昇降圧DC-DCコンバータの効率と入力電圧/電流の関係




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■問題
【 LTC3440 】

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,昇降圧DC-DCコンバータ(LTC3440)を使用した,効率が97%の昇降圧電源回路です.OUT端子には33Ωの負荷抵抗(Rload)が接続されています.
 この回路は,リチウム・イオン・バッテリ(Li-ion)を使用し,電圧(Vin)が2.7Vから4.2Vまで変動しても,OUTに3.3Vの一定の電圧を出力します.この場合,リチウム・イオン・バッテリからDC-DCコンバータに供給される電流(Iin)の平均値として,正しい組み合わせは(a)~(d)のどれでしょうか.


図1 昇降圧DC-DCコンバータ(LTC3440)を使用した電源回路
2.7Vから4.2Vまで電圧が変動するリチウム・イオン・バッテリから3.3Vを出力する.

Vin 2.7V 4.2V
(a) 74mA 119mA
(b) 119mA 74mA
(c) 79mA 126mA
(d) 126mA 79mA

■ヒント

 DC-DCコンバータ(スイッチング電源)には,入力電圧よりも低い電圧を出力する降圧DC-DCコンバータと,入力電圧よりも高い電圧を出力する昇圧DC-DCコンバータがあります.ただし,入力電圧が出力電圧より低くなる場合と,高くなる場合の両方がある場合は,昇降圧DC-DCコンバータを使用する必要があります.また,DC-DCコンバータの効率は「入力電力」に対する「負荷電力」の割合です.負荷電力と効率,および入力電圧が分かれば,入力に接続された電源の電流は簡単に計算できます.

■解答


(d) 126mA 79mA

 電力の効率(EF:efficiency)は負荷に供給される電力(Pout)と,電源が供給する電力(Pin)の比で式1のように計算することができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 図1の回路でPoutはRloadに発生する電力なので式2のように0.33Wと計算できます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 また,電源が供給する電力は「Pin=Vin*Iin」と計算できます.これと式2の結果を式1に代入すると式3になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 式3を変形してVin=2.7VのときのIinを求めると式4のように126mAになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 同様に,Vin=4.3VのときのIinを求めると式4のように79mAになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 したがって,正解は(d)ということになります.

■解説

●降圧DC-DCコンバータと昇圧DC-DCコンバータ
 DC-DCコンバータ(スイッチング電源)は,リニア電源と比べ,無駄な電力消費が少なく,高効率な電源です.入力電圧よりも低い電圧を出力する降圧DC-DCコンバータと,入力電圧よりも高い電圧を出力する昇圧DC-DCコンバータがあります.図2は,降圧DC-DCコンバータの原理図です.SW1とSW2を交互にON/OFFさせることで,入力電圧よりも低い電圧を出力します.


図2 降圧DC-DCコンバータの原理図
SW1とSW2を交互にON/OFFさせることで,入力電圧よりも低い電圧を出力する.

 図3は,昇圧DC-DCコンバータの原理図です.SW1とSW2を交互にON/OFFさせることで,入力電圧よりも高い電圧を出力します.


図3 昇圧DC-DCコンバータの原理図
SW1とSW2を交互にON/OFFさせることで,入力電圧よりも高い電圧を出力する.

●昇降圧DC-DCコンバータの構成
 入力電圧が出力電圧より低くなる場合と,高くなる場合の両方がある場合は,昇降圧DC-DCコンバータを使用します.図4は,LTC3449のデータシートに記載されている,内部構成図を元に作成した,昇降圧DC-DCコンバータの原理図です.


図4 昇降圧DC-DCコンバータの原理図
入力電圧と出力電圧の大きさにより,3つの動作モードがある.

 図4の回路は,入力電圧と出力電圧の大きさにより,次のような3つの動作モードがあります.

▼降圧領域(入力電圧が出力電圧よりも大きい場合)
 この領域では,SWDは常にONしており,SWCは常にOFFとなっています.そして,図2の降圧DC-DCコンバータと同様に,SWAとSWBが交互にON/OFFすることで,入力電圧よりも低い電圧を出力します.

▼昇圧領域(入力電圧が出力電圧よりも小さい場合)
 この領域では,SWAは常にONしており,SWBは常にOFFとなっています.そして,図3の昇圧DC-DCコンバータと同様に,SWCとSWDが交互にON/OFFすることで,入力電圧よりも高い電圧を出力します.

▼昇圧降圧領域(入力電圧と出力電圧がほぼ等しい場合)
 この領域ではSWA~SWDはすべて動作します.SWAとSWBによる降圧動作と,SWC,SWDによる昇圧動作を行うことで,出力電圧が設定値になるように,動作します.

●昇降圧DC-DCコンバータの動作を確認
 図5は,図1の昇降圧DC-DCコンバータの動作をシミュレーションするための回路です.電圧源(Li-ion)の電圧は,シミュレーション開始20μs後に2.7Vになり,その後,2ms後から電圧が上昇して,10ms後に4.3Vになるように設定しています.


図5 昇降圧DC-DCコンバータの動作をシミュレーションするための回路
電圧源(Li-ion)の電圧は,2.7Vから4.3Vまで変化する.

 出力電圧(VOUT)はR2とR3で設定します.VOUTは式6のように,3.3Vになるよう,定数を設定しています.

・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 図6は,図5のシミュレーション結果です.入力電圧が変化しても出力電圧は3.3Vで一定になっています.入力電圧が出力電圧よりも低いときは昇圧動作となり,入力電圧が出力電圧よりも高いときは降圧動作となるように自動的に切り替わっていることが分かります.


図6 昇降圧DC-DCコンバータの動作をシミュレーション結果
入力電圧が変化しても出力電圧は3.3Vで一定になっている.

●昇降圧DC-DCコンバータの電流と効率を確認
 図7は,昇降圧DC-DCコンバータの電源電流と効率をシミュレーションするための回路です.


図7 昇降圧DC-DCコンバータの, 電源電流と効率をシミュレーションするための回路
Li-ionの平均電流はIinという変数に代入され,効率はefという変数に代入される.

 「.step 」コマンドで,電圧源(Li-ion)の電圧を2.7Vと4.3Vに変化させ,次のような「.mers」コマンドを使用して,Li-ionの平均電流と効率を計算します.

  • .meas TRAN Iin AVG -I(Li-ion) FROM 1m
    出力電圧が安定した1ms経過以降のLi-ionの平均電流をIinという変数に代入します.
  • .meas TRAN Pin AVG -I(Li-ion)*V(IN) FROM 1m
    Li-ionの電流と電圧の積で瞬時電力を計算し,その平均値をPinという変数に代入します.
  • .meas TRAN Pout AVG V(out)*I(Rload) FROM 1m
    Rloadの電流と出力電圧の積で瞬時電力を計算し,その平均値をPoutという変数に代入します.
  • .meas ef param 100*Pout/Pin
    PinとPoutから効率を計算し,efという変数に代入します.

 図8は,図7のシミュレーション結果です.上段がOUT端子の電圧で,Li-ionの電圧は2.7Vのときも4.3Vのときも3.3Vとなっています.下段が電源(Li-ion)の電流で,Li-ionの電流はスイッチング波形となっており,Li-ionの電圧によって変化しています.Li-ionの平均電流は,「.meas」コマンドの計算結果で確認します.


図8 昇降圧DC-DCコンバータの,出力電圧と電源電流のシミュレーション結果
電源(Li-ion)の平均電流は「.meas」コマンドの計算結果で確認する.

 シミュレーション終了後,「Ctrl+L」キーを押して,Output logを表示すると,「.mers」コマンドの計算結果を確認することができます.図9が「.mers」コマンドによるIinとefの計算結果です.


図9 「.mers」コマンドによるIinとefの計算結果
Li-ionの電圧が2.7VのときのIinは126.3mAで,4.3VのときのIinは80.6mAとなっている.

 Li-ionの電圧が2.7VのときIinは126.3mAです.また,4.3VのときIinは80.6mAとなっています.効率は,Li-ionの電圧が2.7Vのとき96.4%で,4.3Vのときは97.2%となっています.式5の計算では,両者を97%として計算しています.

●効率計算機能を使用してみる
 図7では「.mers」コマンドを使用して効率を計算しましたが,LTspiceのトランジェント解析のオプション機能を使用して効率を計算することができます.
 図10のように,トランジェント解析の設定画面で[Stop simulating if steady state is detected]にチェックを入れることで,効率計算が実施されます.


図10 トランジェント解析の設定画面
[Stop simulating if steady state is detected]にチェックを入れると,効率計算ができる.

 解析終了後,図11のように,メニュー・バーから,[View],[Efficiency Report],[Show on schematic]を選択すると,効率の計算結果が回路図上に表示されます.


図11 効率計算結果の表示方法
メニューバーから,[View],[Efficiency Report],[Show on schematic]を選択する.

 図12は,LTspiceで効率をシミュレーションするための回路図と,そのシミュレーション結果です.Li-ionの電圧が2.7Vのときの効率は,図9の計算結果と同じ,96.4%となっています.


図12 LTspiceで効率をシミュレーションするための回路図
トランジェント解析のオプション機能を使用して効率を計算することができる.

 以上,昇降圧DC-DCコンバータについて解説しました.LTC3440の詳しい使用方法については,LTC3440のデータシートを参照してください.また,昇降圧DC-DCコンバータの動作に関しては「LTspice電源&アナログ回路入門 昇降圧スイッチング電源の基礎」でも解説しています.

◆参考・引用*文献
アナログデバイセズ:LTC3440データシート


■LTspice24 Tips

 2023年11月にLTspiceがバージョンアップして「LTspiceXVII」から「LTspice24」になりました.ここでは,LTspice24の新情報を『不定期連載コラム』としてダイジェストに解説します.第6回目は,『周波数応答解析の強化』です.
 LTspice24では,周波数応答解析が簡単にできるようになりました.解析設定画面に,SW電源などの周波数特性解析に使用する「Transient Freaquency Response」タブが追加されています.また,電流フィードバック回路等の解析に使用できる,「4端子プローブ」素子も追加されています.

●スイッチング電源の周波数応答を確認する方法
 負帰還を使用したシステムでは,システムの安定性を確認するために,位相余裕などを調べる必要があります.OPアンプやシリーズ・レギュレータの場合は,AC解析を行うことで,比較的簡単に位相余裕を確認できます.ただし,スイッチング電源の場合,AC解析では位相余裕を確認することができません.スイッチング電源の周波数応答を確認する場合,まず,微小信号を注入してトランジェント解析を実施し,その微小信号に対する応答を調べます.そして,その微小信号の周波数を変えてトランジェント解析を実施し,応答を調べる,ということ繰り返し行います.最後にそれぞれの周波数に対する応答をまとめて,ループ利得や位相特性をグラフ化します.LTspice24の「Transient Freaquency Response」を使用すると,これらの一連の作業を自動的に実施することができます.

●昇降圧DC-DCコンバータの周波数応答解析を実行する回路
 図Aは,図1の昇降圧DC-DCコンバータの周波数応答を解析するための回路図です.出力(OUT端子)と帰還抵抗(R2)の間に「FRA素子」を挿入しています.「FRA素子」は,コンポーネント選択画面で「FRA」を検索することで選択することができます.


図A 昇降圧DC-DCコンバーの周波数応答を解析するための回路図
出力と帰還抵抗の間に「FRA素子」を追加する.

●FRA素子のパラメータを設定する
 次に,「FRA素子」を右クリックし,図Bのようなパラメータの設定画面を開きます.まず,「Start at Frequency」と「End at Frequency」で周波数応答を測定する帯域を設定します.スタート周波数を低く設定するほど,トランジェント解析時間が長くなります.
 次の行でオクターブあたりの解析ポイント数を指定します.解析ポイント数が多いほどなめらかなグラフが得られますが,解析時間は長くなります.「Max # of Simultaneous Harmonics」で同時に注入する微小信号周波数の数を指定します.複数の周波数の信号を同時に注入することで,解析時間を短縮することができます.
 その下が測定用微小信号の振幅です.表示されている画像のように,周波数によって振幅を変えることもできます.
 最後に「Start Analysis at Time」を指定します.これは微小信号を注入して周波数特性の解析を開始する時間です.DC-DCコンバータの出力電圧が十分に安定する時間に設定します.


図B FRA素子の設定画面
周波数応答の解析周波数範囲や注入信号の振幅などを設定する.

●Transient Freaquency Response解析を指定する
 次に,解析の種類として「Transient Freaquency Response」を指定します.図Cの解析設定画面で,右端の[Transient Freaquency Response]タブを選択します.設定できる項目は通常のトランジェント解析とよく似ています.今回は「Start external DC suppiy voltage at 0V」のみチェックを入れます.


図C LTspice解析設定画面
右端の[Transient Freaquency Response]タブを選択する.

●Transient Freaquency Response解析のシミュレーション結果
 図Dは,図Aの時間応答のシミュレーション結果です.上段がFRA素子の両端電圧で,周波数応答を解析するための微小信号です.複数の周波数の信号を,同時に注入していることが分かります.下段が出力端子電圧です.微小信号の注入を開始する1ms時点では,安定した電圧になっています.


図D Transient Freaquency Response解析の時間応答のシミュレーション結果
FRA素子は,複数の周波数の信号を同時に注入している.

 図Eは,周波数応答のシミュレーション結果です.このグラフは「Transient Freaquency Response」解析が終了すると,自動的に表示されます.左側の縦軸がループ利得で,右側の縦軸が位相です.ループ利得が0dBになる周波数と,位相余裕も自動的に表示されます.


図E 周波数応答のシミュレーション結果
ループ利得が0dBになる周波数と,位相余裕も自動的に表示される.

 なお,「4端子プローブ」素子の使用例を含んだ,さまざまな「Transient Freaquency Response」解析のサンプル・ファイルが用意されています.ツールバー・メニューの[File],[Open Exsamples]から,Educational\FRAフォルダの中のサンプル・ファイルを開いて確認してみてください.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice10_033.zip

●データ・ファイル内容
LTC3440_2.7V-4.2V.asc:図5の回路
LTC3440_Iin_EF.asc:図7の回路
LTC3440_Iin_EF.plt:図8のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
LTC3440_EF.asc:図7の回路
LTC3440_FRA.asc:図Aの回路
LTC3440_FRA.plt:図Dのグラフを描画するためのPlot settinngsファイル

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