微弱な信号をデュアルOPアンプと差動アンプICで増幅する計装アンプ




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■問題
【 AD8506/AD8278 】

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は,2つのOPアンプを1つにパッケージしたデュアルOPアンプ(AD8506)と差動アンプIC(AD8278)を使い,センサなどの微弱な信号を増幅する計装アンプです.入力信号はV1の差動信号で,出力はoutになります.図1において,V1からoutまでのゲインとして近いのは(a)~(d)のどれでしょうか.


図1 デュアルOPアンプと差動アンプICを使った計装アンプ回路
V1からoutまでのゲインを求める.

(a) 30倍 (b) 60倍 (c) 120倍 (d) 240倍

■ヒント

 2つのOPアンプとR1,R2,R3で構成するデュアルOPアンプにおいて,図1の入力信号のV1から,「Va-Vb」の差電圧までのゲインを検討します.
 次に差動アンプICは「Va-Vb」の差電圧が入力信号になり,outまでのゲインは差動アンプICに内蔵している20kΩと40kΩの抵抗値で決まります.
 この2つのゲインより計装アンプのゲインが分かります.図1の回路は差動アンプICのAD8278のデータシート(P19)にあるアプリケーション回路です.

■解答


(c) 120倍

 初めにデュアルOPアンプ(AD8506)を検討します.V1の信号は,in+端子とin-端子に接続しています.in-端子の電圧をVin-とすると,U1側のOPアンプの反転端子は,バーチャル・ショートにより,Vin-になります.同様にin+端子の電圧をVin+とすると,U2側のOPアンプの反転端子は,バーチャル・ショートにより,Vin+になります.U1側のバーチャル・ショートのVin-と,U2側のバーチャル・ショートのVin+はR1の両端の電圧差「Vin+-Vin-」になります.R1の電流は,「Vin+-Vin-」と抵抗値より計算できます.またR1の電流はR2とR3の電流になります.この関係を使ってV1から「Va-Vb」の差電圧までのゲインを求めると,「-(R1+R2+R3)/R1」になります.
 次に差動アンプICに「Va-Vb」の差電圧の信号が加わったときのoutまでのゲインは,内蔵する20kΩと40kΩの抵抗より-2倍になります.これよりV1からoutまでのゲインは「2(R1+R2+R3)/R1」になり,図1のR1,R2,R3の抵抗値を用いると,119.8倍になります.このゲインに近いのは(c)の120倍になります.

■解説

●デュアルOPアンプと差動アンプICで作る計装アンプの利点
 計装アンプは,高インピーダンス入力を提供し,高い同相ノイズ除去を実現するアンプです.同相ノイズがある環境で,センサなどからの微弱な信号を増幅する用途に使われます.
 図1の初段に使っているAD8506は,2つのOPアンプが1つのパッケージに入ったデュアルOPアンプで,U1とU2の非反転端子は高い入力インピーダンスになります.またデュアルOPアンプは,チップ上に2つのOPアンプがあるので整合がとれており,2つのOPアンプのミスマッチによる誤差が少なくなります.
 図1の後段のAD8278は,抵抗を内蔵した差動アンプICで,高い同相ノイズ除去の性能です.高い同相ノイズ除去は,AD8278に内蔵する2つの40kΩと2つの20kΩの整合で決まります.これらの抵抗はチップ内にある抵抗なので,個別の抵抗より格段に整合が良くなります.
 また,消費電流の点で見ると,AD8506はアンプ1個あたりの消費電流が20μA(max),AD8278の消費電流は200μA(max)なので,図1の計装アンプはおおよそ240μAの低消費電流で動作します.
 これらが,計装アンプの利点になります.この計装アンプは,差動アンプIC(AD8278)のデータシート(P19)にあるアプリケーション回路で,AD8506のデュアルOPアンプを使うことにより,低電力計装アンプの構成例として紹介されています.

●計装アンプのゲインを机上計算する
 図2は,図1の計装アンプのゲインを検討する回路になります.図2のin-端子の電圧をVin-,in+端子の電圧をVin+とすると,U1のAD8506の反転端子はバーチャル・ショートによりVin-,U2のAD8506の反転端子はバーチャル・ショートによりVin+になります.そしてR1の電流は,AD8506の反転端子の電流は無視できるほど低いとすると,R2とR3の電流になります.これらの条件で回路の机上計算を行います.


図2 机上計算で使う計装アンプ回路

 図2より,U1側のAD8506の出力電圧をVaとすると,R1の電流とR2の電圧降下とバーチャル・ショートのVin-の電圧より,式1になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 同様に,U2側のAD8506の出力電圧をVbとすると,R1の電流とR3の電圧降下とバーチャル・ショートのVin+の電圧より,式2になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 式1と式2より,「Va-Vb」の差電圧は式3になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 次に,AD8278の差動アンプICの入力信号はVaとVbになります.VaとVbを使うと差動アンプICのoutは,式4になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 式4の右辺第1項は差動アンプのゲイン,第2項はR4,R5,R6,R7によるミスマッチの誤差項になります.具体的には,式4の右辺第2項の分子が「R4R7=R5R6」,すなわち「R5/R4=R7/R6」となれば誤差項は消えて,式4は差動アンプのゲインで決まります.
 差動アンプICのようにR4,R5,R6,R7をチップ内に内蔵すると,抵抗の整合が良いので,「R5/R4=R7/R6」の条件に近くなり,右辺第2項が無視できます.
 式4の「R5/R4=R7/R6」の条件のとき,式3を入れるとoutは式5になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 式5からゲインを求めると式6になります.式6に「R1=499Ω」,「R2=R3=14.7kΩ」,「R4=20kΩ」,「R5=40kΩ」を代入すると,ゲインは119.8倍となり,解答の(c)が正解になるのが分かります.

・・・・・・・・・・・・・・(6)

 式6のゲインは,R1で調整ができます.

●マクロモデルをダウンロードする
 差動アンプIC「AD8278」は,LTspiceの部品ライブラリにマクロモデルが無いので,シミュレーション前に,AD8506の製品の詳細Webページからダウンロードします.
 図3は,AD8278の製品の詳細Webページの一部です.右側の「Test in Application(アプリケーション・テスト1)」をクリックしてSPICE Modelのメニューを表示させます.そこから「AD8278 SPICE Macro Model」をローカルPCへダウンロードします.ダウンロードしたマクロモデル・ファイル名は「ad8278.cir」になります.

図3 AD8278の製品の詳細Webページの一部
Test in Applicationからマクロモデルをダウンロードする.

 このマクロモデル・ファイル(ad8278.cir)は,本章の「■データ・ファイル」からダウンロードしたフォルダ(LTspice10_024)へコピーまたは,移動して使用します.AD8278マクロモデルのシンボル(AD8278.asy)は,LTspice10_024のホルダ内にありますので,ダウンロードしたマクロモデルがすぐに使えます.

●計装アンプの周波数特性を確認する
 図4は,図1のシミュレーション結果です.図1のV1の差動信号を計装アンプに印加したときのゲイン周波数特性をプロットしました.100Hzより低い低周波帯のゲインは41.5dBになります.これは倍率にすると119倍となり,式6で計算したゲインとほぼ等しくなるのが分かります.


図4 図1のゲイン周波数特性
低周波のゲインは41.5dB(=119倍)

●同相ノイズと差動信号が加わったときの時間応答
 図5は,図1の回路に,同相ノイズ(V2とV5)を追加し,V1の差動信号を計装アンプに印加したときの時間応答を調べる回路になります.シミュレーションを分かりやすくするため,計装アンプを+5Vの単一電源に変更しています.前述した通り計装アンプは,同相ノイズを増幅せず,差動信号のみ増幅するのをシミュレーションで確かめます.


図5 計装アンプに同相ノイズを追加し差動信号を印加ときの応答を調べる回路

 図6図5のシミュレーション結果になります.図6の上段はV(in+)とV(in-)の入力信号です.図6の中段はoutの出力信号です. 図6の下段は,計装アンプの消費電流になります.


図6 図5のシミュレーション結果
上段はin+とin-の入力信号のプロット.
中段はoutの出力信号のプロット.
下段は消費電流のプロット.

 図6の上段の入力信号は,0ms~10msまではV5の直流0.5VとV2の振幅が0.4V周波数が10Hzの同相ノイズのみになります.10ms以降は同相ノイズに,V1の振幅が10mV,周波数が100Hzの差動信号が重畳しています.
 図6の中段の0ms~10ms間のoutの出力信号を見ると,10msまでは差動信号は無く,同相ノイズのみなので,outの変化はありません.10ms以降で差動信号の10mVの振幅が加わると,差動信号を式6のゲインで増幅した信号になり,outの振幅は1.195Vになります.
 図6の下段は,0ms~10ms間の無信号時の消費電流を見ると,約250μAの低消費電流になっていることが分かります.
 以上解説したように,デュアルOPアンプと差動アンプICを使った計装アンプは,デュアルOPアンプ側で高い入力インピーダンスを実現でき,差動アンプIC側で「R5/R4=R7/R6」の条件を作れるので,個別部品で構成した計装アンプより性能が向上します.

◆参考・引用*文献
(1) アナログデバイセズ:AD8506の製品の詳細Webページ
(2) アナログデバイセズ:AD8506のデータシート
(3) アナログデバイセズ:AD8278の製品の詳細Webページ
(4) アナログデバイセズ:AD8278のデータシート


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice10_024.zip

●データ・ファイル内容
Instrumentation Amplifier AC.asc:図1の回路
Instrumentation Amplifier AC.plt:図1のプロットを指定するファイル
Instrumentation Amplifier Tran.asc:図5の回路
Instrumentation Amplifier Tran.plt:図5のプロットを指定するファイル
AD8278.asy:AD8278のシンボル
ad8278.cir:AD8278のマクロモデルは製品の詳細Webページからダウンロードしてください

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