差動アンプを使った誤差が少ない電圧制御電流源
図1は,差動アンプ(AD8278)を通常利用と違う電圧制御電流源に使った回路です.X1のジャンパ線と負荷抵抗(RL)の接続箇所が電圧制御電流源の出力になり,V1の電圧で負荷抵抗の電流(IL)をコントロールできます.V1が10Vのとき,ILの電流は(a)~(d)のどれでしょうか.
V1が10VのときILの電流を求める.
(a) 100μA (b) 250μA (c) 500μA (d) 1mA
AD8278(U1)には,OPアンプとR1,R2,R3,R4の抵抗が内蔵されており,AD8278は「R1=R3=40kΩ」,「R2=R4=20kΩ」です.図1のR5の電流は,ILの電流になるので,R5の両端の電圧とその抵抗値から分かります.ADA4000(U2)は,JFET入力のOPアンプで,ユニティ・ゲイン・バッファを構成しており,入力バイアス電流が非常に低く,OPアンプの非反転端子の電流は無視できます.ジャンパ線(X1)は,負荷抵抗(RL)とVoutの接続を強調するために使っています.
図1の接続より正解(c)の導き方は次になります.
- OPアンプ(U2)の入力バイアス電流を無視すると,R5の電流は,負荷抵抗の電流(IL)になる.ここで,R5の電流を調べるため,R5の両端の電圧を検討してILを計算する
- U1内のOPアンプの非反転端子と反転端子は,バーチャル・ショートになる.このバーチャル・ショートの電圧をVbとする
- R5の左側の電圧をVaとすると,Vaは反転端子側のVbとR3,R4の抵抗により「Va=1.5Vb」になる
- R5の右側の電圧をVoutとすると,OPアンプ(U2)は,ユニティ・ゲイン・バッファなので,その出力はVoutになる
- Voutは,V1と非反転端子側のVbとR1とR2の抵抗により,「Vout=1.5Vb-0.5V1」になる.よって,R5の両端の電圧の差(VR5)は,VaからVoutを減算したものなので「VR5=0.5V1」になる
- R5の電流は,ILの電流なので,図1の回路定数「V1=10V」,「R5=10kΩ」より,「IL=0.5*10V/10kΩ=500μA」となる
●差動アンプを使うと誤差が少ない電圧制御電流源が作れる
図1の差動アンプを使った電圧制御電流源回路は,差動アンプ内の抵抗が「R1=R3」と「R2=R4」になるとき,誤差が少なくなります.このような等しい抵抗を使うときは,個別部品の抵抗で作るよりも,集積回路内の抵抗を使った方が,R1とR3またはR2とR4のばらつきが少なくなり,性能が向上します.
ここでは,はじめに理想素子を使って,電圧制御電流源の動作を確認します.その後,図1の机上計算で「R1=R3」と「R2=R4」にすると誤差が少なくなるのを調べます.最後に図1の回路は理想素子を使った回路と同じ動作になるのを確認します.
差動アンプ「AD8278」はLTspiceの部品ライブラリにマクロ・モデルが無いので,AD8278の製品の詳細Webページからダウンロードしてシミュレーションを行います.
●理想素子の電圧制御電流源
図2は,LTspiceの部品にある理想素子の電圧制御電流源になります.はじめに理想素子を使って電圧制御電流源の動作を確認します.回路の記号は,丸に矢印の電流源の記号に,非反転端子(in+)と反転端子(in-)を加えたものになります.電圧制御電流源はin+とin-間の差電圧を相互コンダクタンスで電流に変換して出力します.
図2の相互コンダクタンスは,「50μA/V」に設定しています.図2の電圧制御電流源から,ジャンパ線を通して負荷抵抗に流れる電流(IL)を求めると,「IL=50μA/V×(Vin+-Vin-)」になります.このように,非反転端子と反転端子の差電圧が制御電圧になり,差電圧と相互コンダクタンスで決まる電流を出力するのが基本の動作です.電圧制御電流源は,非反転端子と反転端子の差電圧を直流にして,直流電圧から直流電流を作る使い方や,電圧信号を電流信号に変換する使い方になります.
●理想素子の電圧制御電流源をシミュレーション
図2をシミュレーションして電圧制御電流源の動作を確認します.図2の反転端子(in-)はGNDへ接続,非反転端子(in+)はV1を接続し,V1の直流電圧を-10Vから+10Vまで10mVステップでスイープします.このような使い方は,直流電圧から直流電流を作る例になります.
図3は,図2のシミュレーション結果になります.反転端子はGNDなので,V1の電圧に相互コンダクタンス「50μA/V」をかけた電流がILの電流になるのが分かります.
ILの電流は,V1の直流電圧に相互コンダクタンスを掛けた電流になる.
●制御電圧と負荷電流を机上計算する
次に,図1の電圧制御電流源回路の制御電圧と負荷電流の関係を机上計算します.この計算の過程で,「R1=R3」と「R2=R4」になると,誤差が少なくなるのを確認します.
図1のOPアンプ(AD8278)の非反転端子と反転端子はバーチャル・ショートになります.このバーチャル・ショートの電圧をVbとします.R5の左側の電圧をVaとすると,Vaは反転端子側のバーチャル・ショートの電圧VbとR3とR4の抵抗により,式1になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
R5の右側の電圧をVoutとすると,非反転端子側のバーチャル・ショートの電圧(Vb)は,V1とVoutとR1とR2の抵抗により,式2になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
式2をVoutで整理すると,式3になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
R5の電流はOPアンプ(ADA4000)の非反転端子の入力バイアス電流を無視すると,負荷抵抗に流れるILになります.ここではR5の電流を計算するため,R5の両端の電圧を調べます.R5の両端の差の電圧(VR5)は式1のVaから式3のVoutを減算したものなので,式4になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
ここで,式4の右辺第1項と第2項は,「R1=R3」と「R2=R4」にすると打ち消され,R5の両端の電圧(VR5)は式5になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
このように「R1=R3」と「R2=R4」にすると,式4のVbにかかる項は無くなり,誤差が少なくなります.集積回路の中にある抵抗は,チップ内の近距離に配置することにより,個別抵抗よりも「R1=R3」と「R2=R4」の関係のミスマッチが低くなります.
式5のVR5をR5の抵抗値で割るとR5の電流が求まります.R5の電流はILの電流なので,ILの電流は式6になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
式6へ「R1=40kΩ」,「R2=20kΩ」,「R5=10kΩ」,「V1=10V」」を代入すると,ILは500μAになり,解答の(c)になります.
●マクロ・モデルをダウンロードする
差動アンプ「AD8278」はLTspiceの部品ライブラリにマクロ・モデルが無いので,シミュレーション前に製品の詳細Webページからダウンロードします.
図4は,AD8278の製品の詳細Webページの一部です.右側の「Test in Application1(アプリケーションでのテスト1)」をクリックしてSPICE Modelのメニューを表示させます.そこから「AD8278 SPICE Macro Model」をローカルPCへダウンロードします.ダウンロードしたマクロ・モデル・ファイル名は「ad8278.cir」です.
このマクロ・モデル・ファイル「ad8278.cir」は,本章の「■データ・ファイル」からダウンロードしたフォルダ(LTspice10_022)へコピーまたは,移動して使用します.AD8278マクロ・モデルのシンボルは,LTspice10_022のフォルダ内にあります.
Test in Application1からマクロ・モデルをダウンロードする.
●差動アンプを使った電圧制御電流源をシミュレーションする
図5は,図1の差動アンプを使った電圧制御電流源をシミュレーションする回路になります.シミュレーションは,図2の理想素子を使ったときと同じで,反転端子(in-)はGNDへ接続,非反転端子(in+)はV1を接続し,V1の直流電圧を-10Vから+10Vまで10mVステップでスイープするシミュレーションになります.
図6は図5のシミュレーション結果になります.V1の電圧に応じて,負荷抵抗の電流(IL)を変えることができます.代表値としてV1が10Vのとき,ILは500μAとなり,解答の(c)になるのが分かります. 図5のV1とILの関係は先ほどの式6になります.式6より,相互コンダクタンスは「R2/R1R5=50μA/V」になります.この相互コンダクタンスは,図2の理想素子と同じなので,図6のプロットは図3と同じになります.
V1が10Vのとき,負荷電流は500μAになる.
●差動アンプの接続を変えた電圧制御電流源回路
図7は,差動アンプ「AD8278」の接続を変えて,「R1=R3=20kΩ」,「R2=R4=40kΩ」にした電圧制御電流源回路になります.
この回路の負荷電流は式7になり,R5が図1と同じ10kΩのときに,相互コンダクタンスは「R2/R1R5=200μA/V」になり,図1より4倍高くできます.
・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
図8は,図7のシミュレーション結果になります.上段はin+とin-の差信号電圧,下段は負荷抵抗の電流(IL)になります.
図7はin+に振幅が1V,周波数が100Hzの正弦波信号,in-はin+の逆相の信号を加えています.in+とin-の差信号は振幅が2V,周波数が100Hzになり,上段のプロットになります.負荷電流(IL)は式7より,振幅が400μA,周波数が100Hzの電流信号になるのが分かります.また,負荷抵抗は.stepコマンドにより,負荷抵抗に与えた変数「RLOAD」を「1kΩ,5kΩ,10kΩ」の3種類に変えています.図8下段のILのプロットより,負荷抵抗が変わってもILのプロットは重なっています.これは電流源に求められる「負荷が変化しても同じ電流を流し続ける」を満足する特性になります.この例は,電圧信号を電流信号に変換する回路例になります.
以上解説したように,差動アンプを使った電圧制御電流源回路は,「R1=R3」と「R2=R4」の条件を作ることができ,個別抵抗で構成した回路より誤差が少なくなります.
◆参考・引用*文献
(1) アナログデバイセズ:AD8278の製品の詳細Webページ
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice10_022.zip
●データ・ファイル内容
VCCS ideal.asc:図2の回路
VCCS ideal.plt:図2のプロットを指定するファイル
VCCS ex1.asc:図5の回路
VCCS ex1.plt:図5のプロットを指定するファイル
VCCS ex2.asc:図7の回路
VCCS ex2.plt:図7のプロットを指定するファイル
AD8278.asy:AD8278のシンボル
ad8278.cir:AD8278のマクロ・モデルは製品の詳細Webページからダウンロードしてください
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