パワー・アンプの直流電圧からスピーカを守る回路




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■問題
【 増幅回路 】

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,パワー・アンプ(PW_AMP)に,Out端子の直流オフセット電圧を軽減するため,OPアンプ(U1)で構成された,DCサーボ回路を追加した,オーディオ用パワー・アンプです.
 Out端子には,8Ωのスピーカ[負荷抵抗(RL)]が接続されています.また,PW_AMPとU1には,±15Vの電源が供給されています.
 ここで,PW_AMPの入力オフセット電圧が+10mV,U1の入力オフセット電圧が+1mVの場合,Out端子の直流オフセット電圧の値は(a)~(d)のどれになるでしょうか.



図1 DCサーボ回路を使用したパワー・アンプ
PW_AMPとU1の入力オフセット電圧が+10mVと+1mVのとき,Out端子の直流電圧は?
なお,PW_AMPおよびU1のバイアス電流は無視できるものとします.

(a) -1mV (b) 0V (c) 1mV (d) 100mV

■ヒント

 R1が99kΩで,R2が1kΩのため,パワー・アンプのゲインは40dB(100倍)となります.また,DCサーボ回路はパワー・アンプの出力に発生する,直流オフセット電圧を軽減するためのものです.U1が出力に発生する直流オフセット電圧を,どのように軽減するのかを考えてみてください.

■解答


(a) -1mV

 OPアンプ(U1)は積分回路を構成しています.そして,積分出力をPW_AMPの反転入力端子にフィードバックすることで,Out端子の電圧がU1の反転入力端子の電圧と等しくなるように動作します.反転入力端子は抵抗(R4)を介してGNDに接続されているため,U1にオフセット電圧が無ければ,Out端子の直流電圧は,GNDと等しくなります.
 U1に入力オフセット電圧がある場合,Out端子の電圧はオフセット電圧を打ち消すよう,オフセット電圧と等しい値で,極性が反転した電圧になります.U1の入力オフセット電圧が1mVのため,Out端子の直流電圧は-1mVとなります.

■解説

●オーディオ用パワー・アンプの出力直流電圧
 オーディオ用パワー・アンプの出力には,通常スピーカが接続されます.スピーカの公称インピーダンスは4Ω~8Ωのものが多く,直流抵抗値はさらに小さな値となります.スピーカに直流電圧が加わると,特性悪化や破壊の原因になるため,直流電圧が印加されないような構成とする必要があります.
 直流を遮断するために,パワー・アンプの出力とスピーカの間に,カップリング・コンデンサを挿入する場合,インピーダンス4Ωのスピーカで,カットオフ周波数を10Hzとすると,4000μFといった巨大なコンデンサが必要となります.そのため,オーディオ用パワー・アンプでは,スピーカに直流電圧が印加されない,正負電源方式や,BTLといった構成が多く使用されます.
 なお,BTL方式の詳細は,「大きな音が出るパワー・アンプ回路はどっち?」を参照してください.

●パワー・アンプの入力オフセット電圧の影響を確認する
 オーディオ用パワー・アンプとして,理論上はスピーカに直流電圧が印加されない,正負電源方式を採用しても,アンプに入力オフセット電圧があると,出力直流電圧が問題となります.
 図2は,入力オフセット電圧が10mVのパワー・アンプを40dBのゲインで使用したときの状況をシミュレーションするための回路です.


図2 入力オフセット電圧が10mVのパワー・アンプをシミュレーションする回路
パワー・アンプのかわりに,「UniversalOpAmp1」を使用している.

 パワー・アンプの代わりに,LTspiceのライブラリに登録されている,「UniversalOpAmp1」を使用しています.UniversalOpAmp1は,内部パラメータを書き換えることで,ゲインや入力オフセット電圧を設定することができます.
 入力オフセット電圧を設定するため,UniversalOpAmp1のシンボルを右クリックして「Component Attribute Editor」を開き,Value2の中の「Vos=0」を「Vos=10m」に変更します.なお,図2ではValue2欄の右端のVisにチェックを入れて,回路図上に表示するようにしています.また,シミュレーション実行後,配線を右クリックすると表示される「Place .op Data Label」を使用し,Out端子の電圧を回路図中に表示しています.
 図2を見ると分かるように,入力オフセット電圧が10mVのパワー・アンプを40dBのゲインで使用すると,出力には1Vのオフセット電圧が発生することになります.

●コンデンサを使用して出力オフセット電圧を低減する
 入力オフセット電圧のあるパワー・アンプで,出力オフセット電圧を低減する一番簡単な方法は,図3のように,R2に直列にコンデンサ(C1)を接続することです.


図3 R2に直列にコンデンサ(C1)を接続して出力オフセット電圧を低減する回路
出力オフセット電圧は,入力オフセット電圧と同じ10mVになる.

 C1を追加することにより低域のゲインが低下し,直流ゲインは0dB(1倍)になります.この回路の低域カットオフ周波数は式1で計算することができます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 この回路では,直流ゲインが0dBのため,出力オフセット電圧は入力オフセット電圧と同じ10mVになります.
 図4は,図3のゲインの周波数特性のシミュレーション結果です.低域カットオフ周波数は16Hzで,超低域のゲイン(直流ゲイン)は0dBとなっていることが分かります.


図4 図3の回路のゲイン周波数特性のシミュレーション結果
低域カットオフ周波数は16Hzで超低域のゲイン(直流ゲイン)は0dBとなっている.

●DCサーボ回路を使用して出力オフセット電圧を低減する
 図3の回路では出力オフセット電圧は,パワー・アンプの入力オフセット電圧と同じ10mVでした.DCサーボ回路を使用すると,さらに低減することができます.
 DCサーボ回路は,パワー・アンプの出力電圧を積分し,積分出力をパワー・アンプの入力に帰還することで,出力オフセット電圧を低減します.
 出力電圧の積分には,OPアンプによる積分回路が使用されます.OPアンプを使用した積分回路には,反転積分回路と非反転積分回路があります.

▼反転積分回路
 図5は,OPアンプを使用した反転積分回路です.積分回路としては最もよく使用される回路で,入力電圧に対し,位相が反転した電圧が出力されます.

図5 OPアンプを使用した反転積分回路
入力電圧に対し,出力電圧の位相が反転している.

 Out端子の電圧(VOut)は式2のように,入力信号(Vin)を積分したものになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

▼非反転積分回路
 図6は,OPアンプを使用した非反転積分回路です.入力信号は,R2,C2によるローパス・フィルタを経由して,C1を帰還素子とする非反転増幅回路に入力されます.


図6 OPアンプを使用した非反転積分回路
図1のDCサーボ回路は,この非反転積分回路を使用している.

 この回路のOut端子の電圧(VOut)は式3で表わされます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 ここで「R2=R1,C2=C1」とすると,式3は式4のように変形できます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 式4は,式2の符号を反転したもので,VOutは入力信号(Vin)を積分したものになります.図1のDCサーボ回路は,この非反転積分回路を使用しています.

●DCサーボ回路を使用したパワー・アンプをシミュレーションする
 図7は,DCサーボ回路を使用したパワー・アンプをシミュレーションするための回路です.OPアンプ(U2)や抵抗(R3,R4),コンデンサ(C1,C2)で積分回路を構成しています.


図7 DCサーボ回路を使用したパワー・アンプをシミュレーションするための回路
追加したOPアンプ(U1)の入力オフセット電圧は1mVに設定している.

 Out端子の電圧を積分し,R5を経由してパワー・アンプ(PW_AMP)に帰還しています.その結果,Out端子の電圧は,U1の反転入力端子の電圧と等しくなるようなフィードバック・ループが構成されます.U1の反転入力端子はR4を介してGNDに接続されているため,Out端子の直流電圧はGND電圧と等しくなります.
 ここでOPアンプ(U1)にオフセット電圧(Voff)がある場合,Out端子の直流電圧は,このオフセット電圧を打ち消すために,-Voffという値になります.このように,Out端子の直流電圧は,PW_AMPの入力オフセット電圧とは無関係で,U1の入力オフセット電圧で決まることになります.U1に高精度OPアンプを使用すれば,入力オフセット電圧は非常に小さくなります.
 図7のOPアンプ(U1)の入力オフセット電圧は1mVに設定しています.そのため,Out端子の電圧は-1mVになります.図7のシミュレーション結果でも,Out端子の電圧は約-1mVとなっています.また,図7の回路の低域カットオフ周波数(fC)は式5で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 図8は,図7のゲイン周波数特性のシミュレーション結果です.低域カットオフ周波数は,式5の計算結果と同じ16Hzになっています.また,低域のゲインは,図4の周波数特性とは異なり,一定の傾きで減衰を続けています.


図8 図7のDCサーボ回路を使用したパワー・アンプの周波数特性のシミュレーション結果
低域カットオフ周波数は,式5の計算結果と同じ16Hzとなっている.

 以上,DCサーボ回路について解説しました.パワー・アンプの出力オフセット電圧は,DCサーボ用のOPアンプ(U1)の入力オフセット電圧で決定されるため,入力オフセット電圧のの小さなものを使用する必要があります.なお,DCサーボ回路の動作に関しては,「ANALOG DEVICES TNJ-063:ブロック線図で考えるOP アンプDC サーボ回路の低域カットオフ周波数(後編)」に詳しく解説されています.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice9_045.zip

●データ・ファイル内容
DC_offset_PWA.asc:図2の回路
DC_offset_PWA_ACA.asc:図3の回路
DC_Servo_PWA.asc:図7の回路

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