ギターの音がうねる「フェイザ」の試聴
図1は,エレキ・ギターに使われる,「フェイザ」と呼ばれるエフェクタの,回路の一部を簡略化したものです.回路図中にある,電圧制御可変抵抗の抵抗値を,低周波発振回路の出力で制御して,ギターの音色を変えます.
図2は,電圧制御可変抵抗の抵抗値が無限大のときのOut端子とP点の周波数特性のグラフです.図1の周波数特性として正しいのは(a)~(d)のどれでしょうか.
電圧制御可変抵抗の抵抗値が無限大のときの周波数特性は?
図1の周波数特性として正しいのはどれ?
OPアンプ(U3)は加算回路として動作します.そのため,In端子とP点の信号を加算したものが,Out端子に出力されます.OPアンプ(U1,U2)で構成されるフィルタが,どのような特性になるかということと合わせて考えれば,答えが分かります.
OPアンプ(U1,U2)は,オールパス・フィルタを構成しています.オールパス・フィルタは,周波数を変えても振幅は変化せず,位相だけが変化するフィルタです.そのため,P点の振幅は周波数によらず,一定になります.
オールパス・フィルタ出力と入力信号を加算すると,位相が同じときは振幅が2倍になります.そして,位相が180度ずれる周波数では,打ち消しあって振幅が小さくなります.つまり,Out端子はノッチ特性となります.このような周波数特性となっているのは(d)なので,正解は(d)の周波数特性ということになります.
●フェイザ・エフェクタの構成
図3は,フェイザ・エフェクタ回路のブロック図です.フェイザは,可変位相シフト回路(オールパス・フィルタ+電圧制御可変抵抗)と加算回路でノッチ・フィルタ(特定周波数の信号を除去する)を構成します.そしてそのノッチ・フィルタのノッチ周波数を,周期的に細かく変動させるエフェクタです.
可変位相シフト回路と加算回路で構成したノッチ・フィルタを,低周波発振回路で制御
低周波発振回路で発生させた数Hz~数十Hzの信号で,オールパス・フィルタのカットオフ周波数を変化させ,ノッチ周波数を変動させます.低周波発振回路の発振周波数は,可変抵抗器(VRspeed)で調整します.
●オールパス・フィルタの周波数特性
図4は,OPアンプで構成した基本的なオールパス・フィルタです.
R2=R3とすると,ゲインは周波数に依存せず1となる.
R2=R3とした場合,この回路の伝達関数は式1で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
式1で「s=jω」と置き,絶対値を求めると,式2のように1にとなります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
つまり,ゲインは周波数に依存しないことが分かります.この回路で位相が90度シフトする周波数は式3で計算することができます.
・・・・・・・・・・・・・・・(3)
図5は,図4のオールパス・フィルタのシミュレーション結果です.ゲインは周波数に依存せず,0dBとなっています.
ゲインは周波数に依存せず,位相のみが変化している.
また,低域では位相が反転していますが,周波数に応じて位相が変化し,高域では同相となっています.位相は180度から0度まで変化していることになります.
なお,図4のC1とR1を入れ替えたものも,オールパス・フィルタとして動作します.その場合,Out端子の信号は,低域で同相となり,高域で位相反転となります.
●オールパス・フィルタ2段と加算回路の周波数特性
図6は,オールパス・フィルタを2段従属接続し,その出力と入力信号を加算する加算回路を組み合わせた回路です.図1の回路をシュミレーションするための回路図になっています.
オールパス・フィルタ出力と入力信号を加算している.
図7は図6のシミュレーション結果です.P点の振幅は周波数によらず一定になっています.また,P点の位相は0度から360度まで変化し,位相が180度回転した周波数で,Out端子の振幅が減少するノッチ特性となっています.
P点の位相が180度転した周波数で,Out端子の振幅が減少するノッチ特性となっている.
●JFETを電圧制御可変抵抗素子として使用する
フェイザでは,位相シフト回路の位相特性をコントロールするために,電圧制御可変抵抗素子を使用します.フェイザの電圧制御可変抵抗素子としては,JFET(ジャンクションFET)がよく使用されています.JFETは,ゲート電圧を制御することで,ドレイン・ソース間の小信号抵抗(オン抵抗)を変化させることができます.
図8は,JFETのゲート電圧とオン抵抗の関係を確認するための回路とそのシミュレーション結果です.ゲート電圧が-1.5V以上になると,急激にオン抵抗が小さくなっていることが分かります.
ゲート電圧が-1.5V以上になると,急激にオン抵抗が小さくなっている.
●JFETでオールパス・フィルタ4段の特性をコントロールする
市販されているフェイザでは,オールパス・フィルタの段数を多くし,ノッチ特性となる周波数を増やしたものもあります.図9はオールパス・フィルタを4段に増やし,可変抵抗素子としてJFETを追加したものです.JFETのゲート・ソース間電圧(VGS)を-1Vと-2Vに変化させ,周波数特性をシミュレーションします.
JFETのゲート・ソース間電圧を-1Vと-2Vに変化させ,周波数特性をシミュレーションする.
図10が図9の回路のシミュレーション結果です.青線が「VGS=-2V」のときの特性で,赤線が「VGS=-1V」のときの特性です.VGSの値により,オールパス・フィルタのカットオフ周波数がコントロールできていることが分かります.
2つの周波数でノッチ特性となり,VGSの値で特性が変化している.
P点の位相は,それぞれ0度から-720度まで回転し,-180度のときと,-540度の2か所でOut端子の振幅が減少するノッチ特性となっています.
●可変位相回路と低周波発振回路の組み合わせ
図11が,図9の可変位相回路と低周波発振回路を組み合わせた,フェイザをシミュレーションするための回路です.
ギター音源を入力し,フェイザの効果を試聴する.
低周波発振回路は,積分回路とヒステリシス・コンパレータを組み合わせたもので,三角波発振出力が得られます.発振周波数は可変抵抗器(VRspeed)で調整します.その摺動子の位置は,SPEEDという変数で設定します.
低周波発振回路の出力はJFETのゲートに接続され,その直流電圧は,VRtrimという可変抵抗器で設定します.その摺動子の位置はTRIMという変数で設定します.この回路に,LTspiceのWAVファイルの入出力機能を利用して,ギター音源を入力し,フェイザの効果を試聴します.V1の電圧を「wavefile="non_Phaser.wav"」とし,「.wave "phaser.wav" 16 44.1K V(WAVout)」というコマンドを追加します.
●フェイザの効果をシミュレーションして試聴する
図11(Phaser_WAV.asc)のシミュレーションをスタートすると,図12のシミュレーション結果の表示が開始されます.出力電圧が安定するしてからWAVファイルに記録するために,シミュレーション開始0.2秒後から保存するよう「.tranコマンド」を設定しています.
図12の上段がWAVファイルに記録されたギターの音源の波形で,下段がフェイザの出力波形です.シミュレーションが終了(約5分~10分)すると,回路図ファイルと同じフォルダに,「phaser.wav」というファイルが作られます.このファイルを再生することで,フェイザで加工された音を試聴することができます.加工前の「non_phaser.wav」と聞き比べてみてください.
上段がギターの音源の波形で,下段がフェイザの出力波形.
以上,フェイザ・エフェクタについて解説しました.回路図中の「SPEED」という変数を変えると,音色が変化します.また,図9のR11の値を変えると,低周波発振回路の振幅が変化します.そして「TRIM」という変数で低周波発振回路の直流電圧が変化します.これらの値を変えることでJFETのコントロール特性を変えることができます.「SPEED」変数の変更と合わせて,いろいろシミュレーションしてみてください.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice9_031.zip
●データ・ファイル内容
All_Pass_AC.asc:図4の回路
phaser2_AC.asc:図6の回路
phaser2_AC.plt:図7のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
phaser4_JFET_AC.asc:図9の回路
phaser4_JFET_AC.plt:図10のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
Phaser_WAV.asc:図11の回路
Phaser_WAV.plt:図12のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
non_Phaser.wav:入力音源ファイル
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