マッチングの良いトランジスタICを使用したカレント・ミラー回路
図1は,マッチングの良い4つのトランジスタを,1つのパッケージに収めたIC(MAT14)を使用した,カレント・ミラー回路です.通常,Q1のコレクタ電流は,他の回路の定電流源として使用しますが,図1では省略しています.電流源(I1)の大きさに対応した電流が,Q1に流れます.この回路で,I1が100μAのとき,Q1のコレクタ電流(IC1)は(a)~(d)のどれに近いでしょうか.
I1が100μAのとき,Q1のコレクタ電流はいくつ?
(a) 50μA (b) 100μA (c) 150μA (d) 200μA
カレント・ミラー回路は,主にIC内部の基本回路として非常に多く使われています.特性のそろったトランジスタでは,ベース・エミッタ間電圧が同じであれば,コレクタ電流も等しくなる,という特性を利用しています.この特性を踏まえて,図1の回路の動作を考えれば,答えが分かります.
Q2,Q3,Q4のベース・エミッタ電圧が等しいため,この3つのトランジスタのコレクタ電流は同じになります.ベース電流を無視すると,Q2のコレクタ電流はI1と同じになります.Q1のコレクタ電流はQ3とQ4のコレクタ電流を足したものになります.そのため,Q1のコレクタ電流は,I1の2倍の200μAになります.
●基本的なカレント・ミラー回路
図2は,2つのトランジスタを使用した最も基本的なカレント・ミラー回路です.カレント・ミラー回路は,差動増幅回路の定電流源など,さまざまな場面で使用されます.
2つのトランジスタのベース・エミッタ間電圧が同じ場合は,コレクタ電流は同じにになる.
バイポーラ・トランジスタの,コレクタ電流(IC)とベース・エミッタ間電圧(VBE)の関係は,式1の近似式で表すことができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
ISはトランジスタのサイズなどによって変化しますが,特性のそろったトランジスタの場合は,同じ値になります.そのため、特性のそろったトランジスタで,ベース・エミッタ間電圧が同じ場合は,コレクタ電流は同じになります.図2の場合はQ1とQ2のベース・エミッタ間電圧が同じになっているため「IC1=IC2」となります.ここで注意が必要なのは,IC2は電流源(I1)と同じではなく,I1からベース電流(2IB)を引いたものになる,ということです.そのため,IC1は式2のように,I1よりも2IBだけ小さくなります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
また,式1では省略されていますが,トランジスタのコレクタ・エミッタ間電圧が変化すると,アーリー効果により,コレクタ電流が変化します.そのため,図2のカレント・ミラー回路では,電源(V1)の電圧が変化すると,Q1のコレクタ電流も変化します.
●実際にカレント・ミラー回路を使用する
図3は,カレント・ミラー回路を使用した回路例です.Q3,Q4で構成される差動増幅回路の,動作電流を決めるための定電流源としてカレント・ミラー回路を使用しています.
差動アンプの動作電流を決めるための定電流源としてカレント・ミラー回路を使用している.
●ウィルソン電流源の特性を改善したカレント・ミラー回路
図4は,カレント・ミラー回路で有名な「ウィルソン電流源」と呼ばれている回路に,特性を改良するためQ4を追加したものです.電源電圧依存性とベース電流による誤差が改善されます.また,ウィルソン電流源の回路を使用した,カレント・ミラー回路は「ウィルソン型カレント・ミラー」とも呼ばれています.
電源電圧依存性とベース電流による誤差が改善されている.
Q4はQ2のコレクタ電圧をQ3のコレクタ電圧と等しくする働きをします.図4の回路では,Q3とQ2のベース・エミッタ間電圧が等しいため,式3のようにコレクタ電流は等しくなります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
ここで,Q4のコレクタ電流(IC4)は,I1から2IBを引いたもので,エミッタ電流はコレクタ電流にIBを足したものです.Q2のコレクタ電流がQ4のエミッタ電流と等しいため,IC2は式4で表わされます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
Q1のエミッタ電流は,Q3のコレクタ電流に2IBを足したものになります.そして,Q1のコレクタ電流はエミッタ電流からIBを引いたものです.式3,式4からIC1を計算すると,式5のようにI1と等しくなることが分かります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
このように,図3のカレント・ミラー回路はベース電流による誤差が発生しません.また,Q2のコレクタ電圧(VC2)は,式6のようにQ3のベース・エミッタ間電圧と等しくなります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
Q1とQ2のコレクタ・エミッタ間電圧が等しくなるため,アーリー効果による誤差がなくなります.また,V1が変化してもQ2とQ3のコレクタ電圧が変化しないため,Q1のコレクタ電流は変化しません.
●基本的なカレント・ミラー回路とウィルソン型カレント・ミラー回路を確認する
図5は,基本的なカレント・ミラー回路(Q1a,Q2aで構成)とウィルソン型カレント・ミラー回路(Q1b,Q2b,Q3,Q4で構成)をシミュレーションための回路です.このような回路は,MAT14に内蔵されているトランジスタのように,マッチング特性の優れたトランジスタを使用する必要があります.個別トランジスタで構成すると,出力電流が所望の値になりません.図5では,MAT14に内蔵されたトランジスタと同じ特性の,MAT-02というモデルを使用しています.そして,電源(V1)の電圧を0.5Vから10Vまで変化させ,Q1aとQ1bの電流をプロットします.
電源(V1)の電圧を0.5Vから10Vまで変化させる
図6は,図5のシミュレーション結果です.基本的なカレント・ミラー回路は,電源電圧が大きくなると,電流値が大きくなっているのに対し,ウィルソン型カレント・ミラー回路は一定の値になっています.
ウィルソン型カレント・ミラー回路は電源電圧が変化しても一定の電流となっている.
●変形ウィルソン型カレント・ミラー回路の動作を解析する
図7は,図1のカレント・ミラー回路の電流を解析するための回路です.図1のカレント・ミラー回路は,ウィルソン電流源と比べると,Q1のエミッタに接続されたトランジスタが,2個並列になっている点が異なります.
ウィルソン電流源を変形した回路となっている.
図1の回路では,Q2,Q3,Q4のベース・エミッタ電圧が等しいため,式7のように,3つのトランジスタのコレクタ電流は等しくなります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
まず,最初はベース電流を無視して考えます.IC2はI1と等しくなり,IC3とIC4もI1と等しくなります.Q1のコレクタ電流は,IC3とIC4を足したものなので,2ICとなります.次にベース電流を含めて計算してみます.Q1の電流がI1の2倍となるため,ベース電流を2IBとします.Q2のコレクタ電流はI1から2IBを引いたもので,式8で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
そして,Q1のエミッタ電流は,Q3とQ4のコレクタ電流と3IBを足したものです.さらに,Q1のコレクタ電流はエミッタ電流から2IBを引いたものです.これらの関係をまとめると,式9が得られます.
・・・・・・・・・・・・・・・(9)
I1を100μAとし,トランジスタのβを500とすると,IC1は式10のように,約200μAとなります.
・・・・・・・・・・・・・・・・(10)
●変形ウィルソン型カレント・ミラー回路をシミュレーションする
図8は,変形ウィルソン型カレント・ミラー回路をシミュレーションするための回路です.
Q1aのコレクタ電流はI1の2倍になり,Q1bのコレクタ電流はI1の半分になる.
図8の回路(a)は,Q1a~Q4aで構成され,図1と同じものです.Q1aのコレクタ電流はI1の2倍になります.図8の回路(b)は,Q1b~Q4bで構成され,Q3bのコレクタが,Q2bのコレクタに接続されています. このように接続することで,Q1bのコレクタ電流は,I1の半分になります.
図9は,図8のシミュレーション結果です.Q1aのコレクタ電流はI1の2倍の200μAで,Q1bのコレクタ電流はI1の半分の50μAとなっています.そして両者とも電源電圧が変化しても電流値は変わっていません.
回路(a)はI1の2倍の200μAで,回路(b)はI1の半分の50μAとなっている.
以上,カレント・ミラー回路について解説しました.ここでは,直流電流を扱うカレント・ミラー回路を紹介しましたが,ICの内部では,信号を伝達する用途としても,カレント・ミラー回路が多く使用されています.
◆参考・引用*文献◆
(1)アナログデバイセズ:MAT14データシート(Figure 16)
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice11_001.zip
●データ・ファイル内容
Wilson_CM.asc:図4の回路
Wilson_CM.plt:図5のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
Wilson_CM_X2_X0.5.asc:図7の回路
Wilson_CM_X2_X0.5.plt:図8のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
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