温度変化したときのオーディオ・アンプのゲインの変化




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■問題
【 増幅回路 】

平賀 公久 Kimihisa Hiraga

 図1はバイポーラ・トランジスタを使ったオーディオ・アンプです.in+が入力,outが出力になる負帰還アンプです.図1のオープン・ループ・ゲインは,温度によって変化し,-25℃のとき668倍,125℃のとき483倍でした.
 回路の温度が-25℃と125℃のときのin+からoutまでのゲインに近いのは(a)~(d)のどの組み合わせでしょうか.
 ただし,計算を簡単にするため,抵抗の温度変化は無く,Q1とQ2の入力インピーダンスは無限大とします.




図1 バイポーラ・トランジスタを使ったオーディオ・アンプ回路
この回路は,LTspiceのEducationalフォルダ(\LTspiceXVII\examples\Educational)のaudioamp.ascです.

(a) -25℃のとき11.2倍,125℃のとき11.0倍
(b) -25℃のとき11.0倍,125℃のとき8.1倍
(c) -25℃のとき10.8倍,125℃のとき7.8倍
(d) -25℃のとき10.8倍,125℃のとき10.8倍

■ヒント

 ここでは,温度変化によるオープン・ループ・ゲインの変化が,オーディオ・アンプのゲインに与える影響について調べます.in+からoutまでのゲインは,R6とR7の帰還率と,オープン・ループ・ゲインが関係します.そこで,ゲインをR6とR7の帰還率と,オープン・ループ・ゲインを使った式で表します.その式に,-25℃と125℃のときのオープン・ループ・ゲインを入れて検討すると分かります.

■解答


(d) -25℃のとき10.8倍,125℃のとき10.8倍

 図1のオープン・ループ・ゲインを(A)とし,R6とR7の帰還率を(β)とします.オーディオ・アンプのゲイン(G)は,オープン・ループ・ゲイン(A)を考慮すると「G=A/(1+Aβ)」になります.
 ここでβは,R6とR7の分圧回路のゲインで「β=R6/(R6+R7)=1/11」になります.オープン・ループ・ゲイン(A)は-25℃のとき「A=668」と125℃のとき「A=483」,そして「β=1/11」を使って各温度におけるゲインを求めると,-25℃のとき「G=10.82倍」,125℃のとき「G=10.76倍」になるので,解答は(d)になります.
 このように図1は,温度変化によりオープン・ループ・ゲインが変化した場合でも,負帰還の効果により,in+からoutまでのゲインがほぼ同じになります.

■解説

●ゲインとオープン・ループ・ゲインについて
 図2は,図1のバイポーラ・トランジスタと抵抗とコンデンサで構成したアンプを,三角形の記号で表したものになります.このように書き直すと図1が分かりやすくなります.


図2 図1をアンプの記号で表した回路

 図2は,負帰還アンプになり,入力信号はvin+,出力信号はvoutです.このときのゲインは「G=vout/vin+」で表します.R6とR7は帰還率を決める抵抗になります.R14は負荷抵抗です.オープン・ループ・ゲインは,図2の接続の状態で三角形のアンプが持つゲインのことで,「A=vout/(vin+-vin-)」になります.
 図2は,オープン・ループ・ゲインを無限大とすると,非反転端子と反転端子は完全なバーチャル・ショートになるので,ゲインはR6とR7で決まります.実際のオープン・ループ・ゲインは有限なので,ゲインは,オープン・ループ・ゲインの影響をわずかに受けることになります.ここでは,オーディオ・アンプで,温度変化によるオープン・ループ・ゲインの変化が,ゲインに与える影響について解説します.オープン・ループ・ゲインは,アンプを構成するトランジスタの温度特性により変化します.

●オープン・ループ・ゲインの温度変化を調べる
 図3は,図1のゲインとオープン・ループ・ゲインをシミュレーションする回路になります.


図3 ゲインとオープン・ループ・ゲインを調べる具体的な回路

 まず,図3のオープン・ループ・ゲインを調べます.図3でオープン・ループ・ゲイン(A)を調べるときは,in+の信号をvin+,in-の信号をvin-,outの信号をvoutとすると,「A=vout/(vin+-vin-)」の計算を用います.
 図4は,図3のac解析の結果で「vout/(vin+-vin-)」をプロットしました.ac解析は「.ac oct 10 1 1Meg」の指定で,1Hz~1MHz間を周波数が2倍あたり10ポイントでスイープした結果になります.またシミュレーションの温度は「.TEMP -25 125」の指定で,回路の温度が-25℃,125℃の2つを調べています.
 図4のプロットより,周波数が1kHzのオープン・ループ・ゲインは,-25℃のとき668倍,125℃のとき483倍であることが分かります.このようにオープン・ループ・ゲインは,アンプを構成するバイポーラ・トランジスタの電流増幅率の温度特性,またベース・エミッタ間電圧の温度特性等により変化します.バイポーラ・トランジスタの温度特性の詳細は,LTspiceで学ぶオーディオ回路入門 008の「オーディオ回路のトランジスタの直流特性を安定させる」を参照ください.


図4 -25℃,125℃のオープン・ループ・ゲイン周波数特性

●オープン・ループ・ゲインを考慮したゲイン
 図2のゲインを,オープン・ループ・ゲインを考慮して机上計算します.そして机上計算した式に,図4で調べた-25℃と125℃のオープン・ループ・ゲインを入れて,各温度におけるアンプのゲインを求めます.
 まず,帰還率(β)はR6とR7の分圧回路のゲインなので,「R6=5kΩ」と「R6=50kΩ」より,式1になります.冒頭の問題文で抵抗の温度変化は無いものとしたので,式1のβは温度変化しません.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

 図2のゲイン(G)は,オープン・ループ・ゲイン(A)と帰還率(β)を使って表すと式2の関係になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)

 式2を整理すると,式3になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)

 式3より,-25℃のゲインはオープン・ループ・ゲインが668倍と式1のβを入れると「G= 10.82」になります.そして125℃のゲインはオープン・ループ・ゲインが483倍と式1のβを入れると「G= 10.76」になります.この検討より,解答の4択で近いのは(d)になります.
 式2を使ってオープン・ループ・ゲインが非常に高いときを検討します.この場合は,温度が変化してもAβは1より非常に大きい条件「Aβ>>1」になり,ゲインは式4の近似式になります.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)

 具体的には,式4にR6とR7の抵抗値を入れると「G=11」になります.この計算は「Aβ>>1」とおいてゲインを求めるときに良く用いられます.実際のアンプのAβは,-25℃のとき「Aβ=668/11=61」,125℃のとき「Aβ=483/11=44」です.このためゲインは「G=11」から僅かに低くなります.そして,-25℃と125℃のときのAβは近い値ですので,解答の(d)の結果になり,温度が変化してもゲインは近い値になります.

●ゲインを調べる
 図5は,図3のac解析の結果で,アンプのゲインの「vout/vin+」をプロットしました.ac解析と温度の条件は図4のオープン・ループ・ゲインと同じになります.図5のプロットより,周波数が1kHzのゲインは-25℃のとき10.6倍,125℃のとき10.7倍であり,解答の(d)に近い結果になります.


図5 -25℃,125℃のゲイン周波数特性

●outの波形を調べる
 図6は,tran解析でoutの波形を調べる回路になります.入力信号のV1は振幅が0.5V,周波数が1kHzの正弦波です.tran解析は「.tran 2m」の指定で0ms~2ms間を解析し,-25℃と125℃のoutの波形をプロットします.


図6 図1のoutの波形を調べる回路

 図7は,図6のシミュレーション結果になります.各温度におけるoutの振幅は,inの振幅0.5Vに図5で調べたゲインを乗じたものとほぼ同じになり,-25℃と125℃の波形は重なっています.


図7 図6のシミュレーション結果
各温度の振幅はほぼac解析のゲインと同じ変化になる.


■データ・ファイル

解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice9_016.zip

●データ・ファイル内容
audioamp_closeloop.asc:図3の回路
audioamp_closeloop.asc:図3のプロットを指定するファイル
audioamp_tran.asc:図6の回路
audioamp_tran.plt:図6のプロットを指定するファイル

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