ゲインが変化するフォト・ダイオード・アンプ




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■問題
【 LT6220 】

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は,フォト・ダイオードの光電流を電圧に変換しoutから出力する,ステップ増幅式フォト・ダイオード・アンプになります.このアンプは,フォト・ダイオードの光電流(I1)の電流が低いとき,高いゲインで電圧に変換し,逆にI1の電流が高いとき,低いゲインへ自動に変化します.図1において,ゲインが切り替わるI1の電流は(a)~(d)のどれでしょうか.



図1 ステップ増幅式フォト・ダイオード・アンプ(1)
この回路は,LT6220データシート(P1)の標準的応用例.
ただし,U2は,1.25Vのシャント電圧リファレンス.Q1とQ2は,同じ特性のペア・トランジスタ.LT6220は,入出力レール・ツー・レールOPアンプです.


(a) 5μA (b) 12.5μA (c) 25μA (d) 32.4μA


■ヒント

 I1が低いときは,R1の100kΩで電圧に変換されます.I1が高くなるとR2側にも電流が流れ,outまでのゲインが自動に低くなります.この動作をヒントに,ゲインが変化する目安の電流を検討します.

■解答


(b) 12.5μA

 図1のゲインが変化するときの動作は次になります.

  • E1とout間はシャント電圧リファレンスで1.25Vで固定されている.I1とR1によりoutが負電圧方向へ推移すると,それに比例してE1の電圧も低下する
  • I1の電流が徐々に高くなると,outの電圧が低下し,「E2の電圧= E1の電圧」に近づく.この付近では,I1の電流はR2からQ2を通って負電源(V-)へ分流する経路が生まれる
  • 「E2の電圧= E1の電圧」付近になるI1の電流は,およそ「I1=1.25V/100kΩ=12.5μA」なので,この電流付近でゲインが変化する

 この動作より,(b)の12.5μAが正解になります.

■解説

●光電流が低いときは高いゲイン,光電流が高いときは低いゲイン
 光の明暗は,ダイナミックレンジが広いので,それをフォト・ダイオードで,光電流にすると,光電流のダイナミック・レンジも広くなります.このためフォト・ダイオード・アンプに求められる機能として,光電流が低いときは高いゲインで電圧に変換し,逆に光電流が高いときは,ゲインを低下させてアンプの飽和を防止するようにします.このような機能を有する回路として,ステップ増幅式フォト・ダイオード・アンプがあります.ステップ増幅式フォト・ダイオード・アンプは,光電流により自動でゲインを変化させます.このゲインの変化は,ある閾値を境に急に切り替わるものではなく,スムーズに変化するのが特徴になります.

●ゲインが固定のフォト・ダイオード・アンプの特性
 図2は,ゲインが固定のフォト・ダイオード・アンプの例で,図1から必要な回路を切り出しました.フォト・ダイオードの光電流は,I1の電流源に置き換えています.


図2 ゲインが固定のフォト・ダイオード・アンプ
I1の電流をR1で電圧に変換している.

 図2は,電源電圧±2.5Vで,I1の電流をR1の抵抗で電圧に変換します.よって図2のフォト・ダイオード・アンプのゲインはR1で決まり,入出力伝達関数は式1になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 ここでは,ゲインが固定のとき,I1の電流が高くなるとアンプが飽和する様子をシミュレーションで確かめます.

●ゲインが固定のフォト・ダイオード・アンプの動作確認
 図3は,図2のI1を0μA~50μAまで0.1μAでスイープしたときのoutの電圧変化をプロットしました.I1の電流が0μA~25μA間のoutの電圧は,先ほどの式1の関係で負の電圧へ推移します.25μA以上になると,outの電圧は-2.5Vで飽和します.これは図2の負の電源電圧が-2.5Vであることから制限を受けています.このようにゲインを固定すると,I1が高いとき,フォト・ダイオード・アンプの出力は反応しなくなりますので,図1のようなステップ増幅式フォト・ダイオード・アンプでゲインを変化させて飽和するのを防ぎます.


図3 図2のシミュレーション結果
I1の電流が25μA以上になるとoutは飽和する.

●ゲインが変化するフォト・ダイオード・アンプの特性
 図4は,LT6220のデータシートにあるステップ増幅式・フォト・ダイオード・アンプの具体的な回路になります.データシート中のPNPトランジスタは,BCV62を使用していますので,それに合わせています.BCV62のトランジスタ・モデルは後で解説する方法でダウンロードします.
 最初に図4の主なデバイスの役割について解説します.図4のOPアンプとR1の負帰還回路は,トランス・インピーダンス・アンプと呼ばれ,図2と同じです.OPアンプの出力はレール・ツー・レールなので電源電圧付近までスイングします.LT1634は1.25Vのシャント電圧リファレンスで,E1とout間を1.25Vに固定します.R2とU4のPNPトランジスタは,I1の電流をR2からQ2を通って負電源(V-)へ分流する経路になります.


図4 ステップ増幅式・フォト・ダイオード・アンプ
PNPトランジスタはBCV62を使用.

 次に,図4を使ってステップ増幅式・フォト・ダイオード・アンプの動作について解説し,答え合わせをします.図4のI1が電流を流し始めると次の動作になります.
  • I1から電流が流れるとoutの電圧は図3のように0V以下の負電圧方向へ推移する.E1とout間はシャント電圧リファレンスで1.25Vで固定されているので,outが負電圧方向へ推移すると,それに比例してE1の電圧も低下する
  • I1が流れ始めて低い電流のとき,outの電圧変化は低く,E2は0Vから僅かに低い電圧になる.一方,E1は1.2Vになり「E2の電圧< E1の電圧」になる.この条件ではU4のPNPトランジスタが動作しない.このためR2に電流が流れず,全てR1に流れる.I1からoutまでのゲインはR1の100kΩになる
  • I1の電流が徐々に高くなると,outの電圧が低下し,「E2の電圧= E1の電圧」に近づく.この付近からU4のPNPトランジスタが動作し,I1の電流はR2からQ2を通って負電源(V-)へ分流する.R2へ分流した分だけR1の電流が減少するので,ゲインがスムーズに低下する
  • 「E2の電圧= E1の電圧」付近になるI1の電流は式2なので,この電流付近において自動でスムーズにゲインが変化する

  • ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

  • 更にI1が高くなると,ゲインは「100kΩ||3.24kΩ」の並列抵抗へ漸近していく
  この動作より,解答の(b) 12.5μAが正解になります.

●トランジスタ・モデルを作る
 図4で,使用しているPNPトランジスタは特性の揃った2つのPNPトランジスタになります.シミュレーションで使用するには,nexperiaのWebページからトランジスタのモデルをコピーして,モデルファイルを作ります.具体的には以下の手順になります.

  • nexperiaのWebページからBCV62(https://www.nexperia.com/product/BCV62)の製品ページ(2)をWebブラウザで開く
  • 横並びになっている[Product details Documentation Support Ordering]のメニューから[Documentation]をクリックして進む
  • 進んだ先のページの下の方に「BCV62」の「SPICE model」があるので,クリックして進む
  • BCV62のモデルが表示されるので,全てコピーして,テキスト・エディタに貼り付け,ファイル名は「BCV62.txt」の名にする
  • 本文の最後にある「■データ・ファイル」から回路図フォルダ(LTspice11_002)を,ローカルPCの任意のフォルダへダウンロードする.そのフォルダに,先ほどのモデル・ファイル(BCV62.txt)を保存.回路図ファイルとモデル・ファイルを同じフォルダに入れる作業が終われば,シミュレーションが実行できる

●ゲインが変化するフォト・ダイオード・アンプの動作確認
 図5は,図4のシミュレーション結果になります.X軸は,I1の電流で,図5の上段はE1とE2の電圧の推移をプロット,図5の中段はoutの電圧の推移をプロット,図5の下段はI1からoutまでのゲインをプロットしました.
 図5の上段でI1の電流が0μA~10μAのE1とE2の電圧を見ると「E2の電圧<E1の電圧」です.この範囲は図5の中段のようにR1の抵抗でoutの電圧が低下します.図5の下段で,0μA~10μAのゲインを見るとR1と同じ100kΩになることが分かります.
 図5の上段のI1の電流が10μA~12.5μAでは,E1とE2の電圧が近づき,図5の中段のようにoutの電圧がスムーズに変化します.そのときのゲインを図5の下段でみると,100kΩから自動でスムーズに変化します.
 さらにI1の電流が高くなると,図5の中段のようにoutの電圧は負の電源電圧(-2.5V)より高いので飽和しません.このときのゲインは図5の下段より「100kΩ||3.24kΩ」へ近づいていくのが分かります.


図5 ステップ増幅式・フォト・ダイオード・アンプのシミュレーション結果
上段はE1とE2の電圧の推移をプロット.
中段はoutの電圧の推移をプロット.
下段はI1からoutまでのゲインをプロット.

 以上,フォト・ダイオード・アンプのゲインが自動でスムーズに切り替わるステップ増幅式・フォト・ダイオード・アンプの動作を解説しました.今回の電源電圧は±2.5Vですが,更に電源電圧が低いアプリケーションもあると思います.このようなときにも使える回路になります.

◆参考・引用*文献
(1)アナログデバイセズ:LT6220/LT6221/LT6222のデータシート
(2)Nexperia:BCV62の製品ページ


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice11_002.zip

●データ・ファイル内容
Basic PhotoDx Amplifier.asc:図2の回路
Basic PhotoDx Amplifier.plt:図2のプロットを指定するファイル
Stepped-Gain Photodiode Amplifier.asc:図4の回路
Stepped-Gain Photodiode Amplifier.plt:図4のプロットを指定するファイル
BCV62.asy:BCV62のシンボル
※BCV62のモデル(BCV62.txt)は「トランジスタ・モデルを作る」の手順で作成し,上記の同じフォルダ(LTspice11_002)に保存してください.

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