パワー・アンプの発熱が1番大きい出力レベルは?




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■問題
【 増幅回路 】

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,理想オペアンプとトランジスタを使用した,10W出力が可能な,B級パワー・アンプの回路図です.電源電圧は±9.2Vで,4Ωの負荷抵抗(RL)が接続されています.
 このパワー・アンプに,入力信号のピーク値が,4.6V,5.86V,6.84V,8.9Vの4種類の大きさの1kHzの正弦波信号を入力したとき,パワー・アンプの出力[負荷抵抗(RL)で発生する電力]は2.6W,4.3W,5.3W,10Wとなりました.この出力の中で,トランジスタ(Q1,Q2)の発熱が1番大きくなる出力は(a)~(d)のどれでしょうか.



図1 理想オペアンプとトランジスタを使用した,B級パワー・アンプの簡易回路
トランジスタ(Q1,Q2)の発熱が1番大きい出力レベルは?

(a)2.6W (b)4.3W (c)5.3W (d)10W
■ヒント

 B級パワー・アンプは,信号の極性により,2つのトランジスタのどちらか一方が出力電流を供給します.そして,トランジスタの発熱は,トランジスタで発生する電力に比例します.そのため,どのような出力レベルのときに,トランジスタで発生する電力が1番大きくなるのかを考えれば,答えが分かります.

■解答


(b)4.3W

 トランジスタの消費電力は,コレクタ電流(IC)とコレクタ・エミッタ間電圧(VCE)の積で計算できます.そして,ICは負荷抵抗(RL)に流れる電流とほぼ等しくなります.OUT端子の電圧をVpとして,正弦波出力時に,トランジスタの消費電力が最大になるVpを求めると,Vpは2Vcc/πになります.このとき,負荷抵抗で発生する電力(PL)は「PL=(2*9.2/π)2/(2*4)=4.29W」となるため,正解は(b)の4.3Wです.

■解説

●B級パワー・アンプの消費電力の計算
 図2は,B級パワー・アンプの動作を図解したものです.OUT端子とオペアンプU1の反転入力端子が直結されているため,このパワー・アンプのゲインは1となり,IN端子の波形とOUT端子の波形は同じになります.
 入力信号が正のときはQ1が動作し,負荷抵抗(RL)に流れる電流はQ1が供給します.このときQ2の電流は0となっています.一方,入力信号が負のときは,Q2が動作し,負荷抵抗(RL)に流れる電流はQ2が供給します.このときQ1の電流は0となっています.
 このB級パワー・アンプにおいて,最大出力時のトランジスタQ1,Q2の電圧降下(コレクタ・エミッタ間電圧)を0.3Vとすると,最大出力ピーク電圧は,±8.9Vになります.なお,このときQ1,Q2のベース電圧はVccおよびVeeよりも大きな電圧になる必要がありますが,オペアンプU1は,必要な電圧を出力できるものとします.  負荷抵抗(RL)に発生する電力(PL)は出力電圧の実効値をVOとすると,式(1)で計算できます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 正弦波の実効値(Vo)はピーク電圧(Vp)を√2で割ったものなので,ピーク電圧8.9Vの正弦波の場合の出力電力は式2のように9.9Wになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 また,負荷抵抗に流れる電流(IL)は式3で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 次にトランジスタの消費電力を計算してみます.トランジスタの消費電力は,コレクタ電流(IC)とコレクタ・エミッタ間電圧(VCE)の積で計算することができます.コレクタ電流と負荷抵抗に流れる電流はほぼ等しいため,トランジスタQ1の消費電力(PQ1)は式4で表されます.「Vcc=Vee」とすると,Q2の消費電力も式4で計算できます.

・・・・・・・・・・・・・(4)

 ここで,出力電圧を「VP*sin(ωt)」という正弦波とすると,式(4)は式(5)に変形できます.

・・・・・(5)

 式5の正の半サイクルの平均電力を計算すると,式6になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 Q1は負の半サイクルでは電力を消費しませんが,代わりにQ2が同じ電力を消費します.そのため,式6はQ1とQ2の消費電力を加算した1サイクルの平均電力とみなすことができます.なお,出力が正弦波ではなく,矩形波出力の場合のQ1とQ2の平均電力は,式4と同じになります.


図2 B級パワー・アンプの動作を図解したもの
入力信号が正のときはQ1が動作し,入力信号が負のときはQ2が動作する.

●トランジスタの消費電力の理論式をLTspiceでグラフ化する
 式4と式6が,出力電圧とトランジスタの平均消費電力の理論式です.表計算ソフトを使用して式4と式6をグラフ化することもできますが,ここではLTspiceの波形ビューアの機能を使用してグラフ化してみます.図3がLTspiceを使用してトランジスタの消費電力の理論式をグラフ化するための回路図です.電圧源が2つあり,グラフの横軸に相当するVpの値を0Vから9Vまで変化させます.


図3 トランジスタの消費電力の理論式をグラフ化するための回路図
出力電圧に相当するVpの値を0Vから9Vまで変化させる.

 図4がトランジスタの平均消費電力の理論式をグラフ化したものです.図3の回路をシミュレーションし,グラフ表示画面で,[Add Traces]メニューを実行して,式1,式2,式4,式6の数式を入力します.このときVccはV(Vcc)に置き換え,VpはV(Vp)に置き換えます.
 上段が矩形波出力のときの理論式をグラフ化したもので,トランジスタの消費電力が最大となるのは,出力電圧(Vp)が4.6Vのときであることが分かります.このときに負荷抵抗で発生する電力は5.29Wでトランジスタの消費電力も同じく,5.29Wとなっています.
 下段が正弦波出力のときの理論式をグラフ化したもので,トランジスタの消費電力が最大となるのは,出力電圧ピーク値(Vp)が5.86Vのときになっています.このときに負荷抵抗で発生する電力は4.29Wでトランジスタの消費電力も同じく,4.29Wとなっています.


図4 トランジスタの平均消費電力の理論式をグラフ化したもの
グラフ表示画面で,[Add Traces]メニューを実行して,式1,式4,式6の数式を入力する.

●B級パワー・アンプで,トランジスタの消費電力が最大になる条件
 式4と式6を使用して,B級パワー・アンプで,トランジスタの消費電力が最大になる条件を計算してみます.
 まず,矩形波出力の場合を考えてみます.式4がVpと消費電力の関係を表す式なので,消費電力が最大となる条件を求めるため,式4をVpで偏微分し,その解が0となるVpを求めます.式4をVpで偏微分すると,式7になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

 式7を0と置いて,Vpについて解くと,式8のようにトランジスタの電力が最大となる出力電圧(VQPMAX)はVcc/2となります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)

 このとき,負荷抵抗で発生する電力は式9のように5.29Wになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)

 また,トランジスタQ1,Q2の消費電力も式10のように,5.29Wになります.

・・・・・(10)

 次に正弦波出力の場合に,トランジスタの消費電力が最大になる条件を考えてみます.式6をVpで偏微分すると,式11になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・(11)

 式11を0と置いて,Vpについて解くと,式12のようにトランジスタの電力が最大となる出力電圧(VQPMAX)は2Vcc/πとなります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)

 このとき,負荷抵抗で発生する電力は式13のように4.29Wになります.

・・・・・・・・・・・・・・(13)

トランジスタQ1,Q2の消費電力は式14のように4.29Wになります.

・・・・・(14)

 このように,トランジスタの消費電力と負荷で発生する電力が等しくなる出力レベルのときに,トランジスタの消費電力が最大となります.

●トランジェント解析でトランジスタの消費電力を確認
 図5は,トランジェント解析でトランジスタの消費電力を確認するための回路図です.入力信号のピーク値を4.6V,5.86V,6.84V,8.9Vと変えて,負荷で発生する電力とトランジスタで発生する電力をシミュレーションします.また,「.meas」コマンドを使用して,負荷抵抗(RL)で発生する電力の平均値をPLという変数に代入し,トランジスタQ1,Q2で発生する電力の平均値の合計をPQという変数に代入しています.


図5 トランジェント解析でトランジスタの消費電力を確認するための回路図
入力信号のピーク値を4.6V,5.86V,6.84V,8.9Vと変えてシミュレーションする.

 図6図5のシミュレーション結果です.上段が負荷抵抗に発生する電力です.Vpの大きさが大きくなると,電力も大きくなっていることが分かります.下段がトランジスタQ1,Q2の消費電力の合計です.こちらは,Vpが大きくなると,波形の振幅が小さくなる現象が現れており,Vpが大きくなったときに,消費電力が小さくなる現象があることが,分かります.


図6 図5のシミュレーション結果
上段が負荷抵抗に発生する電力で,下段がトランジスタQ1,Q2の消費電力の合計.

 図7が「.meas」コマンドで計算したRLで発生する電力(PL)とトランジスタの消費電力PQです.シミュレーション実行後,[Ctrl+L]キーを押してログファイルを表示することで確認できます.入力信号の大きさを変えた,step1からstep4までの4種類の結果が表示されています.
 トランジスタの消費電力が1番大きいのはstep2で,RLで発生する電力が約4.3Wのときであることが分かります.


図7 「.meas」コマンドで計算したRLで発生する電力(PL)とトランジスタの消費電力PQ
RLで発生する電力が約4.3Wのときが,トランジスタの消費電力が1番大きい.

 以上,B級パワー・アンプの出力レベルとトランジスタの消費電力の関係について解説しました.オーディオ用パワー・アンプを設計する場合,トランジスタの過熱による破壊を防ぐため,適切な放熱器が必要になる場合があります.放熱器の大きさを計算するために使用する消費電力は,消費電力が最も大きくなる,矩形波出力時の式10を使用して計算する必要があります.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice9_035.zip

●データ・ファイル内容
TrPW.asc:図3の回路
TrPW.plt:図4のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
ClassBamp.asc:図5の回路
ClassBamp.plt:図6のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル

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