搬送波成分が存在せず,90kHzと110kHzの側波帯成分のみとなっています.下段のスイッチング平衡変調波は,90kHzと110kHzの側波帯成分に高調波成分が加わっていることが分かります.
上段が振幅変調波,中段が搬送波抑圧振幅変調波,下段がスイッチング平衡変調波.
●平衡型変復調器をスイッチング平衡変調器として使用する
平衡型変復調器(AD630)にはさまざまな用途がありますが,最も一般的な応用例は,平衡変調器です.図1の回路は,IN1に入力された10kHzの伝送信号を,IN2に入力された100kHzの搬送波で変調する,スイッチング平衡変調器として動作します.
図1の回路は,IN2端子に入力された信号が正のとき,コンパレータ(COMP)の出力はLowレベルとなり,「AMP B」が選択されます.入力された信号が負のときは,COMPの出力はHighレベルとなり,「AMP A」が選択されてます.
図6は,図1の回路で,「AMP A」が選択された状態の等価回路です.このとき,「AMP A」は反転増幅回路として動作します.帰還抵抗はR1とR2を並列接続したもので5kΩです.また,入力抵抗はR3で5kΩです.そのため,「AMP A」はゲイン1の反転増幅回路として動作します.
「AMP A」はゲイン1の反転増幅回路として動作する.
図7は,図1の回路で,「AMP B」が選択された状態の等価回路です.R1とR2を並列接続したものが帰還抵抗となっているのは,図6と同じですが,IN1は,「AMP B」の非反転入力端子に接続されています.R3は「AMP B」の非反転入力端子と反転入力端子間に接続されているため,ゲインには影響しません.そのため,「AMP B」はゲイン1の非反転増幅回路として動作します.
「AMP B」はゲイン1の非反転増幅回路として動作する.
このように,図1の回路は,IN2端子の信号の極性により,非反転増幅回路と反転増幅回路が切り換わります.そのため,IN1端子に伝送信号を入力し,IN2端子に搬送波信号を入力すると,スイッチング平衡変調器として動作し,式3と同等な信号が出力されます.
●平衡型変復調器を使用したスイッチング平衡変調器を確認する
図8は,図1のシミュレーション用の回路です.平衡型変復調器(AD630)をスイッチング平衡変調器として動作させています.IN1には10kHzで2VPPの正弦波が印加され,IN2には100kHzで2VPPの正弦波が印加されています.
IN1には10kHzで2VPPの正弦波が,IN2には100kHzで2VPPの正弦波が印加されている.
図9は,図8のシミュレーション結果です.上段が,IN1の波形で10kHzで2VPPの正弦波です.中段がIN2の波形で100kHzで2VPPの正弦波です.下段がOUT端子の波形でスイッチング平衡変調波となっており,図4の下段とほぼ同じ波形になっています.
下段がOUT端子の波形でスイッチング平衡変調波となっている.
以上,平衡型変復調器(AD630)について解説しました.AD630のデータシートには,平衡変調器以外にも平衡復調器,精密位相比較器,ロックイン・アンプなど,さまざまな応用回路が紹介されています.
◆参考・引用*文献
(1)アナログデバイセズ:AD630データシートP16:Figure 28.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice11_007.zip
●データ・ファイル内容
AM_DSB_BM.asc:図3の回路
AM_DSB_BM.plt:図4のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
AD630.asc:図3の回路
AD630.plt:図4のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
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