ノイズを低減する計装アンプの差動出力
図1は,計装アンプ(U1:AD8421)の出力をOPアンプ(U2:ADA4627)を使い,差動出力(out+とout-)に改良した回路です.
図1において,V1の差動信号の振幅が100mV,V2の同相信号の振幅が2V,V3の直流電圧が2Vのとき,out+の信号は(a)~(d)のどれでしょうか.
計装アンプの伝達特性は「Vout+=G(Vin+-Vin-)+VREF」,ゲインは「G=1+9.9kΩ/RG」です.ただし,in+の電圧:Vin+,in-の電圧:Vin-,REFの電圧:VREF,out+の電圧:Vout+
out+の信号は(a)~(d)のどれでしょうか.
(a) 直流1Vを中心に振幅は0.5Vの信号
(b) 直流1Vを中心に振幅は1.0Vの信号
(c) 直流2Vを中心に振幅は0.5Vの信号
(d) 直流2Vを中心に振幅は1.0Vの信号
計装アンプの出力out+の信号は,差動信号(Vin+-Vin-)にゲイン(G)を乗じ,REF端子の電圧を加えたものになります.計装アンプのゲインはRGで決まり,図1では1.1kΩです.計装アンプのREF端子とout+間の電圧は,反転アンプ(R1,R2,U2のOPアンプ)の入力となるout+と出力となるout-間の電圧と等しくなります.C1は負帰還を補償するコンデンサで,今回の問題では無視して考えます.図1の回路は計装アンプ(AD8421)のデータシート(2)にあるアプリケーション回路になります.
初めにU1の計装アンプについて検討します.計装アンプはin+とin-間の差動信号のV1を計装アンプのゲイン(G)で増幅し,同相信号のV2は抑圧して増幅しません.増幅したV1の信号はREF端子の電圧に加えられてout+に現れます.計装アンプのゲインは「RG=1.1kΩ」なので,「G=1+9.9kΩ/RG=10倍」になります.具体的には,out+の振幅を計装アンプのREF端子の電圧(VREF)を基準に考えると,V1を10倍した「100mV×10倍=1V」になります.
次にOPアンプ(U2)とR1,R2,V3の直流電圧で構成した反転アンプについて検討します.「R1=R2=10kΩ」なので,out-の信号はout+と振幅が同じで位相を反転した信号になります.out-はREF端子に接続されているので,計装アンプで増幅したout+とREF間の1Vの振幅は,反転アンプの入力になるout+と反転アンプの出力になるout-間の差信号と同じになります.この差信号の1Vが生成される条件を反転アンプで考えると,V3の直流電圧2Vを中心に,out+の振幅が0.5Vのときにout-が-0.5Vの振幅になる(out+とout-間の差が1Vの振幅)ときになります.
これより,図1のout+の振幅は,直流2Vを中心に0.5Vの振幅になり,(c)が正解になります.out-はout+と振幅が同じで位相が反転した信号なので,図1は差動出力になります.
●計装アンプの基本的な動作
図2は図1の計装アンプを抜き出した回路になります.この回路を使って計装アンプの基本的な動作について検討します.
計装アンプは,高いCMRR(コモン・モード・除去比)を持つアンプで,in+とin-間の差動信号V1を増幅し,コモン・モードになるV2の同相信号は抑圧します.増幅したV1の差動信号はREF端子の電圧(V3)に加えられてoutに現れます.計装アンプの入出力の伝達特性は式1になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
式1中のゲイン(G)は,式2になります.式2より,計装アンプのゲインは1つの抵抗(RG)で調整ができます.図2の「RG=1.1kΩ 」なら「G=10倍」になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
図2のV1をセンサからの信号,V2を同相ノイズと考えると,計装アンプは同相ノイズに微弱な差動信号が重畳されているとき,同相ノイズは抑圧して差動信号を増幅し,outからシングル・エンド(信号線は1つ)で後段の回路に伝える使い方になります.
●計装アンプのシミュレーション
図3は,図2の計装アンプをシミュレーションした結果になります.図3の上段の入力信号は,0ms~1msまではV2の振幅が2V周波数が100Hzの同相ノイズのみになります.1ms以降は同相ノイズに,V1の振幅が100mV 周波数が1kHzの差動信号が重畳しています.
図3の下段の0ms~1ms間のoutの出力信号を見ると,1msまでは差動信号は無く,同相ノイズのみなので,outの変化は無くREF端子の2Vになります.1ms以降で差動信号の100mVの振幅が加わると,差動信号を式2のゲインで増幅した信号になり,outはREF端子の直流2Vを中心に振幅は1Vになります.このように,計装アンプは,同相信号を抑圧して,差動信号を増幅するのが分かります.
上段はin+とin-の入力信号をプロット.
下段はoutの出力信号をプロット.
●計装アンプを差動出力にしたときの机上計算
図4は,図1を机上計算する回路になります.図4(a)は計装アンプの出力に反転アンプを加えた回路です.図4(b)は反転アンプを抜き出した回路になります.
(a)図1の回路.
(b)out-の信号を生成する反転アンプ.
図4(a)の計装アンプの出力をVout+とすると,式1のVoutをVout+に置き換えて式3になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
一方,図4(b)より,反転アンプの出力Vout-は式4になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
式4のVout-が計装アンプのREFの電圧(VREF)になるので,式3は式5になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
式4に式5を代入すると,Vout-は式6になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
これにより,Vout+が式5,Vout-が式6になり,VBIASを中心に振幅は同じで位相が反転した差動出力になるのが分かります.解答のために具体的な数値を入れると,図1のVBIASはV3の直流2V,そして「G=10倍」,「Vin+-Vin-=100mV」の振幅なので,差動出力の振幅は0.5Vです.これよりout+は直流2Vを中心に振幅は0.5Vになり,解答の(c)になります.
●計装アンプを差動出力にしたシミュレーション
図5は,図1をシミュレーションする回路になります.この回路は計装アンプ(AD8421)のデータシート(2)の27ページにあるアプリケーション回路です.データシートにはU2のOPアンプの選択肢として,AD8610,ADA4627-1,AD8510,ADA4898-1とあります.今回はADA4627-1を使用しています.
図6は,図5のシミュレーション結果になります.図6の上段はV(in+)とV(in-)の入力信号です.図6の中段のV(out+,out-)は,out+とout-間の出力信号差です.図6の下段は,V(out+)とV(out-)の2つの出力信号になります.
上段はin+とin-の入力信号をプロット.
中段はout+とout-間の出力電圧差をプロット.
下段はout+とout-の差動出力信号をプロット.
図6の上段の入力信号は,0ms~1msまではV2の振幅が2V 周波数が100Hzの同相ノイズのみになります.1ms以降は同相ノイズに,V1の振幅が100mV 周波数が1kHzの差動信号が重畳しています.
図6の中段のout+とout-間の出力信号差を見ると,計装アンプはV1の振幅が100mVを計装アンプのゲイン(G=10倍)で増幅した1Vの振幅になるのが分かります.
図6の下段のout+とout-の2つの出力信号を見ると,out+はV3の直流2Vを中心に0.5Vの信号になり,out-はout+の位相が反転した差動信号になるのが分かります.
以上のように,差動入力でシングル・エンドの計装アンプに,OPアンプを使った反転アンプを加えると,計装アンプ出力を差動出力にすることができます.差動出力にすることにより,図1のout+とout-に繋がる後段回路までの2つの信号線に同相ノイズが加わっても,後段回路を差動入力にすることにより同相ノイズの影響が低減できます.
◆参考・引用*文献
(1)アナログデバイセズ:AD8421の製品詳細ページ
(2)アナログデバイセズ:AD8421のデータシート
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice10_028.zip
●データ・ファイル内容
AD8421_INA.asc:図2の回路
AD8421_INA.plt:図2のプロットを指定するファイル
AD8421_INA_differential_output.asc:図5の回路
AD8421_INA_differential_output.plt:図5のプロットを指定するファイル
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