TECコントローラを使用した温度調整回路




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■問題
【 ADN8834 】

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,TEC(ThermoElectric Cooler)コントローラのADN8834を使用した温度調整回路です.この温度調整回路で使用している,ペルチェ素子で作られたTECの説明として,正しいのは(a)~(d)のどれでしょうか.


図1 TECコントローラADN8834のデータシートに記載されている温度調整回路
この温度調整回路で使用している,「ペルチェ素子で作られたTEC」の説明で正しいのは?

(a) N型半導体と金属を接合した構造で,ショットキー障壁を利用している
(b) N型半導体とP型半導体を組み合わせたもので,ダイオードと同様に整流作用がある
(c) 直流電流を流すと劣化するため,交流信号を加える必要がある
(d) 電流を流す方向を変えることで,加熱と冷却をを切り替えることができる

■ヒント

 図1の温度調整回路は,TECで対象物の温度をコントロールします.そして,その温度をサーミスタで検出し,設定した温度になるよう,TECに加える電圧を制御します.

■解答


(d) 電流を流す方向を変えることで,加熱と冷却をを切り替えることができる

 ペルチェ素子は金属,n型半導体,p型半導体を組み合わせたもので,等価回路は抵抗で表されます.プレート状になっており,電流を流すと片面が冷却され,反対側の面が加熱されます.そして,電流の向きを反転すると,冷却される面と加熱される面が反転します.

■解説

●ペルチェ素子の構造
 ペルチェ素子(TEC)は,図2の模式図のように,金属,n型半導体,p型半導体を組み合わせた構造です.また,図2の(a)と(b)で加える電圧の向きを反転させています.


図2 ペルチェ素子の構造を表した模式図
(a) n型半導体側の電極にプラスの電圧を加えている.
(b) p型半導体側の電極にプラスの電圧を加えている.
加える電圧の向きによって,冷却と加熱を切り替えることが可能.

 図2(a)は,n型半導体側の電極にプラスの電圧を加えています.そうすると,n型半導体側からp型半導体側に電流が流れ,上面から熱を吸収し,下面から放熱します.その結果,上面が冷却され,下面が発熱します.
 逆に,図2(b)は,p型半導体側の電極にプラスの電圧を加えています.そうすると,p型半導体側からn型半導体側に電流が流れ,下面から吸熱し,上面から放熱します.このように,加える電圧の向きによって,冷却と加熱を切り替えることができます.
 図2が,ペルチェ素子の基本構造となります.しかし,実際の素子は,図3(a)のように図2を多数直列にしたものを,プレート状に形成し,セラミック板で挟んで,図3(b)のようなペルチェ素子ユニットとします.


図3 ペルチェ素子ユニットの構造
図2の基本構造を多数直列接続し,プレート状のペルチェ素子ユニットとする

●TECコントローラADN8834の構成
 図4は,TECコントローラADN8834の内部ブロック図です.ADN8834は,2つのゼロドリフトOPアンプとTEC駆動用ドライバをを内蔵しています.2つのOPアンプのうち,1つは,サーミスタの温度による抵抗値変化を,電圧変化に変換するために使用します.もう1つは,位相補償用アンプとして使用します.


図4 TECコントローラ(ADN8834)の内部ブロック図
2つのゼロドリフトOPアンプとTEC駆動用ドライバを内蔵している.

●ADN8834内蔵OPアンプの使い方
 ADN8834の内蔵OPアンプは,図5のような外付け部品を付けて使用します.OP1の出力端子(OUT1)には,サーミスタの抵抗値に対応した電圧が出力されます.温度が上昇すると,抵抗値が小さくなるNTC(Negative Temperature Coefficient Thermistor)タイプのサーミスタを使用した場合,サーミスタの温度が上昇すると,OUT1の電圧(VOUT1)は大きくなります.
 サーミスタの特性に関しては,「オームの法則から学ぶLTspiceアナログ回路入門:サーミスタを使用した温度測定回路」を参照してください.


図5 内蔵OPアンプの外付け部品接続例
OP1:図4のサーミスタ用OPアンプ,OP2:図4の位相補償用OPアンプ,コントローラ:図4のCONTROLLER
OP1で温度変化を電圧に変換し,OP2で温度設定と位相補償を行う.

 RA=RBとし,サーミスタの抵抗値をRTHとすると,VOUT1は式1で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 OP2のプラス入力端子には,温度設定用の電圧(TEMPSET)を加えます.温度調整のフィードバックループが正しく動作している場合,OUT1の電圧が,TEMPSETの電圧と等しくなるように,TECの電流を制御します.
 サーミスタの温度が上昇し,サーミスタの抵抗値が小さくなると,OUT1の電圧が上昇し,TECに正の電流を流して冷却する,という制御を行います.OP2のマイナス入力端子に接続されている,抵抗及びコンデンサで,フィードバック・ループの位相補償回路を構成しています.

●TECドライバの動作
 TECは,電流を流す方向を変えることで,冷却と加熱を切り替えることができます.そのため,TECドライバは,TECに正負の任意の電圧を加える必要があります.図6がTECに電圧を加えるための回路例です.


図6 TECに正負の任意の電圧を加える方法
(a)のリニア駆動はアンプでの損失が大きい.(b)のPWM駆動は損失が小さい.

 図6(a)はリニア・アンプ駆動の回路です.BTL接続したリニア・アンプで,TECを駆動すれば,TECに正負のリニアな電圧を加えることができます.ただし,TECには1A以上の大電流を供給する必要があるため,図6(a)の回路の場合,アンプでの損失が大きく,駆動ICの発熱が問題となります.
 図6(b)は,PWM駆動を説明するためのブロック図です.ADN8834では,図6(b)のようにスイッチによりPWM駆動することで,アンプでの損失を低減しています.さらに,TEC駆動の片側だけをPWM出力とし,もう一方を極性切り替えとして使用することで,PWM駆動に必要な,ローパス・フィルタ用のコイルを1個だけとしています.

●TECドライバの動作を確認する
 図7は,TADN8834のTECドライバの動作をシミュレーションするための回路です.


図7 TECドライバの動作をシミュレーションするための回路
サーミスタの温度が,設定温度よりも高い場合と低い場合の状態をシミュレーションする.

 サーミスタの抵抗値を変化させたとき,TECの電流及び駆動電圧がどのように変化するかをシミュレーションします.フィードバック・ループの解析ではないため,位相補償回路は単純な反転アンプとしています.
 サーミスタに相当する抵抗(RTH)の抵抗値を,R=V(Rth)としています.このように記述すると,Rth端子の電圧の値を,RTHの抵抗値としてシミュレーションが実行されます.サーミスタの抵抗値が9.9kΩ~10.1kΩに変化するよう,V(Rth)の電圧を変化させます.
 サーミスタに直列に挿入されている抵抗(R9)の値が10kΩで,温度設定端子(TEMP_SET)の電圧がVref/2となっています.そのため,サーミスタの抵抗値を9.9kΩ~10.1kΩと変化させると,サーミスタの温度が,設定温度よりも高い場合と低い場合の状態をシミュレーションすることができます.
 図8は,図7のシミュレーション結果です.


図8 TECドライバの動作のシミュレーション結果
TECに流れる電流は,サーミスタの抵抗値に対応して変化している.

 上段は,サーミスタ(RTH)の抵抗値となる,Rth端子の電圧で,中段がTECに流れる電流です.TECに流れる電流はサーミスタの抵抗値に対応して変化しており,抵抗値が10kΩ以下のときは正の電流が流れ,10kΩ以上のときは負の電流が流れています.その結果,サーミスタの温度が設定温度よりも高い場合は,TECで冷却し,設定温度よりも低い場合は加熱するような動作となります.
 下段は「TEC+端子」と「TEC-端子」の電圧です.TECに正の電流を流すとき「TEC+端子」は5Vとなります.また,TECに負の電流を流すとき「TEC+端子」は0Vになっています.そして,「TEC-端子」の電圧は「TEC+端子」と「TEC-端子」の差電圧が所望の値となるようにコントロールされていることが分かります.なお,今回使用したTADN8834のLTspiceモデルでは,SW端子の電圧はPWM信号ではなく,リニア電圧となっているようです.

●TADN8834の温度調整機能を確認する
 図9は,ADN8834の温度調整機能をシミュレーションするための回路です.周期的に発熱する対象物の温度を,TECで一定の温度(25℃)にコントロールする様子をシミュレーションします.


図9 ADN8834の温度調整機能をシミュレーションするための回路
周期的に発熱する対象物の温度を,TECで一定の温度にコントロールする.

 図10は,図9の右側にある発熱する対象物やTEC,サーミスタの,簡易モデルの部分を拡大したものです.


図10 発熱する対象物とTECとサーミスタの簡易モデル
温度を電圧に,電力を電流に置き換え,熱抵抗を抵抗におきかえたモデルとなっている.

 温度を電圧に,電力を電流に置き換え,熱抵抗を抵抗におきかえたモデルです.そして,Ipwが対象物の消費電力を表す電流で,Rthmが熱抵抗です.電圧源Venvが周囲温度を表し,Rthmの上端のT点の電圧が,対象物とサーミスタの温度になります.そしてCthmが熱時定数を表現するためのコンデンサです.
 電流源(BTEC)がTECの吸熱と発熱電力を表します.実際は効率等を考慮したモデルを使用する必要がありますが,ここではシンプルにするため,TEC素子に流れる電流I(RTEC)を吸熱と発熱電力として使用しています.
 Brthがサーミスタの抵抗値を表す電圧源です.その出力電圧V(Rth)は,V(T)を温度とし,25℃で10kΩとなる,NTCタイプのサーミスタの抵抗値を表す数式で設定しています.そしてV(Rth)を図9のRTHの抵抗値として使用しています.
 このように設定することで,温度制御のシミュレーションを行うことができます.なお,比較のため,温度制御を行わない場合の温度変化を確認できるよう,発熱する対象物のモデルをもう1つ用意しています.Tno点の電圧が,温度制御を行わない場合の対象物の温度になります.
 図11図9の温度調整機能のシミュレーション結果です.


図11 図9の温度調整機能のシミュレーション結果
TECによる温度制御を行った場合は,対象部の温度は25℃で一定となっている.

 上段は,対象物の消費電力で,中段が対象物の温度です.温度制御を行っていないV(Tno)は,24℃から39℃まで温度が変動していますが,TECによる温度制御を行った場合のV(T)は,25℃で一定となっています.
 下段は,TECに流れる電流です.対象物の消費電力と同じタイミングで電流が流れることで冷却と加熱を行い,対象物の温度を一定にしていることが分かります.
 以上,TECコントローラADN8834の動作について解説しました.ADN8834の詳しい使い方については,ADN8834のデータシートADN8834評価キットの説明書を参照してください.

◆参考・引用*文献
アナログ・デバイセズ:ADN8834のデータシート
アナログ・デバイセズ:ADN8834評価キット
京セラ:ペルチェモジュール


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice10_005.zip

●データ・ファイル内容
ADN8834_TEC_Dr.asc:図7の回路
ADN8834_TEC_Dr.plt:図8のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
ADN8834_PID_FB.asc:図10の回路
ADN8834_PID_FB.plt:図11のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル

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