AB級オーディオ用パワー・アンプの音を大きくする方法




LTspice メール・マガジン全アーカイブs

■問題
【 増幅回路 】

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,電源電圧5Vで使用する,OPアンプとトランジスタを組み合わせたAB級オーディオ用パワー・アンプです.使用しているOPアンプはレール・ツー・レール出力タイプです.パワー・アンプのゲインは20dBに設定され,その出力には1000μFのコンデンサを介し,8Ωのスピーカ[負荷抵抗(RL)]が接続されています.入力信号は,2.5Vを中心に正負に振幅する信号です.
 図1の回路で,信号レベルを上げ,出力波形がクリップしたとき,スピーカからの音が最も大きいのは,(a)~(d)のどの回路でしょうか.



図1 電源電圧5Vで使用する,オーディオ用パワー・アンプ
出力信号の,ピーク・ツー・ピーク値が大きく,スピーカからの音が最も大きいのは?


(a)の回路 (b)の回路 (c)の回路 (d)の回路
■ヒント

 図1の(a)~(d)の回路の中には,正常な動作をしない回路も含まれています.まず,正常に動作する回路はどれかを考え,次に最大出力の大きな回路はどれか,という順番で考えると答えは簡単に分かります.

■解答


(b)の回路

 図1の(a)の回路は,ダイオードの向きが逆なので動作しません.(c)の回路は,コンデンサC1とC2の接続箇所が不適切なので正常に動作しません.(d)の回路は,動作はしますが,Q1,Q2のベース・エミッタ電圧とR1,R2の電圧降下の影響で,出力信号の,ピーク・ツー・ピーク値は3V程度です.
 (b)の回路は,C1,C2によるブートストラップ回路の効果で,出力信号の,ピーク・ツー・ピークは4.7V程度となります.そのため,ピーク・ツー・ピーク値が最も大きく,スピーカからの音が大きいのは,(b)の回路となります.

■解説

●エミッタ出力のオーディオ用パワー・アンプ
 図2は,OPアンプとトランジスタを組み合わせたAB級オーディオ用パワー・アンプです.図1の(d)の回路のバイアス回路を具体的な回路に変更したものです.


図2 OPアンプとトランジスタを組み合わせたAB級オーディオ用パワー・アンプ
出力信号は,トランジスタQ1とQ2のエミッタから出力される.

 R5とR7の抵抗分割で,電源電圧の1/2の電圧を作り,OPアンプの入力(In端子)にバイアス電圧を加えています.このパワー・アンプは,出力信号が正のときは,トランジスタ(Q1)が出力電流を供給し,負のときはQ2が出力電流を供給します.信号は,それぞれのトランジスタのエミッタから出力されるため,このような構成のパワー・アンプを,エミッタ出力のパワー・アンプと呼んでいます.なお,トランジスタQ3とQ4は,Q1とQ2にバイアス電圧を供給し,AB級動作とする働きをしています.
 入力が電源電圧の1/2の2.5Vでバイアスされているため,パワー・アンプの出力であるA点の無信号時の電圧は2.5Vになります.そのため,スピーカや負荷抵抗は,カップリング・コンデンサのC6を介して接続することになります.

●エミッタ出力パワー・アンプの最大出力を計算
 このエミッタ出力パワー・アンプの最大出力を求めるため,A点の電圧の最大値と最小値について考えてみます.
 出力がクリップするような入力が加わると,OPアンプの出力はVccまたはGNDレベルになります.この条件でA点の電圧の最大値と最小値を計算します.
 トランジスタ(Q1)のベース・エミッタ間電圧(VBE)を0.7Vとすると,B点の電圧は,A点の電圧よりも,0.7V高くなります.また,抵抗,R1にはQ1のベース電流による電圧降下が発生します.トランジスタのβを200とすると,A点の最大電圧は式1のように,約4Vになります.

・・・・・・・・・・・・(1)

 A点の最小電圧は,式2で計算することができて,約1Vになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 A点の最大電圧が4Vで最小電圧が1Vなので,A点の出力信号のピーク・ツー・ピーク値の最大値は約3Vになります.ピーク・ツー・ピーク値が3Vの正弦波出力の場合,8Ωの負荷抵抗に発生する電力(P1)は式3のように,0.14Wになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

●エミッタ出力パワー・アンプの最大出力の確認
 図2の回路では,入力信号の正弦波の振幅を「Vin」という変数にして,「.step」コマンドで0.1,0.2,0.25と変化させて,出力波形がどのようになるかシミュレーションします.図3図2の回路のシミュレーション結果です.


図3 図2の回路のシミュレーション結果
クリップした波形のピーク・ツー・ピーク値は,約3Vになっている.

 Vinが0.1Vのときは出力は正弦波になっていますが,Vinが0.2Vと0.25のときは出力はクリップしています.クリップした波形のピーク・ツー・ピーク値は,約3Vになっていることが分かります.

●ブートストラップ回路を追加
 ブートストラップ回路を使用すると,エミッタ出力パワー・アンプの最大出力を大きくすることができます.
 図4は,図2の回路にブートストラップ回路を追加したものです.C1とD1およびC2とD2でブートストラップ回路を構成しています.


図4 ブートストラップを追加したエミッタ出力オーディオ用パワー・アンプ
C1とD1およびC2とD2がブートストラップ回路を構成している.

 無信号時のD点の電圧は,Vccよりも0.6V(ダイオードの順方向電圧)だけ低い電圧になっています.信号が入力されると,A点の出力信号がC1を介してD点に加わります.ダイオード(D1)があるため,D点の電圧は「Vcc-0.6V」以下にはならず,「Vcc-0.6V」を基準に出力信号の振幅と同じだけ,電圧が上昇します.そのため,D点の電圧はVccよりも高くなり,B点の電圧もVccよりも高くなります.
 また,A点の電圧はQ1のベース・エミッタ間電圧の影響を受けずにVcc近くまで上昇することができます.トランジスタの飽和コレクタ・エミッタ間電圧(VCES)を0.15Vとすると,A点の最大電圧(VAmax)は式4のように,4.85Vになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 A点の最小値(VAmin)は式5のように0.15Vになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 A点の最大電圧が4.85Vで最小電圧が0.15Vなので,A点の出力信号のピーク・ツー・ピーク値の最大値は約4.7Vになります.ピーク・ツー・ピーク値が4.7Vの正弦波出力の場合,8Ωの負荷抵抗に発生する電力(P2)は式6のように,0.35Wになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 このように,ブートストラップ回路を追加した図4の回路は,図2の回路の2倍以上の出力電力が得られることが分かります.

●ブートストラップを追加したパワー・アンプの確認
 図4の回路で,入力信号の正弦波の振幅を「Vin」という変数にして,「.step」コマンドで0.1,0.2,0.25と変化させて,出力波形がどのようになるかシミュレーションします.
 図5がブートストラップを追加したオーディオ用パワー・アンプのシミュレーション結果です.


図5 ブートストラップを追加したオーディオ用パワー・アンプのシミュレーション結果
クリップした波形のピーク・ツー・ピーク値は,約4.7Vになっている.

 下段がA点の出力電圧で,上段がD点の電圧です.Vinが0.1Vと0.2Vのときは,出力は正弦波になっており,Vinが0.25Vのときに波形がクリップしています.また,クリップした波形のピーク・ツー・ピーク値は,約4.7VPPになっていることが分かります.
 このように,ブートストラップを使用することで,エミッタ出力パワー・アンプでも,出力をほぼVccからGNDまで,フル・スイングさせることができます.なお,上段のD点の電圧は,ブートストラップの効果により,Vccよりも高くなっており,Vinが0.25Vのときは9V程度まで上昇しています.

 以上,ブートストラップを使用したオーディオ用パワー・アンプについて解説しました.ブートストラップを使用すると,エミッタ出力パワー・アンプの出力振幅を大きくすることができます.ただし,バースト信号のように,突然大きくなる信号では,波形の最初の部分がクリップすることがあります.

 ブートストラップの別の応用例については,「ブートストラップを使用したOPアンプ回路」をご参照ください.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice9_041.zip

●データ・ファイル内容
PW_amp.asc:図2の回路
PW_amp.plt:図3のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
Btsrp_PW_amp.asc:図4の回路
Btsrp_PW_amp.plt:図5のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル

■LTspice関連リンク先


(01) LTspice ダウンロード先
(02) LTspice Users Club
(03) LTspice メール・マガジン全アーカイブs
(04) ◆LTspice電子回路マラソン・アーカイブs
(05) ◆LTspiceアナログ電子回路入門アーカイブs
(06) ◆LTspice電源&アナログ回路入門アーカイブs
(07) ◆IoT時代のLTspiceアナログ回路入門アーカイブs
(08) ◆オームの法則から学ぶLTspiceアナログ回路入門アーカイブs
(09) ◆LTspiceエデュケーショナル・ファイルで学ぶアナログ回路アーカイブs
(10) ◆LTspiceドット・コマンドから学ぶアナログ回路アーカイブs
(11) ◆LTspiceで始める実用電子回路入門アーカイブs

トランジスタ技術 表紙

CQ出版社オフィシャルウェブサイトはこちらからどうぞ

CQ出版の雑誌・書籍のご購入は、ウェブショップで!


CQ出版社 新刊情報


近日発売

Interface 2025年 2月号

ラズパイで作り学ぶ Dockerコンテナ

CQ ham radio 2025年 1月号

2025年のアマチュア無線

HAM国家試験

第4級ハム国試 要点マスター 2025

HAM国家試験

第3級ハム国試 要点マスター 2025

トランジスタ技術 2025年 1月号

注目のロボット センサ&走行制御!

アナログ回路設計オンサイト&オンライン・セミナ