異常電流を安全に遮断する電子サーキット・ブレーカ
図1は「MAX15096」を使用した,異常電流を安全に遮断する電子サーキット・ブレーカの回路です.過大電流時に電流を制限する素子としては,チップ・ヒューズやポリ・スイッチもありますが,図1とこれらの素子を比較した場合,説明として誤っているのは(a)~(d)のどれでしょうか.
電子機器の電流が故障等で異常に大きくなったとき,電子機器の電源を遮断する.
(a) チップ・ヒューズよりも高速に電源を遮断できる
(b) ポリ・スイッチよりも高速に電源を遮断できる
(c) ポリ・スイッチとは異なり周囲温度の影響を受けにくい
(d) ポリ・スイッチとは異なり過大電流保護動作後に交換する必要がない
図1の電子サーキット・ブレーカは,電子回路によって過大電流を検知し,スイッチ用MOSトランジスタを制御します.一方,チップ・ヒューズは,ヒューズ・エレメントが過大電流で発熱することで溶断し,電源を遮断します.また,ポリ・スイッチは,ポリ・ヒューズとも呼ばれ,過大電流で発熱すると,抵抗値が非常に大きくなり電流を制限します.
電子サーキット・ブレーカは,スイッチ用MOSトランジスタを制御して電源を遮断するため,遮断動作後も素子の破壊が無く,素子を交換する必要はありません.
一方,ポリ・スイッチは過大電流で発熱すると,抵抗値が増大し,電流を減少させます.そして,電源を落として温度が低下すると,抵抗値は元にもどります.そのため,ポリ・スイッチも交換の必要はありません.電子サーキット・ブレーカとポリ・スイッチは,どちらも交換の必要が無いため,(d)の説明は誤っていることになります.
ただし,ポリ・スイッチは,過大電流による高温の状態が長時間継続すると劣化し,抵抗値が増加します(2).そのため,そのような場合はポリ・スイッチを交換する必要があります.
●チップ・ヒューズとポリ・スイッチの構造と動作原理
はじめに,過大電流から電子回路を保護する目的で使用される,チップ・ヒューズとポリ・スイッチについて解説します.チップ・ヒューズは過大電流が流れた後は交換が必要ですが,ポリ・スイッチは過大電流が流れた後も交換の必要はありません.
▼チップ・ヒューズの構造
図2(a)は,チップ・ヒューズの模式図です.ガラス/セラミック基板の上に,導電性のヒューズ・エレメントが配置され,電極に接続されています(3).
このヒューズ・エレメントに過大な電流が流れると,図2(b)のように発熱し,やがて図2(c)のように溶断します.ヒューズ・エレメントが溶断することで電流が遮断されます.ヒューズ・エレメントが溶断するまでの時間は,チップ・ヒューズの種類や過大電流の大きさによって変化します.高速タイプのチップ・ヒューズの溶断時間は,定格電流の2倍の電流が流れたとき,10ms~5s程度です(4).
過大電流による発熱で,ヒューズ・エレメントが溶断して電流を遮断する.
▼ポリ・スイッチの構造
図3(a)は,ポリ・スイッチの模式図です.絶縁性のポリマに導電体であるカーボンを配合し,電極を取り付けた構造になっています(5).
通常は,カーボン粒子が密着した状態となっており,電気抵抗は小さくなっています.ポリ・スイッチに過大電流が流れると,発熱し温度が上昇します.すると,図3(b)のようにポリマが膨張し,カーボン粒子間に隙間が発生することで,抵抗値が急増します.ポリ・スイッチの抵抗値が大きくなると電流が減少し,発熱と抵抗値がバランスする状態で安定します.過大電流が流れてから,電流が減少するまでの時間は,過大電流の大きさによって変わり,0.1秒~数分程度(6)です.
そして,機器の電源を落とし,ポリ・スイッチの温度が低下すると再び図3(a)の状態に戻ります.素子の破壊が発生しないため,チップ・ヒューズとは異なり,過大電流動作後も交換の必要はありません.
過大電流による発熱で,ポリマが膨張することで抵抗値が増大し,電流を減少させる.
チップ・ヒューズとポリ・スイッチは,どちらも過大電流によって発熱し,温度が上昇することを利用しています.そのため,遮断される電流値等が,周囲温度の影響を受けやすい点に注意が必要です.
●MAX15096の遮断電流値の設定方法
図4は,図1のMAX15096の遮断特性をシミュレーションする回路です.MAX15096は,過大電流と判断して遮断する電流の大きさを,外付け抵抗で設定することができます.
負荷抵抗の値を変化させることで,負荷電流を変化させる.
遮断電流値(ICB)は,CB(Circuit-Breaker)端子とGND間に接続された抵抗(RCB)で設定します.データシート(7)によると,ICBは式1で計算することができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
ICBからRCBの値を求める場合は,式1を変形した式2を使用します.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
MAX15096で設定可能な最大の遮断電流値は6Aで,そのときのRCBは式3のように41.2kΩです.
・・・・・・・・・・・・・・・(3)
遮断電流値を3Aとするときの,RCBの値は,式4のように,21.7kΩになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
そこで,図4では「.step」コマンドでRCBの値を21.7kΩと41.2kΩに切り替え,遮断特性をシミュレーションしてみます.遮断特性をシミュレーションするためには,負荷電流を変化させる必要がありますが,図4ではOUT端子に接続された負荷抵抗(RL)の値を変化させることで,負荷電流を変化させます.抵抗を使用するのは,理想電流源を負荷として使用すると,遮断動作後のシミュレーションが収束しにくいためです.
LTspiceには「電圧の値」を抵抗値とみなしてシミュレーションする機能があります.そこで,電流源(IL)の電流値を変化させ,その電流から抵抗値をB電源(B1)で計算し,その出力電圧[V(R)]を負荷抵抗の抵抗値として使用します.
図5は,図4のシミュレーション結果です.
RCBの値によって,遮断電流値が変わっていることが分かる.
1段目が負荷抵抗の値を表しています.縦軸の単位が「V」になっていますが,「Ω」に読み替えてください.60Ωの抵抗値を,0.5秒後から小さくしていき,3秒後に60Ωに戻しています.
2段目がRLに流れる電流です.0.5秒後から増加を始め,RCBが21.7kΩのときは3Aまで増加すると,電流が遮断され,0Aになっています.また,RCBが41.2kΩのときは6Aで電流が遮断されています.これは,式3,4を使用して計算した結果と一致しています.
3段目がOUT端子の電圧で,4段目がイネーブル端子(EN)の電圧です.OUT端子の電圧は,負荷電流が遮断電流に達すると,0Vとなり,その状態を保持しています.遮断状態を解除するためには,イネーブル端子の電圧を100μs以上ローレベルとした後,再びハイレベルにする必要があります.図4では4秒後にイネーブル信号が0Vとなり,4.1秒後に再び5Vなっています.OUT端子の電圧は,4.1秒後のイネーブル信号の立ち上がりに合わせて,12Vに復帰しています.
●MAX15096の過大電流遮断時間
図6はMAX15096の過大電流遮断時間をシミュレーションする回路です.MAX15096の,過大電流遮断時間(過大電流を検出してから,出力MOSトランジスタをOFFして電流を遮断するまでの時間)は,過大電流の大きさによって変化します.そこで,過大電流の大きさを変えて,過大電流遮断時間を比較してみます.
スイッチ(S1)をONさせることで,過大電流状態となるようになっている.
図6では,スイッチ(S1)をONさせることで,過大電流状態となるようになっており,そのときの電流はRshortの値で変わります.そこで「.step」コマンドでRshortの値を4Ωと2Ωに変化させます.Rshortの値が4ΩのときのS1がONのときの負荷電流(ILS)の値は式5のように3.1Aになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
また,Rshortの値が2ΩのときのILSの値は式6のように6.1Aになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
図6ではRCBの値を21.7kとしているため,図4で検証したように遮断電流は3Aです.そのため,設定遮断電流値の103%と203%の過大電流時の遮断時間を検証することになります.
図7が図6のシミュレーション結果です.
MAX1506の出力電流は100ms後に一瞬増加し,すぐに0になっている.
上段が出力電圧で,中段がMAX15096の出力電流です.下段がショート・スイッチの制御信号です.100ms後にショート・スイッチをONさせると,MAX1506の出力電流は一瞬増加しますが,すぐに0になっています.出力電圧も100ms後に低下を開始し,出力コンデンサ(C2)と負荷電流の時定数で低下して0Vになっています.
図8は,図7の時間軸を拡大し,99.9msから100.9msの部分を表示したものです.Rshortが4ΩのときのMAX1506の出力電流は,100ms後に3.1Aに増加し,706μsの間その電流を維持した後,減少しています.過電流遮断時間は約0.7msということになります.Rshortが2Ωのときの過電流遮断時間は,図8からは読み取れないため,さらに時間軸を拡大じます.
Rshortが4Ωのときの過電流遮断時間は約0.7msとなっている.
図9は図7の時間軸をさらに拡大し,99.99msから100.04msの部分を表示したものです.Rshortが2ΩのときのMAX1506の出力電流は,100ms後から増加し,8μs後に4.5Aとなった直後に,0Aとなっています.過電流遮断時間は約8μsということになります.
Rshortが2Ωのときの過電流遮断時間は約8μsとなっている.
以上,電子サーキット・ブレーカについて解説しました.MAX1506の詳しい使い方は,MAX1506のデータシートを参照してください.
◆参考・引用*文献
(1)アナログデバイセズ:MAX15096データシート P14 Typical Application Circuit
(2)タイコエレクトロニクスジャパン:回路保護製品総合カタログ2013-2014 P120 各種信頼性データ/トリップ耐久試験
(3)タイコエレクトロニクスジャパン:回路保護製品総合カタログ2013-2014 P89 チップヒューズの多層デザイン
(4)タイコエレクトロニクスジャパン:回路保護製品総合カタログ2013-2014 P96 溶断時間
(5)タイコエレクトロニクスジャパン:回路保護製品総合カタログ2013-2014 P117 ポリ・スイッチの動作原理
(6)タイコエレクトロニクスジャパン:回路保護製品総合カタログ2013-2014 P118 トリップ時間
(7)アナログデバイセズ:MAX15096データシート P12 Circuit-Breaker Comparator and Current Limit
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice10_039.zip
●データ・ファイル内容
MAX15096_1.asc:図4の回路
MAX15096_1.plt:図5のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
MAX15096_2.asc:図6の回路
MAX15096_2.plt:図7のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
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