アナログ乗算器を使用した計測に利用するRMS-DCコンバータ回路
図1は,アナログ乗算器(U2,U3:AD633)を使用した,測定器などの計測に使われるRMS-DCコンバータ回路です.RMSは実効値(Root Mean Square value)のことで,V1の正弦波(交流信号)の実効値(直流信号)をoutから出力します.V1の振幅が1Vで周波数が100Hzのとき,outの電圧として近いのは(a)~(d)のどれでしょうか.ただし,アナログ乗算器の入力がX1とY1,出力がWで,その伝達特性は「W=X1Y1/10V」の関係です.
V1の振幅が1Vのとき,outの電圧を求める.
(a) 0.637V (b) 0.707V (c) 1V (d) 1.11V
アナログ乗算器(U2)の出力になるAのノードには,V1の信号を2乗して10Vで割った信号になります.その信号をR1とC1のローパス・フィルタで時間平均をとります.その後,アナログ乗算器(U3)とOPアンプ(U1)を使用した負帰還回路で平方根をとり,outから出力しています.
RMSは,実効値(Root Mean Square value)のことで,V1の正弦波交流信号を2乗平均平方根することにより求められます.図1は2乗平均平方根の計算を回路で行っています.
まず,図1のV1から信号を追っていくと,U2のアナログ乗算器のX1とY1の両方に,振幅が1Vで周波数が100Hzの正弦波交流信号を印加しています.アナログ乗算器(U2)の入出力特性「W=X1Y1/10V」より,V1の信号は2乗されます.2乗されるので,V1の負側の振幅は正側になり,Aのノードは0Vから100mVのピーク・ツー・ピークの振幅で,周波数が200Hzになります.
次に,Aの信号は0Vから100mVなので,R1とC1のローパス・フィルタで時間平均した電圧は50mVの直流になり,OPアンプの非反転端子の電圧になります.
最後に,アナログ乗算器(U3)とOPアンプ(U1)を使用した負帰還回路を検討します.この負帰還回路は,アナログ乗算器(U3)の伝達特性「W=X1Y1/10V」と,OPアンプの反転端子と非反転端子はバーチャル・ショートの条件を使って計算すると,outの電圧は非反転端子の電圧を10倍し,それを平方根した電圧になります.具体的にはOPアンプの非反転端子の電圧は先程検討した50mVなので,outの電圧は「(50mV×10V)1/2=0.707V」になります.以上より,(b)の0.707Vが正解になります.
●アナログ乗算器について
図1で使用したアナログ乗算器(AD633)について解説します.アナログ乗算器のブロック図は,図2になります.
図2のブロック図より,アナログ乗算器の入力はX1,X2,Y1,Y2になり,Wが出力になります.図2の伝達特性は式1になります.このように(X1-X2)と(Y1-Y2)を乗算する回路になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
図1のアナログ乗算器のように,X1とY1に同じ信号「X1=Y1」を入力し,X2とY2とZをGNDに接続すると,Wは式2のように2乗の関数になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
また,図1のアナログ乗算器(U3)とOPアンプ(U1),ダイオード(D1,D2)で構成した負帰還アンプは,平方根器として動作します.このU3とU1,D1,D2で構成された平方根器はAD633のデータシート(2)(5/9ページの逆関数の生成)で紹介されています.
図1のOPアンプ(U1)の非反転端子の電圧をvin+,outの電圧をvoutとすると,平方根器は式3になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
図1のアナログ乗算器を使用したRMS-DCコンバータ回路は,アナログ乗算器で2乗する回路と,R1とC1で時間平均をする回路と,負帰還にアナログ乗算器を配置して平方根する回路を使用したものになります.
以降では,RMS変換の原理を解説し,図1がその原理と合っているかを机上計算で確かめます.そして机上計算した式と波形例を使って答え合わせをします.最後にシミュレーションでRMS変換を確かめます.
●RMS変換の原理
RMSは実効値なので,正弦波交流信号vin(t)の1周期をTとすると,実効値は式4で定義されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
式4より,2乗したvin(t)をt0からT時間積分してT時間で割るので,1周期の時間平均を求めることになります.その時間平均を平方根すると実効値になります.この計算をブロック図で表すと図3になります.
図3のように2乗する回路,時間平均をする回路,平方根する回路を順に接続することにより,回路で実効値の計算ができます.この原理を使って図1は作られています.
●RMS変換の計算
図4は,アナログ乗算器(AD633)を使って,図3のRMS変換のブロック図を具体的な回路にしました.ここでは図4を使ってRMS変換の机上計算をして動作を確かめ,解答の確認をします.
アナログ乗算器の入出力の伝達特性は,前述した式1になり,X2とY2とZをGNDに接続した状態とします.
vinの正弦波交流信号はアナログ乗算器1のX1とY1に同じ信号を入れて2乗にします.このときのアナログ乗算器の出力をvAとすると式5になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
次に時間平均はR1とC1のローパス・フィルタを使います.時間平均した電圧はOPアンプの非反転端子の電圧vin+になり,式6になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
一方,アナログ乗算器2はvoutの電圧を2乗して,OPアンプの反転端子の電圧vin-になるので,式7になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
負帰還の効果より,反転端子と非反転端子はバーチャル・ショートなので,式6と式7より式8になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
式8をvoutで整理すると式9になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)
式9のように,voutはvinの正弦波交流信号を2乗平均平方根した電圧になり,式4で示した実効値の定義の計算を回路で行っています.このように図4は,RMS-DCコンバータ回路として動作するのが分かります.
次に解答を確認します.vinは0Vを中心に正負の振幅が1V,周波数が100Hzの正弦波交流信号で,アナログ乗算器1の入力になります.アナログ乗算器1の出力は式5の2乗の関数なので,図4の波形1に示したように,vinの負側の信号はアナログ乗算器1を通ると正側になります.波形1の信号は0Vから100mVのピーク・ツー・ピークの振幅で,周波数が200Hzになります.
次に図4の波形1をR1とC1で1周期の時間平均をすると,図4の波形2のようにvin+は50mVの直流になります.vin+の50mVは式8の右辺の電圧ですので,式10になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)
式10をvoutで整理すると式11になります.以上より,RMS-DCコンバータ回路の出力は0.707Vになり,(b)が正解になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)
●マクロモデルをダウンロードする
アナログ乗算器「AD633」はLTspiceの部品ライブラリにマクロモデルが無いので,シミュレーション前にアナログ・デバイセズ社のWebページからダウンロードします.図5にAD633の製品詳細ページの一部を示します.
Tools & Simulations 1(ツールおよびシミュレーション 1)からマクロモデルをダウンロードする.
AD633の製品詳細ページの最後の方に「Tools & Simulations 1(ツールおよびシミュレーション 1)」があり,ここからAD633のマクロモデルをローカルPCへダウンロードします.
このマクロモデル・ファイル(ad633.cir)は,本章の「■データ・ファイル」からダウンロードしたフォルダ(LTspice10_026)へコピーまたは,移動して使用します.AD633マクロモデルのシンボル(AD633.asy)は,LTspice10_026のホルダ内にありますので,ダウンロードしたマクロモデルがすぐに使えます.
●設定の変更
今回,AD633のマクロモデルを使ってシミュレーションして「Analysis:Time step too small;」のエラーが出た場合,デフォルトの設定を変更してください.設定の変更は,図6に示すLTspiceの設定[Settings]の[SPICE]タブ内の「Engine」の枠にある「Solver」を「Normal」から「Alternate」に変更します.Alternateに変更するとシミュレーションの速度は低下しますが,内部の精度が高くなり,「Analysis:Time step too small;」エラーが回避できます.
「Analysis:Time step too small;」エラーの回避のため,Solverを「Normal」から「Alternate」に変更する.
●RMS変換のシミュレーション
図7は,図1をシミュレーションする回路です.入力信号のV1は振幅が1V,周波数が100Hzの正弦波交流信号です.
ダイオード(D1)は,OPアンプの非反転端子の電圧が「vin+>0」のとき平方根器が動作するようにしています.ダイオード(D2)は,outの電圧が負側になるときクランプする役割になります.C2は負帰還を安定にする補償コンデンサで,必要に応じて調整します.シミュレーションは0秒から30秒までの時間応答をtran解析で調べます.30秒までの長時間ですが,これはR1とC1の充放電を十分落ち着かせるためです.
図8は,図7のシミュレーション結果で29.98秒~30秒間のプロットになります.図8の上段は,V1の時間変化をinのラベルでプロットしました.図8の中段は,U2のアナログ乗算器の出力をAのラベルでプロットし,R1とC1で時間平均した電圧をin+のラベルで出力しています.図8の下段は,outのRMS変換した電圧をプロットしました.
RMS変換した電圧は702mVになる.
図8の上段のV(in)は振幅が1Vで周波数が100Hzの正弦波交流信号です.図8の中段のV(a)は,V(in)を2乗して10Vで割った電圧なので,振幅が100mVで周波数が200Hzになっています.V(a)を時間平均したのがV(in+)になり,約50mVの直流になります.図8の下段がRMS変換した電圧で0.702Vです.式11の机上計算は0.707Vなので,5mVの誤差はありますが,おおむね近いRMS変換した電圧になります.
以上,解説したように,RMS変換の計算はアナログ乗算器を使って信号を2乗する回路,抵抗とコンデンサで時間平均する回路,アナログ乗算器とOPアンプを使用した平方根器を用いることにより,回路で計算することができます.
◆参考・引用*文献
(1)アナログデバイセズ:AD633の製品詳細ページ
(2)アナログデバイセズ:AD633のデータシート
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice10_026.zip
●データ・ファイル内容
RMS.asc:図7の回路
RMS.plt:図7のプロットを指定するファイル
AD633.asy:AD633のシンボル
ad633.cir:AD633のマクロモデルは製品の詳細Webページからダウンロードしてください
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