オーディオ用ダイナミック・スピーカの構造と等価回路
図1の(a)~(d)の中の1つは,LTspiceでパワー・アンプのシミュレーションを行うときに,負荷として使用する,ダイナミック・スピーカの等価回路図です.ダイナミック・スピーカの等価回路は,(a)~(d)のどの回路でしょうか.
ダイナミック・スピーカの等価回路は?
(a)の回路 (b)の回路 (c)の回路 (d)の回路
オーディオ機器で使用されている,最も一般的なスピーカは,ダイナミック・スピーカです.ダイナミック・スピーカの入力端子には,コーン紙に接着された,ボイス・コイルと呼ばれる,導線を巻いたものが接続されています.この構造と矛盾しない等価回路はどれかを考えれば,答えが分かります.
スピーカは磁界の中のボイス・コイルで,コーン紙を振動させて音を発生します.ボイス・コイルは導線を巻いたものなので,一般のコイルと同様に,直流電圧を加えたときに直流電流が流れます.
そのボイス・コイルがスピーカの入力端子に接続されているため,スピーカに直流電圧を加えると直流電流が流れます.図1の等価回路の中で,直流電圧を加えたときに直流電流が流れるのは,(b)の等価回路だけなので,正解は(b)の回路ということになります.
●ダイナミック・スピーカの原理
スピーカには,動作原理によって,セラミック・スピーカやコンデンサ・スピーカ注1などいくつか種類があります.その中で,圧倒的に主流なのは,ダイナミック・スピーカです.磁界の中の導体に電流を流すと,その導体には電流の大きさに対応した力が発生します.この原理を利用したものがダイナミック・スピーカです.磁界と電流の向き,および,力の方向を分かりやすく示したのが,図2のフレミングの左手の法則です.
セラミック・スピーカ:圧電素子に電圧を印加したときに発生する力を利用したもの
コンデンサ・スピーカ:対向した平板電極に高電圧を印加したときに発生する力を利用したもの
図2の左のように,磁界の向きが人差し指の方向の場合のとき,中指の方向に電流が流れると,親指の方向に力が発生します.図2の右は,磁石と導体を使用した,スピーカの原理図です.この導体に振動板を取り付けて,音楽信号によって変化する電流を流せば,音楽が音となって聞こえることになります.
磁界の中の導体に電流を流したときに発生する力を利用している.
単純な1本の導線では,発生する力が弱いため,ダイナミック・スピーカでは導線をコイル状に形成して使用します.これをボイス・コイルと呼んでいます.図3は,ダイナミック・スピーカの断面のイメージ図です.
磁石に挟まれる形でボイス・コイルが配置されている.
ドーナツ状の磁石の中心に円筒状の磁石があり,その間に挟まれる形でボイス・コイルが配置されています.そしてボイス・コイルには,コーン紙と呼ばれる,振動版が取り付けられています.ボイス・コイルにパワー・アンプの出力信号を加えると,その信号に対応した電流がボイス・コイルに流れ,コーン紙を振動させて音を発生します.
●ダイナミック・スピーカの周波数特性
図4は,フォスター電機株式会社(FOSTEX)のFE126NV2というスピーカの仕様書に記載されている,スピーカの周波数特性です.インピーダンスのグラフを見ると,高域でインピーダンスが大きくなっていますが,これはボイス・コイルのインダクタンスの影響です.
音圧とインピーダンスの周波数特性のグラフが記載されている.
一方,80Hz付近でインピーダンス特性にピークが発生しているのは,コーン紙とボイス・コイルが,低音で機械的な共振現象を起こすためです.この周波数は,スピーカの仕様書でfsまたは,F0として記載されており,低音再生の限界を示すものになります.また,400Hz~1kHzの間は,インピーダンスがほぼ一定となっており,この領域のインピーダンスの値が,スピーカの定格インピーダンスになります.
●ダイナミック・スピーカの等価回路モデル
パワー・アンプのシミュレーションを行う場合,適切な負荷を接続してシミュレーションを実施する必要があります.最もシンプルなダイナミック・スピーカの等価回路は,図5のように,抵抗を使用する方法です.抵抗の値は,使用するスピーカの定格インピーダンスの値にします.
抵抗の値は,使用するスピーカの定格インピーダンスの値にする.
通常は,図5の等価回路で問題ありませんが,フィルタを使用しないPWMパワー・アンプなどをシミュレーションする場合は,図6のように,スピーカのインダクタンス成分を含んだ等価回路にします.L1の値はスピーカの仕様書に記載されていることもありますが,記載がない場合は,図4のインピーダンスが上昇を始める周波数から計算します.
フィルタを使用しないPWMアンプなどのシミュレーションに適している.
パワー・アンプの出力電流等を正確にシミュレーションするためには,図4のインピーダンスの周波数特性カーブを再現した等価回路モデルが必要になります.そのようなときに使用するのが,図7[図1の(b)]の等価回路モデルです.図6の等価回路に,L2,R2,C1を追加し,低域の共振特性を再現しています.
アンプの出力電流の大きさ等をシミュレーションするときに使用する.
L2,C1の共振周波数(f0)は,式1で表されます.f0がスピーカの共振周波となるよう,L2,C1の値を設定します.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
また,L2,R2,C1からなる並列共振回路の,共振の鋭さをあらわすQは,式2で求められます.
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
つまり,C1が大きく,L2が小さいほど共振が鋭くなります.そのため,まず,R1+R2の値が低域共振時のインピーダンスの値となるように設定し,並列共振回路の共振の鋭さ(Q)が,図4のインピーダンス特性の共振の鋭さ(Q)と同じになるように,L2,C1の比を選定することになります.
●スピーカの等価回路モデルをシミュレーションする
図8は,図5,図6,図7のスピーカ等価回路のインピーダンス特性をシミュレーションするための回路図です.IN端子に印加する電圧と,回路中の抵抗に流れる電流からインピーダンスを求めます.
回路中の抵抗に流れる電流からインピーダンスを求める.
図9は,3種類のスピーカ等価回路の,インピーダンス特性のシミュレーション結果です.入力電圧(V(IN))をそれぞれの回路中の抵抗(R1_1,R1_2,R1_3)に流れる電流で割ったものを表示することで,各回路のインピーダンスのグラフを描画しています.縦軸がインピーダンスを表していますが,図4と比較しやすいように,対数(Logarithmic)目盛りとしています.青線,赤線,緑線がそれぞれ図5,図6,図7の等価回路のインピーダンスを表しています.図7の等価回路のインピーダンス特性は,図4のインピーダンス特性と近いものになっていることが分かります.
図7の等価回路のインピーダンス特性は,図4のインピーダンス特性と近い.
以上,ダイナミック・スピーカの構造と等価回路について解説しました.今回紹介した等価回路は,スピーカのインピーダンス特性を模擬するためのものです.残念ながら,このモデルでは,スピーカで発生する音がどのようなものになるかをシミュレーションすることはできません.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice9_009.zip
●データ・ファイル内容
SP_Model_3.asc:図8の回路
SP_Model_3.plt:図9のグラフを描画するためのPlot settinngsファイル
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