チップ内の回路を利用すればゲイン誤差が低くなる
図1は,差動アンプ(SSM2141)の通常利用と違う,4つの増幅回路への利用例です.差動アンプは,OPアンプと4つの抵抗が入った集積回路で,図1のように接続を変えることにより,さまざまなアンプを作ることができます.図1の(a)~(d)の回路で,inからoutまでのゲインが2倍になる回路はどれでしょうか.
(a)の回路 (b)の回路 (c)の回路 (d)の回路
差動アンプ(SSM2141)の4つの抵抗は同じ抵抗値(25kΩ)です.接続の仕方により,ゲインを決める抵抗が変わります.
図1(a)の回路は,in端子とR3とR4は接続しているので,OPアンプの非反転端子にin端子の電圧が加わります.OPアンプとR1とR2は,ゲインが2倍の非反転アンプになります.この動作より,図1(a)のゲインは2倍になります.
図1(b)の回路は,in端子の電圧(vin)をR3とR4の同じ抵抗で分圧するので,OPアンプの非反転端子には「0.5*vin」の電圧が加わります.R1とR2はoutと接続しているので,OPアンプはユニティ・ゲイン・バッファになります.この動作より,図1(b)のゲインは0.5倍になります.
図1(c)の回路は,in端子の電圧をR3とR4の同じ抵抗で分圧した「0.5*vin」の電圧がOPアンプの非反転端子に加わります.OPアンプとR1とR2はゲインが2倍の非反転アンプです.この動作より,図1(c)のゲインは1倍になります.
図1(d)の回路は,R3とR4はGNDに接続しているので,OPアンプとR1とR2は反転アンプになります.R1とR2は同じ抵抗値なので,図1(d)のゲインは1倍になります.
これらの検討より,ゲインが2倍になるのは(a)の回路になります.
●抵抗を集積するとゲイン誤差が低くなる
差動アンプのゲインは「R1,R2,R3,R4」で決まり,誤差が「R1,R2,R3,R4の比精度」で決まります.図1と同じ回路を,ディスクリートの抵抗とOPアンプを使って構成したとき,同じ抵抗値を購入してもばらつきがあるので,比精度は悪くなり,ゲイン誤差が発生します.
しかし,集積回路の中にある抵抗は,チップ内の近距離に配置することにより比精度は格段に良くなり,ゲイン誤差が低くなります.このため,比精度を要求する回路は,集積回路で作ると性能が向上します.また,差動アンプ(SSM2141)のように,OPアンプと抵抗を集積したICを使うと部品点数が減るので,負帰還アンプを構成する基板の占有面積も低くなります.
●回路のゲインを調べる
図1の4つのアンプのゲインを具体的な動作と式で解説します.計算に使う記号は,vinはin端子の電圧,vout1,vout2,vout3,vout4はout1~out4の出力電圧です.
▼(a)の回路:ゲインが2倍の回路
in端子とR3とR4は接続しているので,R3とR4の中間の電圧はin端子と同じになります.この電圧がOPアンプの非反転端子に加わります.OPアンプとR1とR2は非反転アンプです.この動作より,vout1とvinの関係は式1になります.R1とR2は同じ抵抗値なのでゲインが2倍になります.よって問題の正解は(a)の回路になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
▼(b)の回路:ゲインが0.5倍の回路
in端子の電圧はR3とR4で分圧され,OPアンプの非反転端子に加わります.out2端子とR1とR2は接続しているので,OPアンプはユニティ・ゲイン・バッファになります.この動作より,vout2とvinの関係は式2になります.R3とR4は同じ抵抗値なのでゲインが0.5倍になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
▼(c)の回路:ゲインが1倍の回路
in端子の電圧はR3とR4で分圧され,OPアンプの非反転端子に加わります.OPアンプとR1とR2は非反転アンプです.この動作より,vout3とvinの関係は式3になります.R1とR2とR3とR4は同じ抵抗値なのでゲインが1倍になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
▼(d)の回路:ゲインが1倍で位相が反転の回路
R3とR4はGNDに接続しているので,OPアンプの非反転端子はGNDになります.in端子はR1側に接続しているので,OPアンプとR1とR2は反転アンプです.この動作より,vout4とvinの関係は式4になります.R1とR2は同じ抵抗値なのでゲインが1倍で位相が反転します.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
●回路の出力波形を調べる
図2は,図1のシミュレーション結果になります.図2の上段はin端子の入力波形で,振幅が1V,周波数が100Hzです.図2下段はout1~out4の出力波形です.シミュレーションはtran解析を用い,0s~20msの時間応答を調べています.
図2下段より,(a)の回路のv(out1)は,振幅が2Vなので,式1の通りゲインは2倍になります.(b)の回路のv(out2)は,振幅が0.5Vなので,式2の通りゲインは0.5倍になります.(c)の回路のv(out3)は,振幅が1Vなので,式3の通りゲインは1倍になります.(d)の回路のv(out4)は,振幅が1Vで位相が反転しているので,式4の通りゲインは1倍になります.このように先ほど計算したゲインと一致します.
ゲインが2倍になるのは(a)の回路であるのが分かる.
●差動アンプの通常利用の例
差動アンプ(SSM2141)の通常利用は,差動アンプを図3のように接続し,オーディオ信号を伝送する平衡接続の受信側に使います.
in1とin2の差電圧をoutから出力する.
平衡接続は同じ長さの2本の線を使い、1つは元の信号,もう1つは元の信号から位相を反転したものを送ります.2つの線に同相信号ノイズが加わっても,差動アンプにより2つの信号の差を取ること,そして差動アンプの持つ高い同相信号除去比により,外部からの雑音に対して影響を受けにくい方式になります.
図3の差動アンプのin1の電圧をvin1,in2の電圧をvin2とすると,outの電圧は式5になります.式5より,outはin1とin2の差電圧を出力します.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
図4は図3のシミュレーション結果で,図4上段がin1とin2の入力信号,図4下段がoutの出力信号です.in1とin2は振幅が同じで位相が反転した信号です.この2つの信号の差電圧をoutから出力します.
in1とin2の差電圧がoutに現れる.
●加算アンプとして使う例
差動アンプ(SSM2141)のデータシートより,図5の加算アンプのアプリケーション例もあります.図5の加算アンプはin1とin2の2つの信号を加算してoutから出力します.
in1とin2を加算した電圧をoutから出力する.
図5の加算アンプのin1の電圧をvin1,in2の電圧をvin2とすると,outの電圧は式6になります.式6より,outはin1とin2の加算した電圧を出力します.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
図6は,図5のシミュレーション結果です.図6上段がin1とin2の入力信号,図6下段がoutの出力信号です.in1の振幅が1Vで,in2の振幅が2Vなので,outにはin1の振幅とin2の振幅を加算した,3Vの振幅が現れます.
in1とin2の信号を加えたものがoutに現れる.
以上,解説したように,図1の差動アンプ(SSM2141)を使うと,ディスクリートの抵抗より比精度の良い抵抗が使えるので,ゲインの誤差が少なくなります.ディスクリートの抵抗も精度の良いものが入手できますが,値段が高くなります.精度の良い抵抗を探すより,差動アンプを使った方が部品コストを抑えられることもあるので,選択肢として覚えておくと良いでしょう.
◆参考・引用*文献
アナログ・デバイセズ:SSM2141のデータシート
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice10_020.zip
●データ・ファイル内容
SSM2141 Test Bench 1.asc:図1の回路
SSM2141 Test Bench 1.plt:図1のプロットを指定するファイル
SSM2141 Test Bench difference amplifier.asc:図3の回路
SSM2141 Test Bench difference amplifier.plt:図3の回路
SSM2141 Test Bench 2.asc:図5の回路
SSM2141 Test Bench 2.plt:図5のプロットを指定するファイル
■LTspice関連リンク先
(01) LTspice ダウンロード先
(02) LTspice Users Club
(03) LTspice メール・マガジン全アーカイブs
(04) ◆LTspice電子回路マラソン・アーカイブs
(05) ◆LTspiceアナログ電子回路入門アーカイブs
(06) ◆LTspice電源&アナログ回路入門アーカイブs
(07) ◆IoT時代のLTspiceアナログ回路入門アーカイブs
(08) ◆オームの法則から学ぶLTspiceアナログ回路入門アーカイブs
(09) ◆LTspiceエデュケーショナル・ファイルで学ぶアナログ回路アーカイブs
(10) ◆LTspiceドット・コマンドから学ぶアナログ回路アーカイブs
(11) ◆LTspiceで始める実用電子回路入門アーカイブs