オーディオ回路の電源を安定化する
図1は,バンドギャップ・リファレンス(基準電圧)からの電圧(refの電圧)を負帰還回路で増幅し,outから一定の電圧を出力する電圧レギュレータです.図1において,outの電圧は(a)~(d)のどれに近いでしょうか.
ただし,Q1とQ2は特性が揃った同じトランジスタで,Q2のベース・エミッタ電圧(VBE2)は0.75Vとします.計算を簡単にするためQ1とQ2のベース電流は無視します.
(a) 1.5V (b) 2.5V (c) 3.5V (d) 4.5V
負帰還の効果によりQ1のコレクタ電流とQ2のコレクタ電流の関係はどうなるのか,その状態のとき発生するrefの電圧は何Vになるか,負帰還回路によりoutの電圧はrefの電圧の何倍になるかを検討すると分かります.
図1より,outの電圧(Vout)は,負帰還回路でrefの電圧(Vref)を増幅し「Vout=(1+R5/R6)Vref」になります.そして,Vrefは,Q2のベース・エミッタ電圧(VBE2)とR4の電圧降下(VR4)を加えた電圧「Vref=VBE2+VR4」になります.この2つの式で,R5とR6の抵抗値は図1から分かり,VBE2は問題文より0.75Vです.分からないのは,R4の電圧降下(VR4)なので,この電圧降下を検討します.
R4の電圧降下を検討するとき,次の関係を使います.
・バーチャル・ショートになるとR1とR2の両端の電圧は同じになり,Q1とQ2のコレクタ電流の比は「1:2」
・Q1とQ2のコレクタ電流に差があることから,R3の両端の電圧(ΔVBE)は「ΔVBE=VBE1-VBE2」
・R3の電流はΔVBE と抵抗値から分かり,その電流はQ1のコレクタ電流とみなせる
これらの関係より,R4の電流はR3の電流を3倍した電流が流れ,R4の電圧降下は「VR4=3×(R4/R3)×VTln2」になります.ここでVTは熱電圧であり,常温27℃でおおよそ「VT=26mV」です.具体的な回路定数を入れると,「VR4=0.39V」になります.以上より,outの電圧は「Vout=2.45V」となり,解答の(b)が近い値になります.
●安定した電源は回路を安定にする
オーディオ回路を含む電子回路は,電源が変化すると回路の特性が変化することがあります.これを防止するため,図1のような電圧レギュレータを電源として用います.電圧レギュレータは,次の機能が求められます.
・V1の電圧が変化しても一定の電圧にする
・outに繋がる負荷が変化しても一定の電圧にする
・温度が変化しても一定の電圧にする
図1の電圧レギュレータは,次の回路から構成されています.
・温度が変化しても一定の基準電圧を出力するバンドギャップ・リファレンス
・その基準電圧を増幅して欲しい電圧に調整する負帰還回路
・電圧レギュレータを安定して起動させる起動回路
●電圧レギュレータの全体の動作を確認する
図2は,電圧レギュレータの全体の動作を確認する回路です.この回路を使って電圧レギュレータがどのように動作しているかを確認します.図2はV1の電圧が加わり,電圧レギュレータが安定動作するまでをtran解析でシミュレーションします.V1は0msで0V,その後V1が線形に推移して10msで10Vになるようにしています.
V1は0msで0V,その後10msで10Vになる.
図3は,図2のシミュレーション結果で各部の電圧と電流をプロットしました.X軸の時間軸にはA点とB点を示し,回路の全体的な動きは0ms~A点,A点~B点,B点以降の3つの区間があります.
上段は起動回路から流れる電流と,outとrefの電圧推移をプロット.
中段はQ1,Q2のコレクタ電流をプロット.
下段はOPアンプの反転端子と非反転端子の電圧の推移をプロット.
0ms~A点間は起動回路のD3から起動電流を供給する区間になります.D3はダイオード・スイッチとして動作し,D3のアノードの電圧よりrefの電圧が低いとき,図3上段のように起動電流が流れます.図3上段のrefの電圧が高くなるとD3の起動電流は自動的に停止します.
A点~B点間は図3上段のrefの電圧が高くなり,図3中段のQ1とQ2が動作を開始してコレクタ電流が流れ,バンドギャップ・リファレンスが立ち上がる区間になります.この区間では図3下段のようにOPアンプの非反転端子の電圧(Vin+)は反転端子の電圧(Vin-)より高くなり,図3上段のoutの電圧はV1に追随します.
B点以降は図3下段のOPアンプの反転端子と非反転端子がバーチャル・ショートになり,回路が落ち着いた区間になります.バーチャル・ショートによりR1とR2の両端の電圧は等しくなり,図3中段のQ1とQ2のコレクタ電流の比は「1:2」になります.このとき図3上段のrefの電圧は一定になり,outの電圧はrefの電圧を負帰還回路で増幅した一定の電圧になります.
このように電圧レギュレータの全体の動作は0ms~A点,A点~B点,B点以降の3つの区間を経て一定の電圧をoutから出力するようになります.
●温度が変化してもrefの電圧を一定にする
次に,電圧レギュレータは温度が変化しても一定の電圧にする機能が求められます.この機能はバンドギャップ・リファレンスが担います.図4は,図1の起動回路を外した電圧レギュレータになります.
電圧レギュレータの動作の状態は,先程の図3で示したB点以降の回路が落ち着いた状態で検討することから,動作していない起動回路は外しています.バンドギャップ・リファレンスの出力はrefになります.ここでは図4を使って,温度変化をしてもrefの電圧が一定になるR3とR4の決め方を解説します.
回路が落ち着いた状態のとき,図4のOPアンプの反転端子と非反転端子はバーチャル・ショートになります.この状態のとき,R1とR2の抵抗比は「2:1」なので,Q1とQ2のコレクタ電流の比は「1:2」になります.Q1とQ2のコレクタ電流に差があることから,R3の両端の電圧(ΔVBE)は「ΔVBE=VBE1-VBE2」になり,整理すると式1になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
R3の電流(IR3)は式1を使うと式2になり,IR3はQ1のコレクタ電流とみなせます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
R4に流れる電流はQ1のコレクタ電流とQ2のコレクタ電流の和なので,式1と式2を使うと式3になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
バンドギャップ・リファレンスの出力となるrefの電圧(Vref)は, Q2のベース・エミッタ電圧(VBE2)とR4の電圧降下を加えた電圧です.R4の電圧降下は,R4に式3の電流が流れたときの電圧なので,refの電圧(Vref)は式4になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
ここで,VT(熱電圧)は「VT=KT/q」です.K=ボルツマン定数,q=電子の電荷,T=絶対温度
温度が変化したときのrefの状態を調べるため,式4を温度で微分すると式5になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
Vrefの温度変化をゼロとすると,式5の左辺が0になります.VBE2の温度変化を調べると「∂VBE2/∂T=-1.4mV/℃」になります.ボルツマン定数は「K=1.38×10-23」,電子の電荷は「q=1.602×10-19」なので,式5は式6になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・(6)
式6を整理して,Vrefの温度変化をゼロにするためのR3とR4の比は式7になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
式7より「R3=100Ω」とすると,「R4=780Ω」になります.実際はQ1とQ2のベース電流等もあり,R4は調整して「R4=715Ω」にしています.ここまでの検討が,温度変化をしてもrefの電圧を一定にするR3とR4の決め方になります.
●outの電圧の計算
解答の計算をすると,refの電圧は式4を使います.式4に「VBE2=0.75V」,「R3=100Ω」,「R4=715Ω」,常温27℃の絶対温度は300ケルビンなので「VT=26mV」を使うと,式8の「Vref=1.14V」になります.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)
電圧レギュレータのoutの電圧は,負帰還回路のR5とR6により増幅されて式9になり,解答の(b)が近い値になります.式9からも分かるように,outの電圧は負帰還回路のR5とR6で調整することができます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)
●温度が変化したときのoutの電圧変化を確認する
図5は,温度が変化したときのrefの電圧とoutの電圧を調べる回路です.シミュレーションはdc解析で「.dc TEMP -20 100 1」の指定で,-20℃~100℃間を1℃ステップでスイープしています.
図6は,図5のシミュレーション結果で,refとoutの温度特性をプロットしました.図6より,温度が変化してもrefの電圧とoutの電圧の変化は小さく,ほぼ一定になるのが分かります.そしてrefの電圧は1.13V,outの電圧は2.5Vになり,解答で机上計算した結果とほぼ同じになります.
図5の温度特性をプロット.温度が変化してもrefの電圧とoutの電圧の変化は小さく,ほぼ一定になる.
●負帰還回路の安定性をシミュレーション
最後に,図1の電圧レギュレータは,負帰還回路を使っているので,図7を使ってループ・ゲインと位相の周波数特性をシミュレーションし,負帰還の安定性について調べます.
負帰還ループの中にV2の交流電圧源を入れて測定する.
ループ・ゲインと位相の周波数特性を調べるときには,負帰還ループの中にV2の交流電圧源を入れます.V2の正のノードのラベルを(a),負のノードのラベルを(b)にして,「V(a)/V(b)」をプロットすることによりループ・ゲインと位相が分かります.周波数特性はac解析を用い,「.ac oct 30 10m 10meg」の指定で10mHz~10MHz間を周波数が2倍あたり30ポイントでスイープします.
ループ・ゲインと位相は,C1によって変わります.図7ではC1が無い状態として0pF,安定性を補償した状態としてC1を8pFに変えてシミュレーションします.これは図7のC1の容量をCcの変数にし,「.step param Cc LIST 0pF 8pF」の指定で変更しています.
●負帰還を安定させる
図8は,図7のシミュレーション結果で,ループ・ゲインと位相をプロットしました.青が「C1=0pF」,赤が「C1=8pF」のプロットになります.C1が0pFのときの位相余裕は33°,C1が8pFのときは79°になります.位相余裕は経験則から最悪で45°以上,通常で60°は欲しいものです.これより,C1は8pFの方が位相余裕は大きくなり,負帰還は安定になります.
ループ・ゲインと位相の周波数特性は,電圧レギュレータの出力にデカップリング・コンデンサを接続したときに変わることがあります.使用する条件に合わせて検討することが必要になります.
C1を8pFにすると位相余裕が大きくなる.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice9_028.zip
●データ・ファイル内容
Regulator tran.asc:図2の回路
Regulator tran.plt:図2のプロットを指定するファイル
Regulator.asc:図5の回路
Regulator.plt:図5のプロットを指定するファイル
Regulator ac.asc:図7の回路
Regulator ac.plt:図7のプロットを指定するファイル
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