負帰還を安定させたままスルー・レートを高くする方法




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■問題
【 増幅回路 】

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は,OPアンプを使った非反転アンプです.次の条件で,この回路のスルー・レートを高くする,適切な調整方法は(a)~(d)のどれでしょうか.

・負帰還を安定させるため,ゲインが0dBと交差する周波数(ユニティ・ゲイン周波数)は変えない
・調整箇所として,図1の中の「調整1」と「調整2」とする
・OPアンプは,図1の上部に示したゲイン周波数特性と過渡応答特性を持っている
・初段差動アンプの相互コンダクタンス(Gm1)は,図1の下部に示したQ1とQ2のエミッタに接続しているR15とR16の抵抗値REで調整できる



図1 OPアンプを使った非反転アンプ
この回路は,LTspiceのEducationalフォルダ(\LTspiceXVII\examples\Educational)内の「LM741.asc」の初段のトランジスタQ1,Q2をNPNからPNPに変更した回路です.また,この回路のOPアンプは,スルー・レートの解説のため,トランジスタを使用した回路となっています.

(a) C1の値のみを30pFより低くし,REは加えない
(b) C1の値のみを30pFより高くし,REは加えない
(c) C1の値は調整せず,初段差動アンプのGm1をREで低くする
(d) C1の値を低くし,C1の変化と同じ割合で初段差動アンプのGm1をREで低くする

■ヒント

 OPアンプには,過渡応答特性に示したスルー・レートがあり,スルー・レートを高くすると,出力電圧の時間変化が速い信号でも波形のひずみが起きないので,信号の劣化を防ぐことができます.
 ユニティ・ゲイン周波数とスルー・レートはC1とGm1が関係しています.C1とGm1を変えると,ゲイン周波数特性と過渡応答特性がどのように変化するかを検討すると分かります.

■解答


(d) C1の値を低くし,C1の変化と同じ割合で初段差動アンプのGm1をREで低くする

 スルー・レートは,C1の充電時間と放電時間で決まります.このためC1の容量が低いほど,充電時間と放電時間が短くなって,スルー・レートは高くなります.C1の容量を低くするのは(a)と(d)になり,(b)と(c)は候補から消えます.
 また,ユニティ・ゲイン周波数(fu)は,初段差動アンプの相互コンダクタンス(Gm1)とC1の容量で決まり,「fu=Gm1/2πC1」の関係があります.これより,スルー・レートを高くしてもfuは変わらないようにするには,C1図1の30pFから低くした割合と同じ割合でGm1を低くします.Gm1はREを加えることで低く調整できます.以上の関係より,正解は(d)になります.

■解説

●ユニティ・ゲイン周波数とスルー・レートについて
 スルー・レートは,OPアンプの最大の出力電圧の時間変化を表します.スルー・レートを境に,出力電圧の時間変化は,スルー・レート以下なら波形がひずまず,スルー・レート以上のとき波形がひずみます.
 スルー・レートは,図1のC1の充電時間と放電時間で発生するので,スルー・レートを高くするにはC1の容量を低くします.
 一方,C1は負帰還が発振せずに安定動作するための補償コンデンサになります.このためスルー・レートを高くするためC1を低くすると,負帰還は不安定になります.C1を調整したとき,負帰還が安定なのかを判断する目安としてユニティ・ゲイン周波数があります.
 C1の調整前の状態で負帰還は発振せずに安定しているとします.このときのユニティ・ゲイン周波数と,解答の(d)で調整後のユニティ・ゲイン周波数が同じなら,負帰還は安定と考えることができます.
 今回のメルマガは,ユニティ・ゲイン周波数を変えずにスルー・レートを調整する方法についての検討になります.スルー・レートによる波形ひずみについてはLTspiceで学ぶオーディオ回路入門 024「OPアンプのスルー・レートによる波形のひずみ」を参照してください.

●調整前のユニティ・ゲイン周波数とスルー・レートを机上計算する
 図2は,図1のOPアンプのユニティ・ゲイン周波数とスルー・レートを検討する回路になります.


図2 調整前のOPアンプのスルー・レートとユニティ・ゲイン周波数を検討する回路

 図2には2つの回路があり,図2(a)は,図1のOPアンプのブロック図になります.調整前の回路なので,「C1=30pF」です.図2(b)は,図1のQ1とQ2を使った初段差動アンプになります.

▼調整前のユニティ・ゲイン周波数の机上計算
 図2(a)のブロック図で,初段差動アンプと第2段アンプを通過したときのゲインは式1になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 式1を使ってユニティ・ゲイン周波数を検討します.ユニティ・ゲイン周波数は,式1のゲインが1倍(0dB)になる周波数なので,式1の絶対値をとってゲインが1倍とすると式2になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 ユニティ・ゲイン周波数をfuとすると,式2のωuは「ωu =2πfu」になり,式2をfuで整理すると式3になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 式3より,ユニティ・ゲイン周波数は初段差動アンプのGm1とC1のコンデンサで決まります.式3の関係より,スルー・レートを高くするためC1を低くしたとき,ユニティ・ゲイン周波数を調整前と同じにするには,Gm1を同じ割合で低く設定すれば良いことが分かります.

▼調整前のスルー・レートの机上計算
 次に図2(a)のブロック図で,初段差動アンプが図2(b)のときのスルー・レートについて検討します.スルー・レートは初段差動アンプの出力電流が最大値のImaxのとき,C1への充電時間と放電時間で発生します.このときのVoの時間変化は式4になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 スルー・レートは式4のVoの時間あたりの変化なので,式5になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 式3と式5を使い,スルー・レートとユニティ・ゲイン周波数の関係を調べると式6になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6)

 式6のGm1は,図2(b)の初段差動アンプの相互コンダクタンスなので,式7になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)
ここで,Itailはテール電流2Itailの1/2の電流,VTは熱電圧


 初段差動アンプの最大の出力電流Imaxは,図2(b)のテール電流2Itailなので,式8になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8)

 式6へ式7と式8を入れると,スルー・レートとユニティ・ゲイン周波数の関係は式9になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)

 式9で表したスルー・レートが,調整後に高くなることを次以降で確認します.

●調整後のスルー・レートを机上計算する
 図3は,スルー・レートを高くするため,C1の容量を30pFから3pFへ1/10に調整した回路例になります.


図3 調整後のOPアンプのスルー・レートとユニティ・ゲイン周波数を検討する回路

 図3には2つの回路があり,図3(a)は調整後のOPアンプのブロック図になります.図3(b)は初段差動アンプのGm2を調整するため,Q1とQ2のエミッタ側にR15とR16の抵抗を加えた回路になります.調整の条件として,調整前と調整後でユニティ・ゲイン周波数は変えずに同じにします.ユニティ・ゲイン周波数は式3なので,C1を1/10にしたとき,図2(b)のGm1図3(b)のGm2の比を「Gm2/Gm1=1/10」になるようにします.具体的には,Gm2図3(b)のR15とR16の抵抗値REで調整します.
 図3(b)の相互コンダクタンスをGm2とすると,REの効果により式10になります.式10中のGm1図2(b)の初段差動アンプの相互コンダクタンスで式7です.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10)

 式10より「Gm2/Gm1」の比は式11になります.今回は選びやすい抵抗として「RE=12kΩ」にしました.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)

 式7のGm1は,熱電圧「VT=26mV」,図3(b)より「Itail=17μA」なので「Gm1=654μA/V」になります.これらの値を式11に入れると,「Gm2/Gm1=1/9」になり,1/10に近い調整になります.スルー・レートは式6のGm1が式10のGm2に変わるので,式12になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)

 式12を整理すると,スルー・レートは式13になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(13)

 式9の調整前のスルー・レートと,式13の調整後のスルー・レートを比べると,調整後は調整前のスルー・レートの「1+Gm1RE」倍になります.具体的には調整前のスルー・レートの9倍になることが分かります.

●調整前のユニティ・ゲイン周波数とスルー・レートのシミュレーション
 図4は,図1の調整前のユニティ・ゲイン周波数とスルー・レートをシミュレーションする回路になります.C1は30pFで,初段差動アンプのQ1とQ2のエミッタ側にはREの抵抗はありません.


図4 初段差動アンプにREが無い回路
C1の容量は30pF.

 シミュレーション前に,図4のユニティ・ゲイン周波数を式3と式7のGm1を使って求めます.熱電圧は「VT=26mV」,Itail図4の中の2Itailが34μAより「Itail=17μA」,「C1=30pF」より,「fu=3.5MHz」になります.そして,スルー・レートは式9を使って求めると,「SR=1.1V/μs」になります.
 図5は,図4のac解析の結果をプロットしました.ac解析は「.ac oct 30 1 10meg」の指定で,1Hzから10MHz間を周波数が2倍あたり30ポイントでスイープした結果になります.


図5 図4の周波数特性をプロット
ユニティ・ゲイン周波数は3.2MHz.

 図4にあるシミュレーションの指定は tran解析が有効でac解析はコメントにしています.シミュレーションするときはコメントを外して実行してください.
 図5のゲイン周波数特性より,ゲインが0dBと交差するユニティ・ゲイン周波数は「fu=3.2MHz」になります.先程のシミュレーション前に机上計算したユニティ・ゲイン周波数とほぼ同じになるのが分かります.
 図6は,図4の過渡応答特性をプロットしました.tran解析は「.tran 0 200u 0 10n」の指定で,0μsから200μs間を最大タイムステップ10nsでシミュレーションした結果になります.図6の時間応答特性より,スルー・レートは「SR=1.1V/μs」になります.先程のシミュレーション前に机上計算したスルー・レートと同じになるのが分かります.


図6 図4の過渡応答特性をプロット
スルー・レートは1.1V/μs.

●調整後のユニティ・ゲイン周波数とスルー・レートのシミュレーション
 図7は,調整後のユニティ・ゲイン周波数とスルー・レートをシミュレーションする回路になります.調整後のC1は3pFで,初段差動アンプのQ1とQ2のエミッタ側にはR15とR16の抵抗を加え,抵抗値は12kΩにしています.これは図3(a)図3(b)を使って調整した値と同じになります.


図7 初段差動アンプにREを加えた回路
C1を3pFにしてREを12kΩにすることにより,ユニティ・ゲイン周波数を変えずにスルー・レートを高くしている.

 図8は,図7のac解析の結果をプロットしました.ac解析は図5でプロットしたシミュレーションと同じ指定です.図8のゲイン周波数特性より,ゲインが0dBと交差するユニティ・ゲイン周波数は「fu=3.5MHz」になり,図5のユニティ・ゲイン周波数とほぼ同じになります.


図8 図7の周波数特性をプロット
ユニティ・ゲイン周波数は3.5MHzで図5のプロットとほぼ同じになる.

 図9は,図7の過渡応答特性をプロットしました.tran解析の指定は,図6でプロットしたシミュレーションと同じ指定です.図9の時間応答特性より,スルー・レートは「SR=8.8V/μs」と「SR=9.6V/μs」になります.図6のスルー・レートと比較するとおおよそ9倍になります.


図9 図7の過渡応答特性をプロット
スルー・レートは8.8V/μsと9.6V/μsになり,図6のスルー・レートより高くなる.

 以上,ユニティ・ゲイン周波数を変えずにスルー・レートを高くする方法について一例を解説しました.OPアンプはこのような方法を用いて,特性の改善をおこなっています.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice9_026.zip

●データ・ファイル内容
OPAmp1.asc:図4の回路
OPAmp2.asc:図7の回路

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