ロック・ギターに欠かせない「ディストーション」の試聴




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■問題
【 ひずみ 】

小川 敦 Atsushi Ogawa

 図1は,エレキ・ギターで,音をひずませるときに使用する,ディストーションと呼ばれるエフェクタの回路を簡略化したものです.この回路に,次の条件で,1kHzの正弦波信号を入力したとき,Out端子の波形がクリップする(ひずみだす)入力信号の実効値(Vrms)は,(a)~(d)のどれでしょうか.

・使用しているダイオード(D1,D2)は,図2のような特性となってる
・DistVRは,Bカーブ特性(抵抗値が直線的に変化)の,100kΩの可変抵抗器で,摺動子の位置がセンターになっている
・Out端子の信号のピーク・ツー・ピーク値が,A点の信号のピーク・ツー・ピーク値よりも0.4V小さくなった状態を,クリップしたものとする



図1 簡略化した,ディストーション・エフェクタの回路図
Out端子の波形がクリップする入力信号レベルはいくつ?


図2 ダイオード(D1,D2)の電圧電流特性

(a)1.82mVrms (b)3.64mVrms (c)7.28mVrms (d)14.56mVrms
※Vrms(ボルト・アール・エム・エス)は,信号を実効値(RMS)で測定するという条件での電圧

■ヒント

 この回路は,In端子の入力信号を大きくしていくと,Out端子の信号の振幅が制限され,クリップしたひずみ波形になります.Out端子の波形がクリップする場合,ダイオードが導通し,R5に電流が流れます.
 クリップの条件から,R5に流れる電流を求め,ダイオードの特性図からそのときのダイオードの電圧を調べれば,A点の振幅が求められます.A点の振幅が分かれば,2つのオペアンプ回路のゲインから入力信号レベルが求められます.

■解答


(b)3.64mVrms

 問題文のクリップの条件から,Out端子の波形がクリップした場合,R5に0.2Vの電圧降下が発生していることになります.そのときR5に流れる電流は「0.2/R5=100μA」となります.ダイオードにも同じ電流が流れますが,そのときのダイオードの電圧は,図2から,0.48Vと読み取れます.そのため,このときのA点の電圧のピーク値は「0.2+0.48=0.68V」になります.
 DistVR(可変抵抗器)を,2本の抵抗(摺動子を境に右がDistVR1,左がDistVR2)と考えると,In端子からOut端子のゲイン(G)は,式1のように132倍と計算できます.

・・・・・・・・・(1)

 そのため,Out端子がクリップする入力信号のピーク値は「0.68/132=5.15mV」です.これを,実効値とピーク値の変換係数(√2)で割ると,3.64mVrmsになります.

■解説

●エレキ・ギターに使用するエフェクタとは
 エレキギターは,弦の振動をピックアップと呼ばれる部品で電気信号に変換し,その信号をアンプで増幅してスピーカから音を出します.このとき,ギターとアンプの間に挿入して,ギターの音色を変化させるものがエフェクタです.
 エフェクタには,いろいろな種類がありますが,ハード・ロックでよく使用されるのが,「ディストーション(distortion)」と呼ばれるエフェクタです.ディストーションは文字通り,信号を故意にひずませるためのエフェクタです.音をひずませることで高調波成分を増やし,迫力のある音にします.

●ディストーション・エフェクタの回路構成
 図3は,1970年代に発売開始されてからいまだに販売されている,有名な「ディストーション・エフェクタ(以下:ディストーション)」のブロック図です.エレキ・ギターのピックアップ出力を,固定ゲイン増幅回路で増幅した後,可変ゲイン増幅回路で増幅し,ダイオード・クリッパに入力します.
 ダイオード・クリッパが信号をひずませるための回路ですが,動作については後述します.ディストーション調整可変抵抗器で,可変ゲイン増幅回路のゲインを変えることで,信号のひずませ方を調整します.
 ダイオード・クリッパの出力は,トーン・コントロールや音量調整可変抵抗器,バッファ・アンプを経由して,Out端子から出力されます.図1の回路図は,図3のブロック図の上半分を取り出したものになります.


図3 ディストーションのブロック図
可変ゲイン増幅回路のゲインを変えることで,信号のひずませ方を調整する

●ダイオード・クリッパ回路
 ディストーションにもいろいろな回路方式がありますが,信号をひずませるために最もよく使用されるのが,ダイオード・クリッパ回路です.図4のように1本の抵抗と2本のダイオードで構成された,シンプルな回路です.
 ダイオードは,図2のように,アノード・カソード間電圧が小さいときは電流がほとんど流れませんが,0.4V~0.5V以上の電圧が加わると,急激に電流が大きくなります.そのため,図4のように抵抗を介して電圧を印加すると,0.4V~0.5V以上でダイオードに電流が流れ,R1に電圧降下が発生するため,Out端子の電圧が制限されます.
 ダイオードD1とD2が互いに逆方向に接続されていますが,これは正負両方の信号に対して振幅を制限するためです.図4では,In端子の電圧を-2Vから+2Vまで1mVステップで変化させ,Out端子の電圧がどのように変化するか,シミュレーションします.


図4 ダイオード・クリッパ回路
1本の抵抗と2本のダイオードで構成されたシンプルな回路.

 図5は,図4のシミュレーション結果ですIn端子の電圧が±0.4Vを越えると,Out端子の電圧振幅が制限されることが分かります.


図5 ダイオード・クリッパ回路のシミュレーション結果
In端子の電圧が±0.4Vを越えると,Out端子の電圧振幅が制限される

●ディストーションの回路動作
 図6は,図1の回路をシミュレーション用に書き変えたえたものです.DistVRは,DistVR1とDistVR2の2つの抵抗で構成しています.オペアンプ(U1)で反転増幅回路を構成しており,オペアンプ(U2)は非反転増幅回路となっています.


図6 簡略化した,ディストーションのシミュレーション用回路
可変抵抗器(DistVR)は DistVR1と DistVR2の2つの抵抗で構成している.

 DistVRの摺動子の位置を変えることで,非反転増幅回路のゲインを変えることができます.In端子からAまでのゲイン(G)は,式2で表されます.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 DistVRの摺動子の位置を左端にしたときのゲイン(G)は式3のように64dBとなります.

・・・・・(3)

 摺動子の位置を右端にした場合,式4のようにゲイン(G)は37dBになります.

・・・・・・(4)

 また,問題文の条件である,摺動子の位置をセンターにした場合は,式5のようにゲイン(G)は42dBになります.

・・・・・(5)

 次に,問題文にあるクリップの定義で,Out端子の波形がクリップする入力レベルを計算してみます.問題文では,Out端子の信号のピーク・ツー・ピーク値が,A点の信号のピーク・ツー・ピーク値よりも0.4V小さくなった状態を,クリップした状態と定義しています.この状態では,波形の半波の振幅が0.2V小さくなっていることになります.つまり,Out端子の波形がクリップした場合,R5に0.2Vの電圧降下が発生していることになります.そのときR5に流れる電流(IR5)を計算すると,式6のように100μAとなります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 ダイオードにも同じ100μAの電流が流れます.図2のダイオードの特性グラフで,ダイオードの電流が100μAのとき,横軸の電圧は0.48Vと読み取れます.そのため,このときのA点の電圧のピーク値は,ダイオードの電圧(0.48V)にR5の電圧降下(0.2V)を足したものになり「0.2+0.48=0.68V」になります.A点の電圧のピーク値が0.68VになるIn端子の電圧ピーク値は,式7のように5.15mVになります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

 これを実効値とピーク値の変換係数(√2)で割ると,3.64mVrmsになります.

 図7は,図6の簡略化したディストーション回路のVinに,3.64mVrmsの正弦波信号を入力したときの,A点とOut端子の波形です.Out端子の波形は振幅が制限されており,A点の波形よりもピーク値が0.2V小さくなっています.


図7 図6のシミュレーション結果
Out端子はA点の波形よりもピーク値が0.2V小さくなっている.

●ディストーションの効果をシミュレーションする
 図8は,ディストーションで,音がどのように変化するのかをシミュレーションするための回路です.図1の回路に入出力バッファやトーン・コントロール回路を追加し,図3のブロック図と同じになるように構成しています.


図8 ディストーションで音がどのように変化するのかをシミュレーションする回路
LTspiceのWAVファイル入出力機能を使用して,音の変化を試聴する

 LTspiceには音楽を記録したWAVファイルの入出力機能があります.電圧源(Vin)の電圧値の代りに,「wavefile=”WAVファイル名”」と記述することで,Vinの出力電圧がWAVファイルの内容になります.今回は「non_Distortion.wav」というギターの音を記録したWAVファイルを指定しています.このとき,WAVファイルのフル・スケールが,±1Vの電圧として出力されます.また「.wave」というコマンドを使用すると,任意のノードの電圧をWAVファイルとして出力することができます. 「.wave」コマンドの,それぞれのパラメータは次のような意味があります.



 なお,WAVファイルに変換するとき,±1Vがフル・スケールとなるように変換されます.±1Vよりも大きな電圧は,正確に変換できないことに注意してください.
 また,図8では「ディストーション調整」,「音質調整」,「音量調整」の3つの可変抵抗器の摺動子の位置を「dist」,「tone」,「level」の3つの変数で表しています.それぞれの変数の値(0~1)を変えることで,ディストーションの音質を変化させることができます.

●ディストーションのひずみを試聴する
 図8の回路のシミュレーションをスタートすると,図9のシミュレーション結果の表示が開始されます.上段が入力WAVファイルの波形で,下段がディストーションの出力波形です.ディストーションの出力波形は,一定の振幅で制限されていることが分かります.シミュレーションが終了(約5分~10分)すると,回路図ファイルと同じフォルダに,「distortion.wav」というファイルが作られます.このファイルを再生することで,ディストーションで加工された音を試聴することができます.加工前の「non_distortion.wav」と聞き比べてみてください.


図9 ディストーションのシミュレーション結果
上段が入力WAVファイルの波形で,下段が”ディストーション”の出力波形.

 以上,ディストーションについて解説しました.図8の回路の,「dist」と「tone」の2つのパラメータの値を変えると,どのような音色に変化するか,いろいろシミュレーションしてみてください.

◆参考資料
トランジスタ技術2014年12月号 第3章 ロック・ギター用エフェクタ「ディストーション回路」


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice9_027.zip

●データ・ファイル内容
diode.asc:図2をシミュレーションするための回路
diode_Clipper.asc:図4の回路
Distortion_tran.asc:図6の回路
Distortion_tran_WAV.asc:図8の回路
Distortion_tran_WAV.plt:図9のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
non_Distortion.wav:入力音源ファイル

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