OPアンプのスルー・レートによる波形のひずみ




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■問題
【 増幅回路 】

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1は,スルー・レートが0.6V/μsのOPアンプ(LM741)を使った,入力信号がV1,出力がoutの非反転アンプです.OPアンプは,スルー・レートの解説のため,トランジスタを使用した回路となっています.V1は,振幅が1V,最大周波数として可聴音の20kHzの正弦波を加えています.
 この場合,R11を調整して非反転アンプのゲインを変えると,outの波形はスルー・レートの影響を受けて,波形ひずみが発生する場合があります.そこで,R11の値を(a)~(d)へ変えたとき,outの波形がひずまない最大のR11は何Ωでしょうか.
 ただし,非反転アンプのゲインは「G=1+R11/R12」で決まり,R12は1kΩです.



図1 スルー・レートが0.6V/μsのOPアンプを使った非反転アンプ
振幅が1V,最大周波数として20kHzの正弦波を入力したとき,outの波形がひずまない最大のR11はどれ?
この回路は,LTspiceのEducationalフォルダ(\LTspiceXVII\examples\Educational)のLM741.ascです.

(a) 1kΩ,(b) 2kΩ,(c) 4.7kΩ,(d) 10kΩ

■ヒント

 outの波形がひずまない最大出力振幅(Vo_max)は,スルー・レート(SR)と信号周波数(f)により決まります.スルー・レートは,アンプが大信号で動作しているとき,OPアンプの出力が「1μsあたり何V変化できるか」を表すもので,単位は[V/μs]を用います.

■解答


(b) 2kΩ

 まず,入力に正弦波を加えたときの出力の時間応答を考えます.図1のoutの波形がひずまない最大出力振幅(Vo_max)は,信号周波数(f)とスルー・レート(SR)の関係式は「Vo_max=SR/2πf」となります.
 この関係式に,図1のスルー・レートと信号周波数の値「SR=0.6V/μs,f=20kHz」を代入すると,最大出力振幅は「Vo_max=4.8V」になります.この電圧が境になり,出力振幅が4.8V以下は,正弦波の時間変化に追随できるので波形はひずみません.逆に出力振幅が4.8V以上になると正弦波の時間変化に追随できず,波形ひずみが発生して,音の聞こえ方が変わります.
 表1は,R11が変化したときの出力振幅(Vo)を,入力振幅(1V)とゲイン「G=1+R11/R12」から机上計算し,Voが4.8V以下になる判定表になります.Voが4.8V以下になるのは(a)と(b)です.この2つのうち抵抗が高いのは2kΩなので,outの波形がひずまない最大のR11は(b) 2kΩになります.

表1 4つの抵抗値のR11でVoが4.8V以下になる判定表

outの波形がひずまない最大のR11は2kΩ.

■解説

●スルー・レートとは
 スルー・レートは,OPアンプの入力に大信号の矩形波を加えたとき,出力が「1μsあたり何V変化できるか」を表す規格になります.この規格は,OPアンプの最大の出力電圧の時間変化を表します.OPアンプにはスルー・レートがあるので,出力電圧の時間変化がスルー・レート以下の場合は,波形はひずみません.
 一方,出力電圧の時間変化がスルー・レート以上のときは,出力電圧の変化が追随できず,この場合は波形ひずみが発生するので聞こえ方が変わります.
 ここでは,まずOPアンプのスルー・レートの発生原因について解説します.その後,冒頭の問題文にあるoutの出力振幅(Vo)とスルー・レート(SR)と正弦波の信号周波数(f)の関係を机上計算で求めます.最後に,(a)~(d)の4つの抵抗値を使ったシミュレーションを行います.

●スルー・レートの発生原因
 図2は,図1のOPアンプと同じ回路ですが,スルー・レートの解説のため,入力にV1の矩形波を加えています.V1の矩形波は50μsで-1Vから+1Vへ切り替わり,150μsで+1Vから-1Vへ切り替わります.


図2 OPアンプを使った非反転アンプのスルーレートを調べる回路
入力のV1は振幅が±1Vの矩形波を加えている.

 図2のOPアンプをブロックに分けると,初段差動アンプ,第2段アンプ,出力段,バイアス回路で構成されています.このようなブロック構成は,汎用OPアンプでよく使用されています.
 第2段アンプにあるC1のコンデンサは,OPアンプに負帰還をかけたとき,その負帰還が不安定になって出力が発振するのを防ぐ補償として使われます.OPアンプを負帰還アンプで使うときC1は必要ですが,このC1がスルー・レートの発生原因になります.
 具体的には,図2の非反転アンプの入力にV1の矩形波を加えたとき,V1が50μsの地点の-1Vから+1Vのときは,Q1がONしてQ2がOFFになります.このときC1から初段差動アンプに放電電流が流れます.逆にV1が150μsの地点の+1Vから-1Vのときは,Q1がOFFしてQ2がONになり,初段差動アンプからC1へ充電電流が流れます.このC1への充電と放電にかかる時間がスルー・レートとしてOPアンプの出力(out)に現れます.

●スルー・レートのシミュレーション
 図3は,図2のシミュレーション結果で,スルー・レートを調べたプロットになります.図2のR11の抵抗値はRfの変数とし,「.step param Rf list 1k 2k 4.7k 10k」のコマンドで1kΩ,2kΩ,4.7kΩ,10kΩへ変化させています.

図3 図2のシミュレーション結果
上段はoutの時間応答.
中段はC1への充電電流と放電電流.
下段はoutの時間微分.

▼outの時間応答
 図3の上段は,V1の矩形波が50μsの地点で-1Vから+1Vになり,outのプロットは負の電圧から正の電圧へ推移します.同じようにV1の矩形波が150μsの地点で+1Vから-1Vなり,outのプロットは正の電圧から負の電圧へ推移します.outのプロットは台形のような形をしており,斜辺の傾きがスルー・レートになります.

▼C1への充電電流と放電電流
 図3の中段は,C1への充電電流と放電電流のプロットで,正側が充電電流,負側が放電電流になります.V1の矩形波が50μsの地点で-1Vから+1Vになり,C1から初段差動アンプへ放電電流が流れます.C1の放電が終わると,図3の上段のoutの波形はゲインと入力振幅で決まる正の電圧で一定になります.
 逆にV1の矩形波が150μsの地点で+1Vから-1Vになり,初段差動アンプからC1へ充電電流が流れます.C1の充電が終わると,図3の上段のoutの波形は,ゲインと入力振幅で決まる負の電圧で一定になります.このようにスルー・レートはC1の充電時間と放電時間のとき発生します.

▼outの時間微分
 図3の下段は,outの時間微分になります.時間微分は,図3の上段の斜辺の傾きになり,スルー・レートを表します.図3の上段のoutのプロットが負の電圧から正の電圧への傾きは,図3の下段より0.6MV/s,同じく正の電圧から負の電圧への傾きは,図3の下段より-0.6MV/sになります.1μsあたりに換算して絶対値をとると,2つのスルー・レートは0.6V/μsになるのが分かります.

●スルーレート/出力振幅/信号周波数の関係
 ここでは,図1の回路でV1の入力が正弦波のとき,outの出力振幅(Vo)とスルー・レート(SR)と正弦波の信号周波数(f)の関係を机上計算で求めます.outの正弦波は出力振幅をVoとすると式1になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 outの最大の時間変化は式1を時間で微分することにより求められ,式2になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 式2の最大の時間変化は,コサインの最大値が「1」のときになります.そしてoutを時間微分した値はスルー・レートなので,outの出力振幅(Vo)とスルー・レート(SR)と正弦波の信号周波数(f)の関係は式3になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 式3を変形して,スルー・レートが「SR=0.6V/μs」で出力信号の信号周波数が20kHzのとき,outの波形がひずまない最大出力振幅(Vo_max)は式4の4.8Vが境になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 一方,出力振幅(Vo)は入力振幅(Vin)を非反転アンプのゲインで増幅した電圧なので式5になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)

 図1の入力振幅(Vin)は1V,R12は1kΩなので,式5のVoが4.8V以下になるR11は,先ほどの表1の(a)と(b)になります.この2つのうち抵抗が高いのは2kΩなので,冒頭の問題文の答えとして,outの波形がひずまない最大のR11は(b)の2kΩになります.

●入力に正弦波を加え,R11を変化させたときのシミュレーション
 図4は,図1をシミュレーションする具体的な回路になります.入力のV1は振幅が1V,信号周波数が20kHzの正弦波です.


図4 図1のR11を変化させたときのoutの波形を調べる回路
R11の抵抗値は.stepコマンドで変化させている.

 図4は,図2と同じように,R11を「.step param Rf list 1k 2k 4.7k 10k」のコマンドでRfの変数を4種の抵抗値へ変えたときのoutの波形をtran解析でシミュレーションします.
 図5は,図4のシミュレーション結果で上段から順にR11の抵抗値になるRfが1kΩ,2kΩ,4.7kΩ,10kΩのプロットになります.


図5 図4のシミュレーション結果
outの波形がひずまない最大のR11は2kΩになる.

 プロットには式5のゲインを使って計算した理想の出力波形として「V(in)*(1+{Rf}/1k)」のプロットを灰色で表示させています.この理想の出力波形とV(out)の波形が異なると,outの波形にひずみがあることになります.
 図5のプロットより,R11の抵抗値になるRfが1kΩと2kΩは理想の出力波形と同じになり,波形ひずみがありません.この結果より,outの波形がひずまない最大のR11は2kΩになるのが確認できます.Rfが4.7kΩと10kΩは理想の出力波形と異なり,波形ひずみがあるのが分かります.

●その他の利用
 以上,図1のoutの出力振幅(Vo)とスルー・レート(SR)と正弦波の信号周波数(f)の関係は式3になることを解説しました.今回の解説は,式3を使い,スルー・レートと正弦波の信号周波数が既知のとき,outの波形がひずまない最大出力振幅(Vo_max)を求め,そのときのゲインを決めるR11について解説しました.式3はその他に,次の利用ができます.

・出力振幅(Vo)とスルー・レート(SR)の値が既知のとき,outの波形がひずまない信号周波数(f)
・出力振幅(Vo)と信号周波数(f)の値が既知のとき,outの波形がひずまないスルー・レート(SR)

 outの波形がひずまないスルー・レートを求める使い方では,出力振幅と信号周波数から必要なスルー・レートが分かるので,沢山あるOPアンプの中から適切なものを選定する目安に使えます.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice9_024.zip

●データ・ファイル内容
LM741_SR.asc:図2の回路
LM741_SR.plt:図2のプロットを指定するファイル
LM741_tran.asc:図4の回路
LM741_tran.plt:図4のプロットを指定するファイル

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