トランジスタを温度センサとする温度計測回路
図1は,外付けトランジスタ(Q1)を温度センサとして使用する,温度計測IC(LTC2997)の簡易ブロック図です.温度計測の動作は,ダイオード接続したQ1に,10μAと40μAの2つの電流(ID)を流し,その電圧(VD)を計測することで,温度を測定します.IDはSW1により,10μAと40μAに切り替えられます.
VDの測定結果が表1のようになった場合,Q1の温度は(a)~(d)のどれに近いでしょうか.
外部トランジスタ(Q1)に10μAと40μAの電流を流し,その電圧を計測することで温度を測定する.
ID | 10μA | 40μA |
VD | 0.647562V | 0.677213V |
(a) -25℃ (b) 0℃ (c) 25℃ (d) 75℃
トランジスタのベース・エミッタ間電圧(VBE)は式1で表され,ベース電流は無視できるものとします.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
また,k:ボルツマン定数1.38×10-23 [J/K],q:電子電荷1.6×10-19 [C],T:絶対温度
式1のIS(逆方向飽和電流)は,個々のトランジスタごとに値が異なり,温度によって大きく変動します.ただし,2種類のコレクタ電流でVBEを測定することで,ISの値が不明でも,動作温度を計算することができます.
IDが10μAのときのVDをVD1とし,IDが40μAのときのVDをVD2とすると,トランジスタの温度は,VD2とVD1の差電圧から,式2のように求めることができます.問題文の定数を代入すると,トランジスタの温度は約-25℃となります.
・・・・・(2)
●大小2つの電流を使用してトランジスタの温度の絶対値を計算
トランジスタを温度センサとして使用する場合,一番簡単なのは,トランジスタのベース・エミッタ間電圧の負の温度特性(-1.8~-2.0mV/℃)を利用する方法です.ただし,この方法では温度の絶対値を測定することができません.
そこで,トランジスタを温度センサとして使用して,無調整で温度の絶対値を測定する方法を考えます.図2は,ベースとコレクタをショートし,ダイオード接続としたトランジスタ(Q1)に電流を流し,D点に電圧を発生させるための回路です.D点の電圧(VD)はベース・エミッタ間電圧(VBE)と同じになります.
ダイオード接続したトランジスタに電流を流し,D点に電圧を発生させる.
また,ベース電流を無視すると,トランジスタのコレクタ電流(IC)は,IDと同じになります.VDは,式3で表すことができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
また,k:ボルツマン定数1.38×10-23 [J/K],q:電子電荷1.6×10-19 [C],T:絶対温度
ηは,理想形数で,1に非常に近い値になります.そのため,ηを1として省略した式がよく使用されます.式3を変形してTを求めると,式4になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
式4のISはトランジスタごとに異なった値となり,大きな温度依存性があるため,式4を使用して直接温度を計算することはできません.そこで,電流を変化させたときのVDの変化から,温度を計算する方法を考えます.まず,ID1という電流を流したときのD点の電圧(VD1)は式5になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
同様に,同じトランジスタにID2という電流を流したときのD点の電圧(VD2)は,式6になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
次に,式7のように,VD2とVD1の差電圧を計算します.
・・・・・・・・・・・・(7)
式7を変形してTを求めると,式8になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
式8にはISの項が無いため,どのようなトランジスタを使用しても,温度を計算することができます.式8に問題文の定数を代入し,絶対温度から摂氏に変換すると,トランジスタの摂氏温度(TC)は,式9のように約-25℃となります.
・・・・・(9)
このように,大小2つの電流を使用すると,トランジスタの温度の絶対値を計算することができます.
●温度が計算できることを検証する
図3は,式9で温度が計算できることを,シミュレーションで検証するための回路です.電流源(ID)の値を5msまでは10μAで,5.1ms後から40μAとしています.「.param」コマンドを使用し,4ms後のD点の電圧をVD1という変数に代入し,9ms後の電圧をVD2という変数に代入します.VD2とVD1の差電圧は,dVという変数に代入します.そして,式9を使用した「.meas」コマンドで摂氏温度を計算し,Tcという変数に代入します.さらに,「.temp」コマンドで温度を-25℃,0℃,25℃,50℃に変化させ,トランジェント解析を行います.
IDを10μAと40μAに変化させ,「.meas」コマンドで温度を計算する.
図4は,図3のシミュレーション結果です.D点の電圧は低温ほど大きくなっています.ただし,10μAのときの電圧と40μAのときの電圧差(dV)は,高温のほうが大きくなっています.
10μAのときの電圧と40μAのときの電圧の差(dV)は,高温のほうが大きい.
シミュレーション終了後「CtrlキーとLキー」を同時に押すと,出力ログ画面が表示されます.「.meas」コマンドで計算したトランジスタの温度(Tc)は,図5のように,「.temp」コマンドで指定した温度とほぼ同じ値となっています.
Tcは「.temp」コマンドで指定した温度とほぼ同じ値となっている.
●温度計測ICの動作を確認する
図6は,温度計測IC(LTC2997)の動作をシミュレーションで確認するための回路です.LTC2997は「D+」端子と「D-」端子間に,トランジスタを接続して温度を計測し,絶対温度に比例した電圧を「Vptat」端子に出力します.その比例係数は4mV/°Kとなっており,27℃(300.15°K)のときの出力電圧は1.2Vになります.
Q1の動作温度を-25℃から75℃まで25℃ステップで変化させる.
また,LTC2997は,トランジスタに流す電流を3段階に変化させることで,トランジスタと直列に挿入される配線抵抗等による誤差を打ち消す回路が内蔵されています(2).図6では,トランジスタ(Q1)のパラメータとして「Temp={T}」を追加しています.これにより,変数Tの値を変えることで,このトランジスタの動作温度を指定することができます.「.step」コマンドでTの値を-25から75まで25ステップで変化させます.そして,10ms間のトランジェント解析を行い,「.meas」コマンドで10ms後のOUT端子の電圧をVptという変数に代入します.
図7は,6のシミュレーション結果です.上段がQ1のコレクタ電流で,10μA,40μA,160μAの3段階に電流が変化しています.下段が,OUT端子の電圧で,トランジスタの温度によって出力電圧が変化しています.
上段がQ1のコレクタ電流で,下段がOUT端子の電圧.
ただし,このままでは温度と出力電圧の関係がわかりにくいため,「.meas」コマンドの結果をグラフ化します.図8が,「.meas」コマンドで取得した出力電圧をプロットしたものです.
27℃のときのOUT端子の電圧は1.2Vとなっている.
まず,シミュレーション終了後「Ctrl+Lキー」で出力ログ画面を表示します.次にその画面でマウス右クリックし[Plot .step'ed .meas data]をクリックすると,図8のグラフが表示されます.横軸が温度で,縦軸がOUT端子の電圧です.27℃のときのOUT端子の電圧は1.2Vとなっており,直線の傾きは4mV/°Kとなっています.
以上,トランジスタを温度センサとして使用できる,温度計測ICについて解説しました.LTC2997は温度センサとして,外付けトランジスタだけではなく,内蔵ダイオードの他,マイクロプロセッサやFPGAに内蔵された温度センサ用トランジスタも使用することができます.LTC2997の詳しい使用方法は,データシートを参照してください.
◆参考・引用*文献
(1)アナログデバイセズ:LTC2997データシート P7 ブロック図およびP8 図1
(2)アナログデバイセズ:LTC2997データシート P8 直列抵抗のキャンセル
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice11_005.zip
●データ・ファイル内容
Diode_Temp.asc:図3の回路
Diode_Temp.plt:図6のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
LTC2997.asc:図3の回路
LTC2997.plt:図6のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
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