3極真空管を使用した増幅回路
図1は,3極真空管(写真1:12AX7)を使用した増幅回路です.電源電圧は250Vで負荷抵抗は200kΩとなっています.この増幅回路のIN端子からOUT端子までの1kHzの信号に対するゲインは,(a)~(d)のどれでしょうか.
なお,この回路の部品定数の状態(動作点)での真空管の各定数は,gm(相互コンダクタンス)が1.3mS,rp(プレート抵抗)が63.7kΩ,μ(増幅率)が83となります.
図1 3極真空管を使用した増幅回路 この増幅回路のIN端子からOUT端子までのゲインは? |
写真1 3極真空管(Electro-Harmonix 12AX7)の外観(1) |
(a) 30dB (b) 36dB (c) 38.4dB (d) 42dB
図1の回路のゲインは,真空管の3つの定数のうちの2つと,負荷抵抗(RL)の値から計算することができます.3極真空管(12AX7)の特性やシミュレーション・モデルは「LTspiceで学ぶオーディオ回路入門 023 ―― 3極真空管の電圧電流特性」を参照または使用しています.
図1の回路のゲイン(G)は,gm(相互コンダクタンス),rp(プレート抵抗),負荷抵抗(RL)の値から計算することができます.ゲイン(G)は,式1のように,gmにrpとRLの並列抵抗値を掛けたものになります.この計算で,ゲインは36dBになります.
・・・・・・・・・・・・・・(1)
●3極真空管増幅回路のバイアス方法
3極真空管を使用した増幅回路では,グリッドに適切な,動作の基準となるバイアス電圧(カソードに対して負の電圧)を印加する必要があります.そのバイアス方法としては,図2のように「固定バイアス」と「自己バイアス」の2種類の方法があります.
固定バイアスと自己バイアスの2種類がある
それぞれの方式の特徴は次になります.
(a)固定バイアス:Vbにより,RGを介して負の電圧をグリッドに印加してバイアスを行う
(b)自己バイアス:カソードに接続された抵抗(RK)に発生する電圧により,グリッドの電圧をカソードに対して負の電圧にバイアスを行う
図1は,(b)の自己バイアス型の増幅回路となっています.RKの値により,無信号時のプレート電流を設定することができます.
●3極真空管幅回路の定数設定方法
図2(b)の自己バイアス型増幅回路の定数を設定するためには,まず,無信号時のOut端子の電圧(動作点)を決め,次にRKの値を求める必要があります.3極真空管のプレート電流は,グリッド電圧とプレート電圧の双方に依存します.そのため,計算が煩雑になることから,図式的に動作点を求めることが行われています.そのときに使用されるのが,3極真空管の静特性に,負荷線と呼ばれる直線を書き込んだグラフです.
図3は,3極真空管の静特性に,負荷線の直線を書き込んだグラフを出力するシミュレーション用の回路です.3種類の負荷抵抗値の負荷線を重ね書きします.
3種類の負荷抵抗値の負荷線を重ね書きする.
図4が,図3の回路を使用して静特性に負荷線を書き込んだシミュレーション結果のグラフです.
負荷線は,出力端子の電圧とプレート電流の関係を表現したもので,図4の静特性グラフの右下の点(最大プレート電圧)と,左端の(最大プレート電圧/負荷抵抗値)の点を直線で結んだものです.
電源電圧250Vの増幅回路を想定しており,それぞれの負荷線の右端と,Vg=0Vのプレート電流のラインと交わる点までが,出力振幅範囲となります.
負荷抵抗200kΩで,プレート電圧150Vのポイントを動作点に設定する.
今回は,負荷抵抗の値を200kΩとし,無信号時の出力電圧(プレート電圧)が,150Vになるように,動作点を定めます.
200kΩの負荷線が,プレート電圧150Vのポイントで交わるプレート電流の曲線は,グリッド電圧が-1.25Vの曲線です.
その時のプレート電流は0.5mAとなっています.そのため,図2(b)のRkの値は,プレート電流0.5mAのときに1.25V発生するようにすればよいことになります.
値を計算すると,式2のように2.5kΩになります.ここではE24シリーズの中から2.4kΩを選択します.
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図1の増幅回路の定数は,このようにして決めたものです.
●3極真空管増幅回路のゲイン計算
図1のゲインを計算する前に,3極真空管の3つの定数について考えてみます.式3は3極真空管のプレート電流の近似式です.
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gm(相互コンダクタンス)は,式3をVGKで偏微分したもので,式4で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
また,rp(プレート抵抗)は式2をVPKで偏微分して逆数を取ったもので,式5で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
μ(増幅率)は,3極真空管に出力抵抗無限大の定電流源負荷を接続したときのゲインと考えることができるため,式6のように,gmとrpの積で表すことができます.
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式6から分かるように,真空管の3つの定数は,どれか2つ分かれば,残りは計算で求めることができます.
図1の回路の動作点での定数は,gm(相互コンダクタンス)が式7になります.
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rp(プレート抵抗)の定数は,式8になります.
・・・・・(8)
図1の小信号等価回路は図5で表されます.この回路のOut端子の出力電圧はrpとRLの合成抵抗値に,gm*Vinを掛けたものです.
出力電圧はrpとRLの合成抵抗値に,gm*Vinを掛けたものになる.
そのため,ゲイン(G)は式9で表されます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・(9)
図1の定数を代入すると,式10のように36dBになります.
・・・・・・・・・・・・(10)
●3極真空管増幅回路のゲインをシミュレーションする
図6は,図1の3極真空管増幅回路のゲインをシミュレーションするための回路図です.
図7は,図6のゲインのシミュレーション結果です.1kHzのゲインは36dBとなっており,式9の計算結果と一致しています.
1kHzのゲインは36dBとなっており,計算結果と一致している.
図8は,入力に20mVPPで1kHzの正弦波を加えたときの,トランジェント解析の出力波形です.1.24VPPの正弦波が出力されており,トランジェント解析でも62倍(36dB)のゲインがあることが分かります.
20mVPPの入力信号に対し1.24VPPの正弦波が出力されておりゲインは62倍(36dB).
以上,真空管を使用した増幅回路について解説しました.真空管はあまり大きな電流を流すことができません.そのため,スピーカのようなインピーダンスの低い負荷を駆動する場合は,出力にトランスを使用します.
◆参考・引用*文献
(1) 現代版 真空管入門(CQ出版社)
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice9_025.zip
●データ・ファイル内容
12AX7_slfbs_amp.asc:図6の回路
12AX7_slfbs_amp_tran.asc:図8をシミュレーションするための回路
12AX7.txt:モデル・ファイル
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