振動でマイコンを動作させる電源回路
図1は,圧電振動発電素子とエナジ・ハーベスト用電源IC(LTC3588)を使用して,振動でマイコンを動作させる回路です.マイコンには無線送信機能が付いており,短時間だけ間欠動作します.VOUT端子の電圧が3.3Vで,マイコンの動作時電流(IL)は10mAとします.
この回路で,20Vに充電されたCSTORAGEの電圧が4Vに低下するまでマイコンを動作させた場合,マイコンの動作時間は(a)~(d)のどれくらいになるでしょうか.ただし,降圧スイッチング電源の効率(η)は85%とし,その他の損失はないものとします.
CSTORAGEの電圧が20Vから4Vになるまでの,マイコンの動作時間は?
(a) 25ms (b) 50ms (c) 100ms (d) 200ms
LTC3588は,圧電振動発電素子の数十μA程度の出力電流を,VIN端子に接続されたCSTORAGEに蓄えます.そして,VIN端子を電源とする降圧スイッチング電源により,所望の電圧に変換し,VOUT端子に出力します.
CSTORAGEの電圧が20Vから4Vに低下するまでに放出されたエネルギが,降圧スイッチング電源の効率を考慮した,マイコンの消費電力量と等しいことを利用すれば,マイコンの動作時間が計算できます.
詳細は,解説で行いますが,CSTORAGEの初期電圧をVPとし,動作終了時の電圧をVLとすると,動作時間(T)は式1で計算できます.
・・・・・・・・・・・・(1)
図1の定数を代入すると,動作時間は約50msとなります.
●微弱エネルギを活用するエナジ・ハーベスティング
エナジ・ハーベスティング(nergy harvesting)は,エネルギを収穫するという意味です.これまであまり利用されてこなかった微弱エネルギを「収穫」することができれば,電源配線やバッテリを使用せずに,電子機器を駆動することが可能になります.
微弱エネルギ源としては,機械エネルギ,熱エネルギ,電磁波エネルギなどがあります.その中でも,構造物の振動は,圧電振動発電素子を使用して,電気エネルギに変換することができます.
図2は,圧電振動発電素子(旧:T220-A4-503X/新:T220-A4BR-2513XB)(1)の,発電能力を表したグラフ(2)です.
横軸が圧電素子から取り出す電流で,縦軸が圧電素子に発生する電圧.
横軸が圧電振動発電素子から取り出す電流(ピエゾ電流)で,縦軸が圧電素子に発生する電圧(ピエゾ電圧)です.与えた振動の大きさごとに3つの曲線が描かれています.振動が大きくなると,取り出せる電流も大きくなりますが,最大でも数十μA程度と,非常に小さなものです.
そのため,比較的大きな電力を必要とする電子機器を動作させるためには,この電流をコンデンサに長時間蓄積し,電子機器を短時間だけ動作させる,間欠動作とする必要があります.そして,ここで使用する電源回路は,超低消費電流で高効率なものである必要があります.なお,圧電素子が発生する電圧は振動周波数と同じ交流信号となるため,ダイオード・ブリッジ回路で整流して使用します.
●コンデンサによるエネルギの貯蔵と動作時間
圧電振動発電素子から得られる電流は非常に小さいため,この電流でコンデンサを充電し,十分充電された後に,短時間だけ電子機器を動作させます.ここでは,充電されたコンデンサに蓄えられたエネルギと,電子機器の動作時間の関係を考えてみます.
図3は,電子機器(マイコン)の動作時間を計算するため,図1のブロック図を簡易化したものです.充電されたCSTORAGEを主電源として,降圧スイッチング電源が動作します.そして,降圧スイッチング電源の出力でマイコンを駆動します.
CSTORAGEを主電源として,降圧スイッチング電源が動作し,マイコンを駆動する.
ここで,VPという電圧に充電されたCSTORAGEが,VLという電圧に低下するまでマイコンを動作させた時の動作時間(T)を計算してみます.VPという電圧に充電されたコンデンサに貯蔵されたエネルギ(EP)は,式2で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
同様に,VLという電圧に充電されたコンデンサに貯蔵されたエネルギ(EL)は式3になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
VPという電圧に充電されたコンデンサが,VLという電圧に低下するまでに放出するエネルギ(E)は,EPからELを引いたものなので,式4で計算することができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
この放出エネルギが,スイッチング電源の効率を考慮した,マイコンの消費電力量(消費電力と時間の積)と等しいことから,式5が得られます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
式5からTを求めると式6になります.
・・・・・・・・・・・・・・・(6)
図1の定数のC=10μF,VP=20V,VL=4V,η=0.85,VOUT=3.3,IL=10mAを式6に代入すると,約50msとなります.もし,動作時間をこれよりも長くしたい場合や,マイコンの消費電力が大きい場合は,コンデンサの容量を大きくして,充電時間を長くする必要があります.
なお,C=10μFの場合,圧電素子から得られる平均出力直流電流(IPA)を5μAとすると,20Vまで充電するのに必要な時間(TC)は式7のように40秒となります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
●電源ICの内部構成
図4がエナジ・ハーベスト用電源IC(LTC3588)の内部ブロック図です.圧電振動発電素子の出力は,ダイオード・ブリッジで全波整流され,VIN端子に接続されたコンデンサCSTORAGEを充電します.
圧電振動発電素子の出力は,ダイオード・ブリッジで全波整流され,CSTORAGEを充電する.
VIN端子には20Vのツェナ・ダイオードが接続されており,VIN端子の電圧を20Vに制限します.また,VIN端子には降圧スイッチング電源が接続されており,VOUT端子の電圧が設定電圧となるよう,IC内蔵MOSトランジスタのON/OFFを制御します.降圧スイッチング電源の出力電圧は,D0,D1端子を使用して,1.8V,2.5V,3.3V,3.6Vの4通りの設定をすることができます.
●電源ICの動作を確認する
図5は,エナジ・ハーベスト用電源IC(LTC3588)の動作をシミュレーションする回路図です.
電流源(B1)と並列抵抗のR1が圧電振動発電素子を表している.
電流源(B1)と並列接続されたR1が圧電振動発電素子の等価回路です.圧電素子の出力は,1秒間に0.4秒だけ,100Hzの正弦波信号がバースト状に出力されるように設定しています.また,Iloadがマイコンの動作電流を表しています.Iloadは,シミュレーション開始90秒後に,49msだけ流れるように設定しています.
図6が図5のエナジ・ハーベスト用電源IC(LTC3588)の動作のシミュレーション結果です.
Iloadの電流が流れるとV(vin)は急激に低下するがV(out)は3.3Vを維持している.
最上段が圧電振動発電素子の出力に相当するB1の出力電流で,中段がマイコンの消費電流に相当する,Iloadの電流です.そして下段がCSTORAGEの電圧[V(vin)]と,降圧スイッチング電源の出力電圧(V(out))です.CSTORAGEはB1の出力電流で充電され,V(vin)は徐々に上昇していきます.V(out)は10秒後に立ち上がり,24秒以降は3.3Vで一定になっています.90秒後にIloadの電流が流れると,V(vin)は急激に低下しますが,V(out)は3.3Vを維持しています.
図7は,図6の時間軸を拡大したものです.マイコンの消費電流に相当するIloadは,10mAの電流が49ms間流れ,その結果,V(vin)は20Vから4.3Vまで低下しています.このシミュレーション結果から,20Vに充電されたCSTORAGEの電圧が,4Vに低下するまでマイコンを動作させたとすると,約50ms動作させることができることが分かります.
20VのCSTORAGEの電圧が4Vになるまでに,マイコンは約50ms動作できることが分かる.
以上,エナジ・ハーベスト用電源IC(LTC3588)の動作について解説しました.LTC3588は,振動エネルギを利用するシステムだけでなく,電界エネルギ,光エネルギ,熱エネルギ等を利用するシステムにも応用可能です.詳細はLTC3588のデータシートを参照してください.
◆参考・引用*文献
(1) PIEZO SYSTEMS,INC.(Mide Technology):Piezo.comのページ
(1) Mide Technology:T220-A4BR-2513XBデータシート
(2) アナログデバイセズ:LTC3588データシート(P11)
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice10_017.zip
●データ・ファイル内容
LTC3588.asc:図5の回路
LTC3588.plt:図6のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
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