補聴器のバッテリをワイヤレスで充電する




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■問題
【 LTC4126-ADJ/LTC6990 】

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,LTC4126-ADJ使用した,補聴器のバッテリをワイヤレスで充電するシステムの回路図です.送電ユニットの送電コイル(LTX)と,補聴器の受電コイル(LRX)を近接させることで,電磁誘導によりワイヤレスでリチウム・イオン・バッテリを充電できます.
 送電ユニットは,MOSトランジスタ(M1)のゲートに,デューティ比50%で250kHの矩形波を加えて,M1をON/OFFさせます.送電コイル(LTX)は,コンデンサ(CTX)と並列共振回路を構成し,値は7μHとなっています.
 この回路で,M1の電力損失が最も小さくなるコンデンサ(CTX)の容量値は(a)~(d)のどれでしょうか.



図1 補聴器のバッテリをワイヤレスで充電するシステムの回路図
M1の電力損失がもっとも小さくなるコンデンサ(CTX)の容量値は?

(a) 24nF (b) 35nF (c) 58nF (d) 75nF

■ヒント

 M1の電力損失は,ドレイン電流とドレイン電圧を掛け合わせたものです.図1の回路において,M1のドレイン電圧は,LTXとCTXの共振により時間とともに変化します.M1のドレイン電圧が0Vになったタイミングで,M1をONさせることができれば,電力損失がもっとも小さくなります.ここで,コイルとコンデンサのLC並列共振回路の共振周波数(fr)は「fr=1/(2π√(L*C))」で計算できます.LTXとCTXの共振周波数をどのように設定するのが良いか,という観点で考えてください.

■解答


(b) 35nF

 M1のドレイン電圧が0Vになったタイミングで,M1をONさせるためには,LTXとCTXの共振周波数(fr)を,M1のスイッチング周波数の1.29倍に設定する必要があります.そのため「fr=250k*1.29=322k」とします.LTXが7μHなので,CTXは式1のように35nFとなります.

・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

■解説

●ワイヤレス電力伝送
 コイルを使用したワイヤレス電力伝送では,電磁誘導により電力が伝送されます.送電コイル(LTX)に交流電流が流れると,磁界が発生します.この磁界中に受電コイルを置くと,受電コイルに交流電流が流れます.受電コイルに流れる電流は,LTXとLRXの間隔(エアー・ギャップ)によって変化し,間隔が広くなると電流は減少します(図2).
 このようなシステムでは,LC共振を利用すると,電力伝送できる間隔を広げることができます.そのため,LTC4126を使用したシステムでは,LRXと並列にCRXを接続し,その共振周波数が送電コイルに流れる電流の周波数と同じになるように定数を設定します.


図2 ワイヤレス電力伝送システム
送電コイルと受電コイルの電磁誘導により電力を伝送する.

●送電ユニットの電圧と電流の確認
 図3は,図1の送電ユニット(トランスミッタ)の共振周波数を変えて,M1の電力損失がもっとも小さくなる条件を確認するための回路です.共振周波数を変えるために,コンデンサ(CTX)の値を変化させてシミュレーションを行います.
 NchMOSトランジスタ(M1)のゲートには,デューティ比50%で振幅5Vの矩形波(VDRIVE)を印加しています.VDRIVEの周波数(fDRIVE)は250kHzとなっています.


図3 MOSトランジスタを使用した送電ユニットをシミュレーションする回路
CTXの値を58nFと35nFに変化させてシミュレーションを行う.

▼ZVS(Zero Voltage Switching)
 M1がONしている間,LTXの電流は直線的に増加し,M1がOFFすると,LTXに流れていた電流は共振電流として,CTXとLTXを循環して流れます.そして,TX点の電圧は,0Vから上昇して,共振周波数の周期で変動します.
 再度M1をONさせる場合,TX点(M1のドレイン)の電圧が0VのタイミングでONさせることができれば,M1の消費電力を小さくできます.M1の消費電力は,ドレイン電圧とドレイン電流の積となるためです.このように,ドレイン電圧が0VのタイミングでトランジスタをスイッチングすることをZVS(Zero Voltage Switching)と呼んでいます.

 LTC4126-ADJのデータシートには,LTXとCTXの共振周波数をfDRIVEの1.29倍とすることで,ZVSとなり,M1の消費電力を小さくできると記載されています.
 ここでは,共振周波数を,fDRIVEと等しい250kHzとした場合と,fDRIVEの1.29倍の322kHzにした場合(ZVS)の,2通りのシミュレーションを行い,どちらがM1の電力損失が小さくなるのかを確認します.
 共振周波数の変更は,CTXを変えることで行います.共振周波数が250kHzとなるCTX1の値は式2のように,58nFとなります.

・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 
 また,共振周波数がfDRIVEの1.29倍の322kHzとなるCTX2の値は式3のように,35nFとなります.
・・・・・・・・・・(3)

 そこで,図3のCTXの値を58nFと35nFに変化させ,共振周波数を変えたシミュレーションを行います.なお,受電コイルのLRXとCRXの共振周波数は,式4のように250kHzとなっています.

・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 図4は,図3のシミュレーション結果です.100μsのシミュレーションを行い,最後の10μsの結果を表示しています.上段がLTXの電流で,中段がTX点の電圧,下段がM1のゲート電圧です.


図4 MOSトランジスタを使用した送電ユニットのシミュレーション結果
CTXが35nFのときにZVSが実現できている.

 CTXが58nFのときは,TX点の電圧が10V程度のときにゲート電圧が立ち上がっています.そして,M1がONすることで,TX点の電圧が0Vになります.
 一方,CTXが35nFのときはTX点の電圧が0Vになった瞬間にM1のゲート電圧が立ち上がっています.つまり,CTXが35nFのときは,ZVSが実現できることが分かります.このように,LTXとCTXの共振周波数をfDRIVEの1.29倍とすることで,ZVSが実現できることが確認できました.

●コンデンサの値を変えたときのM1の消費電力の変化
 図5は,コンデンサ(CTX)の値を変えたときのM1の消費電力の違いをシミュレーションする回路です.CTXの値を「.step」コマンドで24nF,35nF,58nF,75nFと変化させます.そして,B電源を使用してM1の瞬時電力を計算し,CRローパスフィルタを使用して,電力の平均値をグラフ化します.


図5 CTXの値を変えたときのM1の消費電力の違いを確認する回路
B電源を使用してM1の瞬時電力を計算し,ローパスフィルタで電力の平均値を出力する.

 図6がCTXの値を変えたときのM1の消費電力です.CTXが35nFのときにM1の消費電力が最も小くなることが分かります.


図6 CTXの値を変えたときのM1の消費電力
CTXが35nFのときにM1の消費電力が最も小さくなっている.

●共振周波数をなぜfDRIVEの1.29倍にするのか
 図4のシミュレーション結果から,LTXとCTXの共振周波数をfDRIVEの1.29倍とすることで,ZVSが実現できることが分かりました.ここでは,なぜ共振周波数をfDRIVEの1.29倍とすればよいのかを考えてみます.  図7の並列共振回路で,SWはZVSとなる周波数(fDRIVE)でON/OFFを繰り返しているものとします.この回路で,SWがONからOFFに切り替わった後の振る舞いを計算してみます.

図7 LTXとCTXの並列共振回路
SWがONからOFFに切り替わった後の振る舞いを計算する.

 SWがONからOFFに切り替わると,それまでLTXに流れていた電流を初期値として,図7のiのように電流が流れます.このとき,CTXの電荷をQとすると,コンデンサに発生する電圧とコイルに発生する電圧から,式5が成立します.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 また,電流と電荷の関係は式6になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 図7でスイッチがONからOFFに変わった直後の,CTXの電荷(QO)は式7で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

 また,そのときのLTXの電流(i0)は,M1がONしている時間をTONとすると,式8になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)

 ここでCTXとLTXの共振角周波数(ω0)は式9で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)

 式7,式8を初期値として,式5,式6を解いてTX点の電圧(VTX)を求めると,式10になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・(10)

 ここでTONは,スイッチをON/OFFする角周波数(ωC)を使用して,式11のように表すことができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)

 式10に式11を代入すると,式12になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)

 ここで,ω0とωCの比(k)を式13のように定義します.kはfDRIVEと共振周波数の比を表しています.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(13)

 スイッチがOFFしている時間はTONと同じなので,スイッチが再びONするまでの時間(t)は式11の値になります.式12のtを式11の値に置き換え,さらに式13を代入すると,式14が得られます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・(14)

 式14がスイッチがOFFした後,再びONするタイミングの電圧を表しています.この電圧が0Vとなるkを求めればZVSが成立する条件が分かります.
 そためには,式15が成立するkを求めればよいことになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(15)

 式15を満たすkの数値解を求めると,k=1.2915となります.このように,fDRIVEと共振周波数の比を1.29とすれば,ZVSが成立することが分かりました.

●LTC4126-ADJを使ったワイヤレス充電システムの確認
 図8は,LC4126-ADJを使用した,ワイヤレス充電システムのシミュレーションを行う回路です.送電側のスイッチング信号源として,シリコン発振器ICのLTC6990を使用しています.LTC6990はSET端子に接続する抵抗の値を変えることで発振周波数を設定できます.図7では発振周波数を250kHzに設定しています.


図8 LC4126-ADJを使用したワイヤレス充電システムのシミュレーションを行う回路
送電側のスイッチング信号源として,シリコン発振器ICのLTC6990を使用している.

 LC4126-ADJのBAT端子には,リチウム・イオン・バッテリの代りに,0.1mFのコンデンサを接続しています.そして,初期値を3.5Vに設定しています.また,LC4126-ADJのLTspiceモデルでは,自動終了用安全タイマー時間(S_Timer),LED高速点滅周波数(f_FAST),LED低速点滅周波数(f_SLOW)の3つををパラメータで設定できるようになっています.図8の回路ではシミュレーション時間を短縮するため, S_Timer=20ms, f_FAST=4.58kHz,f_SLOW=1.14kHzに設定しています.
 図9図8のシミュレーション結果です.


図9 LC4126-ADJを使用したワイヤレス充電システムのシミュレーション結果
ワイヤレスで正常に充電できることが確認できる.

 1段目は,受電コイルが接続されたACIN端子と,その電圧を整流したVcc端子の電圧です.
 2段目は,充電状態表示LED(D1)の電流です.点滅は充電中であることを表しており,充電が終了すると,常時点灯となります.
 3段目は,充電電流です.この電流の大きさはPROG端子に接続する抵抗の値で設定できます.
 4段目は,BAT端子の電圧です.初期値の3.5Vから定電流で充電され,充電電圧が4.2Vになると定電圧充電に移行しています.このように,ワイヤレスで正常に充電できることが確認できます.

 以上,LC4126-ADJを使用したワイヤレス充電システムについて解説しました.LC4126-ADJの詳しい機能や,充電システム設計上の注意点に関しては,LC4126-ADJのデータシートを参照してください.

◆参考・引用*文献
アナログデバイセズ:LTC4126-ADJのデータシート
アナログデバイセズ:LTC6990のデータシート


■LTspice24 Tips

 2023年11月にLTspiceがバージョンアップして「LTspiceXVII」から「LTspice24」になりました.ここでは,LTspice24の新情報を『不定期連載コラム』としてダイジェストに解説します.第4回目は,『波形ビューアの便利な機能』です.

●右クリック・メニューによるプロット・ペインの再配置
 LTspice24では,シミュレーション結果を表示する,波形ビューア関係の機能が改善されています.ここでは,改善された機能のいくつかを紹介します.
 これまでの波形ビューアでは,新しいペインは上方向にしか追加できませんでした.しかし,LTspice24では,下方向にも追加できるようになりました.波形ビューア・ウインドウで右クリックすると図Aのようなメニューが表示されます.そのメニューで[Add Plot Pane Below]を選択すると,現在選択しているペインの下に新しいペインを追加できます.また,配置済みのペインも[Move Plot Pane Up]等で上下に移動できます.


図A 波形ビューア右クリック・メニューで,上下にペインの追加や移動ができる

●「.step」シミュレーションの変数の値の表示
 「.step」シミュレーションで定数を変化させたシミュレーションを行うと,何本ものグラフが描かれます.LTspice24では,それぞれのグラフの色と定数の値の関係を分かりやすく表示できるようになりました.
 図Bのように,波形ビューア右クリック・メニューで[Notes & Annotations][Annotate Steps]を選択すると,「.step」で変化させた値の情報を,グラフの色に対応した文字色で,グラフ上に表示できます.
 表示したテキストは,自由に位置を変えることが可能で,図4図6のように,見やすく配置できます.また,そのテキストを右クリックして,表示内容を書き換えることもできます.


図B 「.step」で変化させた値の情報を,色別にグラフ上に表示


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice10_025.zip

●データ・ファイル内容
transmitter.asc:図3の回路
transmitter.plt:図4のグラフを描画するPlot settinngsファイル
transmitter_PW.asc:図5の回路
transmitter_PWplt:図6のグラフを描画するPlot settinngsファイル
LTC4126-ADJ.asc:図8の回路
LTC4126-ADJ.plt:図9のグラフを描画するPlot settinngsファイル

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