2つのOPアンプを使用したヘッドホン・アンプ
図1は,2つのOPアンプを使用したヘッドホン・アンプです.電源電圧は±3Vで,Out端子には,16Ωのヘッドホン[負荷抵抗(RL)]が接続されています.このヘッドホン・アンプのIn端子に1kHzで0.1Vrmsの信号を入力したとき,A点の信号の大きさはいくつになるでしょうか.(a)~(d)の中から選んでください.
図1のヘッドホン・アンプは,Out端子から,抵抗(R1)によって負帰還がかけれれており,ゲインは20dBに設定されています.負荷抵抗(RL)に流れる電流がどのように供給されているかを考えれば,A点の信号の大きさは簡単に計算できます.
図1の回路のゲインは20dB(10倍)となるため,0.1Vrmsの信号を入力すると,Out端子の信号の大きさは1Vrmsとなります.OPアンプ(U2)は,ゲイン1のバッファとなっているため,B点の電圧は,A点と同じになります.そのため,抵抗R3とR4に流れる電流は同じで,RLに流れる電流の1/2の電流が流れます.
R3の値はRLの値と同じ16Ωとなっているため,R3に発生する信号の大きさは,Out端子の信号の1/2になります.A点の信号の大きさは,Out端子の信号にR3に発生する信号を足したもので,1Vrms+0.5Vrms=1.5Vrmsとなります.
●ヘッドホンの特性とヘッドホン・アンプに必要な性能
スマートフォンやポータブル・オーディオ・プレーヤなどで使われるイヤホンやヘッドホンの多くは,公称インピーダンスが,16Ω~32Ωとなっています.また,入力された電力に対し,どのくらいの大きさの音として聞こえるかを表す音圧感度は,製品によって大きく異なり,95dBSPL/mW~115dBSPL/mWといった値になっています.dBSPL(dB Sound Pressure Level)という単位は,人間が聞こえる最小の音を,基準の0dBとして定義されたものです.
もし,95dBSPL/mWのヘッドホンを使用して,かなり大音量に感じる110dBSPLの音圧を得るためには,1mWよりも15dB(電力で30倍)大きい,30mWの電力が必要になります.
ヘッドホンのインピーダンスをRLとし,ヘッドホンで発生する電力をPLとすると,ヘッドホン・アンプの出力(VO)は式1で計算することができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
ヘッドホンのインピーダンスが32Ωの場合,ヘッドホンで発生する電力を,前述の30mWとするためには,ヘッドホン・アンプの出力(VO)は式1の計算結果のように,約1Vrmsとする必要があります.
これらのことから,ヘッドホン・アンプに必要な性能としては,16Ω~32Ωの負荷を駆動可能で,出力レベルは1Vrms以上であればよいことになります.RLが16Ωのヘッドホンに,1Vrms以上の電圧を印加したときに流れる電流のピーク値(IL)は式2のように,88.4mAになります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
つまり,16Ωの負荷を駆動できるヘッドホン・アンプは88.4mA以上の電流を出力できる必要があります.
●1つのOPアンプを使用したヘッドホン・アンプ
図2は「ADA4807-4」というOPアンプ(U1)を使用して構成した,ヘッドホン・アンプをシミュレーションするための回路です.ゲインは20dBに設定しており,入力には1kHzで0.1Vrmsの信号を加えています.
RLの値を32Ωと16Ωに変化させてトランジェント解析を行う.
U1の出力電流能力は,50mAと比較的大きな電流出力能力がありますが,式2の値は満たしていません.このOPアンプを使用して16Ωの負荷を駆動するとどうなるかを確認します.負荷抵抗(RL)の値を「.step」コマンドで32Ωと16Ωに変化させ,トランジェント解析を行います.
図3が図2の「ADA4807-4」を使用したヘッドホン・アンプのシミュレーション結果です.上段がOut端子の電圧で,下段がRLに流れる電流です.
RLが32Ωのとき,出力波形,負荷抵抗の電流ともに,正弦波となっています.しかし,RLが16Ωの場合,出力波形,負荷抵抗の電流ともに波形がクリップしています.負荷電流が80mAでクリップしているのは,OPアンプ内部の電流制限回路が80mAで動作しているためです.
RLが32Ωのときは出力波形,負荷抵抗の電流ともに波形がクリップしている.
●2つのOPアンプを並列接続したヘッドホン・アンプ
図2の回路では,OPアンプの出力電流が不足していました.この問題を解決する方法が2つのOPアンプを並列接続することです.図4が2つのOPアンプを並列接続したヘッドホン・アンプです.出力端子を直結することはできないため,抵抗R5とR6を追加しています.
出力端子を直結することはできないため,R5とR6を追加している.
OPアンプを並列接続する場合,それぞれのOPアンプの出力には,異なった値のオフセット電圧が発生します.そのため,出力端子を直結するとOPアンプ間に過大な電流が流れてしまいます.そこで,図4の回路では,R5とR6を追加しています.R5とR6およびRLにより,OPアンプの出力電圧が分圧されるため,RLが16Ωのときに出力が1Vrmsとなるよう,入力信号は0.15Vrmsとしています.
図5は,図4のシミュレーション結果です.下段の負荷抵抗の電流はRLが16Ωのときもクリップしていません.ただし,上段のOut端子の電圧は,RLが16Ωのときは,1Vrmsとなっていますが,RLが32Ωのときは1.2Vrmsと大きくなっています.
負荷電流はクリップしていないが,RLの値で出力レベルが変化している.
図4のR5とR6が存在することで,出力抵抗が大きくなり,負荷抵抗の値により出力レベルが変動してしまうことになります.このヘッドホン・アンプの出力抵抗はR5とR6の並列接続値の8Ωになり,公称インピーダンス16Ωのヘッドホンに対するダンピング・ファクタ(DF)は「DF=16/8=2」となります.
ダンピング・ファクタが小さいと,ヘッドホンから出力される音の周波数特性が変化してしまうことがあるため,あまり望ましくありません.なお,ダンピング・ファクタに関しては「オーディオ用パワー・アンプのダンピング・ファクタとは」を参照してください.
●出力抵抗が大きくなることを解決した,OPアンプ並列接続ヘッドホン・アンプ
図6は,図4の「出力抵抗が大きい」という問題を解決した,OPアンプを並列接続したヘッドホン・アンプです.これは図1の回路と同じものです.
R1の接続先をOut端子とすることで,R3を帰還ループの中に入れている.
R1の接続先をOut端子とすることで,R3(図4ではR6)が帰還ループの中に入ります.このように接続することで,R3の影響は無視できるようになります.図6のOPアンプ(U2)はゲイン1のバッファとなっています.そのため,A点とB点の電圧は同じとなり,負荷抵抗に流れる電流(IL)は,OPアンプU1とU2が1/2づつ供給することになります.Out端子の電圧(VOut)は入力電圧VInと抵抗R1とR2を使用して式3のように表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
また,A点の電圧はOut端子の電圧に抵抗(R3)の電圧降下を足したものになり,式4のようにVinが0.1Vrmsのとき,1.5Vrmsになります.
・・・・・・・・・・・・・(4)
図7が図6のヘッドホン・アンプのシミュレーション結果です.
RLが16ΩのときとRLが32ΩのときのOut端子の振幅は同じになっている.
上段がOut端子の電圧で,RLが16Ω場合とRLが32Ωの場合の振幅は同一で,いずれも1Vrmsとなっています.中段がA点の電圧ですが,RLが16Ωときの振幅のピーク値は2.1Vで,実効値にすると1.5Vrmsとなっています.また,下段が負荷抵抗の電流ですが,RLが16Ωのときもクリップしていません.このように,図6のような接続とすると,出力抵抗が大きくなることなく,出力電流能力を拡大することができます.
以上,2つのOPアンプを使用したヘッドホン・アンプについて解説しました.図6の回路を応用すると,複数個のOPアンプを使用して,大きな出力電流のアンプを構成することができます.ただし,OPアンプに大きな電流を流して使用する場合,パッケージの許容損失を超えないよう,OPアンプICの最大消費電力がいくつになるか,確認する必要があります.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice9_042.zip
●データ・ファイル内容
1_OPamp_HPA.asc:図2の回路
1_OPamp_HPA.plt:図3のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
2_OPamp_HPA.asc:図4の回路
2_OPamp_HPA.plt:図5のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
2_OPamp_FB_HPA.asc:図6の回路
2_OPamp_FB_HPA.plt:図7のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
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