オーディオ回路のトランジスタの直流特性を安定させる
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図1は,NPNトランジスタの直流特性を調べています.図1においてI1を100μAの一定電流としたとき,β(トランジスタの電流増幅率)の温度特性と,VBE(ベース・エミッタ間電圧)の温度特性として正しいのは(a)~(d)のどれでしょうか.ただしβは,IC(コレクタ電流)とIB(ベース電流)を使って表すと「β=IC/IB」になります.
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βとVBEの温度特性として正しいのはどれ?
(a) βとVBEは両方とも正の温度特性
(b) βとVBEは両方とも負の温度特性
(c) βは正の温度特性,VBEは負の温度特性
(d) βは負の温度特性,VBEは正の温度特性
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図1のトランジスタは,正式には,バイポーラ・ジャンクション・トランジスタ(Bipolar junction transistor:BJT)という名称で,日本ではバイポーラ・トランジスタとも呼ばれています.トランジスタは,オーディオ回路でもよく用いられる電子部品で,NPNトランジスタとPNPトランジスタがあります.
βの温度特性はエミッタ注入効率に関係し,VBEの温度特性はIS(ベース・エミッタ間の逆方向飽和電流)に関係します.
βは温度が高くなるとトランジスタのエミッタ注入効率は高くなるので正の温度特性になります.覚えやすい値として「βは1℃あたり約+1%変化」します.VBEは「VBE=VTln(IC/IS)」で求められます.ISはおおよそ10℃高くなる毎に2倍になります.温度が高くなるとISが高くなるので,VBEは負の温度特性になります.覚えやすい値として,「VBEは1℃あたり約-2mV変化」します.
●トランジスタの直流特性を表すガンメル・プロット
トランジスタの直流特性を調べる回路として,図2のようにベースとコレクタをGNDに接続し,エミッタをV1でスイープする回路があります.この回路はトランジスタの直流特性を表すガンメル・プロットを調べる回路になります.
V1をスイープし,VBEとICとIBの変化を調べる.
ガンメル・プロットはV1をスイープしたときのVBEをX軸,ICとIBをY軸へプロットします.このプロットより,ICの電流が何Aのとき,VBEは何Vになるかを調べたり,そのときのICとIBより,β(電流増幅率)はいくらなのか調べるのに使います.ここで,βはトランジスタの電流増幅率で式1になります.
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図3は,図2のガンメル・プロットになります.トランジスタは,NPNトランジスタの2N2222を使用し,V1は,0V~1V間を1mVステップでスイープしています.図3のように,ICが1nA以下の低電流領域と,ICが1nA~10mAの中電流領域と,ICが10mA以上の高電流領域の3つに分けることができます.
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このプロットはガンメル・プロットと呼ばれている.
中電流領域は,式1のβが安定しており,オーディオ回路などでよく使う領域になります.中電流領域のときのICは式2になります.
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そして,IBは式3になります.
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低電流領域は電流が低くなるほどICとIBの2つのプロットが近づいてくるので式1のβは低くなります.高電流領域はICとIBが式2と式3からずれてきます. 低電流領域と高電流領域は,オーディオ回路等ではあまり使われない領域になります.
●トランジスタを変えてβを調べる
次に図2を使ってICの変化に対するβの変化を調べます.βは各々のトランジスタで違いがあります.そこで図2のトランジスタは違いを確認するため,2N2222,BC847C,2SC4617の3つのNPNトランジスタを自動で切り替えて調べるようにしました.
トランジスタの切り替えの具体的な方法は,図2の中にある「.model <数字> ako: <Part No>」を使って,数字の1へ2N2222,数字の2へBC847C,数字の3へ2SC4617を紐付けます.この紐付けた数字を「.step param NPN list 1 2 3」で変えることにより,NPNトランジスタが自動で切り替わります.
図4が図2のシミュレーション結果で,ICの変化に対するβの変化になります.図4には図3の2N2222におけるICが1nA以下の低電流領域と,ICが1nA~10mAの中電流領域と,ICが10mA以上の高電流領域を,図4の2N2222へ示しました.
2N2222を例にすると,中電流領域はβが安定している.
低電流領域と高電流領域はβが低下する.
2N2222のプロットを見ると,オーディオ回路でよく使われる中電流領域は,ICが変化してもβの変化が少ない領域になります.また3つのNPNトランジスタは異なるデバイスですので,図4のプロットも異なるのが分かります.トランジスタの選び方の一つの方法として図4のプロットを使い,ICが変化しても安定なβを得られるトランジスタを選ぶやり方があります.具体的にはICは回路のバイアス電流なので,設計者はICの変化の範囲が予想できます.その範囲でβの変化が少ないトランジスタを選びます.
●βの温度特性をシミュレーションで調べる
図5は,エミッタ電流をI1の100μAで一定にしたときのβの温度特性を調べる回路です.図2と同じように,トランジスタは,2N2222,BC847C,2SC4617の3つのNPNトランジスタを自動で切り替えて調べます.
回路の温度は.dcステートメントを使って「.dc TEMP -30 125 1」とすることにより,-30℃~125℃間を1℃ステップでスイープします.βの温度係数は式4の微分温度係数(TCF)の計算を用います.
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図6は,図5のシミュレーション結果になります.図6の上段のように温度が高くなるとβも高くなる正の温度特性になります.正の温度特性になるのは,トランジスタはエミッタの不純物濃度が高く,温度が高くなるとエミッタ注入効率が高くなることによります.
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上段は温度変化に対するβの変化をプロット.
下段はβの微分温度係数をプロット.
図6の下段は式4を使ってβの微分温度係数を計算してプロットしました.具体的には式5のように微分温度係数は25℃付近で5000ppm/℃になります.
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キリの良い覚えやすい数値として,βの微分温度係数はおおよそ1%/℃(=10000ppm/℃)とし,「βは1℃あたり約1%変化する」と覚えておくと良いでしょう.
●VBEの温度特性をシミュレーションで調べる
図7はエミッタ電流をI1の100μAで一定にしたときのVBEの温度特性を調べる回路です.図2と同じように,トランジスタは2N2222,BC847C,2SC4617の3つのNPNトランジスタを自動で切り替えて調べます.
式2をVBEで整理すると式6になります.式6中のVTは熱電圧,ISはベース・エミッタ間の逆方向飽和電流になります.式6中のISは温度によって変化し,おおよそ10℃高くなる毎に2倍になります.
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このISの温度変化により,VBEは負の温度特性になります.
図8は図7のシミュレーション結果になります.図8の上段のように温度が高くなるとVBEは低くなる負の温度特性になります.図8の下段は1℃あたりのVBEの変化をプロットしました.
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上段は温度変化に対するVBEの変化をプロット.
下段はVBEの温度係数をプロット.
具体的には式7のように「VBEは1℃あたり約-2mV変化」するになります.
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以上,図6と図8のシミュレーションからも分かるように,トランジスタのβは正の温度特性になり,VBEは負の温度特性になります.これより正解は(c)のになるのが分かります.オーディオ回路は室内で使う用途,ポータブル機器のように外で使う用途,発熱する回路部品が近くにある場合等で動作温度範囲が異なることがあります.今回のメルマガで示したように,トランジスタのβ,VBEは温度で変化します.温度変化しても直流特性が安定になるように回路設計することが大切です.
解説に使用しました,LTspiceの回路をダウンロードできます.
LTspice9_008.zip
●データ・ファイル内容
Gummel Plot beta.asc:図2の回路
Gummel Plot beta.plt:図2のプロットを指定するファイル
beta vs temp.asc:図5の回路
beta vs temp.plt:図5のプロットを指定するファイル
VBE vs temp.asc:図7の回路
VBE vs temp.plt:図7のプロットを指定するファイル
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