絶対温度に比例した電流を出力する2端子温度センサ
図1は,2端子温度センサIC(AD590)とOPアンプを使用した温度計測回路です.AD590は,絶対温度に比例した電流を出力する温度センサです.25℃のときの出力電流は298.2μAとなっており,1μA/°Kで変化します.
この回路で,AD590の温度が75℃のとき,Out端子の電圧はいくつになるでしょうか.
AD590の温度が75℃のとき,Out端子の電圧は?
(a) -7.5V (b) -5V (c) 5V (d) 7.5V
一般的によく使用される温度の単位はC(セルシウス:摂氏)ですが,原子の熱運動が完全に停止する,絶対零度を基準とした温度の単位がK(ケルビン:絶対温度)です.絶対温度(°K)から,273.15を引いたものが摂氏(℃)になります.
AD590の出力電流は,温度が1度上昇すると,1μA増加します.R2に流れる電流が分かれば,75℃のときのOut端子の電圧は簡単に計算できます.
OPアンプの反転入力端子は,GNDと同じ電圧になります.そのためR2に流れる電流は,5/16.767k=298.2μAと計算できます.
温度が25℃のとき,AD590の出力電流は298.2μAとなっているため,R2の電流と打ち消し合い,R1には電流が流れません.そのため,Out端子の電圧は0Vになります.
温度が75℃になると,AD590の電流は50μA増加します.その電流は,R1をOut端子側から反転入力端子側に向かって流れます.そのため,Out端子の電圧は「50μA*100kΩ=5V」になります.
●温度センサの種類と特長
表1は,電子回路で温度を測定するときに使用する,代表的なセンサの特長をまとめたものです.
今回は,半導体温度センサの中の,絶対温度に比例した電流を発生するセンサICについて解説します.
●AD590とOPアンプを組み合わせた温度計測回路
AD590の出力電流を抵抗に加えるだけでも,温度計測は可能です.しかし,OPアンプと組み合わせると,出力電圧0Vになるときの温度を設定できるなど,より自由度の高い温度計測回路が実現できます.図2は,図1の温度計測回路の,AD590の部分を電流源(IT)に置き換えたものです.
この回路を使用してOUT端子の電圧を計算する.
この回路において,抵抗R2に流れる電流(IR2)は,式1で計算できます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
AD590の出力電流(IT)は,25℃のときに298.2μAとなっているため,IR2とITが打ち消し合い,25℃のときはR1には電流が流れません.そのため,25℃のときのOut端子の電圧は,0Vとなります.25℃から温度が変化すると,その温度変化に対応した電流がR1に流れることになります.AD590の出力電流は,温度が1度変化すると1μA変化します.その電流変化がR1で電圧に変換されます.そのため,温度(TC)℃とOut端子の電圧(VOut)の関係は式2で表すことができます.
・・・・・・・・(2)
式2を使用して,75℃のときのOut端子の電圧を計算すると,(75-25)*100m=5Vになります.この回路では,R1の値を変えることで,1℃あたりの電圧変化量を変えることができます.また,R2の値を変えることで,出力電圧が0Vとなる温度を変えることもできます.例えば,0℃のときに,Out端子の電圧を0Vとしたい場合は,R2に流れる電流を0℃のときのAD590の電流と同じにします.そのためには,式3のようにR2の値を18.3kΩとすればよいことなります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
●AD590とOPアンプを組み合わせた温度計測回路を確認
図3は,図1の回路の温度特性をシミュレーションするための回路です.温度を-25℃から100℃まで変化させたシミュレーションを行います.R2の値は「.stepコマンド」により,Out端子の電圧が25℃で0Vになる16.767kΩと,0℃で0Vになる18.3kΩに変化させます.
R2の値を.stepコマンドで16.767kΩと,18.3kΩに変化させる.
図4が,図3のシミュレーション結果で,Out端子の電圧をプロットしています.
「R2=16.767kΩ」のときは,25℃のとき0Vで,75℃のとき,5Vとなっている.
「R2=16.767kΩ」のときは,25℃のとき0Vで,75℃のとき,5Vとなっており,式2の結果と一致しています.また,式3で計算したように「R2=18.3kΩ」のときは,0℃で0Vとなっています.
●絶対温度に比例した電流を発生する回路
図5は,AD590のデータシートに記載されているAD590の内部回路図です.この回路を使用して,AD590が絶対温度に比例した電流を出力できる原理を探ります.
トランジスタQ9のエミッタ・サイズはQ10,Q11の8倍になっている
図5において,PNPトランジスタのQ1,Q2,Q3,Q4,Q5はカレント・ミラーを構成しています.Q1,Q2,Q3,Q4,はベースとエミッタが共通接続されているため,この4つのトランジスタの電流は全て等しくなります.Q1~Q4の電流をIとすると,抵抗R1には「4*I」という電流が流れます.ここで,R2の抵抗値がR1の4倍に設定されています.そしてR1とR2の電圧降下は等しくなるため,R2に流れる電流はIとなり,Q5の電流もIとなります.これらの関係を式にまとめると,式4になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
NPNトランジスタ(Q11)の電流は,Q3の電流とQ4の電流を足したもので,2Iとなりますす.そしてQ9の電流はQ1とQ2の電流を足したもので,2Iになります.そして,Q10とQ11はカレント・ミラーを構成しているため,Q10の電流はQ11と等しく,2Iとなります.これらの関係を式にまとめると,式5になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
次に,A点とB点の差電圧を数式で表してみます.ここで重要なのは,トランジスタQ9のエミッタ・サイズが,Q10,Q11の8倍になっていることです.まず,Q9とR6に着目すると,AB間の電圧(VAB)はQ9のベース・エミッタ間電圧(VBEQ9)とR6の電圧降下の和なので,式6で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
そして,ISはQ10,Q11の逆方向飽和電流です.式6のlnの中の分母が「8IS」となっているのは,Q9のエミッタ・サイズが,Q10,Q11の8倍になっているためです.
次にQ10,Q11とR5に着目して式を立てると,式7になります.
・・・・・・・・・・・・・・(7)
式6,式7からIを求めると式8になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
IOUTは,Q9,Q10,Q11の電流を足したものなので,式5および式8から式9が得られます.
・・・・・・・(9)
式9から,IOUTは絶対温度(T)に比例した電流になることが分かります.式9に値を代入し,293.15°K(25℃)のときの電流を計算すると,式10のように,293.2μAとなります.
・・・・(10)
AD590では,出力電流が25℃で293.2μAとなるように,R5およびR6を,高精度にトリミングしています.
●絶対温度に比例した電流を発生する回路を確認
図6は,図5(絶対温度に比例した電流を出力できる回路)をシミュレーションするための回路図です.温度を-55℃から150℃まで変化させ,負荷抵抗(RL)に流れる出力電流の温度変化を観察します.
温度を-55℃から150℃まで変化させ,出力電流の温度変化を観察する.
図7は,図6のシミュレーション結果です.
1℃あたりの電流変化は1.02μAとなっており,直線性も良好.
上段が負荷抵抗(RL)に流れる電流です.下段は出力電流を横軸の温度で微分したもので,1℃あたりの電流変化を表しています.25℃のときの出力電流は303μAとなっており,式10の結果とほぼ同じです.下段の1℃あたりの電流変化は1.02μAとなっており,直線性も良好です.
以上,2端子温度センサIC(AD590について解説しました.AD590の詳しい使用法については,データシートを参照してください.
◆参考・引用*文献
(1)アナログデバイセズ:AD590データシート
2023年11月にLTspiceがバージョンアップして「LTspiceXVII」から「LTspice24」になりました.ここでは,LTspice24の新情報を『不定期連載コラム』としてダイジェストに解説します.第5回目は,『ライブラリ管理方法の変更』です.
LTspice24では,個別部品ライブラリ更新時に,旧ライブラリ・ファイルに新しいライブラリ・ファイルを上書きすることで,更新速度を速くしています.それに伴い,ユーザがトランジスタなどのモデルを追加する方法が,変更になっています.
●トランジスタ・モデルの追加方法
以前のLTspiceでは,個別部品モデルを追加する方法として,次のような,特定のフォルダの中のライブラリ・ファイルを編集する方法がありましたが,LTspice24では,これらのファイルの内容を変更することは非推奨(ライブラリのバージョンアップ時に,ファイルが上書きされる)となっています.
「Documents\LTspiceXVII\lib\cmp\standard.bjt」
「%LOCALAPPDATA%\LTspice\lib\cmp\standard.bjt」
LTspice24では,「ドキュメント\LTspice」フォルダの中に,「user.*」というファイルを作り,そのファイルにモデル情報を書き込むことで,個別部品モデルを追加することができるようになっています.
バイポーラ・トランジスタは「user.bjt」,MOSトランジスタは「user.mos」というファイル名のファイルを作ります.他にも,部品モデル別(user.jft,user.dio,user.res,user.cap,user.ind,user.bead)のファイルを作成することで,それぞれのモデルを追加することができます.
●バイポーラ・トランジスタのモデルを追加
ここでは,一例として,東芝の2SC2712というバイポーラ・トランジスタのモデルを次のように追加します.このトランジスタは,有名な2SC1815とほぼ同じ特性です.
- 2SC2712のページから,PSpiceモデルをダウンロードする
- ダウンロードしたzipファイルから「2SC2712.lib」を解凍し,テキスト・エディタで開く(図A)
- 「ドキュメント\LTspice」フォルダの中に,バイポーラ・トランジスタなので,新規テキストファイル「user.bjt」を作成する
- 図Aのように,2SC2712.libの中の「.MODEL」~「+ XTI = 1.5)」(「.ENDS」の前まで)を選択し,クリップ・ボードにコピーする
- テキスト・エディタで開いた「user.bjt」にペーストし,保存する
これで,2SC2712のモデルが使用できるようになります.
追加したモデルを使用する方法は,次のように,内蔵ライブラリを使用するときと同じです.
- [File]から[New Schematic]で新規プロジェクトを作成
- [Edit]から[Component]を選択し「npn」を選んで[Place]+EnterでQ1を配置
- 次のシンボル(Q2)が出たらEscでキャンセル
- トランジスタ・シンボルを右クリックし,[Pick New Transistor]をクリック(図B)
- 表示されたモデル選択画面の,一番最後の「2SC2712_BJT」のモデルを選択してOKボタンを押す
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice10_027.zip
●データ・ファイル内容
AD590.asc:図3の回路
AD590.plt:図4のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
AD590_CIR.asc:図6の回路
AD590_CIR.plt:図7のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
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